四話 アンリ
朝のホームルームが始まる前に学校を早退した京也は、電車に乗って自宅の最寄り駅まで戻ったが家に帰る気にはなれなかったので、自動販売機で飲み物を買い駅前のベンチに腰を掛けた。
目の前の広場を、沢山の人が通って行く。
ネクタイを締め、会社に向かうサラリーマン。
ゆっくりと歩く、杖をついた老人。
談笑しながら、学校へ向かうバスに乗り込む学生達。
彼らは皆、自分が今夢を見ている事を知らない。一ヶ月が三十日もあった事を忘れている。昨日アメリカ軍が禁止武器を使用した事など理解の外だ。
どうして自分は、これが夢だと解ってしまったのか。なぜ昨日までは知らずにいた事を思い出してしまったのか。
知らなければ良かった。
知らない事が罪だというのなら、俺は罪人で良かった。知らない方が幸せという言葉は、この街に住む人の為に作られた言葉なのだろう。
もう一度、駅前の広場に目を向ける。
朝のピークを過ぎたのか人の波はすっかりと退け、そこにいるのはベンチに座る京也と、広場の中心に立つ一人の少女だけだった。
透き通る青空のような髪の色の少女にどうして今まで気付かなかったのかと彼はふと疑問に思ったが、その考えをすぐに捨てた。そこに確かに居ようが、気付かなければ無いことに等しい。
きっと彼女もこの戦争も、そういうものなのだろう。
「Well I told my mama on the day I was born Don’t you cry when you see I’m gone」
歌が聞こえる。どこかで聞いた、懐かしい歌が。
「You know there ain’t no woman going to settle me down I just going to be traveling on」
少女が歌う。青空を見上げ、陽気な声で。
「Singing Green,green, it’s green they say……」
京也の存在に気づいた彼女は、歌うのを中断し彼を見た。
先ほどから彼女に見とれていた京也は、目が合ってしまい思わず赤面する。そんな彼に彼女は無邪気に笑いかけ、そしてまた歌い始めた。
「Green,green ,I’m going away to where the grass is greener still」
切りのいいところまで歌い終えた彼女はそれ以上歌うのを止め、再び京也に笑いかけた。
彼は今度こそ赤面せずに、彼女に向かって拍手を送った。
渇いた音が、広場に響く。
観客も歌手も一人しかいないステージだったが、彼女は京也に向かって芝居がかったお辞儀を返した。青く長い髪と白いワンピースを風に揺らし、彼女が鼻歌で歌の続きを歌いながら彼のいるベンチまでスキップをしてやって来た。
「こんにちは、学生さん。私の歌はどうだった?」
顔を上げ呆けた顔を浮かべる京也とは対照的に、彼女は機嫌の良さそうな笑顔を浮かべて彼に尋ねた。
「あ……うん。良かったよ、すごく」
突然の出来事だったので、彼は上手く返すことができず、しどろもどろになりながら言った。
「それだけ?」
首を傾げ、彼女がねだる様な甘い声で更に感想を求める。その声のせいで彼は取り戻していた平静をどこかに投げ捨て、代わりに恥ずかしさと緊張が込み上げてきた。
「後は……そうだな、なんて言えばいいのかな。懐かしいというか、最近どこかで聞いたことがあるというか」
「それってもしかして昨日の事かな!?」
彼女は急に語気を強め、京也に言い寄った。突然の事に彼は面を食らったが、彼女が今『昨日』と言った事を聞き逃さなかった。
彼は昨日を思い出す。
桜井に銃口を向けた時、確かに彼は歌を聞いた。無線機から聞こえたその歌は、今聞いた歌と同じ歌だった。
「あれは君が歌ってたのか?」
だから京也は、その真偽を目の前の少女に尋ねた。すると彼女は目を見開き、頬を緩ませ取って置きの笑顔を浮かべた。
