17.インター
「やっぱり……これ、普通の人間ですね」
例によって繰り言が癖になった環の呟きだ。
結局すっかり陽は沈んでしまったので、野営することになった。
カイに頼まれた様々な処置を済ませて、環は気になっていたことを確かめるべく単独で出て検分している。
調べているのは、鞭を使う紫髪だった女――亜人とされている者の死体だ。
首から上がすっかり無くなっているので少々グロテスクな有様ではあったが、環はヒトの死体くらいで物怖じするような精神性に持ち合わせがない。
というか環にとっては生きている人間のほうが実際の処、気持ち悪いと思うところが多い。絶えず蠢動する蟲の集合体のように見える時が、環にはある。それは人間に限った話ではなく、センパイという存在を認識する直前まで、環には動物がそういうモノに見えていた。
これは活動を停止しているから、ただの塊だ。気持ち悪くもなんともない。死骸に集る文字通りの虫は散らし、臭いなどは遮断しているのでやっぱりただの物体だった。
亜人の特徴であるという異彩の髪や眼がなくなってしまっているので、彼女を亜人と判断するべき証拠がない。それくらい、なんの変哲もない死体だった。
試しに直接、非幻象行使してその死体を分解してみる。
あっさり分解できた。
塵となって土に返る。
亜人には直接の非幻象が効かないか、吸収するか、効きづらいはずなのに。
「死んだら元の人間に戻るってことでしたか……。頭が残ってればもう少し突っ込んで調べられたんですけどね」
まあ、魔物の例から考えて、人間から外れて変質した形質はおそらく死んでもそのまま残るだろう。ただし、『非幻象への抗体』とでもいうべきものが、死ねば失われるということらしい。
環は重い溜息を吐く。
「予想できたことでしたが……物凄く嫌な予感がしますね……」
こんな――魔物や亜人のそれら特徴をただの人間に持たせることのできる存在を、環は知っている。
もちろんそれは、センパイのことだった。
「いったい何時の時代に飛ばされたんですか、センパイってば……」
†◇†
すっかり夜だった。
さほどではないが疲労がある(はずの)アリリルを先に休ませて、カイはゴーレム車のルーフで見張りをしていた。
眠っていようとアリリルが自分に害意ある存在の襲来を感知しないはずがないので、あまり意味がないと知りつつも、これは心構えだ。
アリリルと付き合う上で、これはどうしても忘れてはいけないこと。
“彼女”がいることを当然と思わない。
それは身近にいるカイができる唯一のことであり、最大のことだ。
身近で居続ける限り決して忘れてはいけないことだ。
さておきカイは今日を振り返る。
いろいろと不手際が目立った。反省点の羅列だ。
カイは自分が優れていると思ったことはほとんどない。
若さゆえに勘違いしてしまいそうになることは多々あれど、現実を振り返ればそんなわけがないとすぐに気が付く。
そして反省点をすべて消し去ることは不可能だと師に教わっている。そこを目指すなと。
それでいて師は、なりたい自分を常にイメージしろと言っていた。
一見すると矛盾している。いまだにカイはこの師の教えを充分に呑み込めていない。
なりたい自分が完璧な自分だったら、どうイメージすればいい?
不可能なことに挑戦しろということなのか?
