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転生賢者の弟子と転移魔女  作者: 久図鉄矢
序章:コネクター
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3.善良細胞

 王都に残るというのは想像以上に厄介事を抱えることになるのだと、クスターとの話で痛感した。

 正確には、王都に残ってタマキからの要請を叶えることが。


 亜人や魔物は遺跡に対して破壊衝動を抱くが、それが何故なのかは彼ら自身にもわからないという。

 それこそ本能的に、魔力の大きいヒトやアーティファクトに憎悪を抱く。


 その性質は遺跡が創られた時代から変わっていないらしく、その破壊衝動を刺激しないためのアミュレットなどが全都民に行き渡るほど出土している(行き渡っているわけではない。数がそれだけあるということだ)ことからも、それは明らかだ。


 つまりその本能を刺激されない限り、亜人は積極的に遺跡を探したりはしない。

 

 だから、時折見つかることがある。

 多くは地下深くに、亜人の衝動をかいくぐる機能が生きたままの、ダンジョンが。


 その機能が失われているダンジョンであっても、壊れた遺跡はそれはそれで使い道がある。

 多くの遺跡はその機能以上に不可解な材料で造られていることが多く、素材として用いることができるわけだ。

 壊れた遺跡同士を組み合わせて修復することができる場合もある。


 クスターが言うには、そのダンジョンは『生きている』可能性が高いそうだ。

 統計的に不毛の土地にそうしたダンジョンが多かったことがその根拠で、偵察したところ、小さな村程度の亜人しかその土地にはいない上に発掘された形跡がなかったからだ。


 生きているダンジョンなんてもう見つからないとさえ思われていたところにその発見だ。

 まだ確定でこそないが、そうした伝承が見つかること自体が非常に珍しい。


 道理でコウデルコヴァー家の父母が中々屋敷に帰ってこないわけである。

 本気で彼らが投入されるかもしれないのだろう。

 秘密裏にそのための計画が進められているのだ。


(下手をすればそれこそ戦争だからな……)


 亜人は遺跡を探し出してまで壊そうとはしない、が。

 人間側が遺跡をどれだけ保有しているかは、彼らにとっても死活問題だ。

 もしこれが亜人側の勢力に露見したら、戦争になってでも阻止しようとするだろう。


 カイが王都に残るのであれば、有能な調律師であるカイはこのことに無関係ではいられない。

 小規模とはいえ部隊が出ることになるから、その装備の調律を任せられる者が必要だし、出土された遺跡を鑑定・調査するための人材としても必要だ。万が一戦争になったらもちろんカイの仕事は増える。


 クスターはカイが王都に残ると知って、迷ったらしいが、遺跡の仕事を増やしてくれとカイが頼んだことによって決意したらしい。

 つまりその作戦に必要とされる調律師としてカイを斡旋するということを。


 聞いたからには断れない。

 これはそういう種類の話だ。


 利権の事前調整などの関係でまだ少し先の話ではあるが、カイはそのつもりで準備を進めておかなければならなくなった。


 長々とクスターのところにお邪魔した甲斐(暇なはずがないクスターに時間を取らせた甲斐)はあったと云えるが、少々面倒くさいことになってきた、とカイは溜息を吐きながら帰途に就く――就こうとした。


「おい! カイ!」


 呼び止められる。

 明らかに待ち伏せしていたというように、曲がり角から唐突に姿を現し、無理が見える懸命さでカイに指を突きつけるのは、シルヴィオ・アスコだ。

 友達である。


「あ、セル。結局こっち残ることになったから今後ともよろしく」


 セルことシルヴィオはシリリルに蛇蝎のごとく嫌われているが、その理由の一つが『愛称が被るから』なのだそうで、ちょっと文字って『セル』になった。

 シリリルを『シル』と呼ぶのはまあ、カイだけなのだが、カイだけだからとかなんとか。


「え? あ、そうなん。こっちもじゃあよろしく――ってちっげぇよ! なんでお前いつもいつもそう馴れ馴れしいんだ!? つかそのことだよ! 何依頼取り消してんだよテメー!」

