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人間ダイアリー  作者: 夢菜
Family
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 アツシが死んだ事実は決して覆ることはない。

 私は今日もアツシの死を噛み締めて生きている。自分への戒めの意味もこめて。一日も忘れたことなどなかった。毎日毎日……死んだアツシのことを考えた。そして自分を責め、悔いる。

 言ってしまえば呪いだ。一生解かれることのない呪い。事故の真実を知ったら周囲の人間は私をどう思うのだろう。私を責めるだろうか。『人殺し』だと罵るだろうか。



「……」


 朝、四時くらい。私は目が覚めた。

 外はまだ少し薄暗い。遠くで新聞配達のバイクの音が聞こえる。ああ眠いな。

 あの日から熟睡出来なくなってしまった。なぜか寝付くことができないのだ。日中眠いのに、眠れない。言ってしまえば不眠症だ。この歳で不眠症に陥っているなんて、私はきっと長生きは出来ないだろう。

 そんなくだらないことよりも、朝ごはんを作ろう。今日も両親はいないのだから。


 朝、六時くらい。もう朝ごはんは食べ終わってしまった。

 何もすることがない。宿題は珍しく終わっているし、食器の片付けも終わっている。暇だ。登校時間までまだ時間があるのに。何をしよう?

 そうだ、本を読もう。確かまだ途中だったな。


「……」


 本は辛い現実から目を背けてくれる。今の私は『ルマ』ではない。この物語の主人公だ。この物語はハッピーエンドで幕を閉じる。私の人生と違い、家族に愛されている。そして不思議な世界に行くのだ。いくつもの冒険をして、その先に待つのは……

「…………」

 なんか私と全然違うな。この主人公。差がありすぎて悲しくなってくる。



 朝、七時……半になる頃。本を閉じ、ランドセルを背負う。

 さあてまた今日が始まる、いつもと変わらない私の日常が。ドアを開き戸締りをする。今日学校で何をしようか。あの本の続きでも読もうか。それとも友達と過ごそうか。


 私は歩き出した。



 通学路、校門、昇降口……そして教室へ。

 教室には数名クラスメイトがいた。私は自席に向かいランドセルを下ろす。教科書を机にしまい、ランドセルをロッカーに入れる。いたって普通の行動をした。


「ルマ、今日って宿題ってあったっけ?」

 ロッカーの前でクラスメイトに声を掛けられた。

「あるよ。算数のプリントと、国語の漢字ノート。社会の調べ学習も宿題だったような……」

「そんなにあったの!? 宿題多すぎー……それにどれもやってないや。あー、誰かに見せてもらおっと」

 宿題をやっておいてよかった、心からそう思えた。今日宿題を忘れていたら、確実に居残りだっただろう。居残りなんかで大切な時間を無駄にしたくない。


「宿題超めんどーい。ルマ珍しいね。ルマが宿題やってくるなんて。いつも忘れてるのに」

「あ、はは……私そんなに忘れてる?」

「忘れてる忘れてる! だって昨日も……」

 ああイライラする。こいつと話してるとイライラする。態度が気に入らない。早く向こう行ってくれないかな。でも私は、そんな感情を顔には決して出さないように努力した。


「あー、あいつだったら宿題完璧にやってるだろうなー……宿題はあいつに見せてもらおうかな」

「……? あいつ?」

「ほら、学年一の成績で超イケメンの……」


 そこで教室のドアが開かれた。

 入ってきたのは。


「あ…………え……?」

「あー! ねえねえ宿題見せてー! 今日忘れちゃってー!」

 クラスメイトは私から去っていった。

「宿題? おいおい、宿題は本来人に見せてもらうものじゃないだろ」


 近づいて来るその美少年は、『あの頃』と違って少し大人びていて。

「ルマ? どうしたんだよ。突っ立ったままで」

 さらに美しさに磨きが掛かっていた。

「あ、目の下クマがある。さては昨日あんま寝てないだろ」

 男っぽくなっていて、すごくカッコよくて。


 でも、こんなこと絶対にありえない。

「アツシ……」

 だって目の前にいるこの美少年は……


 死んだはずなのだから。



 私は夢を見ているのだろうか。

 だってアツシが今生きているなんてありえない。アツシはあの日死んだのだ。脳死して、身体をバラバラにされて、誰かの一部にされて。だからアツシが今ここにいるなんてありえない。

 休み時間、私はアツシの席に向かった。アツシは今この席にはいない。友達とどこかへ行ってしまった。

 机に置かれた筆箱を見る。二年生の時のアツシの持ち物は、どれも流行っていたアニメのものだった。なんだっけ……男子にとても人気あったやつ。今も人気だけど、この歳でそのアニメを見る人は少ないらしい。だからそのアニメのグッズを持っている人は、この学年にはあまりいなかった。 


 アツシの筆箱はあの頃と変わらない。というか、持ち物全てあの頃のままだ。

 物を大切にするから物持ちもいいのだろう。あまり傷んではいなかった。


(でも……おかしい)


 この世界はおかしすぎる。何もかもがおかしい。全てがおかしいのだ。

 なぜアツシは生きている? なぜそこに誰も疑問を抱かない? そもそもアツシはこのクラスに『初めから』いたことになっている……?

