13.荷電粒子砲的な何かだと思います
アリリルには魔物を探知する感覚がある。
魔物には魔力もないし、野生動物でもある奴らは当然隠れ潜む能力を天然で持ちあわせているため、本当にこれが何故なのか不明だ。
ギルドカード(冒険者カードプレート)やゴーレムなどにも魔物探知能力が備わっていることがあるが、それは『魔力のない動的物体を感知している』のだと、ストールによって検証されている。しかしアリリルは魔物が動いていなくともそれを探知する。
「なんていうか、こう……ズラして視て、外れた音を聴く感じよ?」
というアリリルによる解説が当てになるわけもなく、これだけでもアリリルは食っていけるだろう。魔物による奇襲は冒険者にとって、一番とは云わないが、かなり警戒すべき事態だ。警戒だけでなく、魔物を狩りたいときには探知してくれる案内人がいることで相当の時間短縮が見込めるからだ。
そんなアリリルの案内に従って軽く馴らしをする。
主にセルのためだ。
彼と組むのはカイもアリリルも初めてだ。
セルの装備は新調したものだが、彼の癖はカイが調律師として把握している。だからこれに関してはさほど馴らさなくてもいい。
まずは一、二体を相手にしてみた。
前衛がセル、中・後衛をアリリルが、後方支援がカイという陣形だ。タマキはちょっとやってもらいたいことがあるのでこの場にはいない。
アリリルが非常に抑えた銃杖の狙撃一発で隠れ潜む魔物を誘き寄せる。というかその一発で二体の内一体が急所を貫かれて絶命した。
出力を抑えれば百%クリティカルが発生する。これもアリリルの特質の一つだ。
カイは今更何も思わないが、セルはさずがに慣れていないので絶句していた。
必然、セルと残り一体で一対一だ。
「盾前衛の見せ場がねぇなこれ」
ぼやきながらもセルは強化外装の動作支援機能の一つ、カテゴリ走の【縮地】を発動――常人の目には予備動作を見せない動きで滑るように――背の高い草が左右に切り割かれていく――魔物に接近。
腰溜めに構えた拳を撃ち出す。
様々な動物の特徴が複合している――キメラ型の魔物の胴体に拳が突き刺さるや――
「攻――【浸透勁】」
音声入力で強化外装の機能が起動する。
ドパンッ、と音が響くのは、その機能の効果が振動波によるスタンだからだ。
遅れて迎撃しようとしていたキメラの動きが停止する。
セルの拳は未だに胴体に突き刺さったままだ。
「続――【寸勁:パイルバンカー】ァッ!」
セルがぐっと踏み込みを固めて、強化外装に外付けされたギミックが起動する。
セルの下腕と同じ長さの釘が打ち出され、キメラの胴体を穿った。
セルが釘を引き抜くと、ドブドブと血を傷口から溢れ出る。
「まあこんなもんか」
返り血を払いながらセルが言うのを背景に、キメラが倒れる。
異様な姿形からいかにも魔物らしい魔物であるキメラだが、あまり強い個体は確認されていない。おそらくバランスが悪いせいだろうというのがストールの見解だ。本来なら生命として成り立たないところを魔物の生命力が無理に成り立たせており、云ってしまえば彼らは常に回復を続けている。つまり無駄が多いということだ。
そのおかげかどうか、ちゃんと絶命している。
「すごい……」
とアリリルが呟く。
言葉通りその声には感心の響きがこもっている。
セルはまんざらでもなさそうに肩を竦め、
「パイルバンカーなんて使う冒険者初めて見たわ」
アリリルの言葉で肩を落とした。
パイルバンカーは効率が悪いともっぱらの評判であるから、仕方がない。セルが実演して見せたように、相手の動きを封じてからでないと有効な攻撃とならないし、反作用が大きくてその緩衝のためにエネルギーを食われる。何より一対一でしか使えない。
「パイルバンカーは、男のロマン、だよな?」
カイに向けてセルがすがるような視線を向けてくるが、カイは首を横に振った。
ロマンとか云われても、カイはそれを理解できない。女ばかりに囲まれて育ったせいだと思っている。男性的価値観を理解できないのだ。女性的価値観を理解するかというと、そういうわけでもないのだが。
「君の装備を調律するとき、一番困るのがそれなんだよな。壊れやすいし、出力調整が面倒だし」
「ここでも理解者がいない、か」
