12.このパーティーはもうダメかもしれない
シルヴィオの外傷は割と洒落にならないレベルだった。
握手したとき、ついでに引き上げようとした刺激がトドメで肋骨を骨折するほどだ。
「しまらねぇな……」
と悶絶した後にセルはぼやいていた。
元々セルには新しい強化外装を着てもらうつもりだったカイは、肋骨骨折から気胸をやってしまわないためにもそれを鎧ってもらい、そのまま移動を開始した。
ゴーレム車の一番いいところは目的地を指定すればある程度まで自走してくれることだ。
魔物出現地帯の手前際、現在は騎士団に接収されている冒険者村(魔物狩りに征く冒険者が主に利用する中継拠点)に着くまでは自走するように設定して、車内の座席を向かい合わせてミーティングをする。
「いや、悪いが、その前に。……そのとんでもない別嬪さんはナニモン? メンバー三人って聞いてたんだが」
あまりにもナチュラルにタマキが同行しているので、セルはここまで尋ねることをためらっていたらしい。
「助っ人。ギルドに登録してないから他には黙っておいて」
「キリヤです。よろしくです、小者くん」
「えっ、ああ……ってか、んん? それってモグリってことじゃ……」
セルは何か不穏な二重音声で呼ばれたことには気付かず、タマキに微笑みかけられて赤くなったり、不穏すぎることに気付いて青くなったり、顔色が忙しいことになっていた。
「索敵と隠行には自信があるんで心配ご無用ですよ。逆に、いきなりわたしを見失ったりしても取り乱さないように気を付けてくださいね」
「アリーと同類って思っておけばいいよ」
フォローにならないフォローを畳みかける。
傷に障ったのか、セルは胸を抱えて俯いてしまった。押さえているのは肋骨ではなく鳩尾辺りなのだが。そこには横隔膜の他に胃がある位置でもある。
彼のライフがゼロっぽい。
「キリヤ、セルの傷なんとかできないかな?」
セルは元とはいえ貴族の係累だけあって、魔力は平均よりも飛び抜けている。けれど――以前のセルの装備を参考にしてなるべくセル専用に調律した強化外装だが、本来コアパーツを合成して回復率を引き継がせるつもりだったので、その分を差し引けばほどほどの率しか見込めない。骨折ほどの外傷だとさすがに回復まで時間がかかる。
「わたしのことは今後キリィって呼んでください」
訊いたら違った要求が返ってきた。
「リヤと迷ったんだけど、なんとなく、リィって響きのほうが可愛いじゃない?」
これはアリーだ。
カイがセルのところに行っている間にそんなことを決めていたらしい。
「キリィもちょっと響きが硬質ですけど、まあキリヤよりは可愛いですよね」
「じゃあ音韻とってイリィにしたら?」
確かに呼びにくい(彼女の言う『キリヤ』は人の名前としてなんだか発音しづらいのだ)とは思っていたので、便乗して提案してみる。音韻だけ取るならリアというのもありかもしれないが、タマキにはどちらかというとこちらかな、と。
「あ、それいいわね」
「吝かではないです」
無事同意をいただけた。
「で、まあ、こんなこともあろうかと用意していたので使ってください。強化外装のソースコードから引っ張ってきたので貴方がたに害はないはずですよ」
ちゃんと話は覚えていたらしいタマキが虚空から何か珠のような球体を取り出す。「たぶん」とか不穏なセリフは努めて聞き流した。
「え、今なんか変なところから出さなかったかそれ?」
「変なところってどこですか。変なこと言わないでください。いやらしいです」
セルの当然のツッコミを言下に蔑むタマキだ。もちろんその視線は刺すように冷たい。
色々酷い。セルがまたしても落ち込んでしまったではないか。
「ホント、なんでセルにそんな皆冷たいわけ?」
「いや、いいんだ。なんでか知らんけど、おれ、昔っから妙に女に嫌われててな……」
何かとても痛々しいことを告白するセル。
「自覚のあるヘンタイってサイテーですね」
「蔑まれるのが嬉しいヘンタイだから直しもしないのよね」
アリーまで加わってものすごく理不尽なバッシングが始まるではないか。
何かカイまで居たたまれなくなってきた。
大丈夫かこのパーティー。
酷いことにタマキはその回復用の遺跡を自分ではセルに使いたくないと言うので、カイが施す。
