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信じていた人に裏切られるという気持ちは、とてつもない悲しみと後悔が襲ってくるものである。
信じていたからこそ湧き上がる悲しみと、なんであんな奴を信じていたのだろうという後悔。
私は今回、それを身を持って知った。これもいい人生経験なのだろうか。
さて私は、今教室でとあることについて葛藤しているのだが……
私は未だアイに謝れずにいた。
ツバキがカンニングをしたという事実を知って、三日経つ。
全て私の早とちりで、アイを傷つけてしまったことについて、私はまだアイに謝っていないのだ。
「……言いづらい」
気まずくなっているのはお互い同じ。
しかし、私のたった一言でそれは解消されるのだ。
今日こそ言おう、今日こそ謝ろう、そう思っていてもなかなか口に出せるものではない。
これはまるで、告白のシチュエーションではないか。
時間が経てば経つほど思いは募り、言いづらくなってしまう……
まあこれもある意味、一種の『告白』なのかもしれない。
朝休み、私はアイの席の前に立っていた。
アイはまだ来ていない。アイは確か、学校に来るのがいつも遅かったっけ。
まだ私がツバキに出会う前のことを思い出す。
あの頃は確かにケンカもしたけど、次の日には仲直りが出来ていたっけ。
考えてみれば……私とアイは本当に仲が良かったんだなあ……
おおっと、もう過去にしてどうする。
自分は今からその復縁に行くところではないか。
思い出に浸っている場合ではない、アイになんて言おうか考えないと。
「……マイコ、何してるの」
アイが登校してきた。顔は笑っていなかった。アイの表情に酷く恐怖した。
その瞬間私は、今まで考えていたことが全部吹っ飛んでしまった。
私はひどくうろたえながら、アイにこう言った。
「あ、あああ、あのね、アイ。実はこの前のことなんだけど……その……なんというか……」
アイの顔を直視できない。
申し訳なさと、気まずさが重なって。
ああもうなんて言えばいいのだろう! なんて切り出せばいいのだろう!
正しい謝り方ってなんだろう? なんて言えば正解なんだろう? どうすれば私は許してもらえる?
「……」
「……」
沈黙が続く。ここは私が話を切り出さないといけないのだ。
しかしいざとなると怖くなる。心臓がうるさく音を立て、手に汗が滲む。
言わないと、ここで言わないと絶対に後悔する。もう後悔なんてしたくない。言うんだ私。
私が言わないと。ずっとこのまま……ずっとこのまま……アイとは二度と仲直りなんてできない。
さあ覚悟を決めて言おう。もしかしたら許してもらえないかもしれない。でも言わないといけないのだ。
一つ呼吸をおいてアイに言う。それは今にも消えてしまいそうな声で。
「……ごめん、なさい」
私はたどたどしくそう言った。
俯きながら。アイの顔を見ることができずに。
本来これは、正しい謝り方ではない。しかしアイはこう言ったのだった。
「ううん、いいの。マイコがいつものマイコに戻ってくれただけで、いいの」
あなたは天使か神か。
あんなに酷いことを言った私を許してくれるとでもいうのか。
「え……いいの? 私、アイに酷いことたくさん言ったよ? 許してくれるの?」
「うん」
「どっ……どうして? もっと責めたっていいくらいなんだよ? 私、アイに取り返しのつかないこと言って傷つけたのに……」
「だってマイコは私の親友だもん。」
アイは笑顔でそう言ったのだ。
アイは優しすぎる。こんな私をまだ親友と呼んでくれるのか。
私の目から涙が溢れた。
「ま、マイコ! 大丈夫? どうしたの?」
「アイが……アイが、私を、許すから……」
「なんで泣いちゃうの~!教室で泣かないでよ~」
「アイ……ごめん、ごめん……」
アイは私をそっと抱きしめた。
「マイコ、私、大人になってもマイコの親友はやめないよ。大人になってもずっと一緒。二人の絆は永遠不滅だよ」
静かにアイは、私の耳元でそう言って微笑んだ。
私には、その言葉だけで十分すぎるものだった。
二人の絆は永遠不滅。私にはもったいない言葉。
私は嬉しさと共に、同時に自分の愚かさを呪った。
こんないい子に私は、とても酷いことをしてしまったんだ。
でもアイはこんな私を許してくれた。私の大きな罪を、簡単に。
それにアイは私とずっと一緒にいてくれるという、宣言までしている。
ならば私もそれに応えよう。
「アイ、私もだよ。私もアイの親友は絶対やめないし、絶対誰にも譲らない。アイの親友は、私だけのポジションだよ」
私は泣きながらアイにそう言った。
アイに上手く伝わっただろうか。
「ありがとう、マイコ……」
ここが教室であるということも忘れて、二人は抱き合った。
じろじろ見られていたような気がするけど、そんなこと私たちは気にも留めなかった。
私たちは仲直りができた。本当によかった。もしあのまま仲がこじれていたままだったら……と思うと、ゾッとする。
(もう、絶対アイを傷つけることはしない。二度とするもんか)
そう心に誓った。
秋の終わり頃の空は、なんだか前よりも澄んで見えた。
私とアイは、下校中にこんな話をしながら歩いた。
「はあー……もう恋なんてしたくないよ」
「マイコは今回のことで、散々な思いをしたからね」
「ほんとだよ。なーんで私、ツバキの上辺だけのところに気づかなかったんだろう……?」
「まあ、ツバキの全てが上辺だったとは限らないんじゃない?」
「でも今思うとツバキの言葉、全部が全部嘘にしか思えないよ」
そう、私は今回の件ではっきりわかったのだ。
やっぱり男子は、ろくでもない奴ばかりなのだと。
あの時の淡い恋心なんて、もう思い出せない。最も、あれは『淡い』恋心だったのだろうか……?
「ツバキの写真も捨てようっと。持ってたってしょうがないもんね」
「マイコ、ツバキの写真持ってるの?」
「うん、夏休みの自由研究の時、ツバキと一緒に写真を撮ったの」
「えっそうなの? 私そんな話聞いてないけど……」
「そうだっけ? でもいいじゃない、もう終わったことだし!」
「……そうだね。で、マイコ。次の恋の予定はあるの?」
「恋なんてもう二度としない! 私にはアイだけで十分!」
これでいいんだ。
恋なんて辛いことばかりじゃないか。
報われないし、心を振り回されるだけ。
ただ傷つくだけだ。傷ついて終わり。それに『好き』という気持ちが、ずっといつまでも続くわけではない。
ツバキのカンニングを私が知らなくても、いつかツバキに冷める時が来ていただろう。
それがちょっと早まっただけなのだ。
「私も、一生恋なんてしないよ。マイコがいてくれればそれでいいから。だからマイコ、ずっと、ずーっと一緒だよ?」
「もちろんだよ!だって私たちは――」
『親友』だもんね?