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転生賢者の弟子と転移魔女  作者: 久図鉄矢
序章:コネクター
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4.ツンデル

 ヘリヴェル・ノイエンドは冒険者だが、地方豪族を家系に持つ。

 都民権を手に入れ王都にいるのは当然、中央貴族にノイエンド家をのし上げるためだ。ヘリヴェル自身の首長相続順位は高くないらしく、だから貴族に食い込もうとしているわけだが。


 王都では皇族はともかく貴族は必ずしも世襲制ではなく、基本的に一代限りで王都議会への出席権限を失う。所有財産を受け継がせることはできるが、政治に口出しすることは二代目にはできない場合があるということだ。政治に口出しできなければ所領の維持は難しいのが現実であり、実質廃嫡の憂き目に遭う。


 貴族が爵位を受け継ぐためには一定の功績を挙げる必要があり、多くの場合は騎士や冒険者となり、その功績を挙げる。

 ただし、これは近年に於いては半ば形骸化している制度だ。


 貴族が肥えすぎることでの腐敗を抑制するための制度だったのだろうが、近年は割と平和であり、功績を挙げる機会がごく少ない。

 そうなれば手段を選ばないで、それこそ「戦争を起こそう」とする輩が出没する。

 それを更に抑制するために「小さな功績」でも議会出席権を与えるようになり、今度はやっぱり腐敗が問題になる。

 市井にいる優秀な者を取り上げるためのこの制度は結局、近年以前から機能していなかったということだ。


 コウデルコヴァー家のような、実力を示してのし上がった家は例外中の例外なのである。 彼らは領地を持たない騎士爵位にありながら皇族と同等の発言力を持つ。

 まあ、コウデルコヴァー家の場合は実力を示しすぎてその気もないのに貴族にされてしまったというのが実際の所なのだが。


 ぶっちゃけ大魔導師ストールのせいである。

 余談なのでここでの詳細は省くが、彼は自分が栄達に興味がないくせに既得権益者という輩が大嫌いで、そうした者を崖っぷちに追い詰めることが大好きだったとだけ言っておこう。


 ともあれそんな制度を利用したいのがノイエンド家だ。第二のコウデルコヴァー家となりたいわけだ。

 地方豪族の係累であるからには一見するとコウデルコヴァー家よりもハードルは低い、が。


 ヘリヴェルはそれなりの実力者ではありはするが、コウデルコヴァー夫妻と比べるとどうしても霞む。というか比べるのも烏滸がましい。

 コウデルコヴァー夫妻、特にミカルは正真正銘の化け物だ。

 武装遺跡のほぼすべてと相性が合い、三日三晩戦い続けても尽きないほどの魔力を持ち、不惑に差し掛かろうとする年齢にありながらそれを支える体力まで備えている。

 魔物の軍隊(レギオン)を単独で殲滅したという逸話は誇張なしの実話である。


 ただし、それを誇張と思う者は当然いるわけで、しかし調べれば調べるほど逸話を裏付ける証拠が出てくる。

 そうなれば疑うのは、彼が扱う武装遺跡だ。

 人間には考えられないほどの持久力に威力を支える秘密があるに違いないと勘繰り、彼と親しい調律師であったストールに目が留まる。


 実際には、本気を出せばすぐに壊してしまうミカルの使用に耐えるよう遺跡が調整されたのであって、少ない魔力で大きな威力を出せるような特別な遺跡がミカルのその異常な逸話を生み出させたのではないわけだが――


 そんな順番の話は傍からは区別できない。ストールが遺跡をカスタムしたことでミカルは功績を挙げることができたのだと、間違ってはいない結論に至る。


 従ってヘリヴェルはストールに取り入ることで己も、と思ったわけだ。

 そしてストールに断られるや、その弟子であるカイに目を付けた。


 当然、カイは断った。

 その時カイはまだ齢十を数える程度の頃だ。

 さすがにヘリヴェルが、ストールが説くような道理で納得しない輩であるということがどういうことなのか、理解できていなかった。

 今なら『コウデルコヴァー家が化け物』という現実を突きつけるという以外の方法で、食い下がる彼を拒む手段も思い付いたが、やってしまったのだ。


 ミカルとシェリルの才能を余すことなく受け継いだその娘――


 十も年下の幼女(アリリル)に、同じスペックの遺跡を使って惨敗を喫したヘリヴェルは、それ以来、カイを目の仇にしている。


 アリリルに対しては「幼女怖い、幼女怖い」と頭を抱えて逃げるまでのトラウマになったらしく、それは良かったのだけれど。


「だからあのセルとか言ういじめられっ子を使って貴方に嫌がらせしているってわけですか」


 話を聞いたタマキは納得という気配を透明なまま発した。

 妙に高い位置の正面から聞こえたところから察するに、もしかしたら浮いているのかもしれない。

 どこまで人間離れしているのやら。


「直接オレに手を出したらアリーが出てくるって思ってるんだよな。間違ってないけど。幼女がトラウマになったらしく、ミルとかと出くわすだけでもほっかむりして逃げるくらいだし」

