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アイと縁を切ってから、数日が過ぎた。
アイのことなんてもうどうでもよくなっていたし、アイも私に話しかけることはなかった。
これでよかったのだ、きっと。
前々からアイとは合わないって思っていたし、もしあの時ケンカをしなくても、いつか私たちは仲がこじれていただろう。
それがちょっと早くなっただけだ、どうってことない。
それよりもツバキだ。理科の発表以来、ツバキと喋った記憶がない。
まずい、このままではせっかく築き上げた関係が水の泡だ。
チャンスは待っても訪れない、自分で作るものだ。
昼休み、私はツバキに話しかけてみることにした。
話題は何にしよう、星を見に行った日のことでも話そうか?
あのあと私は、ツバキとのツーショットを手に入れた。
写真に写るのは私とツバキ、二人だけ。これはもう家宝にするしかないだろう。
いや、でもこの話はちょっと話しづらいな……
それか、理科の発表のことについて話そうか?
いや、だいぶ日が経ってしまっている、話題性がない。
そうだ、確か先日理科のテストがあったはず。それが今日帰ってきた。
おお? これなら充分話のタネになるのでは?
早速試してみよう、善は急げだ。
ちょうど今ツバキは一人。絶好のチャンスだ。
「ねえツバキ、理科のテストどうだった?」
やった! やったよ! 私は今ツバキと普通に話せてる!
普通に! 目を合わせて! おどおどしていたあの頃とは違う!
ツバキはこう言った。
「理科のテスト? ああー……満点だったよ」
「えっ! 満点!?」
さすがツバキだ。頭がいいとは思っていたけど、ここまで頭がいいとは。
もっと好きになっちゃいそう。でもこれ以上好きになるなんてことあるのかな? 私はもう、この世界の誰よりもツバキを『愛してる』のだから。
「マイコはどうだったんだよ」
「私はー……七十点あたりかな。そ、それでも! 前よりは点数上がったんだよ!」
私はツバキのおかげで、授業もちゃんと聞くようになった。
特に気合を入れているのが理科。ツバキと仲良くなれるきっかけになった理科。
でも私もまだまだだな。もっと勉強しないとな。
ツバキとちゃんと、つりあえる子にならなきゃ。
「あのマイコが七十点なんてすごいな」
「それ、内心ちょっと馬鹿にしてるでしょー?」
「はは、そんなことないって」
ツバキが笑う。私も笑う。
他愛のない話だけども、ツバキと話している。ツバキと一緒にいることが何よりも嬉しかった。
ずっとそばにいたい。このままずっと話していたい。でも私は心の中から湧き上がる感情を、隠した。
まだダメだ。まだ知られてはいけない。チャンスはきっと来る。焦っちゃダメだ。今はまだその時ではない。
そんなことを心の中で考えていたら、ツバキが今思い出したかのようにこう
言った。
「そういえばマイコ、最近アイと何かあったのか?」
不意打ちだった。まさかツバキがこんなことを言うなんて思いも寄らなかった。
「え、いや? 何もないよ?」
私はそう返した。ツバキが私とアイの絶縁について知ったらどう思うかな。
優しいツバキのことだから、『仲直りしたほうがいい』って言うのかな。
でも絶縁のきっかけがツバキだと知ったら、ツバキは一体どんな反応をするのだろうか。
私は嫌われてしまうだろうか、この気持ちを知られたら、ツバキは私から離れていってしまうだろうか。
だから私は嘘をつく。ツバキだけは失いたくない。
「どうしてそんなことを?」
「なんかさ、最近マイコとアイ全然話してないだろ? 何かあったのかと思って」
ツバキは人のことをよく見てるなあ。あれ? それって私たちのことをずっと見てたってこと?
ツバキは私に関心を抱いてるってこと? それって、ツバキの気持ちは私に向いてるってことだよね?
ツバキは私のことを見ていてくれた。これってもしかして気があるってことだよね?
もしかしたら本当に両思いになるかもしれない。だってツバキも私を見ているんだもの!
希望はある、アイという邪魔者もいないし、今更ツバキが他の女子に目移りするとは考えにくい。
今この時点で、私を超えられる人はいない。どんな美少女でも、私とツバキが築いてきた時間には敵わない。
私はツバキの質問にこう答えた。
「アイとは『何も』ないよ」
「そうか? 俺の気のせいかな……? それでも二人でいることはなくなったよな」
「まあね。自立ってやつかな……? 私はいつもアイと一緒にいてばかりいたから、そろそろ付き合いを変えてみようかなって。ほら、私たち来年は中学生でしょ? 色んな子と付き合ったほうがいいかなって……中学校では、別の小学校出身の子もいるだろうし」
「……そうなのか?」
「うん。だから気にしないで」
大嘘だ。私はまたツバキに嘘をついた。
私が自分から友達を作りに行くような人でも? それは大間違い。むしろ私は人間と付き合うのが面倒に思っている。
だって人間は簡単に裏切る。アイのように。
信頼関係を築くだけ無駄なのだ。
でもツバキは違うよね? 私を裏切ったりしないよね?