「嬉しい! 私の歌、届いてたんだ!」
そして彼に、抱きついた。
「うわ!?」
彼女の顔と京也の顔が近づく。いきなりそんな事をされたせいで、彼は間抜けな声を漏らしてしまう。心臓が高鳴る。空色の長く綺麗な髪からは、石鹸の優しい匂いがした。
「あのー……」
顔を真っ赤にしながら、京也は女性から、しかもこんなに可愛い女の子から抱きつかれることは当然嬉しかったが、それ以上に恥ずかしかった。
「ごめん! 嬉しかったからつい」
慌てて京也から体を離した少女は、舌を小さく出し行き過ぎてしまった自身の行動を反省した。そんな些細な仕草のせいで京也の心臓が高鳴る。
「私はアンリ。あなたの名前は?」
アンリと名乗ったその少女は、京也の手を強く握った。
「俺は白岡京也。見ての通り学生だよ」
当たり障りのない内容を添えて答える京也が握られた手を軽く握り返し、手を離す。
「それだけ?」
氷のような冷たい声が、京也の耳に届く。
彼女が本当にそう言ったのか、それとも自分がそう感じたかというのはわからなかったが、確かにそう聞こえた。
「……EU軍アジア連隊第七分隊所属、白岡京也少尉だ」
もう一つの自分の職業。それを答える。
「うわ、すごいその年でもう少尉なんだ。エリートさんってことかな?」
本来疑問を持つべき彼の職業を、アンリはすんなりと受け入れ理解した。なぜ、という疑問が頭をよぎる。どうして自分が兵隊であることをこうも簡単に受け入れるのか。いや、そもそもなぜ彼女は『昨日』を覚えているのか。
「単純に山ほど人を殺しただけだよ」
喉から出てきそうになった疑問を一度飲み込み、彼は彼女の質問に答えた。彼女に聞きたいことは山ほどあるが、まだ聞くには時期が早い。冷静な軍人としての自分が、そう判断した。
「そうなんだ。それで、今日はどうしてこんなところにいるの? 今日は平和の日だよ」
「自主休校ってところかな」
学校にいた時よりも落ち着いていた京也は、言葉遊びするほどの余裕を取り戻していた。
「あ、もしかして女の子とデートでもするの?」
「違うよ。そんな予定もあったけどさ」
京也は空を見上げ、桜井と映画に行く約束をした事を思い出す。自分が奪った彼女の笑顔が頭に浮かんだが、涙はもう出なかった。
「だったらさ、私としようよ」
「何を?」
「もちろん、デートだよ! 私日本に来たのが最近だから、こっちの事全然知らないんだよね」
彼女に聞きたいことは山ほどある。だから、ここでその誘いを断るわけにはいかない。
「……いいよ。どこ行こうか?」
「えへへ、実は色々調べて来たんだ! ほら行こう?」
アンリが笑顔を浮かべて、椅子から離れようとしない彼の手を引く。
「はいはい、そう焦るなよ」
駅前を後にした二人は、閉鎖された中心街近くにあるショッピングモールまで来ていた。
平日の午前中ということもあって人は少なく、いるとすれば暇を持て余した大学生か主婦の方々ぐらいだった。
「そういえばさ」
露店で買ったクレープを頬張るアンリに、京也は話を振る。
「うん、やっぱりこのバナナケチャップ味ってちょっと実験的だよね」
手に持ったクレープへの不満を口にするアンリ。
買う時に京也が静止したにも拘らず、結局購入したものだ。薄い黄色に真っ赤なケチャップがたっぷりと掛けられたその食品は余程の物好き以外の全ての人の食欲を等しく奪う。
「そうじゃなくて……最近来た割には随分日本語うまいよねって事をさ」
京也は保守的なチョコバナナ味のクレープに食いつきながら、気になっていた一つの事を彼女に尋ねる。日本の案内という名目でここまで来ていたが、彼女のその流暢な日本語は案内の必要がないぐらい立派なものだった。
「お、日本人に日本語褒められちゃったよー。これが噂の社交辞令ってやつ?」
「本心だよ。やっぱり外国にいる時に勉強したの?」