「いつもながらリアクション大きいなぁ。一応往来だからさ、ちょっと声ちっさくしようか」


 セルはいつもいつもカイと『友達じゃない』と否定することに懸命だ。

 まあカイとしてはそんなところが面白いので、ついついそういう態度を取ってしまうわけなのだが。


「依頼取り下げについては、まあ一身上の都合って奴だし、申し訳ないとは思ってるよ」


 報酬が手に入るからいいという話ではない。その予定のために時間を調整していたことが無駄になるのが問題だ。

 特に護送などの場合、長時間その仕事に拘束されるというのもあるし、旅装を整えるための経費が必要になる。

 カイはその辺りの経費についても負担するつもりだったが、クスターに止められていた。カイの懐に余裕があることをひけらかすのを窘めるという以上に、相場が崩れるからだ。


「……なぁ、というかなんであんな依頼出したんだ?」


 こそっと、本当に疑問だったらしくセルは訊く。


「言わぬが花だと思うんだけどな」

「誤魔化すな! ヘリヴェルさんとかそれ請けるつもりだったんだぞ!?」

「君らのパーティーが請けてくれるだろうって思ってたからだけど?」

「おま、お前……わかってんのか?」


 わかっているのかと訊かれれば、当然わかっている。

 ヘリヴェルはこうしてセルを嗾けてくるように、カイを目の仇にしている。当然、ただ依頼をこなすだけということにはならなかっただろう。


 困ったように首を傾げるだけで答えないカイに、セルはふるふると震えながら本気で拳を握る。

 殴ろうとしているのだろう。


 一発くらいは殴られてもいい。

 セルにはそれくらい迷惑をかけた。


 身構える。そんな時だった。


「カイ兄――!」


「あ」「ん?」

 カイを呼ぶ高い声が耳に届き、その次の瞬間、


「どっかーん!!」


 セルが高く飛ぶ。

 キャハハ、と楽しげな声がまるで効果音のように響いた。


「あ、ごっめーん。誰か撥ねちゃったー?」


 イヌ型のゴーレムに跨がって現れたミリリルは、非常にわざとらしく自分の頭を小突く。


「キャハハとかまで言っておいてそれはないだろ、ミル……」


 ゴーレムにはね飛ばされたセルを視線で追いながら、カイは辛うじてツッコミ入れた。


 セルの身が心配だった。

 カイ謹製の自動防御の遺跡を常に装備している彼だから、大丈夫だとは思うが。

 

 往来に投げ出されたセルはむくりと起き上がり、


「お、覚えてろ!」


 と捨て台詞を吐きながら去っていく。

 ほっとする話だった。


「やっぱりセルは良い奴だよなぁ……」


 カイはあんなに人の好い同年代を他に知らない。

 つくづく得難い友人だ。

 

 騒ぎになりかけていたので、ミリリルの乗ってきたゴーレムに跨がってカイもその場を離脱する。


「むぅ。なーんでミルは褒められないでセルなんか褒めるの?」


 たったかたったかと足音を立てながら石畳や塀の上を駈けるゴーレムの上、カイの胸に体重を預けながらミリリルが口を尖らせる。


「セルはあのままだとミルが罰せられると思ったからあんな風にして逃げたんだよ」

「えー? カイ兄が殴られそうだったから助けにきたのにー。せーとーぼーえーってやつでしょー?」

「まあ、良いタイミングではあったよ。そこはありがとう」


 カイの心情的には殴られた後のほうがもっとよかったが。

 考えてみれば思わずカイを殴っていれば後であの人の好いシルヴィオは後で己を呵責したことだろうから、やはり良かったのだろう。

 殴られて気が済むのは自分だけだ、とカイは苦笑する。


「こうなると、あっちを先になんとかしないとだな……」

「むぅ。カイ兄がなんかむずかしーこと考えてる」

「当面、王都から離れられなくなったから、色々とやることが増えたってことだよ」

「え? 残るの!? やったー!!」


 無邪気に歓びを表現するミリリルだが、カイはその頭にアイアンクロ-を掛ける。


「学校サボってこんなところでゴーレム乗り回している不良娘を教育するとかね」


 手先の力が結構重要な調律師のカイの握力は中々の物だ。

 ミリリルは「アガガガガガ」と壊れたゴーレムのような呻き声を上げる。


「……カイ兄は姉たちがいないところでけっこーキビしいということを、姉たちはまだ知らない……」

「余裕あるなこの娘……」


 まあ、ストールを師として学校には通っていなかったカイだ。

 成績が良ければそれほど強く言うつもりはない。


 「アガガガ」言いながらもニマニマと笑うミリリルの頭を解放する。

 するとミリリルは、カイにしては厳しい態度をまるで気にしていなかったかのように「やった、やった」とリズムよく歌いだした。


 ミリリルが普段はサボったりしない学校をサボったのは、カイを説得するためだったのだろう。

 屋敷にいないカイがどこに行ったのかと探して、ギルド会館に当たりをつけてやってきたのだと推測される。

 今朝の状況だと何を言っても無理だとわかっていたから二人きりになれる状況で説得しようとした。言うほど姉たちがいないところでもカイは厳しくない。むしろ姉たちへの体面がなければ大抵のことは聞き入れてしまうほど、甘い。


