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転生賢者の弟子と転移魔女  作者: 久図鉄矢
序章:コネクター
13/25

11.パーティー結成

 結局、時間との勝負だ。


 どの勢力が先にダンジョンを押さえるか。

 その勝負と云ってもいい。


 それは亜人と王都という二つだけの争いではなく――野心を秘めた地方豪族や、王都内に於ける派閥といった複雑な意図が七重八重にも絡み合った競争だ。


 カイ・マニュエルは専らこの内の王都内派閥というものへの対処に追われることになった。

 基本的には非常令が布告される以前に行ったブラックリストの作成が主だ。

 このリストを参考に、ギルド運営側は騎士団と連携し、采配する。


 非常に人聞きの悪い言い方をすれば、この機会に不穏分子の炙り出しとあわよくばの削減を行っているのだ。

 

「なんていうか……心が摩耗していくな……」


 このリストを作ることで、死地に送られる者が決定する。

 実際にそれを采配として決定するクスターやネストリ、そして騎士団長であるミカルなどとは比較にならないほど軽い責任ではあるが。

 それをタマキが創造した遺跡で行い、半ば以上自動的に行われていくのだから、カイの心は苛まれる。

 自動的というのがいけない。

 体感として、精度はむしろ手作業で行うよりも高いのだが、手間を掛けていないというのが見かけの責任を軽くしているようで、延いては人命を軽んじているように思えてしまう。

 もちろんブラックリスト入りの冒険者パーティーは手柄を立てる機会が小さいのに極めて危険度の高い任務に就くことになり、拒否すれば騎士団規則に則り遺跡の没収はもちろん拘禁、最悪の場合処刑される。

 決して軽んじていい『作業』ではなかった。


 手間が掛かれば掛かるほど摩耗していき、結局は同じことになるだろうが。


 その証拠に、リストの裏付け調査などで手間を掛けて行っているギルド本部人事部長ネストリなどは、もう眼が死んでいる。

 元から冷たい眼をする男ではあるのだが、その冷たいという温度さえどこかへ消えていっている気配がある。

 きっとクスターなどもそうなってきているに違いない。


 戦争はあらゆる意味で人を摩耗させる。


 未だ直接的な戦闘に出る機会のないカイだが、戦争はとっくに始まっていることを俄に実感していた。



†◇†



 非常令が布告されて七日ほど経ったとき、カイはクスターに呼びだされた。


「カイ、そろそろ限界だ。すまねぇが、部隊(パーティ)を作ってくれ」


 いずれはそうなるだろうとわかっていたことではあった。


 調律師に求められるのは、事前のメンテナンスばかりではない。むしろ現場での修理・調整のほうが本業だ。工房に籠もりっぱなしの調律師の方が珍しい。

 もちろんカイも、王都近郊での魔物の狩りくらいは何度か経験している。駆け出し冒険者に請われてパーティーに入ったこともある。

 つまりカイもまた、非常令によってその行動を縛られる対象なのだ。

 クスターが謝るのは、リストの作成という名目が無くなり、カイを実戦に投入しなければならなくなってしまったことだ。

 十五歳以上には拒否権がない。


「メンバーをオレが選んで良いの?」

「そのくらいは構わないだろうよ。お前さんはそれくらいの説得力を貯めてある」

「そっか。じゃあ、アリーは当然として、セル……シルヴィオをオレのパーティに組み込めないかな」

「アスコ家の坊主か。……いいのか? 奴はブラックリスト入りしてるが」

「だからだよ。こんな時じゃないとヘリヴェルさんのところから引っ張ってくることなんてできないし」

「そうか……。まあやりたいようにやりな。しかし三人じゃちと少なねぇ。シルヴィオを入れるんじゃなければまあいいが」


 ブラックリスト入りしているシルヴィオとパーティに組むということは、危険度の高い任務に就かされやすくなるということだ。

 パーティーの構成人数は三人からだが、最大で六人まで組むことができる。人数に制限があるのは、騎士団と違い統率されていない冒険者を一カ所に固めてしまうと色々と問題が出てきてしまうためだ。