「実は三日で覚えたんだよね。どうかな、やっぱり変?」
「三日……それこそ冗談だろ?」
日本語がすべての言語の中で一番難しいなどと自惚れた事を京也は言うつもりはなかったが、それでも三日という期間はコツを掴んだとかそういうもので説明できる短さではないことぐらい知っていた。
「ふっふっふ、アンリちゃんは天才なのですよ」
胸を張り、彼女は京也に自慢をした。
「そう言う事にしておくよ……それで次はどこ行くんだ?」
「次はこれ!」
アンリはポケットから一枚のチラシを取り出し、京也に見せつける。最近公開されたサスペンス映画の宣伝チラシで、前作の大ヒットで調子に乗ったテレビ局が作った続編で、キャストを一新したその出来はインターネットによると目も当てられないとの事だ。
「これ見るのか? それならまだハリウッド映画の新作の方が」
「甘い、甘いよ京也! その手に持ってるチョコバナナのクレープにソフトクリームと生クリームをかけた食べ物よりも甘いよ! だから私のと交換して?」
事前情報を鑑みて妥当な判断を下そうとした京也を、アンリが意味不明な早口言葉にちょっとしたお願いを混ぜて捲くし立てる。
「嫌だ。大体お前がそれを食べるって言い張ったんだろうに」
「だってこんなにおいしくないと思わなかったんだもん」
まだ半分しか食べられていないクレープは、見た目だけで京也の食欲を劇的に減衰させる。店頭のメニューには売れ筋ナンバーワンと銘打たれていたが、きっと日常的に罰ゲームにでも使われているのだろう。
「んで、何で俺が胃もたれしそうな食べ物より甘いんだ?」
クレープの最後の一口を飲み込んだ京也は、捲くし立てられた理由を尋ねた。
「解ってないね。ハリウッドの映画なんて世界中どこにいても見れるんだよ? それに比べて邦画って言うのは日本じゃないと見れないんだよ?」
「そのバナナケチャップ味だってここでしか食えないけどチョコバナナの方が美味いだろ? どこにでもあるってことはそれだけで素晴らしいことだと思わないか?」
地域限定品で美味いものなんてオレンジ色の炭酸飲料ぐらいだと思いながら、京也はアンリに反論する。
「うるさーい! 見るといったら見るの!」
彼の理論的な反論は、うるさいの四文字で却下された。
「なんというか……我が侭なんだなお前」
大きな溜め息をついて、京也はそう言った。
今まで気付かなかった自分の頭の回転の遅さを呪いながら。
「てへっ」
アンリは小さく舌を出し、笑ってごまかした。
「わかった、わかったから早く行くぞ」
「はいはい、そう焦るなよ」
足早に映画館に向かおうとする京也に、アンリは口を窄ませてそう言った、
「今の何?」
作為的なその口調に違和感を覚えた彼が彼女に聞く。
「京也の真似」
まだ口を窄ませていたアンリが、先に行こうとする彼の口調を真似て答えた。
「……帰るわ」
不愉快になった京也は、踵を返し駅に向かって歩き出す。
「ごめん、謝るから置いてかないでーっ!」
アンリは大声で謝罪の言葉を言いながら、早歩きで帰ろうとする彼に駆け寄った。
「糞だ」
糞。
京也が口にしたこの一文字に今見た二時間の映画の感想が全て詰まっていると言っても過言ではない。まずキャストだが、どこからどう見ても人選ミスだ。
前作で死んだ渋い壮年の悪役が若返って復活した、というテレビ局の意志が垣間見れそうな設定のおかげで演技に定評のある中年の俳優が若手の顔だけ俳優に変更されている。
これだけ言えば、どれだけこの映画を作った連中の脳が空っぽかという事を理解してもらえるだろう。
「つまらなかったね……」
そしてシナリオ。
観客置いていけぼりの超展開で、狭い会社の話だったはずなのにいつの間にか人類の危機まで発展していた。