そうではないという気がしている。
どういうことなのか、いずれわかるのだろうか。
わからないが、とりあえず、過信だけはしないように。
これも心構えだ。
さて、それにしてもタマキはどこに行ったのだろうか。
いちいち報告する間柄にはないし、通信用の指輪は持っているから問題はないが、相変わらずだ。
どこか行くときにはせめて断りを入れるくらいはしてほしい。
こうしたところ、師を思い出す。
師の場合は、何かを思いついてそれに気を取られてふらっといなくなっているという感じだった。
あと、こちらには必要と思えることが、彼の中では完結していて、いちいち説明しないことがあった。
タマキの場合は、【パラドキシカルバタフライエフェクト】とかいうことについて、事後の落ち着いてからも、説明を受けていない。
あの場では何もしていないとして――亜人がポカをしただけだとして流していたが、あの時を境に、明らかに流れが変わった。
偶然で片づけるには都合がよすぎる。
何かをしたのだ。完全にカイの知覚から外れた何かを。
おそらく彼女の中では当然のことすぎて、説明の必要を認めていないのだろう。
やっぱり師とそういうところが似ている。
以前から、疑問だったことがある。
師の持っていた知識と、世間にある知識との間には確然とした差がある。
それは間に繋がりが見えないほどの差だ。
隔絶というべきか。
これは近い、と思った知識でさえ、大本を辿れば師が広めたものだったりすることがよくある。
簡単に言えば、師がいったい如何にしてその知識を得たのかがわからない。
それはカイが知識を得れば得るほどに膨らんでいった疑問だった。
「やっぱり、師匠は……」
タマキとストールに共通しているのは、遺跡に関して造詣が深いということだ。それが何を意味するか。
タマキとストールは、それぞれその出自の由来が近いところにあるのではないか。
だからこそタマキはストールが追い求めた何かが何なのかがわかるのだとすれば。
筋道は通っているように思える。
タマキと比べてストールは、人間としてそれほど外れていなかったために中々この考えに至れなかったが……
「カイ」
思索に没頭していたために気付くのが遅れた。
見張り役として気が抜けている。
結局、カイは自分がポーズとしてしか見張りをしていないことを自覚した。
これではダメだな、と反省しながら、声を掛けてきたアリリルのほうを向く。
「眠れないのか?」
「ううん。報告。話しておいたほうがいいと思って」
強化外装を脱いで手に持っているのにひょいっと軽い動作でルーフに飛び乗ったアリリルは、首を横に振る。
星明かりに照らされた薄着の彼女から目を反らすのに気を取られて、一瞬、その違和感を流しそうになった。
「……アリー。もしかして、強化外装を……」
「そうみたいなの。壊しちゃった。着ても着なくても、変わらないのよね。一つ使い潰すのはいいって言われていたし、構わないとは思ったんだけど」
申し訳なさそうにアリリルは言うが、問題はそこではない。そもそも本当に彼女の言うように、壊れてしまったのだろうか。
確かめるために彼女からその強化外装を受け取って調べてみる。
「詳しいことはきちんと調べてみないとだけど、確かに、壊れてる、というか」
触る前からわかっていたが、ただの布になっている。
壊れた遺跡ともまた違う。上手い表現が見当たらない。
ただ、重量も見た目も同じであり、コアに当たる部分にも一見して異常がないのに、何かが抜け落ちている。
「まるで出汁殻……」
こんな壊れ方を、カイは初めて見た。
――自体を触媒化して非幻象行使してます。
タマキがアリリルの異常性を初めて目の当たりにしたとき、そう解説していたことを思い出した。
カイは理解できないことでも、タマキの言葉はとりあえず記憶しておくよう心がけている。
後になって繋がることがあるかもしれないと思ってのことだった。師の教えだ。
そして実際に、今、繋がった。
アリリルは自分を、遺跡を遺跡として成り立たせている何かに自分を変化させることができる。
遺跡の機能を自分自身に、遺跡から移し替えることができるのではないか。
強化外装を纏ってもいないのに人間から外れた身体能力を発揮できて、そしてその強化外装からは機能が失われている。
これら事実からは、このように分析できる。
即ち、アリリルが目に見えてヒトから外れてしまったのだと。
