16. メンバー拡充
前回までのちょう大雑把なあらすじ
現代魔女タマキ・キリヤの転移現出をきっかけにダンジョンが目覚めた。
目覚めたダンジョンを攻略するべくカイ・マニュエルはパーティーを結成する。
ダンジョンへと向かう道程で、同じくダンジョンを攻略するライバルとも言える野心家・ヘリヴェル一行が追い詰められている現場にでくわす。
見捨てるべきだとするカイ。どちらでもいいアリリル・コウデルコヴァーにタマキ。助けたいシルヴィオ・アスコ。
シルヴィオを斟酌して助ける方向で進めることにするカイだが、内心は不可能だと断じていた。
しかしヘリヴェルらを追い詰めている敵の正体の一端が明らかになったことから、助けることは不可能ではないとカイは判断し、そのためにカイたちは動く。
待ち構えるにしても、ヘリヴェルたちがどのような扱いをされるかを考えなければならない。奇襲でアリリルに一撃で亜人を始末してもらえば済む話ではあるが、そうすると亜人に操られている魔物はヘリヴェルたちを喰らってしまうだろう。
だからまずは魔物を始末し、ヘリヴェルたちの身柄を保護してから亜人と対決するという手順にならざるをえない。
そのための最適な布陣は、と思考を重ねるカイだったが、そこにセルが水を差した。
「なあ、今思い付いたんだけどよ。さっきの話って、助かるのは男だけなんだよな?」
亜人は噂に聞くところの淫魔であるという。
淫魔は男の精を喰らうことで強くなる性質があり、その糧として人間の男を生かして捕らえるに違いない。
そうした予測の元に行動しているわけだが。
「アリーやイリィがどうこうなると思ってるのか?」
セルは万が一亜人に敗れたときのことを懸念しているのだと解釈したカイは、怪訝を浮かべながらも問い返す。
「いや、ちげぇよ。つかなんでそういう話になんだ?」
「話がわからないんだけど、とりあえず、助かるのは男だけだと思うけど。あれが助かったって状態に見えるならの話だけどさ」
淫魔に捕らえられた男たちのことを指して。
「そりゃ……ヤバい」
「あーっ。もしかして、あの子ってあの娘だったんですか?」
タマキが不意に気付いたようにセルに確認する。カイは彼女が何を言っているのかわからない。
「ああ、ヘリヴェルさんとかは気付いてねんだけどさ。シーグバーン家の子弟……あん人ホントは子女なんだわ」
「普段喋らないのは声が高いのを気付かれないためですか」
「そうらしい……けど、よ? つかなんでイリィはんなことまで知ってんだ?」
「こんな時に要らないところでばっかり鋭くならなくてもいいんですよ」
以前カイから離れて視察とやらを行っていたときにタマキはそれを知ったのだろう。けれど今はどうでもいいことだ。
問題なのは、男装した女性がヘリヴェル一行にはいるということであり、それによってカイたちが作戦を変更するかどうかだ。
「シーグバーン家の子弟って言えばガブリエルさんだよな」
当然、貴族の係累はすべて頭に入っている。
「ガブリエラって言うらしいぜ。本名は」
「うん。どうでもいい。聞きたいのは、セルにとってその人はどういう人なのかってこと」
「どういうって……まあ、パーティメンバーだな、元」
「どうしても助けたいくらいに大切な人ではない?」
セルの鈍さに少し苛ついたカイは直裁に訊いた。
「……他の何かを犠牲にしてまで助けたいって思うほどじゃ、ねぇよ、さすがに。けどよ」
「いや、いい。ごめん。今はそこは問題じゃなかった。
アリー、作戦変更。先行して強襲してくれ。亜人より魔物を優先的に排除。遺跡を一つ使い潰すくらいは構わない」
「わかったわ」
指令を受けてアリリルは即座に行動に移る。眼にも留まらぬ速さで木々を縫って駆け抜けていく。
「いずれにせよヘリヴェルさんたちを助けるんだったら手間は一緒だからね」
呆気に取られるセルに言い訳するように呟く。
ヘリヴェルら一行が気絶し、捕獲されてから、彼らが何もわからない内に何もかも済ませてしまうのが理想だった。今すぐ助けるも助けないも手間は変わらないが、後々の面倒事は増える。けれど捕獲されてからでは遅いかもしれない。淫魔である亜人は男女を見分けるのに長けているかもしれないからだ。そうだったらガブリエラが殺されるのはほぼ確実だろう。
「ヘリヴェルたちを取り込むことにしたんですか?」
アリリルを追うようにしてカイたちも駆ける途中、タマキが訊いてくる。
「いや、正直言って、考えるのが面倒になっただけ。考える時間も惜しいし」
