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八話 友達

 翌日、京也は作戦室で深見に挨拶を済ませると、急いで奈々方を探しに基地を探しに回った。忙しそうに廊下を歩く部下を呼び止め聞いたところ、すぐに通信室にいる事が解った。役所の地下倉庫を改装した通信したそこは、最前線で銃を構える彼にはあまり馴染みの無いところだった。もっとも通信部隊が殆ど女性で構成されている事ぐらいはデータの上で知ってはいるが。


 重たい鉄製の扉をノックし自分の身分を明かすと、すぐに内側から扉が開けられた。


「おはよう少尉、良いニュースと悪いニュースがあるんだけどどっちから聞きたい? ちなみに悪い方のニュースは二つもある」


 扉を開けたのは意外にもエドワードで、彼もここに用があるらしい。


「それなら悪い方から聞きますよ」


 あらかじめ悪い知らせを聞いておけば、良い知らせを素直に受け取れるだろうなと、京也は考えた。


「一つはせっかくオジサンが華の通信部隊に囲まれていたのに、人気の高いうちのエースがどこからともなくやって来た事。もう一つは、せっかく女の子の匂いが充満していたのに俺のせいですこし加齢臭が混じったってところかな」


 エドワードは恨めしそうに京也を眺めながら、質の悪い知らせを聞かされた。


「少佐はそこまで匂いませんよ? それと、ついさっきまで館内放送で少尉を呼ぼうって言ってたじゃないですか」


 壁際の椅子に腰かけ、壁に嵌められた液晶モニターをキーボードで操作していた奈々方が、呆れた顔の京也に助け船を入れる。


「ユウキちゃん、そんなうれしいこと言うと、夜景の見えるレストランのフルコースに誘っちゃうよ?」

「少尉に誘われれば、二つ返事で行くんですけどね」


 奈々方は横目で京也の顔を窺いながら、やんわりとエドワードの誘いを断った。


「よし少尉、お前クビな」


 エドワードは真っすぐと京也の目を見つめ、はっきりとそう口にした。


「全くどこのワンマン社長ですかあなたは。それで良い方のニュースは何時になったら教えてくれるんですか?」

「そう焦るなよ、『果報は寝て待て』だ」

「では折角二度寝の許可が出たので、喜んで仮眠室に向かいますよ」


 わざとらしく欠伸をしてみせると、京也は踵を返して通信室を後にしようとした。エドワードは彼の右腕を掴み、溜め息をついてから話を続けた。


「あー待って待ってよ冗談だから。良い方のニュースだけど、今朝七時ちょうどにあのテロリスト集団……折角だから、旧日本軍って呼ぼうか。彼らから連絡が来たよ」

「その内容は?」

「今晩九時に、植物園の桜の下で会いましょう、とさ。もちろん誘われたのは君一人。そのお相手も一人だけ。まったく、モテる男はつらいね」


 エドワードの予想通り、あの日章旗を掲げた連中からの誘いがあった。

 ここまで来ると、呼び出された理由も予想通りの物になるだろうと京也は考えた。そしてその返事も既に決まっている。


 白岡京也は、EU軍に所属している。

 例え父が何者であっても、その事実だけは揺るがないのだ。


「出来れば気の抜けた上司にでもついて来てもらいたいものですね」


 自分を拾ってくれた男に向かって、彼は軽口を叩いて見せた。そうすることで、自分の今いる場所がはっきりと解るような気がしたから。


「デートについて行くほど野暮なつもりは無いよ。まあその代わりと言ってはなんだけど、下見ぐらいはさせておくよ」

「有難うございます」


 指定された場所に簡単に付いて行く事がどれほど危険かはエドワードも京也も理解している。しかしそれしかこの状況を打破する手段がない以上、打てる手はすべて打たなければならない。