「まあ、いいさ。ただ、新しいのを用意するのは難しい」
内心の衝撃はおくびにも出さず、カイは言った。
アリリルには、例によって自覚がないようだったからだ。
以前の自分の身体能力を記憶しているのに、それが跳ね上がっていることに違和感を持っていない。
「そう……」
アリリルが残念そうなのは、せっかく強化外装を纏えるようになったと思ったら、早速失われてしまったからだろう。実際的には纏えることと同じだとしても。
悲しげに溜息を吐き、そのままカイの隣に腰掛ける。
「イリィに頼めばまた……」
「ううん。いいの」
タマキに頼めばすぐにでも用意できるだろう。もちろん強化外装の予備はある。
そうアリリルに言おうとしたら、皆まで言わせず断られた。
「カイは、空を飛んだときどんな気分だったの?」
そしてそんなことを訊いてくる。
「オレの出力じゃ飛ぶだけで精一杯で、気分とかを覚えるような余裕はなかったかな」
飛行用外装は極めて制御が難しい。
飛ぶだけならばそうでもないが、自由自在とはいかない。遺跡に元々備わっている機能に委ねるしかないのだ。
カイの場合は主に出力の問題で、決められた地点まで飛ぶという以上のことはできなかった。
それに、どうも飛ぶという行いには、ストールにも不明な機序が働いているという。
ストール曰く「あんなんで滞空したりできるはずがない」とのこと。
アリリルの母、シェリルが特異なのは、極めて難しいはずの翼状外装を自由自在に操作しながら、その他の遺跡さえ難なく使いこなせるというところだ。
空での戦いの基本は一撃で交差し、それを繰り返すというのが基本だが、シェリルは連続で向きを調整して波状に攻撃を繰り出すことができる。
それはもう一方的に攻撃することができるということであり、そのため空にいる彼女に勝てる存在は、少なくとも王都には存在しない。しなかった。
シェリルが墜ちたとき、王都に激震が走ったのは、その演出効果の派手さばかりが理由ではなかった。
「わたしね、カイ、実は空を飛ぶことにそんなに執着があるわけじゃなかったのよ」
「そうなんだ?」
それは初耳だ。まあ、はっきり憧れているとも聞いたことがないわけだが。
「うん。わたしは、どうしてわたしには強化外装が扱えないのかが不思議だっただけなのよ。今思えば」
「まあ、それはオレも疑問ではあったけど」
タマキによれば、それは自律性の強い遺跡に対してアリリルの操作力が強すぎ、命令系統が競合してフリーズしてしまうのだとかなんとか。
カイの疑問はそれで解消したが、アリリルが言う不思議はニュアンスが異なる気がした。
「わたしって、自惚れじゃなければきっとお父様やお母様よりも……何かが強いわ。魔力とか、そういうのの話じゃなくて」
「そんな自分がどうしてミカルさんやシェリルさんよりも多くの『できないこと』があるのか、不思議だったわけか」
「そういうことなのよね、きっと」
カイが言い当てると、アリリルは頷いてから空を仰いだ。
そうして黙り込む。
カイは普段、アリリルとの沈黙の時間が、苦手ではない。
けれどこの沈黙は、妙に据わりが悪く感じた。
きっとアリリルは、自分が何者であるのかという疑問をずっと持っていた。
両親が特別で、アリリルが特別であることに誰も疑問を抱かない。
カイでさえも、アリリルの特別性の由来に、疑問を持ったことはない。
あの両親にしてこの子なのだからと、考えもせずに納得していた。
けれど当の本人だけは、自分の特別性にずっと引っかかりを覚えていたのだ。
タマキによって強化外装を、例外的とはいえ纏えるようになったことで、その引っかかりが具体性を帯びたのだろう。
自分の何かが強すぎるということが、はっきりしたために。
両親のそれよりも図抜けている――連続性に欠けているほど――ということが、朧気ながら示されたために。
カイはそれを察して、居心地が悪くなっている。
誰よりも知っているはずの彼女のことを、何もわかっていなかったという後悔と、あるいは恥ずかしさがあった。
自分は何も見えていないな、という、恥ずかしさだ。
きっとアリリルは、不確かになる度に、こうした不安を重ねてきたのだろうに、それを気にしているのが自分だけだと思っていた。
そんな自分の傲慢さが恥ずかしい。
「わたしは、何になるのかしら」