「アリーがいるから平気だと思うけどね。それに他に組めそうなオレたちの同年代に心当たりがない。若造のパーティーリーダーに組み込まれたいってベテランにも心当たりがないし」


 カイを認めてくれそうなベテランに心当たりがないわけではないのだが、そういうベテランこそがリーダーをやってほしい。彼らが組んだパーティーは任務成功率が高くなるだろう。なるべくなら、誰にも死んで欲しくない。無理な話だが。


 クスターは少し考えたようだが、最終的には肯いた。



 ギルド会館でパーティーミーティングを行うのもなんだということで、シルヴィオをカイの工房に招くことにして、その手筈はクスターにお願いする。


 一旦家に戻る傍ら、最早カイの背後霊としての定位置に就いたタマキが声を掛けてくる。


「わかってると思いますけど、機会があったらわたしは“魔王”に会いに行きます」

「うん。それでいい。というか、君が魔王をどうにかしてくれないと、万が一にも魔王が捕虜になったとき困る」


 シェリルは単独で王都を襲撃しに来た魔王を相打ちの形で撃退したということになっている。

 魔王にとっても寝耳に水の話だろう。

 しかも魔王はシェリルたちによると“人間”であるらしい。

 亜人を捕虜に取ることなど考えられないが、魔王は例外であるかもしれない。

 そうしたとき、シェリルの証言が嘘であることが明らかになってしまう。


 従って、ミカルやカイが誰よりも先に魔王に接触しなければならない。


「普通に考えればミカルさんのほうが先に接触することになると思うけど」

「魔王の首級を獲りたいのは他にもいるんですよね? 確実にミカルさんは自分の味方に足を引っ張られます。マークされていない上に自由裁量で動けるわたしたちのほうが早い可能性は充分にあります」


 基本的に亜人の相手は騎士団が行い、ギルドが任されるのは戦場やダンジョン周辺から魔物を排除することだ。

 亜人や亜人に遣われる魔物はともかく野良の魔物がどこに出現するのかなど、人間に予想は出来ない。だから必然的にゲリラ戦となる。

 初期配置こそ指定されるが、その配置上から魔物を掃討した後にそれなりに自由に動けるわけだ。もちろん任務達成の期限はあるが、逆に言えばその期限ギリギリまで達成報告を遅らせればいい。ついでに言えば、掃討は現実的に不可能なので、数で任務達成度が判断される。初日で徹底的に狩ればそのマージンで自由に動ける時間を長く取れる。

 

「それよりオレとしては、アリーには君のことを話すべきかってことも問題だ」

「あの娘ならわたしが手出ししたらすぐにも察知しそうですしね……隠し通すのは難しいかもなので、すみませんが段取りお願いできますか?」

「基本的にアリーは物わかりがいいからなんとかなると思うよ」

「セルくんには?」

「アリーに隠さないんだったら君もパーティーメンバーってことにすればいいと思う。アリーのおかげで君もそれほど加減しなくていいだろうし」


 アリリルにはタマキがおよそ人間ではありえないことを見抜かれてしまうのでその正体(カイも知らないが)を話すしかないが、シルヴィオならば不審には思われても誤魔化せる。不審に思われるのが行きすぎれば、まあ話してしまえばいい。口止めはまあできると思うし。


「道理ですね。じゃあその方向で」


 タマキもいちいち姿を隠して行くのは面倒だろう。というかいつの間にかいないことがあるので、カイとしても心臓に悪い。この七日間、いないことに気付かず虚空に話しかけてしまったことが数回。あれは誰も見ていないのに恥ずかしかった。


