過去(2)
「うっ……ん」
「お、目が覚めたか」
学校を出て約10分。部長に背負われてる副会長が目を覚ました。
街中を歩いてるためか、車の騒音がやけに大きい気がする。いや、そう思うのはセミの声も重なってるからなのか。
「かい……ちょう?」
「おう、会長様だ」
「……」
「……」
「なっ!なななっ!何で!」
副会長は目の前にある部長の顔に驚き始めた。
まぁ、背負われてるんだから当たり前っちゃ当たり前なんだけど、その記憶がないのなら妥当な反応かもしれない。
「お前、熱中症で倒れたんだぞ」
「熱中症?」
「おう」
副会長の顔を隣から覗き込むと、うっすらとまだ赤い……いや、この場合の赤いのは部長のせいだと思うけど。
「佐伯は倒れそうになったお前を庇ってくれたんだ。お礼しとけよ」
「庇う?」
「捻挫だよ。全国までには治ると思うけど」
「え……」
はぁ……部長は口が軽い……。
副会長にそんな事を言ったら、責任を感じるのが分かってるのに。
「副会長。別に副会長のせいじゃないよ」
俺は一応フォローを入れる。
ただ……副会長には無駄なのは分かってるけど。
「佐伯……ごめん。私の体調管理のせいで、せっかくの夢が……」
「いやいや。まだ出れないって決まってないからね!」
なんか、出れない前提で話し出したから焦ったぞ。
「あ……そうだね」
そうだね……じゃねーし。
まぁ、元気そうだからいいか。
「まぁ、そうならない為に家では安静にしとけよ」
「分かってますよ、部長」
それにしても……2人とも、暑そうだな。
こんな猛暑の中、身体がくっ付いてるんだもんな。また、熱中症で倒れるんじゃないだろうか。
「なんだ佐伯。羨ましいか?」
「部長。既に頭がおかしくなってますよ」
暑いだけでしょ、それ。
何が羨ましいに繋がるんだか……。
「ちなみに、俺に背負われてるこいつは、やけに心臓がバクバクしている」
「いらない情報、どうもありがとうございます」
そりゃ、好きな人に背負われてたら緊張もするだろ。
ほら、副会長の顔がさっきより赤いし。
「本当……お似合いだこと」
なんか、見せ付けられるとイライラするな。
俺だって彼女ぐらい欲しいよ……。
「あ、そうだ。佐伯」
「なんですか」
信号が青になるのを待っていると、部長が真剣な声で話しかけて来た。この声音の時は、本気で真面目な話しの時だ。
「俺は今年で卒業だ」
「知ってますよ」
背負われてる副会長を見ると、いつの間に寝ていた。
よっぽど、部長の背中が心地良いんだろう。
「こいつの事……任せていいか?」
「何を言ってるんですか」
「俺、寮生活になると思う」
「他県って事ですか?」
「あぁ」
部長は頭が良い。
この人にだけは、冗談でも勉強で勝てる気がしない。
「なんで、俺なんです?」
「お前は、人の事を第一で考える大馬鹿だからな」
「褒めてます?」
「ベタ褒めだよ」
そろそろ信号が青になりそうだ。
夏休みだからなのか、俺達の隣には女子グループが……慣れない真面目な話しだから、つい視線が他の所に行ってしまった。
具合いでも悪いのだろうか?2人のうち、片方が1人に「大丈夫?」と声をかけている。
「部長も好きなんでしょ」
「好きだよ」
本当、カッコいいよな部長は。
「言ってあげればいいのに」
「難しいんだよ……幼馴染って言うのは」
頭の良い部長が唯一解けない問題……か。
「まぁ……近況報告ぐらいなら」
「宜しくな」
会話の終わりと共に、信号が青になった。
「じゃあ、俺はこっちなんで」
「あぁ」
部長と俺はここで別れる。
今日はこの話をするために、部長が待っていただけ。
「では、お疲れ様でし──」
俺が部長へと別れの挨拶をした瞬間、突然広がるクラクションの嵐。
後ろを振り向けば、赤信号を無視し歩道へと突っ込んでくるトラックの姿が。
「なっ!?トラック!?」
「くそっ!居眠りかっ!?佐伯逃げろ!」
ここの十字路はここら辺一帯でも、指折りの大通り。
クラクションのおかげで、トラックの信号無視にも早く気付く事が出来、捻挫をしている俺でも余裕に逃げ切る事が出来る時間があった。
「はぁはぁ……ここまで来れば……大丈夫だろ」
「ですね……」
いくら、陸上部とはいえ、部長は副会長を背おりながら、俺は捻挫をした右足を引きずりながら。
流石に2人とも息が上がっていた。
「しっかし、トラックに早く気が付いて良かっ──」
「さちー!聞こえないの!?」
「うん?」
隣から聞こえる、女子の甲高い声。
その女子の視線の先には、トラックの通る場所に横たわる1人の女子。
「お、おい……まかさ、熱中症か?」
今日は、いつも元気な副会長ですら倒れる程の気温。
トラックが突っ込んで来るが、誰も負傷する事がなくて良かった……と、安堵していた空気が一気に変わった。
「助けに……いや、間に合わない!?」
周りから焦りの声が広がる。
俺なら……一瞬、そんな考えが頭をよぎった。
「佐伯……変な事を考えるなよ」
「でも!」
俺の足なら間に合う。
100mを10秒で走る事の出来るこの足なら。
「さちっー!起きてぇえ!!」
「お、おい!自分の足の事を考えろ!!」
俺は隣で友人が目を覚ます事を祈る女子の言葉と共に、走り出していた。
部長の忠告を無視し、少女が倒れている場所へ。
周りがゆっくり動く。
全力で走っているのに、自分の一歩一歩が歩いてるように見える。
「はっ……はっ……」
倒れている少女まで、あと数メートル。
トラックがゆっくりと、でも確実に少女へと近付いている。
「はっ……はっ……」
テレビで見たことがある。交通事故に合う直前、世界がゆっくりになったと。
俺は今、多分それなんだと思う。
「はっ……はっ……」
右足の痛みが酷くなって来た。
それもそうだろう。俺は今、全力で走っている。
それでも……ギリギリかもしれない。
「はっ……はっ……」
痛みがなんだ。
痛みなんて、頭の隅にでも追いやれ。
「佐伯!辞めて!」
後ろから目が覚めた副会長の声が聞こえる。
「はっ……はっ……」
俺は副会長の呼び止めを無視し、走り続ける。
ここで止まったら、確実に……少女は死んでしまう。
「もう……少し!」
あと5歩……あと3歩……。
トラックが目前まで迫って来ている。
「間に合えぇぇえ!!」
俺は少女を抱きしめ、走ってきた勢いのまま飛んだ。
ただ……つい右足で飛んでしまった。捻挫で、力の入らない右足で。
「なっ……届かな──」
俺は言葉の続きを言うことが出来ず、その記憶を最後に俺の意識は途絶えた。
頭の片隅で右足の痛みを感じながら。
改訂したので、過去編はここで終了です。
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