なんかセルが黄昏れているところに、タマキから連絡が入る。
準備が完了したらしい。
†◇†
タマキに頼んだのは、一つはこの平原のどこに陣地を張るかということの調査だ。
狭くはないこの平原を一々狩って回るのは、アリリルの探知力があっても面倒臭い。
だから、向こうからやってきてもらう。
それは王都にも比肩する者が僅かしかいない魔力保有者であるアリリルがいれば容易いことだ。アミュレットを外してちょっと本気で遺跡を稼働させてくれればいい。ダンジョンが行っていることを真似するだけのこと。
そのためには立地が重要だ。例えば地中から大群にやってこられればこちらに上手い対処法はないし、できれば大群が来る方向を限定しておきたい。
タマキによると小高く開けた岩場があるというので、カイたちはそちらへ向かった。
単純な作戦だが、問題はいくつかある。
いかにアリリルでも、数百もの魔物に囲まれてしまえば消耗してしまう。強化外装が扱えるようになった現在、彼女一人でなんとかなる気もするが、ここで危険を冒す必要はない。というかそれはアリリルだけならなんとかなるということであって、カイとセルは致死確定である。
アリリル一人でも問題がないわけではない。遺跡だって消耗する。酷使すれば修理不可能になり、遺跡の数を保存しておきたい王都では実は罰則対象である。
アリリルが本気を出せば彼女専用に調律した遺跡であっても銃杖型であれば十発が限度だろう。平原中の魔物が数百から千だと仮定して、殲滅するまでに単純計算で銃杖が百丁必要ということになる。
もちろん出力を抑えてもらえばいいだけの話で、この計算は成り立たない。
だがちまちま狩っていれば精神的消耗のほうが先に来て、抑えを効かせるなんてことはできなくなるから、最終的にはこの計算が成り立ってしまう。
そこで、十発のところを一発にまで凝縮し、遺跡が壊れる寸前の威力をアリリルに放って貰い、一掃するという作戦を執る。
しかしそうすると今度は、一発ごとに、担当エリア以外にもアリリルの魔力が目印として届いてしまう。
それは避けたい。
時間的な問題もあるし、他の冒険者組の獲物をわざわざ引き受ける必要はないし、何より亜人の勢力を刺激してしまう可能性があるからだ。さすがにたった三人で亜人の軍隊に立ち向かうのは無謀に過ぎる。
いやまあ、タマキを数に数えていいなら余裕かもしれないけれども。
さておき、だからタマキに頼んだのは、担当エリア以外にアリリルの魔力が届かないように結界を張ることだ。
更には魔力が感知される方向を限定する。引き寄せる魔物が来る方向をある程度こちらで誘導してやるのだ。
タマキにはそれができることを、彼女がシェリルと空中戦をやらかした折にカイは聞いている。
利用しない手はない。
そのタマキは「たぶんわたしの主要な攻撃手段は魔物と相性が悪いので、今回は結界の調整に集中させてください」というので、今回は表立っての働きは期待しない。
「それじゃ、作戦開始」
アリリルがアミュレットを外す。
それだけで狙った方向で魔物が姿を現し、疾走してこちらへ向かってくる。
アリリルにはでかい一発を撃ってもらうために、チャージを開始してもらう。
それで魔物はますます遠方から向かってくる。
大群が押し寄せてくる。
それはそれだけで物理的な圧力となって空気を揺らし、大地をも震動させる。
アリリルはまだ撃たない。もっと奧から引き寄せて撃たなければ無駄が出る。
だからここで撃つのは後方支援担当のカイだ。
ゴーレム車のルーフに取り付けた複合銃杖――通称ガトリング砲を、主に空を飛ぶ魔物と大群の列から外れている魔物に向けて、撃つ。
ゴーレム車のエネルギーを受け取って稼働するガトリング砲は、タマキからの供給でいくらでも稼働できる。
しかし使い手がカイであるため、無茶な威力は発揮できない。遺跡には必ず付いているリミッターのプロテクトを突破することがカイにはできない――というかやったら魔力が全部持って行かれる。そのリミッターは必要以上に使用者から魔力を汲み上げないために付いているものだからだ。
それに、弾も問題だ。
地面の岩石を汲み上げ、土石操作する遺跡で加工して弾にしているのだが、その供給速度はそう速いものではないからだ。
