歯車公爵家の愛らしい小さなリリー公女です。
家に即、たどり着いたフィアは、
「若君……フィア、お帰りなさいませ。お忘れものですか?」
「ううん。セインティア叔父上。怪我をしたレディを連れてきたの。怪我の手当てをしたいんだけど、ヴィクトローレ叔父様は?」
「奥におられますよ。もうすぐお帰りかとは思います……あぁ、ヴィク」
奥から出てきた青年が、
「どうしたの?フィア」
「叔父様。意地悪されていた女の子と、ナムグを連れてきたんだ」
「こ、こんなに小さい子に‼」
「うん。説明しながら話すから、お願いしてもいい?」
父親であるシルゥにうり二つの愛らしいけれど人形じみた印象の少年だが、長身の叔父を見上げ、こてんっと首を傾げる。
その仕草だけでも、ヴィクトローレにとっては鼻血が出そうである。
それをセインティアは拳でコンッと叩き、
「じゃぁ、行こうね。君は……おいで、シルゥに治療をして貰わないとね」
「あのね、ローバートって呼ばれていたよ。多分、シェイズ子爵家の息子に、ローバートっていうナムグが先日譲られたよね?確か体毛は原種に近い淡い色。瞳も栗色。この子だと思うんだ。シェイズ子爵家に言っておいてくれるかな?僕が預かったって」
「解りました。フィア。じゃぁ、ローバート……おいで」
促されるが、心配そうに少女を見る。
「大丈夫だよ?フィアやヴィク、シルゥがいるからね?安心して」
頭を撫で、連れていく。
「あ、あの、あの……」
普通に……いや、ファルト領でも裕福とは言いがたい家の娘は、絢爛豪華ではなく優雅な印象だがあちこちに無造作に飾られているものにびっくりする。
「え、あの剣は……お祖父様の持っていた本の中の、国宝の……」
「ん?あ、そうそう。一応、国宝で、先代のカズール伯爵が愛用していたんだよ。定期的にお祖父様が手入れしているんだ。あれも、アレクサンダー1世陛下のご夫君の、マガタ公爵閣下の戦場で用いられていた指示旗。色々な色もあったから、指示旗は幾つか残っているけど、これは珍しいんだ」
「え、あぁ⁉何か書いてます」
ボロボロの青い旗に、書かれているのは……、
「えっと『ドルフのいじわゆ‼チェーニャ拗ねるもん!』……えっと……」
困惑ぎみに答えるファーに、フィアは、
「ドルフと言うのは初代マガタ公爵の名前で、チェーニャは、アレクサンダー1世陛下の愛称なんだって。お忙しいマガタ公爵に陛下がイタズラしたみたい。マガタ公爵は国の政務に、戦時中は軍師として、将軍としても戦場に立たれていたから、陛下が構ってくれないって落書きしたみたい。直筆だから国宝かなぁ?」
「こ、こんなにあって、ここは……」
奥から色違いのドレス姿で近づいてきた二人は、
「あれ?フィア?出ていったんじゃ?」
「フィアちゃん、お帰りなさい」
「父様、母様。お願いがあるんだ。セイン叔父様にお願いしたんだけど、ナムグの手当てをして欲しいんだ。大丈夫?」
「それは大丈夫だけど……その子、どうしたの?」
「嫌がらせを受けてて苛められていたんだよ。身体中……特に手がね?ヴィク叔父様に見て欲しいの。駄目?」
こてん?
首を傾げる姿に、両親は堕ちる。
「大丈夫だよ‼父様がすぐにそのナムグを診てあげる‼」
「それに、お嬢さんにちょっと着替えを準備しましょう。行ってきます。可愛いワンピースを探さないと‼」
フィアの両親のシルゥとエリーは、息子を溺愛している。
でも、フィアは両親によると甘えベタであり、甘えさせてくれないと拗ねるのだが、元々自立している息子が、『お願い』の首傾げポーズには問答無用で弱いのだ。
「あ、マディ兄様‼」
セインティアの甥であり、ルーの兄であるマーマデュークが、
「部屋は準備させて頂いた。こちらに」
「はい。ファー。大丈夫だよ。ヴィク叔父様は治療医として資格を持っているからね?」
フィアから、がっしりとした大きなマディが抱き取り、
「申し訳ない。私は、マディ。フィアの兄のような存在だ。貴方の名前は?」
「あ、アルファーナ・リリーといいます。騎士の館に行こうとして、ファルトの町から出てきたのですが……」
瞳が潤む。
「身綺麗にしているつもりですが、一緒の馬車に乗っていた方に……それに、あの大きな子も意地悪されていて……か、庇ったら」
ボロボロと涙がこぼれる。
「『貧乏人が、騎士になってどうする‼国の恥だ‼』とか、『女の癖に生意気だ』って……私は、家の家計を支えたいのと、もっと勉強したくて……騎士としては失格かもしれないですけど……でも、もっと……国の、家族の為に何かできたらって……頑張って……」
フワァァン……
泣きじゃくる少女の背中を優しく撫でる。
「大丈夫だよ。兄さんがいるからね?フィアも友達で、ここの家も皆君の味方だよ。安心しなさい」
「お父さん、お母さん……会いたいよ……」
「今度兄さんが、ご両親を迎えに行くから……だから治療をしようね」
子持ちであり、弟も厳しくしつけたマディだが、こんなに華奢で弱々しい女の子は知らない。
子供は皆おてんばか、やんちゃなガキ大将なのだ。
でも、庇護欲が湧き、よしよしとあやす。
「大丈夫だよ。ほら、部屋についた」
ベッドの準備をしていたのはルエンディード……フィアの姉である。
この魔法宮とも呼ばれる館には術師には最適な、壁を通じて情報が行き渡る。
この情報は、屋敷が、漏らしていい情報かどうかを判断するように、過去のマルムスティーン侯爵アンディ・クリスチャンが建てる際にれんが風の石一つ一つに術をかけていった名残である。
アンディ・クリスチャンは、アレクサンダー1世陛下の妹のコスタリーカ王女を妻に迎え、それはそれは愛していたらしい。
その為、マルムスティーンの街の本邸の名前はコスタリカ邸と呼ばれている。
話はそれたが、マディを手伝い、少女を横たえたルエンディードは、
「ヴィク叔父上以外は、出ていってくれるか?幼いとはいえレディの体を見ることは許さん」
その言葉に、
「フィアも、今日は出発出来ない理由を、鏡を用いて伝えておくといい」
「はい、じゃぁ、ファー。後で来るからね?ナムグの様子も見に行くからね?待っててね?」
と言い部屋をあとにしたのだった。