「これぐらいはするさ。ところで少尉、どうして呼ばれる前にこんな所に来たんだ? まさか俺ってテレパシーが伝えたのかな」

「奈々方二等兵に用があったんですよ」


 彼は得意げな微笑みを見せつけてくるエドワードから目をそらし、相変わらずキーボードを叩いている奈々方を見て言った、


「え、私ですか?」


 彼女は驚き、目を見開いて京也の顔をまじまじと見つめた。


「そう、君に」


 今の言い方は少し気障ったらしいかもしれないな、と彼は思ったが、諦めてそのまま言葉を続けることにした。


「どこかのオジサンみたいにフルコースは誘えないけど、昼食ぐらいはどうかな?」

「ご、ごごご一緒させて下さい!」


 彼女は座っていた椅子から立ち上がり、顔を真っ赤にして緊張しながら応えた。


「ありがとう、楽しみにしてるよ」

「おいおい少尉、それは職権乱用だぞ」


 難なく女性を食事に誘った京也に、エドワードは恨みがましそうに口を尖らせ文句を言った。


「少佐も乱用したらどうですか?」

「嫌味な男の子だね、君は」


 人生の春を過ぎた中年のその男は、肩をすくませ溜め息をついた。




 午前中のうちに作戦の概要を確認し終えた京也は、約束通り奈々方と二人で昼食を食べていた。皿に盛られた焼き魚定食は、見た目は悪いが味と量については申し分はない。


「ところで、どうして私なんか誘ってくれたんですか?」


 箸も持たずに両手を膝の上に乗せた奈々方が、京也が自分を誘った理由を直接尋ねた。


「一昨日のお礼でもできたらって思ってね」


 確かにその事も彼の頭の片隅に無かった訳ではないが、これだけが彼女を誘った理由ではない。彼女に聞きたいのは、一昨日の事ではなく昨日の事だ。

 日夜戦争を止める為働いているという事だが、どこに所属して何をしているかという肝心なところは聞き出せなかった。


「そんな、私は偶然あそこにいただけで……」


 そんな彼の考えも知らずに、奈々方は照れ臭そうに笑った。


「それでも助かったんだ。ありがとう」


 彼は箸で器用に魚の小骨を取りながら、話の本題を切り出した。


「ところで奈々方、『夢』の内容って覚えてる?」

「覚えていますよ? この間なんて空を飛んだんですよ、空を! こう……ぶわーって」


 左手を飛行機に見立て、彼女は自身の頭上をぐるぐると旋回させた。


「いや、そっちの『夢』じゃなくてさ」

「……もしかして、少尉は覚えているんですか?」


 彼女は声を小さくして、京也に聞き返した。


 この街にいる以上、誰もが皆夢を見ている。


 あの飲む事を義務付けられた青い薬のおかげで、皆夢を忘れて人を殺せる。もっとも京也に限って言えば、あの歌を聞いて以来その薬は唯の風邪薬以下の物になってしまったが。


「どうかな。さっき奈々方が言ってくれた夢の方かも知れないけれど、ぼんやりと覚えてることならあるよ」

「聞いてもいいですか?」


 彼女はためらいがちに、だけど興味を隠しきれずに京也に尋ねた。


「普通の夢だよ。朝は親に起こされて、家族みんなで朝飯を食べて、学校に行って、友達と喋って。あーあと、奈々方によく似た人を見かけたかも」


 誘導尋問なんてものは得意ではない京也は、苦笑いを浮かべながら喋る。


「私ですか?」

「そうそう、ポニーテールだったし間違いないかな。双子の姉妹とかはいないよね?」

「いませんよ、一人っ子です」

「じゃあ本人だったかも」


 流石に双子は有り得ないよなと笑いながら、京也はこの話を止めることにした。