これも、使い手によっては早めることが可能なのだが。
「つくづくオレは才能ないな」
戦闘に関してはやっぱり並み以上には成れそうにない。
それぞれに個性がある複数の――種類さえ違う遺跡を混合させてまるで一つの遺跡であるかのように扱うことができるのは、カイの調律の腕があってのことではあるが。
せめて無駄弾を少なくするために冷静に、素早く、細かく照準を動かして、魔物の列を誘導する。
「お前が言うと嫌味に聞こえるから気を付けた方がいいぜ――走」
魔物の列の先頭が、カイたちの定めた境界線に到達した。
この鳴動の最中に在って、どうやってかカイの呟きを聞き取ったセルが口端を吊り上げながら飛び出す。
さすが盾役というべきか。
アリリルと組んだことのないセルは、こんな押し寄せる高波のような魔物の群れに襲いかかられたことなどないはずだ。
それなのに、彼がその真正面に出る動きには一切のためらいがなかった。
「攻――【発勁:空壁崩拳】」
セルは片手をまっすぐ前に伸ばし、自分の前方に圧縮空気の壁を作る。その空気を、片手を引くと同時にもう片方の拳で殴りつけた。
瞬間――空気が割れた。
烈風を伴う振動波が魔物の群れに襲いかかる。
その威力は、真正面にいた魔物をズタボロの革で作られた水袋同然にして、同列にいた魔物たちもその余波で勢いを殺ぐ。
唐突に勢いを押しとどめられた魔物は後列の魔物の突進によって押し潰されて串刺しになり、または挽肉となった。
「続――【震脚:天地無用】」
セルは続いて岩が砕ける勢いで大きく踏み込む。
それは彼が踏み込んでから一秒近い時間を置いて静かに発動した。
その時間でセルへと押し寄せてきていた魔物たちが、ひっくり返る。
地面が砂状に破砕されていたからだ。しかも流砂のように渦を巻き、魔物の脚を捕らえる。ひっくり返るのを免れた魔物もやはり後続の魔物たちに踏み潰された。
その成果を確認するまでもなくセルは大きく後方宙返りで飛び退く。
「終――【震脚:畳返し】」
自分でカスタムして付けた機能だが、カイはこの機能の名称だけはわからない。なんでそうなった?
そんなカイの疑問を他所に、セルが両足を揃えて着地するや、岩盤が跳ね上がるようにして浮き上がり、任意の形へと成形されていく。
いわゆる馬柵だ。
鋭い岩の槍が勢いに乗った魔物たちを刺し貫いていく。
「っとぉ――さすがに限界。もういいんじゃね?」
大技を連発したセルは、それでもどこか余裕ありげに飛び退いてきながら、確認してきた。
確かに、これで第一波は粗方片付いただろう。馬柵で足止めを喰って、積み重なった魔物の死骸に侵攻を邪魔されて、良い具合にぎゅうぎゅう詰めだ。方向転換しようにも他の魔物の身体が邪魔をして上手く行かない様子である。
それにしても、セルはやはりかなりの使い手だ。どうしてヘリヴェルたちのところで冷遇されていたのかわからない。
トップクラスの冒険者でもここまでのことは簡単にできないはずなのだが、それを割と余裕綽々で実行しているのだ。
カイが今回用にカスタムした付属装備付きの強化外装ということもあるし、境遇的に立場が低いことは仕方がないにしても、ヘリヴェルごときの言いなりに使われるような実力では断じてない。というか盾役とか采配が間違っていたとしか思えない。おそらく魔物のヘイトを集めやすい多量の魔力を保持しているからそうしたのだろうが、これだけの殲滅力があるなら遊撃役として配するべきだ。遊撃役ならヘイトを集めて魔物の注意を逸らし、結果として仲間が個別撃破をしやすくなる。ヘリヴェルが主体とするのは中距離からの銃杖による炸裂弾狙撃だったはずであり、そちらのほうが理に適っている。
そこに思い至らないほどヘリヴェルは無能だっただろうか。
政治向きの話なら多少盆暗なほうがトップを務めやすいというのはわかるが、直接的に命に関わってくる冒険者稼業の現場に於いてそこまで無能では、ヘリヴェルは早晩背後から流れ弾に当たっていただろう。
つまり――やっぱりパイルバンカーがダメだったのだろう。いちいち魔物の動きを止めるために自分の動きも止めていればそりゃあ盾役としてしか使えない。