ツバキが私を裏切るなんてこと、絶対にないよね?
だってツバキは私の……
「あ、昼休み終わった」
ここで、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
もっとツバキと話していたかったなあ……
ツバキは行ってしまった。
(ツバキと話せた……今までみたいに目をそらすことなく……ちゃんと目を合わせて……ツバキも私のこと見てた……ツバキの目に私が映っていた……)
あともうひと押しかもしれない。
もう一歩、あともう一歩でツバキと両思いになれるかもしれない……
確実に『ただの友達』という関係ではなくなっている。
このまま順調にいけば『恋人』も夢じゃない……!
ああ、五時間目は私の『好きな』理科だ。早く理科室に行こう。
ツバキが理科が好きなら、私も理科が好き。
ツバキが好きなものは、私も好き。ツバキが嫌いなものは、私も嫌い。
だって二人はすごく気が合うんだもの!
放課後、私は一人で帰ろうとすると、筆箱を教室に忘れてしまったことに気がついた。
慌てて階段を駆け上がり、教室に戻る。
うっかりしてたな。いけないいけない。
教室を覗いてみると、そこには愛するツバキと数人の男子たち。
なんの話をしているのだろう? 何をしているのだろう? 私は聞き耳を立てた。
「……えー!? マジかよツバキ!」
一人の男子の声が聞こえる。
この反応……もしかしてこれは、男子の『恋バナ』というやつだろうか?
だとしたら、これを聞き逃すわけにはいかない。
ツバキの好みのタイプを知るチャンスだ。
そしたら私は、ツバキの好みのタイプの女子になろう。自分を変えることくらい苦ではない。全てはツバキのため。
確かツバキに好きな人はいなかったはず。自由研究のときに言っていた。
でも好きなタイプくらいあるだろう。
「うん。これは内緒だぞ?」
『内緒』と言われると、逆に気になるのが人間の心理。
ツバキの秘密……? ツバキの秘密の部分! ここでしか知り得るのことのできない、ツバキの真実!
私は興味津々に聞いていた。
「でも信じられねえな……あのツバキが……」
「しょうがねえだろ、成績は大事だ」
「ま、まあそうだけどよー……俺にはちょっとその勇気はないわー……」
「だよなー……まさかツバキが」
「カンニングをするなんて」
今、あの男子はなんて言った?
カンニング? どういうこと? ツバキが? あのツバキが?
え、これってなんの話? ちょっと話の流れが掴めない。展開が急すぎる。
「ツバキ、本当かよ?」
「ああ、先生の机にテストの解答があってさ。全くあの先生も間抜けだよなあ、解答を堂々と机に入れてるなんて。生徒に見られるとか思わないのかな」
嘘だ、ありえない。頭のいいツバキがカンニングするなんてありえない。
「ヤバくね? それ……」
「大丈夫大丈夫、案外バレないもんなんだよ。そのおかげで、今回の理科のテストは満点とれた」
「ツバキもゲスいなあ」
男子たちの笑い声が聞こえる。ツバキも笑っていた。
嘘、だ。あのツバキが……? そんなことをするなんて……
私はあまりの衝撃に、座り込んでしまった。
嘘だよね? 信じられない。
「まあ、今のうちから成績上げておかないとヤバイからな。子供のうちから、こういうズルい手は学んでおかないと。人生の勉強だよ。理科の勉強よりもよっぽど役に立つ。所詮大人は成績しか見てないんだよ、馬鹿は見捨てられる。でも、これもいい社会勉強になるかもな」
「わーお。ツバキは現実的だなあ」
「だってそうだろ? だからみんなも、こういう手は知っといたほうが……」
私はこれ以上、ツバキたちの話を聞きたくなかった。
ふらつきながら来た道を戻る。筆箱なんてどうでもいいや。
ツバキは……私の思っている人と違ったみたい。
理想と現実ってやつかな。たった今、現実を突きつけられたところ。
ツバキがカンニングしていたなんて知らなかった、そしてあんな最低な人だなんて知らなかった。
ふとアイが言っていた言葉を思い出す。
アイは『ツバキは、マイコが思っているほどいい人じゃない』と言っていた。
ツバキは悪い奴、あんな最低な奴を好きになったら、絶対後悔するとも言っていた。
もしかしたらアイは、ツバキのカンニングを知っていたのだろうか。
それに気づいて、私に忠告してきたのかもしれない。
それなのに私はアイになんて言った?
私は、アイに、たった一人の親友に、なんて酷いことを……
「うわあああああああああああああああ!」
私は廊下で泣き崩れた。誰もいない廊下に、私の声が虚しく響く。
ごめん、ごめんねアイ、ごめんなさい。
私はあなたに、とても酷いことを言ってしまった。
恋なんていう幻覚に惑わされて、周りが見えなくなっていて、アイの優しさに気づくことができなかった。
一番愚かなのは私だ、カンニングをしたツバキじゃない。
あんな奴に、私は今まで騙されていたんだね。騙されていた私も私だね。なんであいつを好きになっていたんだろう。
たった一人の親友を失い、信じていた人にも裏切られ、私はこれからどうすればいいのだろう。