想定していない要因・新情報が重なりすぎて、もうどうにでもなれという気分になってしまっていた。
「案ずるより産むが易しといいますしね。やってみないとどれが正解かなんてわかりませんし、別にいいと思いますよ。大事なのはやると決めたら躊躇わないことです。助けてみたら、ヘリヴェルとかも貴方に感謝して改心する可能性だってゼロじゃないです。大人しくダンジョンを諦めて進んでお縄なりに行くかも知れません」
その物言いは、改心する可能性がごく低いと言っているようなものだったが。
「それに、言い忘れてましたけど、わたしたちに会ったことを忘れさせることもできますし」
「……」
それを早く教えて欲しかった。
本当に。
「それをやったら結局見殺しにすることと変わらないから言わなかったんですけどね」
確かに、ポイントの譲渡ができない以上、この場に彼らを放置していくことは彼らの悲惨な末路から抜け出させることにはならない。
ただ、それはいずれの場合でも同じだ。むしろ選択肢が広がったから、やっぱりもう少し早く言って欲しかった。
「というか、そういうことができるって言ったら引かれるかな~って思って言い出しにくかったんですが、よく考えたら貴方の思考回路的にそういうのって大したことじゃないですよね?」
「言われてみたら、少しは呵責を感じる、かな。でも便利だなって思うほうが先だから、やっぱりオレは毀れてるんだろうな」
「いえ、というかわたしを怖がらないんですね」
「怖いっていうなら、出会ったときから君のことは恐ろしいと思ってる、ずっと」
自分の記憶が弄られているかもしれないことなど些末事と思えるほどに、ずっとそれは感じている。表に出ないだけだ。出さない術を、アリリルと付き合う内に身に付けていただけだ。
「あ、納得です」
タマキはどこか感心するように頷いていた。
カイがそこに到達してみれば、とっくに魔物は駆逐されていた。アリリルが持っていた銃状は、消耗して壊れかけている。調律師としてのカイはそれを一瞬で見抜いた。おそらくは眼にも留まらぬ早さで撃ちまくって魔物を駆逐したのだろう。
不思議なことだが、同じだけの魔力を消費するとしたら、強力な一発を放つよりも連射する方が遺跡の消耗率は高い。
「小娘ぇぇ!!」
アリリルは縦横無尽に動き回って亜人の操る先端の分かれた鞭の攻撃を躱している。反撃しないのは、もう一発も撃てば遺跡が壊れると知っているからだ。
使い潰してもいいと言ったが、壊さないに越したことはない。その一発で亜人を倒せるならば撃ったかもしれないが――
その淫魔は配下の魔物を駆逐されたためか、激昂している。だがその動きは俊敏で的確。強化外装を纏ったアリリルに翻弄されていない。ついて行っている。
森は彼女が鞭を振るう度に木々が粉砕され、岩が砕けて散弾のように飛び散る。それが秒間で数えてもいいだけの速度で展開されていくのだ。
話には聞いていたが、亜人は並みの強化外装遣いを凌駕する身体能力を持っている。
さしものアリリルもこれを相手に一撃で確実に仕留められるとは判断しなかったのだろう。むしろ魔物と同時に片付けようとして躱されたのかもしれない。
「セル、アリーとスイッチ!」
カイは、自分はヘリヴェルたちが魔物の死骸に埋もれるようになっているところの前に移動し、風の障壁を展開しながら、セルに銃杖を渡して指示を出す。
セルは銃杖を扱えない。だから彼はカイの意図をすぐさま察した。
アリリルと亜人の横合いから軽い【空壁崩拳】を撃ち、アリリルと亜人の両方がその効果範囲から逃れるのを見計らって銃杖をアリリルに放って渡す。
そしてそのままセルは亜人へと接近戦を仕掛けようとする。とはいっても鞭の間合いは中距離だ。視界の範囲から外れて襲ってくる鞭の先端を、さすがのセルも捌ききれない。そもそも鞭はそれ自体が生き物であるかのように――鎖型の遺跡と似たような動きで自在に動き回っている。
亜人の武器は防御してもなぜだか人間や遺跡を消耗させるという。その話をカイは聞いたことがあったが、セルは知らないのかもしれない。そうした武器を持っている亜人の割合は高くないという話だったし、その可能性はあった。
目に見えて消耗し、困惑するセルを、アリリルの援護射撃が救う。精密連射によって、セルに襲いかかる鞭の先端が悉く弾かれる。