 非常令が布告されてどこか浮ついたような空気の街路をトライクで走り抜けて、家に至る。

 アリリルを呼びだそうとしたら、彼女は荷造りしているところだった。


 カイは、アリリルが誰からも聞かずに今日に出撃することを悟っていたとしても今更驚きはしない。


「アリー。話があるから工房に来て」

「わかったわ」


 地下の工房の扉をきっちり閉めて、アリリルと見かけ上二人きりになる。


「まず、なんでか知ってるみたいだけど、今日からオレとパーティー組んで非常令の任務に就くことになった」

「なんとなくそうかなって思ってたわ」


 自分たちのことながら、奇妙な会話だった。


「うん。それに当たって、パーティーメンバーの紹介をしたいと思うんだけど」

「セルでしょ?」


 本当に奇妙な会話だった。


「うん。加えて非公式に一人、連れて行きたいんだけど」

「……」


 む。とアリリルは少しだけ考え込んで、虚空に視線を這わせる。そうしてから、ますます考え込んだ。

 大抵のことは何かわからない感覚で以て理解してしまうアリリルだが、彼女の感覚をも超える存在に対してはこうなるのだな、と。

 カイは初めて眼にする幼馴染みの様子にしばし新鮮な気持ちを味わった。


「オレにも正体不明っていうか、本人も『この世界に於ける自分の立場がわからない』ってことなんで、とても説明しづらいんだけど。善いモノか悪いモノかはともかく、オレはその人と協力していきたいと思っている」

「まあ、わかったわ。いるのね?」


 わかったらしい。何がわかったのか、カイがわからない。


「というわけで、タマキ・キリヤだ」


 合図を受けて、タマキは虚空から姿を現す。


「どもー。タマちゃんですっ」


 さしものアリリルでさえ、フリーズした。

 もちろんカイもそのよくわからないテンションに中てられてフリーズした。

 何せ現れたタマキは片手を腰に当てて若干前屈みになって残りの片手で横にしたVサインを作ってウィンクした目の傍に掲げていた。

 ついでに言うと、以前に見たときと衣装が違っている。最初に見たときには、いまいち素材のわからない布地だったのだが、今の布地は見覚えがある。ちょっと特殊な樹木から取れる樹液からの紡錘糸を使った、比較的手に入れやすい布だ。ただし形状は見たことがないので、もしや布だけどうにかして購入して自分で作ったのだろうか。

 ありえる。というかたまにいないと思ったらそんなことをしていたのか。


 ツッコミどころが多すぎて呆然としてしまった。


「キレイなヒトね」


 アリリルは姿を現したことに驚いたのではなく、その美貌にうっとりしていたようだ。

 我が幼馴染みながら大概だ、とカイはまた意表を突かれた。


「貴女も素材は中々です。今度コーディネートを一緒に考えましょう。そしたら見違えるほどにきっとなりますよ」

「そうかしら」


 アリリルが照れている。珍しい物を見た。

 ていうかなんだこのやりとり。どうツッコミ入れていいかわからない。


「事情は追々説明しますが、とりあえずわたしも同行していいですか?」

「ええ、もちろん」


 もちろんなんだ。

 相変わらず半トランス状態のアリリルの道理は理解できない。

 もしかしたら一悶着あるかと思って身構えていたカイだが、一応ほっと息を吐く。一応なのは今ひとつ得心行っていないからだ。


 よくわからないながらもタマキの紹介は済んだということにして、カイも荷造りを始める。


 移動はトライクとあと一台出すつもりだ。

 なるべく多くの装備を持っていきたいため、トライクの後部に箱形のゴーレム車を接続する。

 荷を入れても四人が充分にこの箱形に乗れるが、トライクほどの小回りが期待できないため、二台にしたというわけだ。トライクは無理すれば三人乗れる。一人余るがタマキは飛べるので関係ない。


 貴族でもこんなものは所有していないが、出し惜しみしている場合でもない。


 継走距離を考えると、充電のための休憩時間が入り、普通それほど移動時間を短縮できるわけではないが「ソフト面はかなり完成されているので手を加えても仕方ないですが、エネルギー切れになってもわたしが回せばいいだけの話です」とタマキが言うので、本来なら最短半日の距離でも二時間程度で着けそうだ。


「いっそ飛んでいったらもっと早いんですけどね」

「飛行用外装は、さすがに数を持ってない。それにアリーは強化外装系の遺跡と相性が悪いんだ」

「ありゃ。そうなんですか?」

「系統的に強化外装と似ている自律型遺跡(ゴーレム)もあんまり言うこと聞かせられないんだよな」

「その言い聞かせるって感じがよくわからないのよ」


 アリリルは少し不満げだ。

 実際、アリリルが冒険者ギルドに登録していながら、それほど目立った功績を挙げていないのはこのせいでもある。

 強化外装系の遺跡は防御もしてくれるし、腕力を補助する(腕力を十倍以上引き上げる)など、攻撃力の上昇もしてくれる。これが扱えないというのは冒険者稼業に於いてかなりのハンデだ。アリリルにはそれを補って余りある殲滅力があるためにハンデというほどではないが、戦闘継続能率が並みにまで落ち込んでしまう。結果、功績はそこそこに留まってしまっているのだ。