特別不安そうでもなく、ただただ疑問だというように、アリリルは空を仰いだままぽつりと呟いた。
†◇†
シーグバーン家の子弟、ガブリエラをダンジョンまで連れて行くことになった――はっきり言えばパーティーに迎えることになったわけだが。
それがどうしてなのか、未だにカイは釈然としていなかった。
眠気のせいかもしれない。
昨晩は結局、考え事をしていて充分に寝られなかった。どうせ答えは出なかったのだから、考えるのならばこのことにしておけばよかったと後悔している。
ガブリエラの事情を簡単に言えばこういうことだ。
シーグバーン家は子宝に恵まれず、傍系から才能のある養子を求めたが、年齢や魔力などの条件を備えているのがガブリエラしかいなかった。ガブリエラにしても条件をすべて満たしているわけでもなく、シーグバーンが求めていたのは男子だったのである。
それはシーグバーン家の、貴族としての特徴に関係する。
王都における貴族とは、武芸に長けていることとほぼイコールである。
政治経済に特化している家門もありはするが、そんな彼らでも軍略に長じているとか、騎士団の経済的運営を担っているとか、軍隊指揮のカリスマ性があるとか、武芸と無関係ではない。
因みにセルことシルヴィオの生家、アスコ家は、個人的武芸に特化した家系で、政治経済などには疎い。だから個人的武芸で隔絶した能力を持つコウデルコヴァー家に追い落とされるのは必然だった。
シーグバーンはカリスマ性を売りにする武門の家系であり、それだけならば貴族としては普遍的な在り方である。
特徴的なのは、個人的武芸能力で、そのカリスマを発揮するというところだ。
これも簡単に言えば、コウデルコヴァー家に類似する。その絶対的な強さで、騎士団を引っ張っているからだ。
ここまでは対コウデルコヴァーを掲げるヘリヴェル一派にガブリエラが属していることからも概ね想像できることだ。
問題なのは、シーグバーン係累のカリスマ性の内容――発揮の仕方だ。
彼らは戦闘時、人格が豹変するのだという。
それも、生半可なそれではない。
伝聞でしかないために詳しいことは不明だが、その戦いぶりはおよそ正気の人間のそれではないのだそうだ。
その豹変ぶりは実際に姿形、あるいは能力さえ変わっているように錯覚するほどであり、もちろん恐れなどないかのように獅子奮迅の働きをするという。
狂気の満ちる戦場にあってはそれは正しい姿勢であり、即ち追い詰められたときこそ彼らの本領は発揮される。
接戦に於いて勝敗を分けるのは多くの場合士気の多寡であり、率いる人物の戦いぶりはその多寡に大きく影響してくる。
気迫というのは中々どうして戦闘ではバカにできないのである。
そういうシーグバーン係累の特徴だが、この精神的な形質は男子にしか受け継がれないという。
魔力が戦闘能力に大きく影響してくるこの遺跡社会にあって、女性が戦闘技能者――兵士として登用されることは珍しくない。
しかしシーグバーン家の最大の強みであるその形質が受け継がれない女子は、家督を継げないのだ。
男子しか家督を継げないことはシーグバーン家に於いてはすでに因習となっており、他に継げる者がいないのだとしてもガブリエラが継ぐことはその因習に逆らうことになってしまう。
ある種の家――貴族ともなると、因習こそが自分たちだと考える物であり、それは曲げられないことなのだ。
曲げてしまえば家が存続できないことと全く同じことだと彼らは考える。
ましてガブリエラは傍系だ。無理をしてまで彼女に継がせる理由はどこにもなかったはずだった。
まあここまで来れば聞かずとも、ガブリエラが男装して、シーグバーン家の子弟の普通が選ぶ騎士ではなく、冒険者をやっている理由は概ねわかろうというものだ。
要するにガブリエラは繋ぎである。
魔力的には貴族として問題のないガブリエラが冒険者として功績を挙げて、形だけ家督を継ぎ、その間に後進を育てる。
内側だけが問題としているのに、対外的に誤魔化せればいいというそのやり方は、はっきり言って正気とは思えないし、そして実際に破綻している。
貴族となると対面を気にしなければならない横の繋がりがあることはわかるが、それでもカイには理解できないし、逆に、ありがちな話だとして特に興味も引かれない。
それなのに彼女を連れて行くことになったのは、もちろんタマキの意見が元だ。
セルは未だ昏睡中だし、アリリルは基本的にこうしたことに興味を示さない。
