19. 歌
前回までの粗あらすじ
ガブリエラという男装貴族をパーティーに迎えたカイ率いるパーティーは、改めてダンジョンを目指す。
ただし、チートスペック魔女こと環はカイたちパーティーから一時的に離れ、単身、魔王に逢いに向かう。
果たして魔王は環の尋ね人なのか。
そしてそもそもカイたちはダンジョンに潜入できるのか。
雲に届かない程度の高さから、環は俯瞰して観察する。
カイが見せてくれた地図上のポイントを探れば、なるほど、奇妙な森がある。
そこがダンジョンなのだろう。
一見しただけで奇妙だとわかるのは、明らかに周辺と植生が違うからだ。
というか森を構成する木々の一本一本がやたらに巨大だ。遠近感がおかしい。五階建てのビルほどの高さの木々がひしめいているのだ。しかも杉のようなまっすぐな針葉樹ではなく、亜熱帯・熱帯に生えそうなぐにゃぐにゃと曲がりくねった木々で、それらが複雑に絡み合っている。森というより、まるで一つの建物だ。木々に浸食された建物。規模からすると城砦である。
これが一晩で構成されたというのだから、環にすら俄かには信じがたい。
「ともすれば、わたしと同位階なんてものじゃないかもですね」
ダンジョン創造者のことだ。
あのダンジョンは、要するにすべてが遺跡なのだ。というか、あれこそが遺跡が遺跡と呼ばれる理由だろう。
語弊を承知で言えば、遺跡とは遺跡の切れ端のようなものであるということだ。
一応、環にだって似たようなことはできるし、一晩で造れるだろう。
ただし、それが限界だ。それ以上のことをしようと思えば時間が必要となる。
つまり、今回のことで目覚めたというダンジョンを司る存在と環が同位階ということであり、いると考えられるダンジョンそのものを創った者は、環よりも上位存在の可能性があるのだ。
今回のダンジョンマスター=ダンジョン始祖創造者であればその可能性は棄却されるが、おそらくこのダンジョンマスターはダンジョン始祖創造者の眷属、つまり手下に過ぎない可能性がある。
「まあ、眷属だからって必ずしも主よりも弱いということではないですけどね」
強弱が上下を決定するわけではない。それは目安に過ぎない。
とはいえ、無視できない可能性だ。
それも、決して環には無視できない可能性だ。
環よりも上位階が現存するということは、たった一つしか考えられないのだ。
「センパイ……もし浮気してたらどうしてくれましょうね……」
環にしかわからない文脈でその可能性を思い、環は凄惨に仄暗い笑みを、その美貌に浮かべた。
切り替えて、環は目的のために動き始める。
カイに宣言した通り、或いは彼の思惑通り、”魔王”に会うためだ。
亜人と呼ばれる人間にありて人外へと変質してしまった者たち。その首魁にして、遺跡を使用することのできる特異的な存在が、”魔王”だと伝聞している。
シェリルが墜ちたことによってその情報は王都市井にも知られるところとなったが、それが結局のところどういうことなのかということは誰も知るところにはない。
王都騎士団の上層部、つまりシェリルやミカルはどうやら実際に出遭ったことがあるようだが、”魔王”がどうして魔力を持ちながらにして魔物や亜人に攻撃衝動を抱かせず、それどころか彼らを従えることができるのかということはやはり知らないようだ。
「魔力遮断の遺跡を常時起動しているとかって可能性は、出遭っていればシェリルさんは気付いているでしょうしね」
アミュレットを起動させている人物ですら探知してしまうアリリル、その母がシェリルだ。環が観たところでも、シェリルはそれくらいは気付ける感覚の持ち主だった。
環にも、よくわからない。”魔王”の正体とは何か、ということだ。
そして環にもよくわからないことには、大抵の場合センパイが絡んでいる。
だから”魔王”がセンパイである、という論理は成り立ちうる。
しかしながら、おそらく違うだろうと環は思っている。
無視できない存在であることだけは確実だが、それがために違うだろうと。
「とはいえ、興味深いではありますね」
その正体がどうのというのは、どちらかというと枝葉であって、環が興味を抱くのは――
高度上空に浮遊する環の眼下には、戦闘風景が展開されている。