 完全に彼女の中のスイッチが入れば、一応扱うこともできる。しかしむしろ纏わないほうが動けるというのだから不思議な話だ。


「んー……。ならカイくん、なるべく癖のない強化外装を見繕ってください」


 何か思い付いたらしい。

 基本的にタマキに任せておけば悪いことにはならないと弁えているカイは、要求通りの外装を持ってくる。


 そしてタマキは設定画面とやらを写し出し、その青白い画面をなぜか真っ暗にした。


「これ、着てみてください」

「え、っと?」


 さすがのアリリルも不可解な様子だ。

 とりあえずカイはワンボックスゴーレムを開いてからその中に入るようにアリリルを促した。


 そして着替えて出てきたアリリルは、驚愕といった面持ちである。


「着られるし、使えるわ」


 強化外装はサイズを装着者に合わせて自動で調整される。以前のアリリルはそれができなかった。

 試しに、と軽くジャンプしてみたところ、軽くにも関わらず、なんか三メートルほど飛び上がっていた。本気を出せばその倍は余裕なのではなかろうか。


「自律性を最低限だけ残して消去してみました。やっぱりアリーちゃんの操作力が強すぎて命令系統が混乱してたんですね」

「それってつまり、君の言う『ソフト』ってのを消したってこと?」

「そんなとこです」

「わかってると思うけど、かなりとんでもないことだから、これ」


 遺跡との相性に悩まされる者は少なくない。それを解決できるというのは、革命的なことだ。


「いずれやり方は教えます。ただ、今回は割と特別なケースです。アリーちゃんじゃなければこうまで上手くは行かないですね」

「ああ、それはなんかわかる」


 アリリルだから、というのはカイにも非常に納得しやすい理由だった。


 何にせよ、出動する前にレベルアップしてしまった。

 アリリルに強化外装はもう向かうところ敵なしというクラスの飛躍的強化である。


「他の人が強化外装を纏ったときほどの上昇率ではないですよ。動作補助ソフトがあっての威力ですから」

「あれで?」


 アリリルは調子に乗って屋敷の屋根まで駆け上がっている。


「あれでです」


 アリリルがムーンサルト十回転ほどしながら降ってきた。


「すごいわ。今なら空も飛べる気がする」


 着地時に小規模なクレーターを作ったアリリルは浮かれていた。

 領空守護神であるシェリルに憧れがあったのだろう。飛べない自分にコンプレックスがあったのだ。


 因みにミカルは高所恐怖症のため、翼状外装を纏えても飛べないので専ら地上戦だ。

 更に因むと若かりし頃シェリルとの空中デートの際に何かあったことで恐怖症を負ったという噂がまことしやかに囁かれている。情報源(ソース)はストールだ。


「ところで、カイ。何かセルが道の向こうで身ぐるみ剥がされた様子で河川敷に放り出されていたわよ」


 その様子を屋根に駆け上がったときに見かけたらしいアリリルが報告してくる。


「……色々言いたいんだけど、なんで君ら姉妹はセルにそこまで冷たいんだ?」


 いや、すでに追い落としたとはいえコウデルコヴァー家の政敵の息子だ。

 冷たくする理由には事欠かないが、それにしたってちょっと頓着しなさ過ぎじゃなかろうか。


 他のことなら話が飛ぶほどに察してくる癖してアリリルは、何を言われているのかわからないというように小首を傾げる。

 そんな彼女を尻目にカイはセルのところへと駆けだした。

 アリリルはおろかタマキすらその後ろに続かなかった。



†◇†



 河川敷に駆けつけると、そこにはセルしかいなかった。

 彼を私刑にかけた者たちはとっくにその場から立ち去ってしまったらしい。


 アリリルの言うようにセルはインナーしか身につけておらず、身体中至る所に擦過傷や青あざを作り、ところによっては切り傷まで負っていた。


 両手両足を投げだし、仰向けに倒れて身動きしない彼は、けれど気絶しているわけではないようだった。


