騎士の卵とその保護者
「うーん……う~ん……」
書類を手に悩むのは、美少女顔でふわふわな金髪に瞳は緑の少年だった。
顔をしかめていても可愛いのが、いまだに友人のルーには解せない。
「どうしたんだ?」
「いや、ちょっと気になって……」
「ん?今度来る新入生の名簿か?」
ルーことアリシア・ルイーゼマリアは、特別に先代の主の養い子であったリュシオン・フィルティリーアの保護者として決まったのだが、幼馴染みで親友のウェイトことウィリアム・ロズアルドは、もう一人、特別な存在の守護者に選ばれた。
『アルファーナ・リリー・サラ・ジェルゼ』
不思議な名前である。
何故なら、ウェイトは
『ウィリアム・ロズアルド・ルエス・サー』
と名前がある。
通常、ウィリアムが本名、ロズアルドがセカンドネーム、ルエスが、王に謁見し与えられた暗号というよりも証明書のようなもので、サーは男爵以上の爵位を持つ存在の子や孫に与えられる尊称で、女性はサラとなる。
この、少女の履歴書は間違いない。
しかし、元々情報の爵位マルムスティーンの傍系とは言え、ウェイトは小さい頃から全てのシェールドの国の爵位を覚え、当主、家族を覚えさせられた。
この名前の順序も変わっているが、実は……、
「30年程前に行方不明になった、ジェディンスダード女公爵の名前と一緒なんだよなぁ……」
そう。
約34年前に『歯車公爵』こと、機械技術を研究する一族の最後の当主、アルファーナ・リリーが、年下の天才技術者と姿を消した。
少年の才能を悪用しようとした親族から、少年を逃がし、自分が命を落としたともいわれている。
アルファーナ・リリー公爵は、個人的にも、本家の先代当主兄弟と親友同士で、アルファーナ・リリー公爵が姿をくらませる前に、家土地、爵位等を全て預かっているのだが、50年当主がいない家は取り潰しである。
特に機械工芸に長けたこの家を失う訳には行かないと、本家のじい様方は、本気で探している。
「それに、10才を13才と年ごまかして入るってことは、実家の地域が、本気で苦しんでいるんだろうなぁ……」
眉を潜める。
表向き平穏なこのシェールドという国だが、地域の金銭格差はある。
豊かなのは中央の王都であり、それなりと言うか余裕がある暮らしができるのは中央部から北。
南のファルト領は、赤茶けた砂と石の土地、暑く灼熱の日差しがギラギラ照りつけ、強い風が色々な方角から吹いてくる。
重要な産業は鉱山から産出する石。
しかし、質の高い石を産出するのは北のマルムスティーン領。
賃金は余りよくなく、苦しい生活を強いられる地域である。
地域を治める当主のファルト男爵は、国王やウェイトの本家のマルムスティーン家にも頼み込み、色々と人々の為に尽力しているが、袖の下を要求する馬鹿もいれば、女子供を他国に売る馬鹿もいる。
今は後輩の指導ということで、騎士の館にいるが、本当はルーが面倒を見る幼馴染みのフィアが心配だったのと、裏金要求する腐った騎士の館の館長の悪事を暴き、ぶっ潰すのが国王直々の命令だったりする。
「あ、そうだ。今から超高速便で、姉上たちに揃えて貰わないと‼」
「何を?」
いつも器用なウェイトが美味なお茶や、お菓子を作ってくれるのだが、考え事をしていた為、諦めて、自分で淹れて渋い顔をするルーに、
「アルファーナ・リリーの後見人なんだから、私はこの子に、可愛いドレスや小物や靴一式を揃える必要がある‼私の実力を見せなければ‼」
「アホか‼どこの馬鹿が、騎士の学校でドレスを着せる‼」
「私だが?悪いか?家の家訓‼『女の子は‼可愛く、繊細なのだから、優しく大切にすること‼』『拾った雛には、餌付けして家の子にする事‼』と言う訳で……」
