フィアちゃんは生涯の親友と出会います。
フィアについてきたナムグは3頭。
ナムグと言うのは、ゴールデンレトリーバーを馬のように大きくし、大きな翼をもった、シェールドの固有種の獣である。
野生種と原種、繁殖種があり、野生種はこの王都シェールダムの西に広がる金の森から北に生息する。
濃い体毛を持ち、気性もはっきりしている。
原種は、金の森よりも西にあるカズール伯爵領の西に広がる迷いの原に、竜族と共存する温厚で淡い色の毛色の、野生種よりも一回り大きい。
繁殖種は、国に許可をとって、危険を及ぼさない程度、子供のナムグを親のもとから巣立ったものの弱ってしまっているものを中心に、マルムスティーン侯爵家で養育し、任務を与えられた上位の騎士に下賜される。
しかしフィアは、幼少時にすでにナムグの調教の資格をもち、自分が育てたリアンロードと言うナムグが乗獣として許可も得ている。
それなのに、どうしてアルフリードとナーガ・デールがいるかと言うと、アルフリードは元々、野生種のナムグの成年前の子供ナムグである。
だが数年前、丁度親から巣だった直後に森林の火事に巻き込まれた。
普通、ナムグは背中に一対の翼があるのだが、アルフリードには大きなこぶがあるだけで翼がなく、他の獣と逃げ惑うばかりで、最後には追い詰められていた。
その上、ふわふわの毛に火が燃え移り、火傷に悲鳴をあげようとした時に、頭上から、
『水の精霊よ、炎の精霊の暴走を消し尽くせ‼土の精霊よ、仲間の獣の傷を癒せ‼風の精霊よ‼西より花の種を運べ。春には安らぎの花が咲き誇るように……』
と言う声と共に、体がフワッと浮き上がった。
「君もおいで。ナムグなのに、翼がないの?大丈夫?」
火傷の跡を癒し、優しく撫でてくれたフィアに懐いたのだ。
フィアはナムグの研究家の父のシルベスターにアルフリードを診て貰うと、背中のこぶは翼が完全に上に出てこなかった証拠で、手術をして取り出した方がいいこと、そうしないと翼が動かなくなり、空を飛べなくなることを聞き、否応なく手術を選んだ。
すると、麻酔をかけて背中を注意深く切ったところ、通常一対の翼のナムグだと言うのにアルフリードは二対の翼を持っている特別種であり、古い書簡にも数体しか残っていない貴重種だと解ったのである。
即、シルベスターはアルフリードをフィアのナムグとして、ナムグ用の戸籍に登録した。
そして、翼を動かせるようになったらすぐに調教を開始し、今度、最終試験が待っている。
で、ナーガ・デールは、先代カズール伯爵リュシオンの乗獣で、リアンロードの父親である。
主であった伯爵が死ぬまでは、深紅の毛並みの美しいナムグだったのだが、一夜にして銀色に変化した。
主の死と前後するように、フィアが行方不明になったからである。
ナーガ・デールは気位が高く、そしてそれだけの才能をもったナムグであり、主の死と主と自分自身が可愛がっていた幼児の行方不明に衝撃を受けたのである。
戻ってきたフィアからは、片時も離れないようになった。
リアンロードは、他の兄弟が怖がる父親が、本当は不器用で優しく愛情深いことを知っているので、逆にフィアがふらっとどこかに出掛けたとしても、父が必ず傍にいるのが解っているので安心していた。
但し、ちなみにと言うか、ナムグは高い。
調教も時間がかかる上に巨体……シェールドの竜程ではないものの、多い時で大人を3、4人脱出することもできる為、性格を穏やかに大人しく温厚な子を選ぶ。
もしくは相性の合う子を。
でなければ、本当に危険である。
その為調教師は熟練した才能と経験が必要であり、フィアのように7才で調教師の資格を得た人間は皆無である。
一頭一頭丁寧に育てていく技を持つ……。
その技術を欲する悪人も多い、その為、シルベスターたちは、フィアにナーガ・デールが着いてくれていることを本当に安心している。
と、フィアが、
「ねぇ?ナーガ?前のあれ、何?」
『どこをどうみても、馬鹿のガキが、弱い立場の子供をいじめているな。不快な‼』
吐き捨てると、フィアは、荷物を下ろし、近づいていく。
「何してるの?」
「こいつが、俺のナムグに乱暴を‼」
自分が踏みにじっている小さな手の持ち主を示す少年に、
「ふーん……オリャァァ‼」
フィアは少年を蹴り飛ばし、少女を抱き上げると、
「そこのナムグ。体に不自然な傷があるね」
ポケットからナムグの調教師としての資格のメダルを見せる。
周囲はざわつき、後ずさる者もいるのだが、蹴り飛ばされた少年が、
「な、何をする‼」
「乗獣にたいする禁止要項を見ていないのか?第一条第一文、ナムグは傷をつける存在ではなく、友であり仲間であり兄弟である大切な存在である。それを解らぬものにナムグは渡さない‼私の立場により、彼を連れて帰る。おいで」
ナムグは躊躇うが、
「助けてくれたこの子を手当てしたいし、君も心配でしょう?来てご覧」
の声に、慌てて追いかける。
「おい、ローバート!主を見捨てるか‼」
その声よりも、声を殺し泣きじゃくる少女を心配そうに見つめる。
「泣いていいよ。痛かったね、悲しかったね、悔しかったよね……」
「ふ、ふ、ふえぇぇぇ……お父さん、お母さん‼人買いのおじさんから逃げたくて、頑張って、騎士になって、弟たちにも何とか……ふあぁぁん!」
泣きじゃくる声に、周囲は振り返るが、フィアは、
「大丈夫だよ。僕が何とかお願いするから、だから……信用して。ね?僕はフィア。君は?」
「リ、アルファーナ・リリーです……」
「じゃぁ、ファーって呼ぶね?僕のことはフィアって呼んでね?」
「う、うん……ふぃ、フィアは……優しいです……痛い……」
腫れ上がった手に、益々泣きそうになる。
「手当てしようね。ファー」
荷物を持ってきてくれたナムグたちと共に、フィアは少女を抱いて帰っていったのだった。