そこにはアリリルの父、ミカルがいる。
あれほどの存在を見つけるのは容易いことだった。アリリルと同レベルの魔力保持者となれば、間違えようがない。
どうやらカイの推測の内、ミカルは『亜人の軍勢に強襲』する方の担当のようだ。
環は、どちらかというとミカルの担当は『ダンジョンの拠点化』になるかと思っていた。
なぜなら――ダンジョンは人間の味方というわけではないものの、敵対的ではなく、そして亜人には明確に敵対しているという話だった。ならばダンジョンを拠点化したほうが亜人に対抗することが容易いはずだ。
そして王都騎士団随一の戦闘能力があるというミカルがダンジョン攻略を行ったほうが事は早く為されるだろう。
「政治力学が働いている気配がしますね」
仮にダンジョンの攻略がミカルによって為され、そしてそのことを背景に亜人を撃滅したとする。
そうなれば、今回のダンジョンを巡る戦争で最も大きな功績を挙げたのは誰か、となれば当然ミカルになる。
大きな功績をミカルが挙げるだけならば別に、すでに騎士団長だかなんだかでこれ以上ない発言力を持っているわけで、それが問題になるわけではない。
しかし、それではミカルだけが功績を挙げるということになる。
すでに頂点といえる位置にいるミカルにとって、必要なのは今以上の功績ではない。ミカルがその位置にいることを支持する味方のほうである。
その味方を増やすために、ミカルは敢えてダンジョン攻略を他に譲ったのではないだろうか。
政治的に敵対する者にとってそれは付け入る隙に見えるが、実はそうでもない。
前述したようにミカルはすでに頂点と言える立場にいるので、敵対勢力がダンジョン攻略を為したところでその立場が揺るがされるわけではない。しかも敵対勢力はダンジョン攻略に目を向けて、ミカルの足を引っ張るといった発想に至りづらくなる。そうしたことにリソースを割くくらいならばダンジョン攻略に注力するだろう。
「なんとなくですが、そうなるようにシェリルさんとかが仕組んでいる気がしますね」
未だ完全回復には至っていないだろうが、シェリルが王都で元気に暗躍しているような気がする環である。
多少、シェリルを撃墜したことを気に病んでいる環の都合が入った妄想かもしれないが。
さておき興味深いのは、ミカルの戦闘能力であり、その力を以てしても”魔王”を倒せていないというところだ。
ここに”魔王”がいるわけではない。しかしシェリルによると以前にミカルやシェリルはその”魔王”と出遭ったことがあるという話だった。従ってミカルかシェリルか、或いは二人ともが”魔王”と戦ったことがあるということになる。
環の眼下には、オオカミ型のゴーレムに騎乗した騎士部隊が渓谷を駆けている。
カイの所有しているゴーレムがホイール付きのために誤解しそうだが、王都での騎乗する乗り物と言えばなぜかオオカミ型のゴーレムらしい。なぜウマでないのか不思議だが、動物型であること自体はさほど不可解でもない。ホイールだと、都内や街道ならばともかくとして、野外の整備されていない場所だと機動性が著しく下がる。カイの所有するそれはオフロード式で、しかもホイールが上下に動き、ジャンプまで可能なため、道なき道でも割と自由自在だが、それは彼の師匠による改造の賜物だろう。だが動物型ならばそれに輪をかけて自由自在だ。
実際、人を乗せていながら、そのゴーレム騎乗部隊の動きは俊敏にして迅速だ。平均時速にして百㎞は出ている。あんな物に騎乗して乗りこなしているだけでも、もうあの部隊が精鋭だとわかる。
そんな精鋭部隊に、渓谷の上から奇襲を仕掛ける亜人部隊と思しき者たち。
深さにして五十mは下らないだろうに、平然と身を投げ出し、挙句にはほぼ垂直に駆け下りる始末だ。どこからどう見ても人間業ではない。
そんな超人的な身のこなしをする亜人部隊に、ゴーレム騎乗部隊は当然のように応戦する。後列の騎士は銃杖を構えて乱射し、その弾のすべてが炸裂弾であるらしく、崖を崩す勢いで爆発が乱発する。
しかしそれで仕留められた亜人は一人もいない。爆風に煽られて宙を舞う亜人もいるが、生命に別条はない。多くは爆風を突っ切り、前列の騎士に襲い掛かる。
乱戦が始まる――かと思いきや、そうはならなかった。