会社のビルが実は宇宙船で、隕石に向かって五階建てのビルがまっすぐ飛んで行くシーンは映画史に新たな一ページを残しただろう。そして何故か生きている主役とヒロイン。思い出のタンポポ畑で手を取り合って踊るラストシーンは、アイドルグループが歌うテーマソングにミスマッチで笑うしかなかった。
「だから言っただろ! どこにでもあるものはそれだけで価値があるって!」
京也は俯いて不満を漏らすアンリの肩を掴み、目を見開いて怒鳴った。彼女が自分で自爆してくれる分には一向に構わないが、自分も巻き込まれるというのは御免だ。
「ごめん、ごめんね京也。私もここまでつまらないとは思ってなくて……」
死んだ魚の目をしたアンリが、心底申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にした。
「まぁ今回は笑って許してもらおうとしないだけマシか」
彼女の態度を見て怒る気力を無くした京也は、溜め息をついて彼女の肩から手を離した。
「やってほしい? やってほしい!?」
なぜか急に機嫌を良くしたアンリが、彼の顔を覗き込んで言う。
「いいよ別に」
「もう京也は素直じゃないなーっ。本当はやってほしいんでしょ?」
京也の頬を人差し指で突きながら、アンリはさっきよりも甘い声で言った。
「別に……」
「つれないなーっ。あ、次はあそこの服屋さん入ろ?」
「外で待ってていい?」
若い女性向けの服屋を指さすアンリを尻目に、京也は物欲しそうな目で通路脇に置かれたベンチを見ていた。
「一緒に来て京也が選んでよ」
「何で俺が?」
「だって私が選んだクレープも映画も酷かったから」
「妙に説得力あるがお前が選んだ服というのも見てみたいな」
勝手に自爆して変な服を買う分には彼の知った事ではないので、出来るなら少し休んで先程の映画を見たという記憶そのものを消し去ってしまいたかった。
「そうだねぇ、スパンコールのTシャツとか?」
「……俺も行く」
しかしよく考えてみればその変な服を着て一緒に街を歩く可能性もあるかも知れない、と思い直した京也は、陰鬱な顔で彼女の後を付いて行くことにした。
「流石京也、ノリがいいね!」
お洒落なその洋服店に二人で並んで入る。マネキンに着せられたそれを、女性のお洒落には疎遠な京也には良いかどうかということさえ判断できなかった。
「ねぇねぇ、こんなのどうかな?」
彼女が早速適当に選んだ服を京也に見せる。
その服を見て、京也は絶句した。形は何の変哲もない長袖のシャツなのだが、問題はプリントされてる文字だ。
ちまき。
米を笹で包んで三角形にした伝統的な食品の名前が、ショッキングピンクの生地に真っ黒な文字で印刷されている。
「止めとけ」
「……やっぱり?」
京也の制止を受けて、アンリが上目遣いで自身の感想を言う。
「聞くぐらいなら俺に見せるな!」
「仕方ない、もうちょっと選んでから見てもらうか……」
それから彼女はあれこれと小声で呟きながら、陳列された服を物色し始めた。
「なぁアンリ、今着てるのは自分で選んだのか?」
彼女が着ている白いワンピースは、空のように青い髪の毛によく似合っていた。
「ううん、ギルに選んでもらったの」
「ギル?」
「うん、ギルベルトって言うの。背が高くて優しいんだ。私の保護者って言えばいいのかな? 家族じゃないんだけどね」
「それなら今日もそいつに選んでもらえば良かったんじゃないか?」
「うーん、お願いしたんだけど仕事が忙しくて無理なんだって」
ギルベルトというドイツ系の名前の主を思い浮かべることで、京也は彼女が服を選び終わるまでの時間を潰すことにした。
名前の通りだとEU軍か国連軍の人間の可能性が高いが、ドイツ系のアメリカ人という線も捨て切れない。
それにEU軍なら既に知り合っているはずだ。
「それで京也。どっちがいいかな?」
口に手を当てて考え込む彼に、アンリは選んだ二つの洋服を彼女に見せた。一つは真っ白なシンプルなブラウスで、もう一つはフリルがこれでもかと付けられたピンク色のワンピースだった。
