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人間ダイアリー  作者: 夢菜
Family
14/17

 私の過去2 





「今日はあの屋根に登ろう!」


 そんなことを言いだしたのはマイコだった。


「え? なんで屋根に? ていうか、そこ人ん家だよ、見つかったら大変なことに……」

「ルマ、私はルマのお姉ちゃんだよー? お姉ちゃんの言うことは絶対なんだから!」


 あの日から私たちの関係は続いていた。マイコがお姉ちゃん、私とアツシがその妹と弟。こうして三人だけになった時に、その設定が使われる。

 今日は学校が早く終わり、またいつもの公園へ集まった。何をしようかと話し合っていたところ、マイコが突然屋根に登ろうと言い出したのだ。

 確かにこの公園の近くには、小さな集会所がある。そこで時々大人たちが集まって、何か難しい話をしているのだ。

 まあ、いつもは人がいないけど。


「あの屋根から見える夕焼けはきっと綺麗だよ!」

「それならマイコ一人で登ってきなよ……」

「私は、三人がいいの! 三人じゃなくちゃ意味ないんだよ!」

 

「はは……マイコにはどう頑張っても逆らえないや……」


 アツシがそんなことを言った。


「え? アツシ、やるの?」

「おおー! さっすがアツシ! わかってるねー」

「……僕もまあ、一回あの屋根登ってみたかったし……」


 意外だ。アツシがそんなこと思っていたなんて。

 まだまだ私が知らない部分があるんだなあ……


「でも二人とも、もし落ちたらどうするの? 死んじゃうかもよ?」


 別に高いところが怖い、というわけではない。怒られるのが嫌なのと、落ちることが嫌なだけだ。

 マイコなんて屋根の上で暴れて、そのまま落ちちゃうかもしれないし。アツシはアツシで、マイコの巻き添えになって一緒に落ちちゃいそうだし。

 それか、登ったところを大人に見つかって三人で怒られるか。

 いずれにしても危険でしかない。そんな危険なことに首を突っ込むほど、私も馬鹿じゃない。


「ルマ、あの高さはせいぜい二階だよ? 大丈夫、落ちてもせいぜい骨折くらいで済むよ!」

「いや、それ全然大丈夫じゃない……」

「骨折したら、アツシの病院に行けばいいんだよ! アツシのお父さんなら、ちゃちゃっと治しちゃうでしょ!」

「いやー……僕のお父さんでもそれは……」


 マイコは私の話を聞かなかった。

 まあ幼稚園の時からそうだから、別に今更って感じだけど。もうマイコの少々強引な性格も慣れてきた。

 でもなあ、もう私たち小学二年生なんだよなあ……いつまでもわがままを言っていられない。

 マイコがちゃんとする日はいつ来るのだろうか。いや、そんな日は来ないかもな。例えばマイコの身に電流が走る、何か衝撃的な出来事がないとマイコのこの性格は治らないだろう。


「とーにーかーくー! 私は三人であの屋根に登りたい! ねっいいでしょ! 一生のお願い!」


 マイコにとって一生のお願いは、一体いくつあるのだろうか。マイコは幼稚園の頃から、何かと『一生のお願い』をたびたび口にした。その『お願い』に私とアツシは何度振り回されたことか。

「はあ……もう、しょうがないなあ」

 しかし私はここで折れた。もう相手にするのも疲れた……

 これじゃどっちがお姉ちゃんかわからないよ。マイコが私の妹みたい。


「ルマ! 登ってくれる?」

「……いいよ、実は私もちょっと興味あったし……ね」

「よーし! じゃあさっそく登ろう!」


 マイコが集会所に向かって歩き出す。とても嬉しそうだ。そんなに嬉しいことなのだろうか?

 ふと私はマイコに尋ねた。


「ねえ、屋根に登るためにはハシゴが必要なんじゃないの?」

 ハシゴがなければあの屋根には登れない。


「ああ、それは……ねえ、アツシの家にハシゴないの?」

「え、なんで?」

「アツシの家は、この公園から近いじゃん! だからさ、アツシの家から持って来れない?」

「無理だよ!」


 さすがにそれは無茶なお願いだ。いくらアツシが病院の子だからといって、そんなわがまま聞いてくれるだろうか。

 特にアツシなんて時期病院の『あととり』だから、そんなこと看護婦さんたちが黙ってないだろう。『そんな危険なことさせられません! 大切なお身体なんですから』とかなんとか言って、騒ぎ出すに決まってる。

 現に幼稚園の時にそんなことがあった。幼稚園の運動会の時に、アツシ過激派の看護婦たちが大騒ぎしたのだ。『見学をさせろ』とか、『転校させろ』とか言う人もいた。あの病院の人たちは、いちいち大袈裟すぎるのだ。