どうやら強化外装に触れさせて念じるだけでいいらしい。
さっそく施す傍ら、アリリルとタマキはひそひそと何か囁き合っている。「やっぱり」とか「ラフレシア」とか「誘い受け」とか「NTR?」とか「この調子で」とか「追い込み」とかなんだかわからないが怖気を覚えさせる単語が漏れ聞こえてくるので、やっぱりカイも居たたまれない。
このパーティーはダメかもしれない。
仄かな光を発して溶けるようにその球体は遺跡に取り込まれた。
使い切りらしい。
「おお……お?」
と、セルは一瞬にして痛みが引いたために感嘆した様子を見せた直後、盛大に腹を鳴らした。
「な、なんか、妙にダルイってか……腹減った」
「下品です」「これだから節度のない男って」「しかもそのこと恥じる素振りもないですよ」「自覚はあるくせにわかってないから」
徹底的に酷いなこの二人。二人だけで話しているように見せかけてはっきりセルに聞かせている。
けれどセルはそれどころではないのか、それとも単に慣れているのか、気にする素振りはなく、食べ物を求めてくる。
「まあ、仕方ないですよね。本人の体力を消費して回復する機序ですから。ある種の局所的時間操作なんですよね」
わかっているならなぜセルを責めたとツッコミたいが、もうそういうものだと受け容れてしまうのがよさそうだ。
つまり考えない。
「仕方ないわねぇ」
アリリルが自分の荷物から億劫そうに包み紙を取り出してぽいっとぞんざいにセルへと放った。
「それでも食べて凌ぎなさい」
「こ、これって……」
その紙に包まれているのは、悪名高き冒険食だ。冒険者の『者』が入っていない辺りが憎らしいアイツである。食べ物で冒険すんなよ(ストール談)。
タマキが言うように、遺跡を装備して回復するのは空腹を惹起する。そのため保存性が強く携帯性があって即効性のある髙栄養食が冒険者には求められた。
そうして開発されたのが、柑橘系果実の皮と酒粕と豆の粉末の水分を徹底的に飛ばした粉を動物の脂身に塗して焼き固めた長方形の物体だった。
食べるまでもなく不味い。
歯ごたえから味から香りまで、何もかもが食べるまでもなく不味い。
ていうかこんなもんが食い物であってたまるか(ストール談)。
「アリー……。なんでこんなもの持ってるんだ?」
前時代の遺物となりかけの物体である。
つまり近年では駆け出しの冒険者にすら敬遠されている代物だ。
実際、あまり効果がないらしい。食べても碌に飢えが凌げない上に、消化不良を起こして逆に体調を崩してしまう体質の者もいたという。ストール曰くタンパク質構成素材であるアミノ酸のうちおそらくロイシンが足りなさすぎて消化できなかったのだろうとのこと。さすがにカイもこの辺りに来るとあまり理解できていない。知識としては身に付けているのだが、観測の機会がないため今ひとつ得心行っていないのだ。
ともあれ、こんなもの食うくらいならば多少値が張ってもゆで卵の塩漬けでも食べた方がいいということで、それ専門の業者が台頭している始末だ。
昨今では何に漬けるのかというのにも色々とヴァリエーションがあって、一番人気は食べてすぐに満腹感がある甘酢漬けだ。
卵の種類にも色々とあり、最近の目玉として殻ごと食べられる小さな鳥の卵がある。殻ごと食べて美味しいように加工するのにはちょっとしたコツがあり、それを考案したのが実はカイだったりする。カイが提案し、ストールと協力して編み出した。
兵糧丸として売りに出したはずが、普通にお菓子として町娘たちの間でブームになっているそうな。
このせいでカイは次なるブームの火種を探す商業系組合の一部にマークされていたりするのだが、閑話休題。
「どうせこうなるってわかってたからよ?」
なぜこんな前時代の遺物を持っているかということへのアリリルからの答えだ。
どうしよう。ここまでツッコミどころが多い幼馴染みに直面するのは久しぶりだ。
カイは大層困った。
「このパーティーでもおれの食うモンはこれかぁ……」
カイが対処に困っている間に、何か切ないことを呟きながらセルは冒険食を受け取ってもそもそと、時折噎せながら食べ始めている。元とはいえ貴族の嫡子だったとは思えない食生活であったらしい。