 今の様子を見た限り、彼女は本当に何も知らないのだろう。もし知っているとすれば、あの瞼を重たそうにしている奈々方ユウキだ。


「まあ夢だからな。何でもありか」


 目の前の彼女に対する数々の疑問を、彼は味噌汁と一緒に胃の奥へと流し込んだ。


「少尉の夢、叶うと、良いですね」

「あれはただの夢だから、どうせいつかは必ず忘れるよ」


 ついでにただの出まかせだ、と彼は口には出さずに付け足した。


「それでもきっと、叶いますよ。少尉がそれを、忘れなかったら」

「おいおい、俺の父親はもういないぞ?」

「だったら、少尉が家庭を持てばいいじゃないですか」


 まるでそうすることが当然というかのように、彼女は自信満々にそう言った。


「その前に恋人を作らないとな」


 箸休めの漬物を飲み込んで、彼は遠い目をして天井を見上げた。恋人なんてものは、学校でもここでもできそうにはないなと諦めながら。


「え?」


 奈々方は、よく聞こえませんでしたとでも言うように、その首を大きく傾げた。


「ん、何?」

「少尉って、その、不躾な質問なのですが……深見曹長とそういった仲ではないんですか?」

「は!?」


 自分でも驚くぐらいの大きな声が、彼の口から発せられた。


「ち、違うんですか!?」

「ちょっと待てそんなふざけた冗談誰が言ったんだ?」


 確かに仕事上の付き合いは多いが、唯の上司と部下である事に違いは無い。それに、自分と担任教師の仲が噂されるなど夢にも思っていなかった。


「誰がって、皆そう言ってますよ……」

「奈々方二等兵、君にお願いがある」


 京也は奈々方の肩をしっかりと掴み、目を見据えてはっきりと言った。


「は、はい!」

「その事実とは全く無関係な噂をどうにかして訂正して欲しい。今日まで俺に恋人なんてものはいないと」

「いいんですか?」


 彼の命令に、奈々方は消え入りそうな声で聞き返した。


「いいも何も、深見曹長だってそういう噂は迷惑だろうさ」

「そうじゃなくて……少尉に恋人がいないなんて知れたら、基地の女の子はみんな少尉に熱い視線を送るようになりますよ?」


 起こりうるだろう未来を、彼女は耳打ちでそっと告げる。


「……冗談だろう?」


 彼はその時だけは、自分が今戦争をしている事など忘れて声を上げた。


「自覚ないんですか?」

「そうか……そうだったのか……」


 自分が不特定の異性に好意を寄せられているとは想像もしていなかった京也は、悟ったような顔で笑い始めた。


「あのー少尉?」

「いやごめん、ちょっと嬉しくなってつい」


 奈々方の言葉に現実に引き戻された京也は、彼女にみっともない言い訳をした。


「なんて言うか、子供っぽい所もあるんですね」

「同い年の男って、やっぱり子供っぽいものなのかな」

「そうかも知れませんね」


 噂とは違う目の前の男の子の素直さに、奈々方はクスクスと笑った。




 現在八時五十五分、旧日本軍に指定された大学の植物園は、EU軍の基地からはそう遠くは無い場所にある。


 調査に向かった部隊によれば、地雷はおろか、監視カメラも盗聴器も仕掛けられていなかったとのことだ。もっとも中心街が封鎖されて以来人の手が加えられなくなった植物園では、無秩序に草木が茂っていた。


「こちら白鯨、指定された場所に到着した」


 EU軍が仕掛けた監視カメラを一瞥して、京也は基地に向かって通信を入れた。常時開線が開いているタイプの通信機なので、わざわざマイクを口に近づける必要はなかったが、彼はいつもの癖でそうした。