セルは困惑しながらも彼の少ない中距離攻撃である【空壁崩拳】を放ち――明らかに威力が減退している――間合いを広げようとするが、バカげた話、亜人は鞭を恐ろしい勢いで振り回すことで空気の振動波を散らしてしまった。
そして執拗にセルへの攻撃を続行する。アリリルはセルを庇うことに注力せざるをえなくなる。セルは自身が消耗していることの疑問で動きに精彩がない。亜人はまったく息切れなどすることなく全く同様のペースで動き回り、そのくせ攻撃には変化を加えてくる。
拙い流れだった。
たったこれだけの戦術的な行動だが、魔物相手を慣れすぎている自分たちにこの亜人は厄介極まりない。
アリリルやセルは能力的にこの亜人に拮抗する魔物とならば対峙したことあるだろう。セルは隊商の護衛などで亜人と戦ったこともあるはずだ。
けれど、魔物と亜人はその行動様式が違いすぎる。
また、隊商を襲うような亜人は弱いことが多い。なぜなら、これは多くの人間にとって意外なことなのだが、亜人は強ければ強いほど理性的なのだ。冒険者が隊伍を組んだ商隊など、よほどの勝算がなければ襲ったりしない。
知識としては、カイは亜人の生態やその特徴を知っているが、経験としては知らない。それ故に、拙い流れであることがわかってもどのような指示を出せばその拙い流れを断ち切れるのか、すぐには思い付かない。
「か、カイ・マニュエル……?」
しかも、やはりまだ意識を失っていなかったヘリヴェルが気付いてこちらを見上げてくる。見上げてくるだけならばともかく「た、たすけ……っ」とかなんとか言いながら取りすがって来るではないか。
思索の邪魔だった。
というか失敗だった。風の障壁を張ったらすぐにでもアリリルが行っている援護をカイが代わるべきだった。いや、そうすると与しやすいカイを亜人は狙っただろうから、やらなくて正解だ。それとも男である自分は殺されないだろうか。それならば時間稼ぎの意味で援護を行ってもよかったか。死なないのならば囮として自分を使うのが正解だった。いや、セルを含めて男は数がいるからわざわざこの場面で生かすこともないか。だがこちらにはその数の大部分を占める男が多い。少なくとも大規模な攻撃はしないはずだ。であればやはりこちらに注意を引くべきか――
ぐるぐると思考が空回りする。
何が正解なのかがわからない。
「偉そうに言えるような経験者じゃありませんけど、一つだけ。戦場に正解なんてどこにもないんですよ」
彼女の言う『戦場』に似つかわしくない、涼やかな声が響く。
気付けばカイに取りすがっていたヘリヴェルたちが安らかに寝息を立てている。
「アリーちゃんにちょっとだけ見せてあげます。貴女の力はこうして使うべきなんですよ――」
タマキが何かを言うその途中から、その現象は始まった。
亜人の足下が陥没する。亜人は表情を凝然とさせたものの「ちっ」その反応は素早い。足を取られたと見るやすぐさま鞭を近くの木の枝に絡み付け、その場を脱出――しようとしたらその枝は根本から折れて、その根本が振り子のようになって亜人の顔面を強打「ぶふっ」する。そして亜人はひっくり返り、陥没した地面に頭から突っ込んだ。
その後に、タマキは軽く指を鳴らす。あたかもこれを自らが行ったと言わんばかりに。
タマキは大したことはしていない。単に落とし穴を一瞬にして作って枝を折っただけ――そう見える。
けれど実態は違う。タマキは穴を作ってもいないし、枝を折ってもいない。
穴はアリリルが撃った弾によって出来たそれが、セルの攻撃によって散らされた落ち葉やその他によって隠れていたもので、つまり最初からあった。
枝も同様だ。その根元は元々傷が入っていたが他の折れた枝によってその傷口が隠されていてて、枝先は近くの木の枝葉に絡まっていた。タマキがその傷を入れたわけでもなんでもない。
タマキは大したことはしていない――どころか、何もしていないのだ。指を鳴らすという些細な行為でさえも、現象が起こった後だ。
「【因果の逆相転移】――どうです? この溢れ出る厨二感。中々イケているんじゃないでしょうか」
両手を腰に置いて胸を張り、何か多分にイタいことを大いばりで言うタマキである。
なんだか訳がわからないが、ここを逃す手はないとカイは即座に切り替えた。
きっぱりタマキは無視してヘリヴェルの銃杖を拾い、地面に突き刺して土類を汲み上げ炸裂弾を成形、装填して亜人に向けて構える。
一瞬呆気に取られていたセルとアリリルも我に返ったらしく、各々攻撃を始める。