確かロイシンの効果は特に胃に作用するということだったが、大丈夫なのだろうか。むしろそれが原因で胃が荒れているのでは無かろうか。いや、きっとそうに違いない。
「あ、っと、セル。せめてこれ飲んで」
水筒(撥水樹脂製)からカップに注いで差し出した。
「ん? なんだこれ」
「カツオ出汁の吸い物。なんでも師匠によるとこれが肉(というかタンパク質類)の消化吸収を助けるとか」
発酵させたカツオの乾物で取った出汁に料理酒とソイソースで調えた具なしの吸い物だ。胃が荒れると遠征するときに消耗が激しくなるので、ちょっと遠出するときには食事のお供に常に持っていくようにしている。水分と塩分の補給もできるので、お手軽なのだ。
難を言えば携帯保存に困ることだが、そこは遺跡の力でちょちょいとなんとかしてしまっている。ワンボックスゴーレム車マジ便利。
「やべぇ。マジ旨い。なんつーか、沁みるわ」
「結構大量に備蓄してあるからお代わりは遠慮無く言ってくれ」
「カイが甲斐甲斐しいわ」「上手く行きましたね。というか駄洒落に聞こえてしまうこの問題どうしましょう」「何を言っているのかわからないわ」「貴女も大概ですけどね」
女性二人がまるでこうなることを誘導していたかのように何か不穏なことを言っているが、カイはもう取り合わないことに決めている。いや、最初から取り合えていないが。
そんなことをしていると、冒険者村に着いてしまった。
ミーティングは全く進んでいない。
そのことをやっぱりセルが女性陣にネチネチ言われるのは放置して、検問のチェックを受けるためにカイだけがワンボックスを出て、前部に接続されているトライクに移る。
元々人が頻繁に行き交う村の様子は、非常令を受けたことでかなり騒がしいが、今日のところは用がない。徐行しながら検問に向かう。
冒険者ギルドと連携するために騎士団から出向している騎士の受付と軽く話をして、冒険者カードプレートを提出する。
このカードプレートは冒険者登録者名簿の遺跡版みたいなもので、本部や支部で入力したデータが出力されるように出来ている。
カードプレート自体の素材自体は特別なものではない。フェルムとクロムの合金が推奨されるが、別段それでなくともただの鉄板でも作製できる。けれどこれを作るためには遺跡中の遺跡と呼ばれる【ギルドマスターボックス】を使う必要がある。
カイですら触らせてもらったことのない貴重な遺跡だ。王都にも二台しかない。けれど今はその正体というか、仕組みはともかく、概念がそれなりに推測できる。
タマキが名簿参照するために創造した遺跡とおそらく同質のものだろう。要はタマキの言っていた『魔力情報化』というのがそのボックスの中では行われており、ただしタマキのそれのような『スキャン』だとか『統計処理』などはできない。おそらくできるのだろうが、扱い方が失伝しているのだろう。
ギルドカードには登録認証以外にも色々と機能を付属させることができるが、カイはそれらの機能(例:時計)を他の遺跡で行えるためにプレーンなタイプである。
「カイ・マニュエル以下アリリル・コウデルコヴァー、シルヴィオ・アスコ。任地はフォルト平原……確認しました。一応車内の点検を行います」
素材さえあれば複製できる【ギルドマスターボックス】からのデータを自動筆記で出力する【ターミナル(レプリカ)】からの情報を読み上げ、規則通りに騎士は動く。
当然、開いたワンボックスの中にタマキの姿は確認できない。
セルだけが「うぇ? ぇえ?」と声を上げて挙動不審に首を振って慌てていた。
時間はあったんだから説明すればいいのに、と思わなくもないカイだが、きっとワザとに違いなく、後になって「取り乱さないでって言っておきましたよね?」とかまたセルを詰ることが目に見えていた。
言っても無駄どころかきっと藪蛇だ。
騎士は出力情報と照らし合わせて遺跡をチェックしたり、二、三個だけセルとアリリルに確認した後、「お疲れ様です。どうぞ」と検問を解いた。
彼は異様なまでに充実した装備や設備に驚いただろうに、そのことをおくびにも出さなかった。
プロである。まあ、騎士団からの出向であるから、コウデルコヴァーの名前で察したのだというのが順当な回答だろうが。
つまりアリリルのおかげですんなり検問を通り抜けた。
