アホの象徴
「落ち着いたか?」
「……はい」
俺の腕の中で、泣き続けた喜多村さんを見る。
目元は腫れ、顔は酷い有様だった。
「あの……」
「うん?」
「顔……酷いので出来れば、見ないで欲しいなって……」
「あぁ、すまん」
喜多村さんを離し、距離をあける。
「その……なんと言うか……」
俺から離れた喜多村さんは、俯きながら呟く。
「脚……見せてもらってもいいですか」
一瞬、呆気にとられたが、俺は右足の裾を上げる。
そこにあるのは、俺の右足であって俺の物ではない右足。
「膝から下なんだよね」
裾を膝の上まで持ち上げ、そう説明する。
「走ったりするのは無理だけど、日常生活で困る事は無いかな。あ、でも風呂の時はめんどうだな」
取り外しがちょっと大変なんだよな。コレ。
「あの……触っても?」
「ん?別にイイけど、特に変わった事はないぞ?」
喜多村さんは、しゃがみ込み俺の右足を触り出した。
「……」
「…………」
生徒会室に静寂が広がった。
「……喜多村さん?」
見ると、喜多村さんの顔には夕日に照らされ輝く雫が。
「大丈夫です……」
俺の右足から手を離し、喜多村さんは俺を見つめた。
「もう、大丈夫ですから」
喜多村さんの顔は、言葉を表すかのような笑顔だった。
「そうか」
俺は喜多村さんの頭を撫でる。
「ありがとな」
何に対しての言葉かは分からなかったけど、自然と口から出た言葉。
「……はい」
小さな声で、喜多村さんはそう答えた。
俺は喜多村さんの頭から手をどけ、生徒会室にある時計を見る。既に5時を回っていた。
「さて。そろそろ帰るか」
俺はドアに手をかけ、振り向く。
「ほら、喜多村さんも帰ろうぜ」
喜多村さんに、そう語りかけた。
「あ、はい!」
そして、俺は喜多村さんと一緒に生徒会室を後にした。
「家ってどこらへん?」
「駅の方ですけど」
昇降口を出て、校門へと歩きながらそんな他愛のない話をした。
「そうか。俺の家とは逆方こ──」
「佐伯センパーイ」
校庭の方から、俺の言葉を遮る程の大声が聞こえてくる。
「やっぱり佐伯先輩だ!」
校庭から駆けてきたのは部活着姿の見知った顔だった。
「……なんだ、伊波か」
「『……なんだ、伊波か』ってなんですか!もっとこう……歓迎して欲しかったです!」
呆れて物も言えない……。
「うん?佐伯先輩、そっちの1年生は?」
伊波は喜多村さんを見て、そう俺に聞いて来た。
「よく1年だって分かったな」
上履きを履いてない今は、見た目で学年を当てるのは難しいはずなんだけどな。
「2.3年生の顔は全員覚えてますから!私の唯一の特技です!」
「唯一の特技って……」
威張るなよ……。
俺は呆れながらも、喜多村さんの紹介を始める。
「えっと、この子は喜多村……下の名前なんだっけ」
「幸です」
「喜多村 幸さんだ」
次に伊波の紹介を始める。
「で、このアホの象徴みたいのが伊波 奈々だ。一応2年な。それで、見ての通り陸上部」
「よろしくお願いします。伊波先輩」
喜多村さんは、丁寧にも伊波に頭を下げ挨拶をしている。
「先輩……佐伯先輩!私もとうとう先輩ですよ!」
「あーそうだな。凄い凄い」
中学の時も、先輩になっただろうが……。
「あ!こっちこそ宜しくね。幸ちゃん」
何がそんなに嬉しいのか、喜多村さんに抱き付いてるし……。
「伊波、それより部活はいいのか」
伊波は喜多村さんを離し、俺を見る。
「いや、それがですね。校庭から佐伯先輩の姿が見えたんですけど、そしてら部長に様子を見て来てくれって言われたんですよ」
「生徒会長に?」
あいつは何を考えてるんだ……。
「はぁ……まぁ、いいや。とりあえず、伊波の任務は終了だ。部活に戻れ戻れ」
「えー」
伊波は何か不満そうだ。
「もっと、話しましょうよー」
頬を膨らまし、文句を言ってきた。
「俺はもう帰るんだよ」
「なら幸ちゃんと話したい!」
「それは、喜多村さんに聞け」
「私ですか!?」
いきなり話を振られ、焦っている喜多村さん。
伊波はその喜多村さんに近付く。
「ね!話そう!と言うか、部活を一緒にやろう!」
「勧誘するなよ」
喜多村さんは、伊波の勢いに困惑気味だった。
「えっと……その……佐伯先輩」
何故そこで、俺を見る……。
「はぁ……伊波、メニューは終わったのか?」
「私は終わりました!他の人は終わってない人もいるけど」
「そうか」
俺は少し考え、伊波に言った。
「なら、久しぶりに顔でも出すか」
「え……えっ!?」
伊波は俺の言葉を聞き、驚いた様子。
まぁ、自分で言っておきながら俺自身驚いてるけど。
きっと、喜多村さんに会ったお陰かな。
「喜多村さん、時間大丈夫か?」
「あ、はい」
「なら、行くか」
俺は喜多村さんを連れ、校庭へと歩く。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ!ほ、本当に部活に顔出してくれるんですか?」
「だから、そうだって言ってるだろ」
固まってる伊波を置いて、歩きを続ける。
「わ、私!部活の皆に言ってきます!」
「お、おい」
そう言い残し、伊波は走って行ってしまった。
「伊波先輩、足が速いんですね」
「まぁ、短距離選手だからな」
俺はそんな伊波の後ろ姿を見つめながら、約半年ぶりとなる部活に少しワクワクしていた。
喜多村さんを連れ、走れなくなってしまってから遠ざけていた陸上部へと、俺は歩き出した。
久しぶりの伊波 奈々の登場。
3話ぶりかな?
次の更新は2〜3日後に。
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