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人間ダイアリー  作者: 夢菜
Family
13/17

 私の過去1



 わたしはつよいの。

 けんかならおとこのこにもまけないんだよ。

 ようちえんでわたしにかなうひとはいないんだから!


 だからへいきだよ。


 ひとりでも。



「せんせい、おかあさんは?」

「お母さんは『お仕事』なのよ」


「こないよ、せんせい。もうそらはまっくらなのに」

「もう少しで来ると思うよ。教室で待っていようね」


「おかあさん、なんでいつもおそいの?」

「仕方ないでしょう、仕事なんだから」



 お父さんもお母さんも仕事が終わるのが遅かった。

 私はいつも幼稚園で、迎えに来るのを持っていた。いわゆる、預かり保育ってものだ。

 毎日毎日遅くまで幼稚園で親が来るのを待っていた。ずっと一人で。いつまでもいつまでも。どれだけ心細かったか。それをお父さんとお母さんは知らない。だってそんなこと話したことないもの。


 『一人は寂しい』なんて。そんなわがままでお父さんとお母さんを困らせたくない。


 それは小学生になった今も変わらなかった。お父さんとお母さんは相変わらず帰るのが遅い。

 だからいつも私は家で一人ぼっち。自分でご飯を作り、自分で掃除をして、洗濯をして……気がつけば、家事の大半はできるようになっていた。親がいなかったから身につけられたスキルだ。

 親が授業参観に来たことなんて一度もない。親が家にいるなんてこと、滅多にない。


 その日、私はマイコとアツシと遊ぶ約束をしていたので早く帰った。

 ランドセルを置いて、家に鍵をかけて、走って公園に向かう。宿題は全部後回し。帰ってからやればいい。……その前に宿題をやる時間なんてあるかな? 家事をやってたら、宿題をやる時間なんてなくなってしまう。

 ダメだ。そんな後のことを考えるのは止めよう。これからマイコとアツシと三人で遊ぶんだから。三人で『楽しく』遊ぶんだから。急ごう。二人が待ってる。 

 公園にはマイコとアツシが既にいた。


「ごめーん! 遅れちゃった」

「あー! ルマが来たよ! アツシ、何して遊ぶ?」

「みんなで鬼ごっこして遊ぼうよ!」


 私とマイコとアツシは、幼稚園が一緒だった幼馴染だ。

 幼稚園の時から仲がよくて、小学生になった今でも遊んでいる。


「でもアツシ、三人じゃ鬼ごっこやってもつまんないよ」

「じゃあマイコは何したいの?」

「私はー……うーん……」


 私たち三人はいつもこんな感じ。

 三人で遊ぶといっても、大体何をして遊ぶか決まらず、お開きになることが多い。

 マイコとアツシには門限があるのだ。門限を破ると親に叱られるらしい。私にはそんなものないから、門限とか叱られるとか想像できないんだけど……


「うーん…………トイレ行きたい!」


 突然そんなことをマイコが言った。

 マイコはそのまま走って、トイレに行ってしまった。


 取り残された私とアツシは、呆気にとられた表情で立っていた。

 全くマイコったら……まあ幼稚園の頃からそうだったから、今更どうってこともないけどね。

 私がそう思っていると、アツシがこんなことを言った。


「ブランコの所に行こう」

「そうしよっか」


 私とアツシはブランコに向かった。

 ブランコは二台。片方に私が座り、その隣にアツシが座った。

 ちょっとブランコをこいでみる、なかなか上手くいかないなあ。隣を見ると、アツシはもうあんなに高い位置にいる。楽しそうにどんどんこいでいる。


「アツシ、どうやったらそんなに高くなるの?」

「足を曲げたり伸ばしたりするんだよ、こうやって曲げて……次は伸ばして……その繰り返し!」

「へえー」


 アツシの言うとおりにこいでみる。曲げて、伸ばして。曲げて、伸ばして。これでいいのかな?