宙に舞った亜人は後列からの炸裂弾の狙撃を躱すことができずにそこで爆散した。
そして爆風を突っ切ってきた亜人は、と言えば、あたかも瞬間移動でもしてきたかのように作成された黒化した岩の杭によって串刺しになっていた。その黒杭は前列の騎士――ミカルによって作成されたものだ。ゴーレムから降りもせず、槍のような遺跡を地面に突き刺し、それを瞬時に形成したのだ。
因みに、これらの行動は、すべてゴーレムが動き続けている中で行われている。騎士部隊は襲撃にあってもその移動を緩めもせずに応戦したのだ。
そして後列の部隊は左右に分かれ、ミカルの作成した馬柵を避けて崖壁を垂直に走り抜ける。前列の騎士隊はそこでようやく速度を緩め、転回して足を止めた。崖を走り抜けた後列が追いつき、隊列を揃える。
環の位置からは一目瞭然だが、崖を駆け下りてきた者たちだけが亜人部隊のすべてではない。それに、串刺しになった亜人たちはまだ生きていた。殆どは身動きできないようだが、己を縫い止める黒杭を殴りつけて破壊しようとしている者さえいた。だがその行動が為される前に――ミカルが槍をまた地面に突き刺す。
そして、黒杭の位置を中心に、巨大な火柱が上がった。
いや、火柱というのは正確ではない。それはマグマだ。ミカルが突き刺した槍を先端にして地中で生成されたそれが昇竜のように沸き上がったのだ。
当然のように串刺しの亜人たちはトドメを刺され、それに留まらず、マグマの竜は崖上の亜人たちへと襲い掛かる。
崖を越えて尚昇った溶岩竜があたかも鎌首を擡げるように崩れ、超高熱の大質量が瀑布のごとく亜人たちへ襲い掛かる。
亜人たちはどうすることもできず、圧殺された。
再び転回した騎士部隊は、何事もなかったかのように、颯爽とその地形が変わり果てた渓谷を後にした。
「さすがって言えば、さすがですね……」
ちょっと呆れてしまう環である。
これでミカルは手加減しまくっている。遺跡の消耗を抑えるためだろう。起こした事象からするとアリリルの全力に匹敵するかのように見えるが、カイが言うところの『属性』を複数混合させ、遺跡の消耗コストを最小限に最大効率の威力を発揮するように調律された遺跡であるためだ。ミカルが今回用いた遺跡は、最低でも三つの遺跡が合成されている。それぞれ単一で言えば消耗コストはアリリルが放ったアレの五分の一くらいのものだろう。使用者に潤沢な魔力があるからこそ成り立つ遺跡である。ミカル自身が消費した魔力は、平均からすると枯死してしまうレベルだった。
だが、その威力よりも着目すべきは、あの行使速度だ。セルの立ち回りを観ていた環は、セルの行使速度が並外れたものと分析していたが、セルのそれよりも圧倒的に早い。ともすればアリリルよりも早いかもしれない。
「こればっかりは場数なんですかね」
環の分析によれば、ミカルの魔力――非幻象行使力はアリリルよりほんの少し落ちる。非幻象性に至ってはシェリルのほうが上だ。それなのにアリリルよりも”強い”というのであれば、それはもう経験の差としか言いようがあるまい。遺跡自体が学習するため、経験というのは意外と大きいのだろう。
あとは、調律師の腕の差か。
おそらくミカルの遺跡を調律したのはストールだ。アリリルが用いる遺跡をああしたものにしていれば、今現在もそうであるように、遺跡の消耗によって足止めされるという状況には陥っていまい。よってカイではないのだ。
その差も、やはり経験なのだろう。カイはまだストールに、知識や技術では追いついていても、経験から来る応用的な発想などが追いつけていないのだ。
あるいは単に、アリリルに癖がありすぎて彼女専用の武装を調律することに難航しているのかもしれない。もしくは、カイが心理的な理由からそれをしないようにしているということもありえるが……いずれにせよ、ミカルの装備はカイ率いるパーティよりもいくらか優れていると言える。
なんにせよ、そんな規格外のバックアップを受けている規格外のミカルでさえも倒しきれなかったという”魔王”である。
つまり単純に遺跡を用いるというだけではなく、魔王はその行使力に於いてもミカルと同クラスである可能性があるわけだ。
センパイであれば、まあわかる。
けれど違ったら?