 頭はキレるのだ、この娘は。

 なぜかどんなゴーレムをも操れる(他所と契約していても)という特技もある。


 コウデルコヴァー家は皆化け物揃いだ。


 おかげでカイは目立たない。

 言うほど隠れられてはいないが、ありがたいことだった。




†◇†



 程よくギルド会館から離れたところで学校に戻るミリリルと別れる。

 ミリリルは機嫌よく去っていった。目的が図らずも達成されてご満悦なのだろう。


「ちっちゃい子が好きなんです?」


 ミリリルが見えなくなった頃、なんか聞き捨てならない言葉が、虚空から聞こえた気がした。

 空耳にしてはあまりにもはっきりとしていたので見渡す。

 田園風景が広がるばかりだ。

 比較的近くでは田植え用のゴーレムが地面に足を突っ込みながら日光を浴びて動力を溜めている。

 そのゴーレムに音声を発する機能はなかったはずなので、彼は違う。


 そもそも聞こえた声には覚えがあった。


「キリヤ、か?」

「もうちょっと引っ張れるかと思いましたけど、さすが『話が早い』ですね」


 虚空から突然、タマキ・キリヤは姿を現した。


「まあ、髪や瞳の色を変えるくらいだから。というか君の場合、何ができても不思議じゃない」


 一番最初に結界をすり抜けていたのだから、これくらいはやっても不思議ではない。 


「まあヒントはありましたか。ご名答です。光学迷彩って奴です。厳密には違いますけど」


 再びタマキの姿が掻き消える。

 特に驚いた様子は出さず、カイは今度こそ帰途に就いた。


「ところでいつから?」

「お察しの通り最初からです。このアミュレット、元々認知阻害の機能が備わってましたから、今のわたしを察知できるのはセンパイくらいじゃないですかね」


 ますますその『センパイ』がどんな存在なのか気になるところだった。というかつまり彼女は、ミリリルが操るゴーレムの疾走にも苦もなく付いてきていたということだ。


「目的は?」

「これもお察しの通りです。貴方がちゃんとわたしの要求に応える気があるのかって確かめるためです」

「それだけじゃないだろ?」

「勘が良すぎるとモテませんよ?」

「君のことだからわざわざ君自身が出てこなくてもオレを監視するくらい手段くらい、用意できただろって話」


 混ぜっ返すのをスルーして会話を続ける。


「まあ別に裏はありません。ちょっとわたし自体でこの世界の空気を体験しておこうって思っただけです。引きこもるのは趣味じゃないんですよね」

「透明になって隠れながら見聞するのと、何かでオレを遠くから監視するのとなんか違いってあるのか?」

「そりゃ、マズいことになりそうだったらすぐさま介入できますし、大違いです」

「裏ありまくりじゃないか?」

「介入しなかったんだから裏じゃありませんよ。貴方がわざわざ掘り出そうとしなければなかったことなんですから」

「オレは協力者として合格って意味に受け取ってもいいわけか」

「わたしの無茶な要求に自分で考えて応えようとしてくれているというわけで、都合が良い反面、勘が良すぎてちょっと扱いづらいなーって感想です」


 自分の要求が無茶だという自覚があったらしい。


「実際貴方、わたしが監視している可能性を最初から念頭に置いてましたよね?」

「まあ」


 その手段は予想外だったが。


「だから扱いづらいなーって。貴方くらいの年頃だったらこんな超絶美少女にお願いされたら有頂天になってろくすっぽ裏を読もうとしないですよね?」

「……」


 その容姿が整いすぎて悪魔的なのだと言ったらこの超絶美少女はどう反応するだろうか、と興味を掻き立てられたカイだったが、悪魔的だからこそ、そこには触れないように口を噤む。


「だから改めて、『ちっちゃい子が好きなんです?』」

「……弱みを差し出さないとそんなに不安か?」


 きっと、いや間違いなくタマキは今、レコーダー型の遺跡でこの様子を記録している。カイを『扱いやすくする』ための材料にするために。


「冗談ですよ。偉そうな物言いで恐縮ですけど、合格です。貴方はこの年頃にしては随分達観して、この世界ではかなりリテラシーに富んでいます。人脈も申し分なく、頼ってもいいかなって思わせるくらいです。扱いづらいですが、裏を返せば他に利用されづらいってことで安心です。今のところ利害で衝突する目処もないし、暫定パートナーとしては多分これ以上望むべくはないんでしょうね」

「……そこで不満そうにされると安心できないんだけど」

「気にしないでください。最初に出会った人物がそのままキーパーソンだなんて都合が良すぎるって不満であって、貴方自身に対してではないですから」


 その違いはよくわからないし、結局安心できなかった。


「それで、セルとかいうあのいじめられっ子はどうするつもりなんですか?」

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