「笑い話以外の何物でもないのに深刻ですね。深刻な笑い話ってシュールです」

「ホントにな。それでセルが割喰ってるわけだし、本当、悪いことしたなって反省してる」


「だからそのコウデルコヴァー家から引き離したところで彼が貴方に直接危害を加える機会を作ろうとしたってわけですね。貴方自身の手でヘリヴェルとかいうのと決着を付けるために」


 タマキがそれくらい察しがいいことは今更驚きはしない。

 カイは肯く。


「誘いだってわかりきっててもヘリヴェルさんなら乗ることは、こんだけ執念深いことから明らかだったしね」


「一応聞いておきますけど、なんでセルくんはヘリヴェル(そんなの)に従ってるんです?」


「ヘリヴェルさんは師匠に取り入ろうとする以外にも色々やっててさ、冒険者の中で自分の派閥を作ってたり、自分の所の領民を色んな所に紛れ込ませたり、商業系組合の金貸しの大本のスポンサーになってたり」


 地方豪族のほうが中央貴族よりも資金が潤沢だというのだから皮肉である。


「セルくんかその親が借金してるとかですか」

「それだけだったらオレが立て替えればいいだけだったんだけど」

「貴方、セルくんに甘すぎませんか?」

「しょうがないだろ。学校行ってなかったオレの唯一の男友達なんだ」


「ああ……つまり、あれですか。セルくんの親がコウデルコヴァー家に追い落とされた元貴族なんですね?」


「……なんでこれだけでそこまで読めるのか、さすがに不思議になった」


 一瞬絶句してしまった。


「簡単ですよ。冒険者の中には貴族の係累や元貴族がいて、ヘリヴェルとやらは派閥を作っている。その派閥には当然その貴族系の人材が所属してますよね。その中で貴方と接点がありそうで、且つコウデルコヴァー家の威光を無視するか反発するのって言ったら、コウデルコヴァー家よりも強い貴族がいない以上、恨みを持つ家しかありえません。現状安定している世の中で強い発言力を持つ貴族に反発するのは、その座を逐われた家が最も考えやすいです」


 言われれば、わからないでもない理屈だったが。


「まあ正解だ。アスコ家は凋落した家だから、借金もしてるかもしれない。オレが立て替えるのも、コウデルコヴァー家が支援立てるのも、拒絶するだろうから確かめてはいないけど」


 コウデルコヴァー家とカイはセットで認識されているからだ。


 これ以上のことを知ったら唯一の友達を同情してしまうから、カイはあえて調べなかった。

 憐れみは、友達に抱く感情とは違うはずだ。

 罪悪感だけでも違うはずなのだから。


「セルくんは、……なるほど、同情を禁じ得ないくらい可哀相な板挟みですね。あんなに単細胞(セル)レベルの小者っぽくなっちゃうのもわからないではないです」


 その感想は、わからないが。「あんな捨て台詞を現実に言う小者(セル)は初めて見ました。思わず噴き出して迷彩解けそうになりましたからね」だからわからないんだって。


「師匠とコウデルコヴァー家がセットで語られる前は、仲良くできたんだよな……」


 いや、今でも仲は良いつもりなのだが。

 かなり気を遣ってくれているし、ギルド経由で謹製の遺跡を流しても受け取ってもらえている。


「セルくんの親がコウデルコヴァー家に直談判、というか抗議というか、なんらかの交渉で爵位を取り返そうとしに行ったところで出会ったってところですか」

「政治の話なんて知りたくなかったよ、ホント」


 ミカルだって望んでいたわけではないと思うが、そういう制度なのだから仕方がない。

 繰り返すが、元凶はその時点ですでに大魔導師であったストールなのだ。

 非常に端的に言えば、ストールは自分がそれ以上栄達しないためにコウデルコヴァー家に押しつけた。

 思い返せば師匠、結構禄でもないことしてる。


「貴方が歳不相応に情報活用力(リテラシー)に富んでいることの理由がなんとなくわかる話でした。この遺跡社会と呼べる社会では、優秀な遺跡調律師がそこに与える影響が大きすぎて、そうならざるを得なかった、と。納得ですが、結局BLな感じは避けられませんね」

「びーえる?」

「腐乱臭のことだと思っといてください。わたしは趣味じゃないんですけど、その臭いが好きな女性(ヒト)はいるから気を付けた方が良いですよ」


 何か全然わからないアドバイスをされてしまった。


「さておき、貴方はこっちの方を先に片付けたいんですね。可哀相なセルくんをヘリヴェルから解放したいと」

「『センパイ』とやらを探すのと平行でやる」

「無理しないでいいですよ。むしろ手伝います。どうもわたしが現れたせいで貴方の計画を邪魔しちゃったみたいですし……それに、前言いましたけどわたしの方針をそのまま貴方が聞いていたら、それはそれでセンパイから遠ざかる可能性があるんですよね」