その一瞬の間に亜人は腕だけで穴から飛び出し、アリリルの狙撃を躱しつつ口を凶悪に歪め――照れ笑いに見えなくもない――鞭を振るってセルに攻撃を再開するが、その鞭をカイは狙撃した。
もちろんアリリルじゃあるまいし、鞭などという動く細い物体に狙って中てるなどカイには不可能だ。厳密には狙ったのは直線上の木の幹であり、炸裂弾が着弾したことで生じた衝撃波が鞭の軌道を狂わせる。
亜人の凶悪な視線が忌々しそうに、一瞬カイに向けられた。
その瞬間にセルの【縮地】が発動し、一気に亜人との間合いが縮められる。
手首の返しだけで操られた鞭の尖端はセルの背後から彼を穿とうとするが、それをアリリルが精密な射撃によって弾く。
そしてセルの【浸透勁】が亜人の鳩尾に叩き込まれた。
一度相手のペースを崩してしまえば、手数が上のこちらが詰めてしまえるのは道理だった。難しく考えず最初から飽和攻撃をしていればよかったのだ。
セルのスタン攻撃によって動きを止められた亜人に飽和集中攻撃を放とうと――
セルが亜人から離れない。連続攻撃を撃ち込むでもなく、動きを止めている。
「セル! どけ!」
思わず声を張り上げた。彼の身体が邪魔で撃てない。浸透勁はあらゆる魔物に有効なスタン攻撃であり、亜人にもしっかり効いているはずだ。けれど逆に、浸透勁だけで仕留められたという話も聞かない。ミカルやアリリルレベルならば別だろうが、あくまでも遺跡の仕様に沿った最大値の威力しか出せないセルでは浸透勁の一撃で仕留められたはずがないのだ。
それなのに、どうして彼は動かない?
いや、セルは振り向いた。ふるふると歪んだ表情の浮かぶ顔を横に振る。
「やっぱさ、どう見たって人じゃねぇかよ」
あたかもセルのその呟きが合図であったかのように、亜人がスタンから回復し――セルは真正面から亜人の蹴りを受けて、人体から発せられてはいけない音の直後に吹っ飛んだ。
カイは――
セルのその呟きで、むしろ頭が冷えた。
「知ってるよ。だけど、殺すんだよ、セル」
冷静に、セルが吹き飛んだことでも些かも照準がズレなかった銃杖の引き金を、引いた。
亜人の口の中に着弾した炸裂弾は、彼女の端麗な形状だったかもしれない首から上を跡形も無く破裂させた。
そこまでの威力はこの炸裂弾にはなかったはずだとアリリルを見やれば、彼女もまたこちらを見ていた。
カイは苦笑する。
アリリルにはやらせないつもりだったのに、考えることは同じだったようだと、交わした視線でわかったからだ。
アリリルもまた、少しだけ悲しそうに苦笑していた。
†◇†
セルはさすがにタフだった。
血反吐を吐きまくって昏倒していたが、死んでいない。この強化外装はもう使い物にならないだろうが、付属装備は概ね無事だし、コアデータは元々まだ育っていなかったから大した損失でもない。
ヘリヴェルたちの荷物を漁って彼が長年使っていた強化外装を見つける。
長年セル専用に調律してきたこの強化外装は個性が育ちすぎて、容易には他の者が装備できない。彼らが荷物としてでも持ってきていたのはセルにとって僥倖と言えた。
意識がないセルにも自動で装着されるほど育った強化外装は、タマキの例の光球のエネルギーを吸収して急激にセルを癒していく。
体力のほうがこのままでは危ないだろうから、ストールにはみだりに使うなと言われていたが、栄養剤入りのリンゲル液を静脈に打ち込んだ針から流し込んだ。点滴というらしい。
「思うに、セルくんがヘリヴェルたちに冷遇されていたのって、パイルバンカーのせいばかりじゃなかったんでしょうね」
ゴーレム車にセルを運び入れ、点滴の設置を行っていると、タマキが不意にそんなことを言う。
「……セルには悪いけど、妥当な理由だったみたいだな。こっちを殺そうって相手を殺せないって。人としては正しいかも知れないけど、仲間としては信用できない。ヘリヴェルさんたちがそう感じるのは、仕方がない」
セルは、シルヴィオ・アスコは人が好すぎたのだ。
敵を殺さなければ味方が死ぬかもしれない状況で、敵を討てないかもしれない味方を誰が信じられるのか。
これはそういう問題だ。
「これを予想してました?」
「いや。ヘリヴェルさんたちは亜人を討ったことはあった。だから当然セルも亜人を相手にしたことがあるって思い込んでたな。殺したことがあるって」
こうなると予想していたら、亜人がいるとわかった時点でセルの役回りを別にしていた。少なくともあの亜人と直接対決するときに自分の位置と交代していただろう。