 すると私は、いつの間にかアツシと同じ位置にいた。アツシと同じ景色が見えた。すごく不思議。ブランコってこんなコツがあったんだ……


「ほんとだ! 私、今高いとこにいる! アツシってすごいね!」


 ブランコから乗って見える空は、赤い綺麗な空だった。夕焼けが遠く彼方に見える。このままこいでいると、空まで届くかもしれない。ブランコに乗っていると、なんだか空を飛んでいるみたいな感じがした。風が気持ちよくて、ちょっと寒い。本当にこのまま空を飛べるかも。

 でもそれと同時にちょっと怖くなった。確かに景色は綺麗だし、乗り心地もいい。でもこのまま空を飛んでいくのは怖かった。私は重いからきっと落ちてしまう。あまりにも高い位置まで来たので、本当に空まで飛んでいってしまいそうな感覚になったのだ。


「へへっ……お父さんが小さい頃教えてくれたんだ。こうするといいって」

「アツシのお父さんが?」

「うん、ルマも知ってるでしょ?」


 アツシの話で少し気が紛れた。さっきまであった恐怖心が薄れていく。

 ここはアツシの話に集中しよう。ええと……確かアツシの家は、この近くにある大きな病院だったなあ。アツシのお父さんは、その病院で一番偉い人だったはずだ。


「……いいなあアツシは。お父さんとお母さんがいて」

「ルマの家にもいるでしょ?」

「でも仕事が忙しくて、いつも家にいないの。私と遊んでくれたことなんてないし……」

「ルマはきっと忘れてるんだよ。お父さんとお母さんと遊んだこと」

「そんなこと……きっとなかったと思うよ……」


 正確には『覚えがない』。お父さんとお母さんと遊んだことなんて、今までにあっただろうか?

 きっとないんだ、そんな気がする。いつも私は『一人で』遊んでいたもの。いつもお父さんとお母さんの帰りを、『一人で』待っていたもの。


「アツシはお父さんとお母さんと、遊んだことあるでしょ?」

「あるよ。でも最近は全然ないけど」

「もう小学二年生だもんね」

「でも最近、お父さんとお母さんと話してないんだ。二人とも仕事で忙しいみたい」

「へえー……じゃあ私と同じだね」


 私は少し嬉しかった。アツシも私と一緒なのだ。アツシと同じなら、辛くないや。私とアツシがそうなら、マイコもそうなのだろうか。でもマイコのそんな話、聞いたことないなあ。


「アツシは寂しくないの?」

「ううん、寂しくないよ。お父さんもお母さんも家にいるもん。それに、ちょっと話せないくらい平気だよ」


 アツシは寂しくないようだ。いいなあ、アツシが羨ましい。いつもお父さんとお母さんが家にいて。

 ああやっぱり、私とアツシは全然違うや。私はいつも寂しい思いをしてるもん……


「私は寂しい。お父さんとお母さんがいなくて寂しい。最後に話したのはいつだっけ。何を話したか忘れちゃった」

「お父さんとお母さんは、ルマのために一生懸命働いているんだよ」

「でも私は嫌だ……お父さんとお母さんと一緒がいい。そんなこと言えないけど」


 私はブランコを止めた。


「仕事はしょうがないことだってわかってるの。私のわがままで、お父さんとお母さんを困らせたくない。でもね、一人は寂しいの……一人は怖いの……」


 お父さんとお母さんのことを思い出したら、涙が出てきた。小さい頃から仕事仕事って言って、いつも家にはいなかった。私はずっと一人ぼっちだった。ずっと寂しくて怖かった。

 眠れない夜に縋れるお母さんがいなかった、私を甘やかしてくれるお父さんもいなかった。私のたった一人のお父さんとお母さんがいなかった。いつだって私は一人。

 お父さんもお母さんも本当の私を知らない。『ルマは出来る子』って思ってる。だから安心して仕事に行ってる。でも本当は全然違う。私はもっと臆病で寂しがり屋。お父さんもお母さんが思っているような強い子じゃない。誰も知らない、本当の私。