「セル……」

「クッ――ハハッ! ハハハハッハハ!!」


 セルことシルヴィオ・アスコは、唐突に哄笑する。


「ハハッハ――げっ、ゲボッ」


 仰向けで大口開けて哄笑していれば噎せるに決まっていた。


「ケホッ、ゲホッ……っあー……」


 一頻り噎せて、静かになった。

 とても触りにいきにくい状態だ。


「チキショォ……」


 そして重そうに腕を持ち上げて、セルは目元を腕で覆った。


 どうして彼がこんな目に遭っているのかといえば、間違いなくカイがパーティメンバーに引き抜いたからだ。普段彼がパーティーを組んでいる者たち――ヘリヴェルたちにそのことが知られ、これまでカイに嫌がらせをしてきたことも実はポーズに過ぎなかったと疑われ、アスコ家の財力では考えられない強化外装が誰からの物であるかを見抜かれて――袋だたきにされた挙げ句に身ぐるみ剥がされた。

 細部は色々と違うだろうが、大筋ではこんなところだろう。


「黙ってればわからないのに……」


 思わず言ってしまった。

 非常令が発令された今の時節、望んだメンバーと組めないことなど珍しくない。あえて連携が取れなさそうなメンバーを組ませることすらあるのだ。

 どこに引き抜かれたのか、黙っていればわからないはずであり、だからカイは今の時期に狙って彼を引き抜いたのだ。


 冒険者パーティーの内輪もめは珍しくはないものの、こうまでやってしまえば強盗だ。訴えればヘリヴェルたちは騎士団に追われることになる。

 だからヘリヴェルらも、多少怪しんだとしても、ここまでのことはしなかっただろう。


 セルが自ら言ったのだ。それしか考えられなかった。

 彼はこうなることがわかっていながら、言ったのだ。下手をすれば殺されていたかも知れないのに、言ったのだ。


 自分が原因でありながら、カイはむしろセルに憤りを覚えた。


「ケジメは必要だろうが」


 掠れ声ながらはっきりと言われた。


「必要かな、そんなの」


 カイには全くその要が理解できない。そんなものより命の方が大事だし、ケジメというのなら相手にだけ取らせるべきだ。道理から言ってもこっちが負うべき責任などない。


「あ゛ー」


 奇妙な呻き声を上げながらセルは頭を掻きむしる。


「お前ってそういうとこあんのな」

「そういうとこって言われても、わからない」


 若干困惑気味に首を捻る。本気で何に対して言われているのかわからなかった。


「はっ……」


 何かを軽く笑い飛ばしたようだ。


「別に……ああ、つか……親父たちに合わせる顔がねぇな……」


「いや、もうノイエンド一派が潰されるのは確定している。いい時期だよ。むしろ今を措いたら君までどうなるかわからないところだった。アスコ家自体は何か咎を受けざるを得ないけど、君だけは立ち回りによってはそれを免れることができる」


 アスコ家現当主を生け贄に、シルヴィオを政治的に生き残らせる。そのために二年近くをかけた。その間に紆余曲折あって、当初の目論見通りとは行かず、難易度は上がったが、不可能ではない。難易度が上がった代わりに構図が単純化されているというのもある。成算は充分にあった。


「いやそれな、それを合わせる顔がないってんだけど、本気でわかってねぇのか?」


「現アスコ家当主の望みはアスコ家の再興だろ? 自分の無能が原因で廃爵されたんだからその責を負うのは当然じゃないか。むしろ自分が被れば君が立身できる可能性を残せるんだから、……何が悪いんだ?」


「ああうん。そうだな。お前はそういう奴なんだ。なんか逆にすっきりしたわ」


 逆にってなんだろう、とカイはやっぱり困惑する。


「まあいいや。もう後には退けねぇんだ。ってことで、これからよろしくな、カイ」


 腕を持ち上げて、セルは手をカイに差し出してくる。


「うん。よろしく」


 握手した。

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