『五分前だな。デートの時はいつもそうなのか?』

「忙しくてデートなんてした事がないですよ。以上、通信終わり」


 こんな大事な時にも冗談を絶やさない上司には付き合ってられないなと、彼は呆れながら通信機を腰のホルダーに戻した。


「そろそろ出てきてくれないか? 別に九時ちょうどに始める必要はないんだろう?」


 人の気配に気づいた彼は、辺りを見回しながらそう言った。どこかに隠れているだろうが、彼らの目的を考えるといきなり銃で撃たれることはないだろうと考えながら。


「流石、EU軍のエースですね」


 桜の木の影から、緑色の迷彩服を着た一人の男が現れた。


「人がいるぐらいは……」


 京也は日本軍の軍服に身を包んだ男の顔を見て、言葉を途切らせた。

 その顔は、その姿は。

 かけがえのない夢の中で、幾度となく見てきたのだから。




「岩原?」




 いつも一緒になって、馬鹿をやってくれる友人がいる。

 そいつは図々しくて、俺以上に馬鹿で、だけどどこか憎めなくて。

 そいつはいつも俺の横で、声を上げて笑ってくれた。


「岩原だろ? どうしてこんな所にいるんだよ」


 ここじゃないんだ。


 俺とお前が会っていいのは、こんな血生臭い服を着ている時じゃない。

 あの時代遅れの学生服こそが、俺達が着るべきものじゃないか。


「まったく、なんで休みの日にまで野郎の顔を見なきゃならないんだよ。そうだお前、宿題やった? 深見先生、忘れたらすっげー怒るからな」


 冗談なんだろ? 


 そうやって俺を驚かせて、後でみんなで笑いものにするんだろう? 


 でもいいさ、今日だけだったら、俺は精一杯笑われてやるから。


「どうして私の名前を?」

「おいおい今度は他人のフリか? 全く俺達、友達だろうが」


 ひどいもんだ。

 いくら後で笑い話にするからって、そこまでやることないじゃないか。


「失礼ですが、私があなたに合うのは初めてです。人違いじゃないですか?」

「お前の間抜けな顔なんてそうそう忘れないよ。それより何でお前さっきから敬語なんだ? ぜんっぜん似合ってないから」


 おまけに他人行儀と来ている。


 全くここまで徹底する何て、お前は本当、大したやつだよ。

 それだけ芝居を打った方が、俺がもっと驚くと思っているんだろ? 

