±0.転生賢者
ストール・マニュエルのその生涯は二度目の終わりを迎えようとしていた。
前世の記憶を駆使し、世界の真理を掴もうとその一生を懸けた研究は、志半ばで閉ざされようとしていたのだ。
死は二度目となっても恐ろしい。
というか前世がどのように終えたのか、その記憶はストールにはない。
記憶の引き継ぎは不完全だったのだ。
持って生まれたのはある程度の経験と、知識だけ。
その大半は、今生の母の産道を潜り抜けた時点で失われてしまった。
だから前世の自分が同じ恐怖に苛まれていたのかどうかはわからない。
ただ、少なくとも今のストールには後悔しかなかった。
今生でも何も達成できなかった――
そんな後悔だ。
してみると、前世でのストールはやはり何かを成し遂げられたことがなかったのだろう。
この後悔もまた、二度目なのだ。
三度目はあるだろうか。
わからない。
わからないが、希望とも絶望とも付かない不可解な感情が芽生え、ストールは微笑みを顔に浮かべた。
次こそは上手くやってみせる、などと。
そんなことを考えたのではない。
もちろん次があるならば今生よりも上手くやる。
けれどストールが抱いた絶望が『次があることかもしれないこと』で、
希望は、後を託せる者がいることだった。
「頼んだぞ」
今生で拾った孤児に告げる。
弟子だ。
カイ・マニュエル。
才能を見いだしたわけでも、何か縁故があったわけでもない。ただたまたまそういう流れだったから、ストールは彼を弟子にした。
きっと前世にはなかったことだ。
何も遺せなかったわけではない。
だから後悔はあっても、希望がないわけではない。
すでに目は光を失い、耳も遠く、何も見えず何も聞こえない。
けれどストールは確信していた。
カイはきっと、その足りない言葉でも、何を託されたのかを理解して、引き継いでくれることだろうと。
思えばストールは、本気で達成できるなんて自分でも信じていなかった。
ただ、遠大な何かに懸けて命を燃やしたかった。
そんな想いをカイは知らない。
だからこれはカイへと遺す呪いに他ならない。
そこに意味など無い。
たとえカイがストールの追い求めた真理に辿り着いたところでそこには何もない。
真理とはただの現実だからだ。
「わかったよ、師匠」
それでもカイは頷いた。
カイに才能があったのか、それともストールに教導する才能があったのか、どちらなのかは定かではない。けれどカイはストールの持つ知識をすべて吸収し、齢十五にしてストールの補佐を過不足無くこなしてきた。
当然、カイはストールが追い求めたものが結局『現実』でしかないことを、あるいは師匠よりもしっかりと理解していた。
その上で、言ったのだ。
「オレが辿り着く」
ストールにはその言葉は聞こえていない。何もない現実に立ち向かうのだと、呪いを引き受けると、そうした決意を篭めた言葉を受け取ることができていない。
それでも彼の顔に浮かんだ微笑みは深くなったような気がした。
大魔導師ストール・マニュエルはこうしてこの世を去った。
希望という名の呪いを遺して。