一体どういう存在なのだろう。
環にも見当が付けられない。だから興味深いのだった。
ミカルに付いていけばおそらくその”魔王”に会うことができるだろう。
けれど環はできれば、ミカルよりも先に”魔王”に会わなければならない。
ミカルたちがいかに高速で動いているとはいえ、それ以上の速さでしかも航空する環が先回りするのは容易い。
「ていうか実際のとこ、センパイだったらどうしましょうね」
地図からはわからなかった地形を頭に入れて、ミカルたちの行く先を読んで直進飛行しつつ、呟く。
環がうっかりで、王都――というよりカイに与することになったように、センパイもまた、この世界で何らかの因果を作ってしまっているのだろう。その結果が”魔王”というのは、実際のところ、実にセンパイらしくありそうな話なのである。
成り行き上、環はカイに利するように動いてきたが、カイに対してそこまでの義理はない。シェリルのことがあったから、ちょっと申し訳ないなーとは思うが、センパイと秤にかければ余裕で傾く。
センパイがセンパイなりの理由で”魔王”をしている――亜人の味方をしているのだとしたら、環は王都の味方を辞めるということだ。場合によっては敵にだってなる。
「カイくんのことだから、その辺、気付いているとは思うんですけどね」
環が決して自分の味方ではないことを、知りつつ共に行動し、時には頼りさえする。
カイはそういう少年だった。敵味方を関係なく、ただの状況として受け入れてしまう。
それは立場上の敵だったヘリヴェルたちへの対応を見てもわかる。
理不尽な敵愾心を向けられていたというのに、カイはヘリヴェルを嫌うどころか見下すことさえしていなかった。セルのことがなければ彼のことを些かだって頓着しなかったことだろう。
他人に無関心というのとはまた違う。情が薄いわけでもない。
一言でいえばやっぱり彼は『毀れている』のである。
何が欠損しているのかといえば、それも端的に言えば『社会への帰属意識』だ。
社会的動物である人間が社会に帰属する意識――それどころかその欲求を持たないというのは、はっきりとした欠損である。少しばかり詩的な言い方をするなら、彼には帰りたい場所がなく、それを作りたいとも思っていないのだ。それが彼に、あたかも情のないような合理的で冷徹に思えるような方針と行動を選ばせる。
カイが冒険者ギルドに騎士団から出向しているという立場だと環にすぐに見抜けたのは、予め彼にそれが欠如していると察していたからだ。
彼の潤滑で広範な交友関係を見ているとそのことが非常にわかりにくいが、それでも注意深く観察すれば見えてくる。彼の中では、社会的立場が人のパーソナリティを形作っているという認識が薄い。前述したように、人間にとって社会でどのような立場であるのかということは、そのパーソナリティに深く関わってくるというのに、カイはそれを理屈として弁えていながら――理屈としてはむしろ人一倍以上に弁えていながら、頓着していない。
社会に属している意識が希薄な彼にとって、冒険者ギルドだろうが騎士団だろうが、どの組織に所属しているのか、それどころか皇族や貴族や豪族、都民や村民といった身分すらも些末事に過ぎず、事によれば亜人か人間かでさえも拘泥するべきものではないのだ。
環が王都の敵になったところで、カイは困ったことになった以上の感想は持たないことだろう。
環に裏切られたとか、そういったことは思いもしないに違いない。
仮にそうなったところで、立っているときの向きが違うくらいにしか認識しない――できない精神性が彼には形成されてしまっている。
環の享楽的な部分は、そんなところを面白いと思っている。
あの精神性が結局あの少年少女をどんなところに導くのかということだ。
「さっさと結論出して、見守りに戻りますか」
少なくとも今回のダンジョンにまつわる出来事を見届けるという方針は変わりない。それこそその結末をどこから眺めるのかということを決めるのが、今得るべき結論だ。
不意に――ダンジョンが奏でる不可聴域の【歌】が響き渡り、魔物たちの動きが活性化する。
そう。
それは【歌】だった。
どうやらダンジョンによる、魔物の引き寄せが再び始まったようだ。
環をして悍ましいとさえ感じるほど高密度の”魔力”が弾け、大気どころか空間自体を震撼させる。
その中心部は非幻象性が小さくとも視えるほどに歪んでいた。
それでもそれは、【歌】なのだ。
悍ましくも聞き惚れるほどの美しい旋律だ。
やや後ろ髪を引かれるも、”魔王”を探し出すのにこれは好機である。亜人や魔物を率いているというのであれば、多くの魔物のところへ向かえばいい。
大型の魔物が空を飛び交い、いかにも魔境という風情の山岳へ、環は飛翔した。
†
意外なことに――
その【歌】に最も強く反応したのはアリリルではなく、ガブリエラだった。
あれだけ強力な魔力波だ。