 だけど、やっぱり馬鹿だよお前は。


 友達の顔を、忘れられるわけないじゃないか。


『どうした少尉、応答しろ』


 腰の無線機からエドワードの声が聞こえるが、言葉の意味はよくわからない。

 だって、俺と岩原の間に、軍人のあんたの声は必要ないから。


「あの、さっきからあなたは何を」

「お前から借りた漫画、全部読んだよ。あれ面白いなーっ。明日、さ」


 聞きたくない。


 そんな服を着ているお前の言葉何て、俺は一言も聞きたくない。


「明日、返すからさ。明日また、学校に行くからさ」


 今日じゃないんだ。俺達が顔を合わすのは、今日であっては行けないんだ。


「だから、だから!」


 俺の頬を、熱い何かが伝わっていく。


「こんな所に、いないでくれよ……」


 ああそうか、俺は今、泣いているんだ。


「あなたは本当に白岡京也ですか? 私の知っているあなたは冷酷無比なEU軍の」

「違う!」


 違う違う違う違う。


 人殺しの俺のこと何て、あの男の子供だってこと何て、お前は何一つ知らなくたっていい。


「俺は……お前の知ってる俺は! 馬鹿で遅刻ばっかりしていつもいつも桜井に怒られて、放課後にはお前にたかられて! そんな、俺なんだよ……」


 自分がどれだけの命を奪って来たかなんて、言われなくても分かってる。

 だけど、お前達の、友達の前でだけは、俺は笑っていたいんだ。だから。


「だから、帰ってくれ……これ以上、こんな所でお前の顔を見たくないんだ……」


 また明日、学校で会いたいんだ。


 遅刻した俺を指さし笑って、一緒になって馬鹿をやって。それだけなんだ。俺がやりたいことなんて、本当にそれだけだから。


「できません」


 京也の悲痛な願いを聞いても、岩原は頑なに意志を曲げなかった。

 鉄のように重く、冷たい言葉が、二人だけの植物園に響く。


「私の任務は、あなたが我々の指導者になっていただくことです。もしもそれが、叶わないのなら」


 ポケットからリボルバーを取り出し、岩原はその先端を京也に向けた。


「似合わないよ、お前にそんなものは」


 彼の視界は霞んでいるけど、友達の手に握られるそれが人殺しの道具だということぐらいは解った。

 自分の手にもよく馴染んだ、人殺しの道具だと。


「あなたの服も掲げる旗も、似合わないですよ」


 京也はポケットからハンドガンを取り出し、銃口を親友の心臓に突き付けた。

 そうしなければならない。




 だって今日は、戦争をしているのだから。




「殺したくないんだ、もう誰も」


 何百もの命を奪った白鯨が、一つの命の前で泣いている。

 守りたい友達に、どうして銃を突き付けるのかと。


「EU軍にいるからです。私たちの仲間になれば」

「お前らだって、沢山殺したじゃないか!」


 あの光景を、敵味方なく死んでいった、あの惨劇を彼は思い出す。

 あれは戦争だったのか。

 信じた正義も理想も、粉微塵に吹き飛んだあの景色は。


「なあ岩原、俺はどうすればいい? 友達を殺して、本当に平和になんてなるのか?」


 敵を殺せば、その分だけ平和になると信じてきた。

 戦う事で、誰かを守れるのだと思っていた。


 だけど俺は、その守りたかった誰かを殺し、守りたい誰かに銃を向けている。


「平和に犠牲はつきものです。ですがその先に、平和はあります」

「そっか、そうだよな……」


 そんな俺の疑問に、岩原が声色一つ変えずに応える。


 人が死んでも仕方がないと、そう言った。


 きっと、こいつの言う通りなんだろう。


 俺達のしていることなんて、結局は人殺しの正当化だ。単なる偽善だ。


「ごめん岩原、俺はお前を殺すよ。だってお前が、そんなものを向けて、そんな事をいうんだから」


 殺さなきゃ。

 

 だってお前は、俺達の敵だから。


「交渉、決裂ですね」

「わかっていたさ、それぐらい」




 殺したくない。




 でも俺は、こいつを殺す。


 どうして? 


 殺さなければいいだろう。黙って銃を下ろし、その頭を吹き飛ばされればいい。そうすればお前は、もう誰も殺さなくていいんだ。


 嫌だ。死にたくない。

 やりたい事だってまだまだあるんだ。

 こんな所で倒れこんで、冷たくなるなんてそんなのは嫌だ。


 殺さなきゃ。




 だって俺は、生きていたいのだから。




 そして彼は、その引き金を強く引いた。


 一発の銃声が、植物園に木霊する。そして、一人の男が仰向けになって倒れた。


 倒れた岩原に歩み寄り、京也は震える友の手を強く握った。


「撃たなかったんだな、お前」


 お前は本当、大したやつだよ。

 俺は怖くて仕方無かったのに。あれだけ死を恐れたのに。


「あなたは、私達の希望です。それに」


 岩原は笑う。


 笑ってみせる。

 喋る事もままならないのに。


「俺達、友達だろ?」


 昨日と同じ、あの笑顔で。

 大切な、人の為に。


「そうだよ! 友達だよ、俺達は!」


 その筈なのに、守りたかったのに。

 俺はまた、殺したんだ。


 かけがいのない物と知りながら。失えば、もう取り戻せないと知りながら。


 殺したんだ。


 生きたいから。ただ、それだけの為に。


「泣くなよ白岡。これからも戦うんだろ? そんな顔してたら、また桜井に怒られるぞ?」

「そうだな。あいつには、こんな姿は見せられないよな」


 京也の不格好な笑い顔を見て、岩原は満足そうに息を引き取った。


 そうだ俺は、泣いてなんていられないんだ。


 進むんだ、奪った命を背負いながら。

 歩くんだ、奪った願いを噛み締めながら。


 誰よりもまず、彼らの為に。何百もの命を連れて、これからも誰かを殺していく。


「こちら白岡、これより帰投します」


 彼らが望んだ、明日を目指して。

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