 だからどんな奴なんだ、その『センパイ』って。


「会ってみたらフツーだなって思うヒトです」

「オレの無言の疑問を読んで答えるのはともかく、ますますソイツの像がぼやけた……」


 そんなことを風景と同化したタマキと話している間に屋敷の近くの河川敷にまで来ていた。


 パッ、パンッと濡れた布を叩くような音が聞こえ、河川を覗き込んでみたら、アリリルが洗濯をしているところだった。


「かつての怪物幼女もああしていると村娘にしか見えませんね」

「せめて町娘って言ってやって。まあ、村で生活していた時間のほうが長いんだけど」


 というか怪物幼女って何でしょうか。誰もかつてもそんな呼び名で呼んでない。


 そんな会話が聞こえたはずもないのに、不意にアリリルはこちらに視線を寄越してくる。

 カイと目が合った、と思ったらその焦点はカイの頭上に当てられている、ような気がする。

 振り返って仰いでみるが、タマキが姿を現しているということもない。


「……本物の怪物(ギフテッド)なんですね。触媒も無しで――自体を触媒化して非幻象行使(エクサリファナル)してます、アレ。今の設定じゃ下手したら見つかるんで先に工房に戻ってますね」


 訳のわからないことをこっそりとカイの耳元に言い置いて、元からなかった気配がすっかり失せる。


「カイ。おかえりなさい」

「……ただいま。なんか変なところ見てなかった?」


 いつの間にか洗濯物籠を抱えながら近づいてきていたアリリルに、誤魔化すというのではないが、訊いた。


「カイの頭の上に穴が空いてるように見えたから、なんだろうって見ていただけよ」

「それはたぶん、『だけ』って平然と言うことじゃないな」

「気を付けてね、カイ。アレがよくないものかどうかはわからないけど、特別なものは特別なものを呼び寄せるってお母様が言っていたから」

「幻覚とかは疑わないのか?」

「幻視だと思ってるわよ? もうちょっと合わせることができたら幻視じゃなくなったと思うんだけど」


 不手際をはにかむようにしながら、タマキの実在を知っていた者には恐ろしいことを言う。

 つまりカイは、ちょっとこの幼馴染みが怖くなった。

 まあ、慣れているが。

 この寒気に。

 タマキと話しているとき、時折感じるそれと同じものだ。同じものだから、カイはタマキと平然と――少なくとも表向きは――話をすることができる。


「でも、特別なものが特別なものを呼び寄せるっていうなら……たぶんアリー、というかコウデルコヴァー家の傍にいる時点でそれは手遅れなんじゃ?」


 そもそもストールに師事した時点から。


「だから村に戻るって言い出したんじゃないの?」


 小首を傾げる幼馴染みが、本当に怖いな、と思う。


「でも、カイがそもそもソレだから、手遅れも何もないってことなのかしら。これじゃあどちらが先なのかわからないわね」


 何かとても面白いことがあったらしい。カイには理解できない琴線でコロコロと口元を隠しながら笑う。


 カイはおもむろに彼女の前に両手を近づけて、拍手する。


 チカッと彼女の瞳の奥で何かが瞬いたような感じがして、


「なに、いきなり。びっくりするじゃない」


 普段の幼馴染みが出た。


「村に行くのは止めたよ」

「あ、そうなの? どうして?」


 別に戻ったわけではない。

 アリリルには自覚がないからだ。

 傍目からは別人物とまで見えるほどに印象が異なっているのだが、どうしてか彼女の中でそれは同一線上のことらしい。『あんな風に』話していたことをしっかり覚えていて、それを思い返しても彼女は不自然に思わない。

 認識が連続していて記憶が継続しているのにその記憶に頓着しないのだ。


「王都に残ってやることができたから。そもそも君たち家族から離れようとしたってわけじゃない」

「そうなの?」

「予定では村で調べ物してからしばらくしたらまた君たちに会いに戻ってきてたはず。その時に、場合によっては、屋敷から君たち家族ごと越してたかな」


 それらを白紙にしてしまったので、どうしたものかはこれから考えるという始末だ。


「あのねぇ。それ、今朝に言っておきなさいよ。シリィはもちろんミリィも、貴方どうせ気付いていたんでしょうけど、真に受けてあの手この手って考えてたのよ?」

「コウデルコヴァー家と離別するっていう体裁が必要だったから、真に受けてもらわないと困ってた」

「やっぱり貴方、えげつないわ……」

「予定が変わったから、今は真に受けられて困ってる。どうしようアリー」

「知らないわ――」


 などと、とりとめもない話をしながら屋敷へ戻った。

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