このメンバーの中で最も魔力が少ないカイにだってそれは感知できた。それどころか、ここまで近いと吐き気がするほどだ。物質的には何も揺れていないのに、揺れていると感じるためだ。その実際との齟齬のせいでより頭が痛む。
そしてガブリエラは吐いた。
強く反応した、のだ。
カイたちは吐瀉物といったものに嫌悪感を抱いたりはしない。魔物といっても要は人間を特に標的とする猛獣であり、そんなものの内臓をぶちまけるようなことを日々繰り返しているのが冒険者というものだ。何しろそれくらいしないと大抵の魔物は死なない。それくらいしても死なない奴もいる。腹から零れた臓腑で地面を擦りながら向かってくるような奴さえいるのだ。従って冒険者即ちグロ耐性持ちだと言って過言はないほどだ。
それでもまあ、せめてゴーレム車の外に吐いてくれればいいのにと思わなくもないわけだが。
ガブリエラが粗相したそれをさっさと片付け、ゴーレム車の簡易焼却炉で始末する。ガブリエラにそれをさせなかったのは、単に彼女がそのまま気絶してしまったからだ。ぷっつりと切れた、という様子ではなく、もがき苦しんだ挙句、耐えられないというように自ら意識を手放した感じだった。
「にしても、長ぇな」
セルも頭痛を覚えているらしく、こめかみを指で揉みながらぼやく。
意外なことに、こうしたことに一番強く反応しそうなアリリルは、平然として、むしろ心地よい調べを聴き入るかのように、ゆらゆらとリズムを体で刻みながら【歌】が響いてくる方向へと視線を遣っている。
ネガティブな方向ではないというだけで、ある意味一番強く反応していると云えるのかもしれない。
タマキがいれば、なんだかんだと限りなく真実味のある憶測を述べてくれたのだろうが、彼女はゴーレム車に動力を限界以上にチャージした(エネルギー貯蓄量を増設するとかありえないことをしていった)上で行ってしまった。
送り出したのはカイなのだが。
だからというわけではないが、カイがセルのぼやきに答える。
「たぶんだけど、冒険者が魔物を減らしたからだ。亜人のほうは騎士団が抑えているし、ダンジョンが誘き寄せたいだけの数が中々揃わないんじゃないかな」
【歌】が響き渡っても、カイたちがこうしてのんびりと移動していられる理由でもある。
カイたちが通ってきた道はもう殆ど魔物がいないというくらいにまで(主にアリリルが)狩ってきた。それは全体から見ても相当な割合の減滅であろう。
「……なあ、ってかすげー今更なんだけどよ。なんでダンジョンはわざわざ魔物とか亜人とかを呼び寄せてんだ? いや、奴らを滅ぼすためだってのはわかってんだけどよ、なんで滅ぼしたがってんのかってことなんだが」
「さあ?」
そんなことをカイが知るはずもない。
今更というが、本当にそのセルの疑問は今更だった。
「聞いた感じじゃ人間の味方ってわけでもねぇんだろ? 意味わかんなくねーか?」
今更ではあるが、ある意味で鋭い疑問でもある。
カイは思わず苦笑を漏らす。
「魔物や亜人の敵ならば人間の味方――必ずしもそうってわけじゃないってことだよ」
「あん?」
「要するに、ダンジョンにとって人間なんてどうだっていいものってこと」
誤魔化すように、端的にセルの疑問に答えを付けた。
亜人とは即ち人間である――そのことを知っていれば、むしろ疑問に思うべきは、ダンジョンが人間と亜人を区別していること、になるのだから。
実際に、両者を区別しないダンジョンもあったという伝承が残っている。
「けどよ、遺跡って明らかに人間に使わせるために作られてんじゃねーか?」
「ああ、そういうことか」
セルが疑問に思う理由に納得がいった。
人間がどうでもいいのであれば、そんな便利な道具を人間に誂えているはずがないだろう、というのだ。
「確かに、どうでもいいっていうのとはちょっと違うかもね。魔物や亜人を減滅するために利用する程度には気にかけているんだろう。けど、少なくともオレたちが人間を気に掛けるほどには、気にしていない」
「へぇ……正直、よくわかんね」
頷きながらもセルは、どうやら理解を諦めたようだ。
もちろんカイだって理解しているわけではない。そういうモノが――人間と似た知性を持ちながら人間の都合など考慮に入れないモノが存在することを知っているだけだ。人間に利することをしているからといって、必ずしも人間の味方ではない、ということを。
セルも元々強く疑問の答えを求めていたわけでもなかったようで、この話題はそれで終わった。
魔物との会敵率が下がったことでますますゴーレム車は速度を上げる。これまでは接敵の度に速度が落ちていたのだ。
そしてそれはきっと、騎士団にとって幸いだった。ただし、不幸中の。
何故ならカイたちが訪れたとき、明らかに不調を示す騎士団の簡易拠点が、【歌】によって狂乱する魔物の大群に襲われていたからだ。
作者リハビリ中