普段ならこの検問を抜けた辺りでも稀に魔物と冒険者が戦っていたり(逃げ帰ってきた冒険者がトレインしてきたのを迎撃している等)、村から狙撃された銃杖弾が上空を飛び交っていたりすることもあるのだが、本日はまったく静かなものだ。
ダンジョンに魔物が呼び寄せられているのだろう。
カイは念のためゴーレムに索敵を設定して、再びワンボックスに移る。
やりそこなったミーティングを行うためだ。この様子ならそのくらいの時間の余裕はありそうだった。
ワンボックスに移ると、そこでは何故かセルが膝を突いて床に額を擦りつけていた。
何故かも何も、予想できたことだったので、カイはスルーした。
「じゃ、ミーティング始めようか」
「やっぱりえげつないわ、この男」
どっちがだ。
カイは久々にこっちのセリフだとアリリルに思った。
†◇†
ダンジョンは魔物と亜人を呼び寄せる。彼らを駆逐するためだ。
今回発見されたダンジョンは、地上に迷いの森を作製して(一晩どころか数時間以内に不毛の大地が森に変わったとのこと)罠やゴーレムを吐き出して、呼び寄せた魔物たちを排除するということだった。
そのような目的であるからだろう。その呼び寄せるために発せられる魔力は強さに波がある。
一定数を呼び寄せたらそれの数が充分に減るまで魔力が弱まるということだった。ダンジョンの持つ資源も無尽蔵ではないということだろう。
ダンジョンが目覚めて以降の七日間で、初回を省いて二度の強い波が王城では観測されている。
一度目よりも二度目の方が強く、そして広域に渡ってその影響を及ぼしているらしい。
騎士団よりも後発の冒険者は、この三度目に活発化させられる魔物の絶対数を減らすことから始めることになっている。
水の涸れた山陰の渓流に沿って下り、特に何事もなく任地まで残り僅かな距離にまで到達する。
おそらくクスターが手を回して、山賊などが出にくいルートを通る任地にしてくれたのだろう。
襲われても別段問題はないが、道中にストレスが少ないのは悪くない。終わったら礼を持って行こう。
ただ、任地の平原は割りかし危険地帯である。
数もさることながら、強力な魔物が多いという話だ。
しかも平原であるからといって視界が開けているわけでもなく、擬態に長けた魔物が多く、草木に隠れるならばともかく地下に穴を掘って隠れ潜み、突然飛び出してきたりもするらしい。
カイは来たことがないので具体的なことはわからない。
「アリーは来た事ある?」
トライクの隣で銃杖を構えながら座るアリリルに問いかけた。
タマキはワンボックスの運転席で、すでに充電切れのはずのワンボックスゴーレムを動かしている。
セルはそのワンボックスのルーフを開いて半身を出して、主に後方警戒だ。
ゴーレムの索敵もあるし、全員魔力遮断アミュレットを装備しているし、そもそもアリリルやタマキなら敵の襲撃くらいすぐに察知できそうだが、まあこういうのは形だ。緊張感の演出である。
「あるわ。ゴーレム車を持ってるパーティーに誘われて、一度だけ」
遠すぎるわけではないが、それなりの距離だ。一人ではゴーレムを動かせず、強化外装を纏えなかったアリリルではそんなパーティーに誘われでもしなければ出向こうと思わなかったのだろう。
「二度と誘ってくれなかったわ」
「なんでまた」
アリリルの数少ない欠点である活動範囲という点で補ってくれるゴーレム車を持つパーティーというのはアリリルにとって条件のいいパーティーだったはずだ。
「その時の依頼は二つあって、その内の一つが魔物の肉を集めるっていうものだったのよ」
「ああ、うん」
カイはそれですべてを察した。
肉が取れるほど残らなかったと、そういうことだろう。
「更にもう一つの依頼は出現魔物の生態調査だったのよね」
「……」
見境無く狩ってしまったため調査にならなかったということだろうか。あるいはアリリルが狩って以降、魔物の生態が狂ってしまい、その調査書が当てにならなくなってしまったのか。
というか以前の経験を参考までに聞こうとしたカイの目論見も同時に否定されていた。
「若かったのよ。はりきりすぎちゃった」
カイがそれへのコメントに困っている間に、ギルドカードが音を出して、指定初期配置に到達したことを知らせた。




