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プロローグ 彼の日常

 耳を付く銃弾の発射音が、駅前に響く。


 彼は無線機に耳を傾け、現在交戦区域に指定されている札幌駅周辺の状況を把握した。ノイズ交じりの深見曹長の声が、正確な敵兵の場所を知らせる。


 もっとも、眼下に広がる駅前広場に、彼の銃弾から逃れられる敵兵など存在しないのだが。


 乗り捨てられたタクシーに身を潜める敵軍の突撃兵の脛を、スコープの十字線に合わせる。手の震えを抑えるために、呼吸を止める。その距離、約二五〇メートル。白鯨と恐れられる彼の腕からすれば、造作もない距離だ。


 引き金にかかる人差し指に力を込め、引き金を絞る。

 

 砲身に装備されたサプレッサーのおかげで、耳をつく破裂音は最小限に抑えられていた。敵の位置を確認するために身を乗り出した若い兵士の足を、七.六二ミリ弾が正確に打ち抜く。突然左足を襲った激痛に耐えかね、彼はその場に膝をついた。白鯨は呼吸止めたまま、命中した喜びなど微塵も感じずにレバーを手早く引き次弾を装填した。


 一人目は簡単に殺さない。

 素人しか食いつかない餌にする。

 

 すぐ駆け寄るような味方がいるなら彼らは博愛主義者の素人集団で、状況を的確に判断し冷静に行動するなら彼らは真っ当な兵隊だ。

 赤い十字の腕章をつけた衛生兵が、目を充血させて餌に駆け寄る。素人だったか、と彼は心の中で呟き、可哀想な、もう少し訓練されていれば寿命はもっと長くなっただろう、衛生兵の首元を十字線に合わせ、二発目を発射した。真っ赤な鮮血を伴い、眼鏡をかけた博愛主義者の頭が地面に転がる。通常、スナイパーライフルで打たれても頭が胴体と離れることはない。ただ正確に頸椎を打ち抜かれた者は、葬儀屋に修復されるべき死体となる。


 戦友の頭が目の前に転がってくるという出来事は、素人の彼らが半狂乱になるには十分すぎるほどの出来事だった。前から撃たれたと都合のいい勘違いしてくれた三人の敵兵が、北五条通を西に向かって突撃する。


 一番後ろを走る、アサルトライフルを構えた兵士の首が地面に転がる。


 レバーを引き、三発目の銃弾を排莢し、白鯨は次にキリのいい所に遮蔽物に隠れようとした敵兵の膝を打ち抜いた。関節の脆い部分を打ち抜かれたためだろう、左の脛を打たれた先程の兵士とは違い彼の右足は胴体との永遠の別れを余儀なくされた。物陰に隠れようとした冷静さは評価されるべき物ではあるが、その前の行動の時点でこの無残な結果は決まっていた。


 最後に、雄叫びを上げながら銃を乱射する大馬鹿者の頭に標準を合わせる。

 

 兵隊には最も不要で、最も良く似合う醜い表情を浮かべたその男に白鯨は侮蔑の籠った同情をしながらも、彼は深く息を吸い込み引き金を絞った。


 駅前に響く、人一倍うるさい音を立てていたM4の銃声が止む。スコープ越しに見えたアスファルトを転がりまわる血まみれの敵兵の顔に、どこかで会ったような親近感を覚えたが、彼はそれを直ぐに払って無線機を手に取った。


「こちら白鯨、駅前の素人は排除した」


 彼は敵からつけられた白鯨という異名を気に入っていた。

 

 正確な足を捥ぎ取るほどの彼の腕前と、白と京という自分の名前が、その異名には使われているからだ。


 彼の声は幼かった。まだ成人もしていない、少年の姿をしている。髪は男性にしては伸びており、前髪は今にも瞼に入りそうなぐらい長い。そんなどこにでもいる少年だった。


『了解。続いて構内の掃討に移ります』


 分隊を率いる深見曹長の良く通る声が、無線機のノイズ越しに聞こえてくる。女性ながらも華々しい活躍を見せる彼女を、彼は気に入っていた。非常に使える人物で、戦闘、諜報活動に優れ、参謀としても優秀である。正確かつ冷静な判断に定評のある彼女だが、今日は一つだけ判断を間違えた。


「いや、その必要はない」

『何故です?』


 当然の疑問が、間髪入れずに無線機から帰ってくる。


「何故なら、我々は捕虜に対する戦闘活動は禁止されているからだ」


 建物構内に残っていた十人近い敵兵が、即席の白旗を掲げ北五条通りまで出て来ていた。先程の銃撃が白鯨による物だと判断したからだろう。彼の名前はEU軍の首脳だけでなく、敵軍のアメリカ連合にも知れ渡っている。

 戦功、今日を含めた今まで三年で三百八十一名にも及ぶ。


 EU軍の白い鯨。

 

 その名に違わず戦友の足が捥ぎ取られる光景を目にして、復讐を誓えるほどの兵士はそういない。彼らに残された道は、彼の戦功を増やすか、速やかに降伏するかの二つに一つだ。


『了解しました、作戦行動を終了します。少尉、お疲れ様です』

「先に帰って、コーヒーでも飲んでるよ」

『少尉、二つ目のマグカップの準備を要請します』

「了解、だが気をつけろ。家に帰るまでが戦場だ」


 軽い冗談を言い終わった彼は、無線機の送信スイッチから指を離しL96のマガジンを交換した。

 それから身を隠していた家具を整理し、廃墟となった雑貨屋のビルのもう動かないエスカレーターを下っていく。


 無線機から流れるノイズをBGMにし、彼は大通りに面した旧市役所に向かって歩を進めた。

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