こうしたことの判断は完全にカイに一任されているのに、そのカイが判断を曲げるとしたら、現状ではタマキの意見以外にはない。
そのタマキが言った意見というのが、
「遠い……けど、だからこそ。血筋っていうのは、ある意味盲点だったかもしれないです」
とかなんとか、要領を得ない。
話を聞くなり「連れて行きましょう」だったのだ。
何が彼女の琴線に触れたのか、思い返してみても、やっぱりわからない。
「どちらかというと、貴方よりの事情ですよ」
思考を読んだのか、タマキがひょいっと顔を出して言ってくる。
ワンボックスの運転席でカイはマップを表示させてぼんやり眺めているところだった。
後部座席側に顔を向けると、タマキはするりと助手席に座る。
「……オレよりの事情って、つまり師匠の目的のことだよな?」
「言いましたよね。証拠を集めておくって」
「ああ、そういえば言ってたかもしれない」
タマキのことだから、『センパイ』に関することだろうと決めつけて、その可能性は考えていなかった。
「ただ、それだとしても、じゃあなんでコウデルコヴァー家じゃないんだ? アリリルたちじゃ証拠には足りないってことか?」
受け継がれる形質が証拠に繋がるというのであれば、コウデルコヴァーなどは父母どちらを辿ってもいいくらい、特異的だ。
「ん~……。説明が難しいんですけど、簡単に言えば、コウデルコヴァー夫人やアリーちゃんと、ガブリエラって娘では、その特異性の由来が違うんです」
「由来……というか、それはガブリエラさんでも大丈夫なのか? っていうのは、シーグバーン家の特異性は男子にしか受け継がれないはずだけど」
「だから説明が難しいんですよね。かなり踏み込んだことを順序立てて話さないと、貴方でも理解に苦しむ要因が多く関わってくるんです。ただし、後になってどうこう疑われたくないので言っておきますと、ガブリエラちゃんにもその特異的な形質の基幹となる部分は受け継がれています」
「つまり、女子にはシーグバーンの特質が受け継がれないというのは欺瞞?」
武力的に問題が無いからといって、女性が兵士として登用されることに対して批判的な立場の者がいないわけではない。シーグバーンのような古い家系であれば尚のこと、過去はもっと女性が戦場に出てはいけないという風潮は強かったはずだ。
だから本当は女性にもその特質があるのにも拘わらず、それを隠すことで女児には家督は継げないという因習にしたのかと、推測した。
「女性ではその特質が発現しないというのは事実です。社会的性差に基づく偏見や欺瞞――恣意的な情報操作というわけではありません」
言下に否定された。
「なんか、ややこしいんだな……」
「ダンジョンがわたしの考えている通りのモノなら、彼女をそこに連れて行くことで確かめることができることがある、ということですよ。だから今は、ダンジョンにどうやって潜入するかってことだけを考えていてください」
「いや、そのためにはヘリヴェルさんたちから勝手に引き抜いてしまった形になっているのをどう辻褄合わせるべきかとか、色々考えないといけないんだけど……」
「簡単ですよ。ガブリエラちゃんはヘリヴェル一行を内偵するためにパーティに潜入していたことにすればいいんです」
「どうやって?」
「できないわけじゃないでしょう? セルくんに担ってもらうはずだった役割を彼女にすればいいだけなんですから」
カイは、苦い顔をタマキに向けた。
タマキは相変わらずのすまし顔だ。
「普通に考えて、貴方がいくら有能だからって、ブラックリストの作成なんか、一介の調律師に関わらせるわけがないんです。貴方は冒険者ギルドの内部監察の任を請けている。その立場を得るために、貴方は時間を掛けたんでしょう?」
「まあ、ね……」
彼女にそれを話した覚えはないが。
今更だった。
「なら話は簡単です。そうだったことにするよう、ガブリエラちゃんを説得すればいい。あの状況からどうやってヘリヴェル一行が助かったのかの説明もそれで付けられます」
言うほど簡単ではない――が、可能か不可能かで言えば、可能だった。
そしてタマキはそうなるよう、ヘリヴェルたちの記憶を操作しただろう。
お膳立ては済まされている――事後承諾で。
「これだから……」
これだから、なんだろう。
カイは自分がタマキを何と形容しようとしたのか、見失ってしまった。