「右で」
それを見た瞬間、彼は迷うことなく白いブラウスを選んだ。
「うん、京也が言うならこっちにしよう」
大事そうに服を抱えて、彼女がレジまで歩いて行く。京也もそこに立ちつくしている訳にはいかなかったので、彼女と一緒に店員が笑顔で待つレジに向かった。
「あ、お金ないや」
アンリが財布を開いてすぐ、思い出したようにそう言う。
「貨さないぞ」
「ふっふっふ、こんな時の為にギルから貰ったクレジットカード!」
彼女は得意な顔で財布から一枚のカードを高々に掲げる。それが放つ神々しさは、裕福ではない京也にも分かった。
「……黒いな」
見た通りの印象が、彼の口から洩れる。
「黒いと凄いの?」
それの持ち主は手にしている物の価値を全く知らないようだ。
「お家が買えるよ。あとヘリとか」
「ヘリは要らないかな……」
そこかよ、と心の中で突っ込みを入れる京也を尻目に、アンリは笑顔で会計を済ませた。
それから京也はアンリの買い物に付き合わされ、日が傾きかける頃には両手が荷物で塞がってしまっていた。
女性の買い物に付き合うという意味を深く考えなかった事に彼は少しだけ後悔した。
少しだけ。
彼女とすごした時間は両手の重さも足の疲れも忘れるぐらい楽しい物だったからだ。
「楽しかったなーっ。ありがとうね、京也」
彼女も同じことを考えていたらしく、振り返って彼に微笑んだ。
「いくら金があるからって少しは遠慮しろよ」
「てへっ」
今日一日で何度もした子供っぽい仕草で、アンリは京也の忠告を受け流す。
「なぁ、何個か聞きたい事があるんだけどいいか?」
そろそろ良いだろう、と思いながら京也は出会った時に浮かんだ疑問を彼女に尋ねることにした。
「スリーサイズは秘密だよ?」
「そうじゃないから安心しろ」
「なんだ残念」
京也は大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出してから質問を始めた。
「それで……お前は一体何なんだ? どこの所属だ、どうして『昨日』を覚えている?」
彼の頭に浮かんだ疑問は尽きることなく、矢継ぎ早に彼女に向けられる。
「それだけじゃない、あの歌は何なんだ? そのせいで俺も昨日の事を覚えているのか? 答えてくれ、お前は」
次々と言葉を発する京也の口に、アンリは人差し指を当てそれを遮る。
「ごめんね京也、『今日』は答えられない。だって平和の日だから」
寂しそうに、今日一日明るかった彼女からは考えられないぐらい寂しそうな顔で、彼女は答えにならない答えを言った。
「私を見つけて。『戦争』の日に見つけられたら、全部答えてあげるから。その時まで……」
「わかったよ」
これ以上何を聞いても無駄だと判断した京也が大きな溜め息をつく。
「ねぇ京也、私の友達になってくれる?」
真っすぐと彼の目を見て、アンリは良く通る声でそう言った。
「……もう友達だろ?」
京也は冗談みたいに臭い台詞を口にした。
しかし彼は言葉とは裏腹に打算的な事を考えていた。このまま何か重要な事を知っている彼女との繋がりを消してしまうには惜しいと。
「うん!」
そんな彼の気持も知らずに、彼女は無邪気な笑顔で答えた。
「それじゃ、俺はもういい時間だし買えるよ。荷物全部持てる?」
「もう、女の子だって力持ちなんだよ?」
大量の自分の荷物を受け取る彼女は、自慢げな表情で答えた。
「だったら最初から持て」
ようやく自由になった右手で、彼はアンリの頭を軽く叩いた。
「いたっ」
彼女の口から小さな悲鳴が漏れる。
「またな、アンリ」
また会いたいと、彼は思った。
それは出来るなら、戦争の日に。
全ての疑問を、取り払う為に。
「またね、京也」
去っていく京也に手を振るアンリも、また会いたいと思った。出来ることなら、今日みたいに暢気な日に。
またこんな風に、笑って過ごせるように。