 だから私はあの病院の人たちがあまり好きではない。アツシの意見なんて聞かずに、大人の都合だけで勝手に物事を決めるからだ。少しはアツシも抵抗すればいいのに……


「むうう! 私絶対諦めないよ! 絶対三人であの屋根に登るんだから!」


 マイコはそう言って公園から出て行ってしまった。


「マイコ! ……どうする? アツシ……」

「うーん……マイコのことだから、きっとすぐに戻ってくると思うけど……」

「しょうがないな……」


 私とアツシは公園で待つことにした。

 マイコはどこに行ったのだろうか? 全く困ったお姉ちゃんだ。


「ルマ、マイコが戻ってくるまでブランコで待ってよう」

「そうだね……」


 私とアツシはブランコに座った。アツシはゆっくりとこぎ始めた。私もそれに釣られてこぎ出す。

 ふとアツシは私にこんなことを言った。


「……ルマ……思ったんだけど、ルマはこのままじゃいけないと思う」

「え? 何が?」

「ルマのお父さんとお母さんのことだよ」


 なんの話だろう? 私のお父さんとお母さん?


「いくら仕事が忙しいからって、ルマを一人にさせすぎだよ。ルマ、家のこと全部一人でやってるんでしょ? お母さんから聞いたけど……それって『いくじほうき』って言うんだって」

「……」

「僕は、ルマがお父さんとお母さんに会えなくて寂しいのを知ってる。それに大切な幼馴染のルマが心配なんだ。ルマはなんでも一人で抱え込んじゃうところがあるから……」

「…………だから?」


「ルマ、もうちょっとわがままを言っていいと思う。お父さんとお母さんに『会えなくて寂しい』って。子供なんだから、そんなわがままを言ってもいいと思うんだ……」


 アツシはブランコを止めた。何を言い出すかと思ったら。


「アツシに、何がわかるの?」


 私もブランコが止まる。


「私の勝手なわがままで、お父さんとお母さんを困らせたくないの。寂しいなんて言えないの」


 私はアツシに少し苛立った。なんでいきなりそんなことを言い出したんだろう? なんでそんな上から目線で言われなくちゃいけないんだろう?

 このままじゃいけないなんて、私が一番よくわかってる。でもこれは仕方のないことなのだ。私が何か言って解決するような問題じゃないのだ。


 確かに私はアツシに言った。『一人は寂しい』と。でも私には、マイコとアツシがいてくれるだけでよかったのだ。お父さんとお母さんの『代わり』に、私のそばにいてくれる人がいるだけで。私はそれで満足だった。それだけでよかったのに……

 心配なんてされたくなかった。お父さんとお母さんのことに、口出しなんてされたくなかった。『家族』がいる人にそんなことを言われると、なんだか自分が酷く恥ずかしく思えてしまうのだ。たとえそれがアツシでも……『お前とは違って、僕にはちゃんと家に家族がいるんだぞ』とでも言われているような感覚になる。自分が下に見られているような、そんな感覚に。


(そんなの私の考えすぎだけど……)


 アツシがそういう意味で言っているんじゃないことはわかっている。でもこの時の私は気が立っていて、とても正常な判断は出来なかった。


「……私のことを言うより、自分の心配をしたら!? アツシだって病院の人たちに流されてばかり……病院の『あととり』とかなんとか言われて、周りと比べられて! アツシの方こそ、病院の人たちに自分の気持ちをちゃんと言ったら!? 自分は特別扱いされたくないって!」


「な……なんで僕の話になるんだよ……」

「アツシは周りの大人たちに流されてばっかりで、正直見てるとイライラするんだよね。なんでもっとこう、自分の意見をはっきり言わないかな……」

「そっ……それはルマだって同じじゃないか!」

「私のお父さんとお母さんは仕事で忙しいの! 私もそれをわかってる! 私はこれでいいの!」

「ちっともよくない! ルマの身に何かあったらどうするのさ!」


 なんで私はこんなことを言っているのだろう?

 自分を心配してくれたアツシに、なんて酷いことを言っているのだろう。


「なんでアツシはそんなに私のことを心配するの!?」

「ルマが僕にとって大切な人だから心配なんだよ!」


 ごめん、アツシ。私こんなことを言いたいんじゃないの。

 元はといえば、私がアツシの前で泣き出してしまったことがきっかけなのに。

 アツシはただ、私のことを心配してくれてるだけなのに。


「……私のことはほっといてよ」

 違う、こんな冷たいことを言いたいんじゃない。

「私はこれでいいの、心配なんていらないの。だから大丈夫」

 ううん、全然大丈夫なんかじゃない。

「私があんな話をしちゃったからだよね。それはごめん」

 私が言うべきことはもっと他にあるはずなのに。


「アツシ、私にはもう構わないでほしいな」


 これでいい。


 どこが?


「……ごめん、僕のせいでルマを傷つけちゃったね……」

「……」

「……僕、今日はもう帰るね」


 アツシはブランコを降りて行ってしまった。アツシが私から遠ざかっていく。十メートル、二十メートル、私との距離がどんどん離れていく。

 アツシが離れて行くと同時に、心まで離れていくような気がした。


「……」


 謝らないと、アツシに謝らないと。


 でも、たった一言が言えなかった。


 それから私たち三人が集まって遊ぶことは、二度となかった。

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