「ちょっと待てやぁ‼一つ目は許せるが、二つ目はなんだ‼」
「ん?家の姉上たちの命令と言うか訓告。『ローズちゃんは押しに弱いから、可愛いお嫁さんを見つける為に教えておくわね?』『そうよ。ローズちゃんはこんなに可愛いんだから、奥さんになる人も、可愛くていい子でないと』『お姉ちゃん心配よ?ローズちゃんは可愛い上に、性格も優しいんだし』『そうそう。ウィリー?ちゃんと私たちのような女性を選ぶんだぞ?』と言われたし、ウィンディアにも『兄さま以上の美少女はそうそういないけど、美少女で可愛い、お姫様をかっさらってきてね‼』と言われたからなぁ……多分、長旅で疲れているだろうし、マッサージ師や、髪の毛のカットに手入れ、数日寝かせておいた方がいいよなぁ……その間にドレスも仕上がるし、うん。今すぐ連絡を‼」
「お前の嫁に確定か?お前の好みに合わなかったらどうするんだよ」
「ん?筆跡である程度解るぞ?住んでいた地域では普通勉強は奨励されない。特に女の子は周囲の家のお手伝いだの、鉱山で働く父親の為に小さい頃から母親に家事一般を教わりつつ内職をして、家計を支えるんだ。それなのにこの子は10歳なのに、筆記試験の成績は上位、体力テストもある程度……周囲の年上には当然敵わないが頑張っている。そんな子供が可愛くないはずがない‼」
拳を握りしめたウェイトが宣言する。
「と言う訳で、お前の新しい部屋への移動は一人でやってくれ‼私はアルファーナ・リリーの部屋を可愛くするんだ‼」
出ていった幼なじみ兼親友に呟く。
「おい、親友やめていいか?19才の野郎が、女の子には可愛い格好~‼餌付けって、お前らの一族はアホか?一応、ウェイトの父のウォルフ叔父上はまともだろうけど……」
しばらくして届いた手紙を見たウォルフは、
「カリナ、サリーン、ターニャとナーニャ‼ローズが可愛いお姫様を装いたいだって‼年は10才‼身長はだから……」
「大丈夫よ、お父様」
「私たちいるし」
「私たち以外で、あの注文の細かいローズちゃんのお仕事なんて無理よね~?ナーニャ」
「大丈夫だ‼私は幾つかデッサンもあるし、髪の色と瞳、髪の毛はウェーブかどうかだけでも大丈夫‼何とかできる‼」
4人の姉妹は、ウィリアムの姉たちである。
上の3人は結婚しているが、元々下級の貴族の娘で、母を亡くし、父が犯罪を犯し、結婚も諦めてお金を稼ぐ為に必死に仕立ての内職に明け暮れていた母に、手に職をと教わった裁縫や、あれこれが効を奏し、4人は共同で店を経営している。
ターニャの双子の妹のナーニャが元々デザイナーとして世界に知れ渡る才能を持ち、姉妹達も靴や帽子に飾り等々を手伝っているのだが、最近はナーニャが一人で何とかしている状況である。
しかし、
「ターニャ‼即ピンクのベア制作‼時計はターニャの旦那さんの一番良いのを‼帽子はこれだけ‼靴は最低限でもこれだけ‼そして時期時期の服はその時にして……まずは速攻で、仕上げなきゃ‼ウフフフ。可愛い子にはドレスに可愛いものを‼何て素敵なんでしょう」
ナーニャは鼻唄を歌いながら去っていった。
「……う~ん……」
「どうしましたか?」
「それがね、ローズが、ジェディンスダード家の情報を送ってくれって、それと、お姫様のお父さんに会いに行ってくれって。もしかしたらってあってね」
「ローズは信用ないですか?」
「いや、あるから困っているんだよ。まぁ、ちょっと本家に相談して、その足で行ってくるよ。多分フィアも出立だから、シルゥが拗ねてるかな」
言いながらウォルフは手紙を丁寧に折り畳み、それを手に、本家に向かっていったのだった。