 でも昨日までのクラスにアツシはいなかった。それは断言出来る、と思う。あれ……アツシは昨日いなかったよね? 本当に『いなかった』よね?


 あれ?


 私はアツシが死んだという理由を作ろうとしている?


 だってこれじゃまるで、アツシが『ここにいてはいけない』と言っているようなものじゃないか。なぜ私は理由を求めるのだろう? なぜ私はそこまでアツシの死にこだわる? なぜ私は、アツシが死んだことにしたいんだろう?


「何やってるんだよ」


 後ろから不意に声をかけられた。


「アツシ……」

「俺の席で何やってんの?」

 アツシの目には疑問が浮かんでいた。でもその口調は決して私を責めるような口調ではなかった。

「あっ……ごめんごめん」

「……? ルマ、最近どうしたんだ? なんか様子がおかしいけど」


 『最近』ということは、今日だけじゃない。恐らく昨日も一昨日も私はこんな感じだったのだろう。

 しかし私は昨日も一昨日もその前も……二年生だったあの時からアツシと話した記憶はない。


「ねえ、アツシ……変なこと聞くんだけど」

「?」


「アツシさ……事故に遭ったことってない?」

「え?」

「例えば……交通事故とか……」

「え……? 何言ってんだよ、ルマ。事故に遭ったことなんてないけど……」


 やっぱり。あの事故がなかったことになっている。

「なんでそんなこと聞くんだよ?」

「え? いや、なんでもない……」


 間違いない。私は確信した。なぜだかわからないけど……事故に遭わなかったアツシは、今生きている。どういう経緯で事故を回避したのかわからないけど。アツシは『生きている』ことになっている。

 そうなると疑問が次々に浮かんでくる。じゃあ昨日までの出来事は? 昨日までの私の記憶は? 全て夢だった? いや、そもそもこれが現実なのだろうか。この世界自体、夢なのではないか。

 でもこの世界でアツシが生きているのなら、これが夢じゃなくて現実なら……


 またあの時のように三人で笑い合うことができる……!


「アツシ、今日の放課後って遊べる?」

 願ってもないことだった。ずっと諦めていたことだったから。

「えっ? まあ遊べるけど……」

 こんな形でアツシに再開できるなんて思ってもいなかった。

「じゃあさ、今日マイコと三人で遊ばない?」

 でもきっとこれが『現実』だ。自分が信じた方が『現実』だ。アツシが事故に遭ったなんて、そっちの方こそ『夢』なんだ。アツシはこうやってここにいるんだから。

 三人で遊ぶなんてすごく久しぶりだなあ……何をしよう? またあの公園で遊ぼうかな?

 

「うーん……まあいいけど……この歳で三人で遊ぶのって……ちょっと……ほら、もう俺たち六年生で来年は中一じゃん? それに女子二人に男子一人って……」


 あれ?



 学校から帰宅して、今は家。

 アツシは今日、家の用事とかなんとか言って遊べなくなった。家の用事なんて嘘だ。幼馴染の嘘くらい見抜ける。

(どうしてあんな嘘を……)

 理由は一つ。一緒に遊びたくないからあんな嘘をついたのだろう。どうやらアツシは随分と変わってしまったようだ。確かに外見は変わっていた、でもそれ以上に内面も変わってしまっていた。変わっていないと、あの頃のままだと思っていたのに……


 やはり人は徐々に変わっていくのだろうか。

 それが望んでいることではなくても。


(……心臓が……痛い……)


 胸の辺りが痛い。ちりちりとした痛み。徐々に胸を締め付けていくような感じ。これはなんだろう……? アツシが死んだ夢とは違った痛み。あの時も苦しかったけど、今も苦しい……


(今日は疲れたな……)


 寝よう。寝て痛みがとれなかったら、病院に行くことも考えた方がいいのかもしれない。

(病院めんどうだなあ)

 ……病院といえば…………アツシ……

 また心臓が高鳴った。アツシのことを考えれば考えるほど、高鳴る鼓動。おかしいな、今まで人のことを考えて鼓動が早くなったことなんてなかったのに。


 不思議だなあ……まるで今私は、不思議な世界に迷い込んだ……

 ……やめよう、物語と現実は違う。本の読みすぎで物語の世界と現実が混同している。私の悪い癖だ。


 明日は……アツシとどんな話をするんだろう……

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