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十七話 みんなのうた

 椅子に座ったままのギルベルトの死体をそのままにして、京也はアンリの元へ駆け寄った。

 シャツには血がこびり付いていたけれど、洗い流す余裕はなかった。


 早く話がしたかった。


 可能性をくれた君に。笑う事を思い出させてくれた彼女に。


「……誰?」


 京也に気づいたアンリが、ようやく口を開く。


 その表情は彼の知っているアンリでは無かった。


 父親代わりの人間が目の前で死んだというのに、一切の表情は変化しない。きっとギルベルトが言っていた事はこういう事なのだろう。


 意志が無い。だから笑いもしなければ、悲しみもしない。


 それでも、と彼は頭を横に振った。


 ここに今彼女がいる。

 思い出も何も無いけれど、また作っていけばいい。笑い合える日々を共に過ごしていけばいい。


 少しずつ前に進んで、変わっていけばいい。


「誰だっていい……いや、ちょっと違うかな。そうだな、君のファン第二号ってところかな」


 一号は、幼い彼女の命を救ったエドワードの為に。

 彼女に寝床を提供したせめてもの報酬に、二号ぐらい貰ったって誰も責めはしないだろう。


「一号は?」

「そのうち会わせてあげるよ」


 京也は笑う。


 今この場所に、彼女がいる事を喜んで。


「それで、何の用?」


 アンリは興味がなさそうに首をかしげて京也に尋ねた。


「君の歌を聞きたいんだ。いつか俺に、聞かせてくれたあの歌を」


 覚えている、アンリの歌を聞いたあの日を。


 自分の行動を罪として理解したあの日を。だけど悔やむ事は何も無い。


 あの日初めて、自分自身になれたから。


「……知らない。何の事だかわからない」


 アンリが首を横に振り、彼の言葉を否定する。


「うわ、本当かよ。いいか、こんな歌だ。『ある日ーパパとー二人で―』」

「音痴。それに歌詞が違う」


 恥ずかしさを押し殺して歌った歌に、アンリは鋭い突っ込みを入れた。


「はっきり言うな……いいよ、わかってるから」


 京也は肩をがっくりと下げ、自らの歌唱力の低さを嘆いた。


「変な人」


 そんな彼の姿を見て、アンリは微笑んだ。ほんの少し、口元を動かしただけだったけれど、それは確かに笑顔だった。




 ああそうだ、人はいつだって変われる。




 彼女のように、今みたいに。

 その意志を、失わない限り何度でも。


「ほら、早く聞かせてくれよ。丁度いい機材も、全部揃ってるんだし」


 部屋を見回せば嫌というほど機械で埋め尽くされている。

 彼女の歌で自分の記憶が戻ったなら、この街にいる全ての人の記憶を取り戻せるはずだ。


 それが正しいかどうかはわからない。


 それでも、何かが変わるなら。

 自分のように、誰かの可能性が生まれるなら。


 賭けてみたい。人に、明日に。


「そうそう、自己紹介が中途半端だったな。俺は白岡京也。変な人さ」


 思い出したように、彼は自分の名前をほんの少しの説明を加えて言う。


「それだけ?」


 彼女は不思議そうに彼に聞き返した。


「ああ、それだけさ」


 アンリの疑問に、京也は答える。

 身分も肩書も必要ない。自分はいつだって自分だから。


「私はアンリ。はじめまして京也」




 京也は笑った。

 これまでだって、何度でも。


 アンリは笑う。

 これからだって、何度でも。






 歌が聞こえる。優しく歌う、アンリの歌が。


 もしかすると、ギルベルトが望んだ世界こそが本当に平和な世界だったのかもしれない。

だけど、楽しそうに歌う彼女のこの姿は、今この場所でしか出会えないから。




『Green,green, it’s green they say On the far side of the hill』




 忘れはしない。昨日も今日も、それから明日も。

 自分自身の矛盾を、罪を、噛みしめながら生きていく。


 そうする事だけが、自分自身でいられる唯一の手段だから。




『Green,green ,I’m going away to where the grass is greener still』




 忘れはしない。

 自分が奪った命を、可能性を。




『to where the grass is greener still』




 忘れはしない。

 夕日に照らされ、楽しそうに歌う、




『to where the grass is greener still』




 彼女の、自由な笑顔を。

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