 私はなんでアツシにこんなことを話しているんだろう? なんでアツシの前でみっともなく泣いているのだろう? 涙が全然止まらない。嫌だ、こんな姿見られたくないのに。


「ルマは一人じゃないよ」


 アツシはブランコを止めて、私にこう言った。


「ルマには僕とマイコがいるよ。だから一人じゃない。そうだ、そんなに家族と離れて寂しいなら僕たちが家族になるよ。そしたら寂しくないでしょ?」


 小学校二年生とは思えない、大人な言葉。そういえばアツシは頭がよかったな、なんてふと思い出す。

 なんでこんなことが言えるんだろう、アツシにとって私はただの幼馴染なのに。でも私は純粋にアツシの言葉が嬉しかった。


「でも……いいの? アツシ」

「いいよ。僕はルマの弟になろうかなあ。僕はルマより背が低いし。マイコはルマのお姉ちゃんがいいかなあ……」

「……ふふっ本当の兄弟みたい」

「兄弟になるんだよ。僕たちは、ルマの」


 アツシが弟でマイコがお姉ちゃん……毎日が楽しそうだな、いいかもしれない。私はいつの間にか笑っていた。さっきの涙は消えていた。


「おーい! アツシー! ルマー!」


 マイコが戻ってきた。


「遅かったねマイコ。マイコはルマのお姉ちゃんだから」

「え? なんの話? 今日はおままごとするの?」

「みんなでルマの家族になるんだ! 僕はルマの弟だよ」


 アツシがマイコにそう言った。マイコはまだ状況を理解できていないらしい。頭にはてなマークを浮かべている。


「……へへ。マイコ、マイコは私のお姉ちゃんだよ?」

「……うーん、なんかよくわかんないけど、いっか! よーし! 私はルマとアツシのお姉ちゃんだぞー!」

「よかったねルマ。これでもう寂しくないよ」


「うん! ありがとうアツシ」


 私は嬉しかった。

 嘘でも私に『家族』ができたから。

 だってお父さんとお母さんはいつも家にいないし、きっと私のことなんて仕事で忘れているのかもしれない。

 だから二人を『家族』と思うことができない。『親』と思うことは出来ても、家族と言われるとピンと来ない。だって『家族』はいつも家にいるものでしょ? 漢字だってそう書くし。


 でもアツシとマイコは違う。いつも私のそばにいてくれる。

 だから『家族』なの。


「アツシとマイコはずっと私の『家族』でいてくれる?」


 私は二人にそう聞いてみた。そしたら二人は笑ってこう答えた。


「もちろんだよルマ! 私はずーっとルマと一緒だよ!」

「僕もだよ。だからもっと僕たちを頼っていいんだよ? ルマは、幼稚園の頃から無理して頑張っちゃうところがあるから」


 遊びの時間の終わりを知らせるチャイムが鳴る。

 いつもそれを聞くと、『ああもうお別れなんだな』と寂しい気持ちになるが、今日はそんなこと思わなかった。

 だって二人がいるから。二人は私の『家族』だから。だからもう寂しくない。

 もう寂しくないよ、お父さんお母さん。


「あー……チャイムなっちゃったねー……私帰らなきゃ」

「僕も帰らないとな……それじゃルマ、また明日学校で」

「うん、また明日ね」


 アツシとマイコが去っていく。私はそれを見送った。

 いつもは寂しいお別れも、今日は違う。笑って別れることができる。だって明日また二人に会えるから。私の『家族』に会える。

 今日はなんだかよく眠れる気がした。怖い夢もきっと見ない。一人の夜も大丈夫。怖くない。


 さあて私も帰ろうかな。いつまでもここにいても仕方ない。

 帰ったら宿題と、ご飯の支度をしなくちゃ。お父さんとお母さんの分はいいや。どうせ今日も帰ってこないだろうから。


 明日二人に会うの楽しみだなあ。


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