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春といえど、まだまだ寒いと思う。
もう四月で辺りは桃色に染まっていたが、私はまだカーディガンを手放せずにいた。私は極度の冷え性なのだ。春といえど油断できない。
そんな私はカイロまで持っている。私がどれほど冷え性なのか、おわかりいただけただろうか。はあ、夏まで衣替えはできなさそうだ。
昼休みの図書室、そこには私と私の幼馴染、マイコしかいなかった。どうも図書室は人気がないらしい。
クラスの人が昼休みにすることと言ったら、校庭で遊ぶか廊下で喋ることばかり。読書をする人は圧倒的に少なかった。
まあ読書は静かにしたいから、別にいいんだけどね。
「あー……今日は暖かいね……」
マイコがそう言った。そうだろうか? 私には少し肌寒いのだが……見ればマイコは半袖だった。寒くないのだろうか?
マイコは私と違い、暑がりなところがある。私とマイコは、実に対照的だ。性格も全然違うし、趣味も違う。そんな二人がなぜ一緒にいるのか。いささか疑問に思う人もいるだろう。私とマイコは、実は幼稚園の頃から一緒の中なのだ。家も近く、よく一緒に遊んでいた。
しかし、とある時期を境に、めっきりそういうことはなくなってしまったが……
「そうかな……? 今日は寒いよ」
「ルマは冷え性だからね。ルマにとっては寒いのかも」
「うん、現に今寒いもの」
マイコと他愛のないやりとりを交わす。こういうやりとりをマイコとするのは、実に久しぶりのことだった。
今も私たちは仲良しだが、クラスが離れてから二人で話すことはなくなってしまった。時々会って、話す程度。もう昔のように遊ぶことはなかった。
「マイコは最近、アイと一緒にいるよね。すっごく仲良さそうだけど」
「まあねー……最近アイ以外の人と喋ってないよ」
「アイもいいけど、そのうち、アイ以外の人と喋れなくなるよ? いわゆるコミュ症になっちゃうよ?」
「あはは……もう私そうなってるかも」
マイコにはアイがいる。二人の絆はとても強く、幼馴染の私でも太刀打ちできないものだろう。私なんかが入れる隙はない。
そして私は一人。でも私にも友達はいるし、決して一人ぼっちというわけではない。
好き好んで、今は一人でいるだけだ。
休み時間は読書の時間、大切な読書の時間を他の人に邪魔されたくない。
読書の時間は、本の世界に入り込むことができる。
その世界がミステリーだったり、ファンタジーだったり、あるいはSFだったり。
それはその日の気分次第。
本の世界は素晴らしい、辛い現実を忘れさせてくれるほどの楽しさ。自分が勇者になって世界を旅したり、探偵になって謎を解いてみたり、魔法使いになって自由自在に魔法を使ってみたり……現実の世界とは比べ物にならないほど、楽しいことばかり。
だから私は辛いことがあると、いつも本を読んでいた。本は嫌なことを忘れさせてくれるから。
え? 活字中毒? 何それ? そんな言葉初めて聞いたよ。
「そういうルマだって、いつも一人で本読んでるけど?」
「好きで読んでるの。ちゃんと友達もいるから安心して?」
「クラスが離れて、ルマと話すことがなくなっちゃったから、今のルマの友達とかわかんないや」
「まあ、そんなもんだよ。クラス替えなんてしたら、友達関係なんてリセットされるもん……」
そう、今まで仲が良かった友達も、クラス替えで一気に離れていく。
クラス替えもよしあしだ。新しい友達ができるけど、それまでの友達とは別れる。
まあたとえ離れたとしても、永遠に別れるわけではないのだ。だから友達関係が完全にリセットされるわけではない、また始めればいいだけの話だ。
「そうだ……春といえば……ルマ、今年は行くの?」
「……」
「私は……今年も行くよ」
「……そう」
春といえば、私たちには忘れがたい出来事があるのだ。
忘れたくても忘れられない、楽しくて悲しい出来事が。
まあ、今私たちが話していた『行く』『行かない』の話は、年に一度のイベントに行くかどうか、みたいな話だろうか。
でも、イベントというのはさすがに言い過ぎだろうか……
「あ、チャイム鳴った」
昼休み終了のチャイムが鳴った。
私たちは教室に戻らなければいけない。
「それじゃあルマ、またね」
「……うん。またね、マイコ」
私たちは別々の教室へと戻っていった。
そして私は再び本の世界へ。
授業が始まるギリギリの時間まで、私は自席で本を読もうとした。次の授業は退屈だから、授業中でも本を読んでいたい。
しかし、今日はなかなか本の世界には入れずにいた。
それはきっと、マイコのせいだ。マイコと話していたからだ。マイコのせいで、思い出したくない記憶を思い出してしまった。別にマイコを悪者にしようというわけではないが、この時は悪者にせざるを得なかった。
本の世界の入口は、入る瞬間を逃してしまうとなかなか入れない。
この時間では本を読めないな……
(ふう……早く授業が終わればいいのに)
私は、まだ始まってもいない授業にため息をついた。
放課後、私は一人だった。一緒に帰る友達は探せばいるが、今日はなんとなく一人で帰りたい気分だった。
外は夕焼けが綺麗だった。茜色の空が、とても眩しく見える。特に今の私には。私は重い足取りで歩き始めた。
ちなみに、私は基本登下校中には本を読まない。前に本を読んで歩いていたら、思いっきり電柱にぶつかったからだ。
(……ああ、そういえばここは)
私は帰る途中に、大きな病院を通りかかった。
この大きな病院は、幼馴染の家だ。私の幼馴染、アツシはここに住んでいた。
マイコ、アツシ、そして私。幼稚園からの幼馴染。一昔前は、三人でよく遊んでいたっけ。今はもうそんなことないけど。私も、いつまでも子供じゃない。もうあの頃のように遊び回らない。
それに三人で遊ぶことは、もうないのだ。そのきっかけを作ったのは、紛れもない私。
だから、なんとなくこの幼馴染の家を通るのは気まずいのだ。
近くにある公園に寄り道してみる。
どうせ帰ったって一人。お父さんもお母さんも、仕事で帰らない。これが私の日常だ。親が共働きなんて、今時珍しいことではない。
(三人でよくここで遊んだなあ……)
私は四年前のことを思い出した。まだ私たちが小学二年生だった頃の話だ。
あの頃までは三人でよく遊んでいた。暗くなるまで遊んで、泥だらけになって家に帰ったっけ。
まあ、家に帰ってもこんな私を叱ってくれる家族はいなかったけど。
マイコとアツシはこっぴどく叱られたらしい。それがなんだか羨ましくもあった。
(……今更思い出に浸ってもねえ)
私たちはあの頃と違う。もう私たちは小学六年生。来年は中学生なのだ。過去は過去。今は今。
あの頃には決して戻ることができない。
たとえどんなに心の底から願っても、過去はやり直せないのだ。