今後の調律の参考のための分析から男のロマンを全否定する結論を得ながら、カイはアリリルの様子を確認する。
完全に“入って”いた。
「そうだね。アリー、よろしく」
セルの討ち漏らしをガトリング砲の狙撃(何かおかしなことを云っている気がする)で始末し、後続の魔物を牽制しながら、カイはアリリルを促した。
「ええ――任せて」
応じるアリリルの声の響きはどこか虚ろだ。
彼女のこれがいつからだったのか、殆ど生まれた直後から共に育ったカイにも記憶にない。
物心付いたときには彼女はすでにこうであり、けれどカイはそれに対して何事も思わなかった。
彼女のこの性質が変なことだと気付いたのがいつ頃からだっただろうか。
生まれ持った性質であり、これも――あるいはこれこそが、彼女自身なのだと理解はしているのだけど――怖い。
神憑りとストールが定義したこの状態に、アリリルは頻繁に入っている。
その度に彼女の中に依然としてあるはずの境界線が脆くなっているような気がする。
頻繁に入っているのは結果であり、思い返してもやっぱり、元々アリリルはこうではなかったような気がするのだ。どちらかというとミリリルに近い、活発で無邪気な女の子だったように。
――ヒトの精神ってのは視て聴いて感じる身体に引っ張られちまうもんなんだ。
その善し悪しはわからないが、とカイがアリリルについて相談したときストールは言った。
他の人には見えず聴こえず感じられないモノが見える身体を持つアリリルは、どこにその精神を引っ張られてしまうのだろう。
それを思うと怖くなる。
いつかひょいっと境涯を飛び越えて、どこかへ消えてしまいそうな気がするからだ。
けれどカイはアリリルが“入る”ことを止めない。
強い魔力を持って生まれた彼女は、きっとどんな風に生きようとしてもその状態に入る状況を避けられないからだ。
大事なのは彼女の自分との付き合い方だ。
彼女の母という先例もあることだし――アリリルのそれは明らかにシェリルのそれを上回っているのだが――まずはカイがアリリルの境涯を見極める。
彼女がどこかに行ってしまわないように。
いつでも彼女が戻ってこられるように。
「――【全能開放】」
あらゆる遺跡の使用に音声入力を要さないアリリルによる技名宣誓。
完全に充填された銃杖の先端が縦に四つに分かれ、その中心に生じた青白い閃光を放つ光球の周りを旋回する。
甲高く、聴き取れないが肌を突き刺すような音響。
――魔物の群れが、発狂した。
馬柵を迂回しようとしていた魔物も、同胞を踏み潰すことを躊躇っていた魔物も、押し寄せてくる魔物のすべてが奇声を上げてアリリルに殺到しようとする。
馬柵は串刺しの魔物もろとも粉砕された。
その瞬間後に、それはとても静かに。
音を置き去りにして。
視認することの適わない速度で魔物の群れを通り抜けた光弾は、その軌道を中心に形有る何もかもを崩壊させていく。
音がその事象に追いつく頃には魔物の群れの中心線は跡形もなくなっていた。
思い出したように爆発が散発する。
崩壊を免れた魔物も爆風で吹き飛ばされる瓦礫の一部に混じっていく。昼間なのに空が赤く染まった。
セルがアリリルの前に飛び出して圧縮空気の壁を作り、爆風を防ぐ。手筈通りだ。
「ヒヒッ――話には聞いてたが、ヤッベェなこれぇ」
どこか浮かれたような、躁の声でセルが呟く。
これを初めて目の当たりにしてきちんと手筈通りに動けるのだから彼も大したものだ。
念のために用意していた防壁を起動させることを必要ないと判断し、カイはルーフから飛び降りる。
そしてアリリルにそっと声を掛けた。
「お疲れ……アリー」
ゆっくりアリリルが振り返る。
障壁を抜けてきた風が彼女の栗毛をたなびかせ、焼けた空からの照り返しが彼女の虚ろな瞳に赤い影を映し出す。
その瞳を見返して、どこかで見た影だと、不意にカイは気付いた。
「お疲れ様。カイ、どうしてそんな寂しそうなの?」
「さあ……夕焼けを見るとやけに悲しい気分になるのと同じだと思う」
「詩人ね」
「オレに詩を詠むセンスはないよ」
「そうかしら。そうよね」
アリリルが小首を傾げて笑うと、その瞳から赤い影は、炎が鎮火するみたいに消えた。
その赤い影はタマキの瞳の色にそっくりだった。