「これでセルくんをパーティから外したりはするんですか?」
「いや、セルは何も間違ってない。人としても、冒険者の規則的にも、何も。間違ってないのに冷遇したりつまはじきにするのはきっと違うだろ?」
「何も間違っていない人は、自分が間違っていないと信じている人を否定しているんです。彼にそんなつもりはなくても自分の正当性を信じる人は、そう感じてしまう」
「何が言いたい?」
「いえ別に。そういうもんですよねっていう同調? 相槌みたいなものです」
「ええっと、つまりセルの扱いについて見直すべきだってことか?」
「ああ、そう聞こえましたか。違いますよ。単なる世間話です。貴方って生育環境の割に、こういうただの同調というか『あ~そういうのあるある~』みたいな会話が読めませんよね」
「あ~そうかもな~」
指摘されたのでさっそく『会話を読んで』みた。
「今、貴方に初めて明確な殺意を覚えました」
「ごめん。ちょっとオレも自分で自分が気持ち悪かった」
「そこで『え~マジで~?』とか続けていたら貴方を見限っていたレベルです」
それはちょっと本気で反省しなければならないレベルだったようだ。
「まあセルくんの処遇についてはわかりました。で、ヘリヴェルたちはどうします?」
「セルには悪いけど、彼らはここに置いていこう。もちろん食糧やら装備やらは置いておくけど、あの亜人に捕まっていたヒトたちを世話してもらわなきゃいけないし」
「わかってると思いますけど、大変ですよ。正気が壊された人の世話をこんな社会から隔絶された環境で看ることなんてできません」
「もちろん、そこは考えてある。というかイリィ頼りの方案だけど、記憶の改竄で、あの人たちがどこかのお家の子弟って情報を埋め込めないかな。実際偶にあるんだ。大商人とかが出す捜し人の依頼が。ヘリヴェルさんたちがあの人たちを救助したっていう名目があれば、大した成果がなくて王都の救助を呼べないヘリヴェルさんたちも踏ん切りが付くだろうし、結果として世話をする期間も短くなる」
王都からの救助はギルドカードで要請できる。一応確認したところ、カイのそれと違ってちゃんとその機能が付いていた。
「……これが、あの人たちを正気に戻してくれって頼みだったら無理だって断れたんですけどね。ていうか本当、貴方こういうことに躊躇ないですよね。実行するわたしがびっくりです」
「正気に戻すのは、無理なのか?」
「何を以て正気かがわからないと処置のしようがないですよ。明らかな異常を示す反応を抑えることはできますが、そのためにはわたしでも精密な検査器具が必要ですし、無理のない範囲で治そうとすると長期的な療養計画を建てないと、無理ですね」
「そっか。まあ長期的にやればある程度の回復が見込めるなら、その辺りに希望もあるってことをついでに植え付けてくれないか? あんまりあからさまなのはないけど、身内にそういうのが出たら秘密裏に消すっていう時代遅れの家もないではないから」
「便利に使われていますね、わたし。まあいいですけど。手間は変わりませんし。ああ、でもそういうアフターケアも考えているなら、あの人たちの前にガブリエラちゃん? は置かない方がいいですよ。多分お互いにとっていい影響になりません。ああいう状態だと一見すると感覚が鈍っているくせに妙に嗅覚が鋭くなってたりして、匂いで性別を嗅ぎ分けたりするんで男装は無駄ですし」
あの小屋に繋がれていた男たちがアリリルを見ての反応を思い起こせば、ああ確かにな、と思わざるを得ない。
「ええと、でもヘリヴェルさんはガブリエラさんをガブリエルさんだと思い込んでいるわけで」
「わたしが記憶改竄してもガブリエラちゃんを彼らから遠ざけるようにはちょっと難しいですね……いえまあ、ヘリヴェルに気付かせれば良いんですけど」
「男装している理由を聞かないとその辺判断できないな……」
この辺り、セルに聞いても明確な答えが得られるような気がしない。セルのことだから詳しい事情の詮索などしていないだろう。
「まあわたしたちからするとどうせ大した理由じゃないんでしょうけど、こういうのは当事者じゃないと重さはわからないですからね。乗りかかった船です。どうせですので本人から聞き出してから決めましょう」
そういう運びになり、催眠状態で彼女の物語を聞き出すハメになる。
その結果、ガブリエラだけはカイのパーティに同行させることになってしまい、カイはその成り行きに首を傾げた。
どうしてそうなるんだろう、と。




