過去
「おい、佐伯」
「なんですか?部長」
部活の練習メニューも終わり、ダウンがてらのストレッチをしていると、校舎の方から歩いてくる制服姿の陸上部部長が話しかけて来た。
「生徒会の仕事は終わったんですか?」
「ん、まぁな」
陸上部の部長は生徒会長も同時並行している。
陸上部での仕事もこなし、同時に生徒会の仕事をこなしている部長には正直頭が下がる。
「佐伯、来週全国だろ?」
「あ、はい」
夏の全国高校陸上大会。簡単に言うと、陸上部の全国大会だ。
俺はその大会に出るのが夢だった。走る事しか自慢することがない俺が唯一持っている夢。
そして、高校2年になりその夢の……いや、夢が叶った。
「明日から全国までは、他の奴と違うメニューを渡すな」
「なんですか?急に」
「今やってるメニューは記録を上げる為の物だが、佐伯には調子を維持するメニューの方が良いと思ってな」
「そう……ですね。ありがとうございます、部長」
「やめろよ、気持ち悪い」
「酷いですよ、部長」
俺と部長は2人で笑った。
「まぁ、本物の弟みたいに可愛がって従兄弟が夢を叶えたんだ。その夢がどこまで行くか見てみたいしな」
「部長の方が気持ち悪いですよ」
俺は満面の笑みで先程のお返しを部長に言ってやった。
「言ってろ」
「部長の方が気持ち悪いですよ」
「2度も言う奴がいるか⁉︎」
部長が『言ってろ』って言ったんじゃないか。
「はぁ……俺、一応先輩なんだがな」
「俺の中では、毎年夏に遊んでくれた1個年上の変な人でしかないですよ」
「変って……」
部長は俺の従兄弟だ。
小さい頃は夏休みになる度に俺と遊んでくれた。
「まぁいい……俺も久しぶりに練習にでも出──」
「会長、まだ仕事が残ってますよ」
「げっ」
「『げっ』って……結構傷付くんですけど……」
部長が練習に出る気満々になっていると、同じく校舎の方から俺の見知った生徒が歩いて来た。
「よっ、副会長」
「佐伯、会長を止めといてありがとう」
「別にそーゆ訳じゃないけどさ」
部長に睨みをきかしているのは、生徒会副会長。そして、俺と部長と同じく陸上部の1人。
「つか、部長。生徒会の仕事終わったんじゃ……」
「まだ終わって無いわよ。トイレに行くって言ったきり帰って来なかったから探してたの」
「あははは……」
部長が苦笑いをしている。
本当、部長は副会長にだけは弱いいよな。
「会長、帰りますよ」
「別に俺がいなくても大丈夫だろー」
「会長、帰りますよ」
「はい……」
お見事。
この掴み所がない部長を見事に手懐けている。
「佐伯」
「どうした?」
部長は既に校舎の中に入っていた。
そして、副会長は俺の元へと歩いて来る。
「確か、来週全国よね?」
「あ、あぁ」
副会長は部長と似たよう事を言って来た。
「部長も似たような事を言って来たぞ」
「そりゃ、全国だもの」
「以心伝心してるんじゃなくて?」
俺は副会長をからかってやった。
「な、何言ってるの!?」
「副会長と部長はお似合いだって言ってるんだよ」
副会長は部長の事が好きだ。それも、周りの人間が見れば誰もが分かる程分かりやすい。
まぁ、部長がどう思ってるか知らないけど。
「またそうやってからかってっ!!」
「うーん」
結構、俺の本心なんだけどな。
「だ、大体私は別に会長の事なんて!」
「……」
副会長は隠してるつもりらしいんだよな。
「ねぇ、聞いてるの!?私は別に会長の事……なん……」
「お、おい」
副会長の身体が急に力を無くしたかのように、その場に倒れそうになった。
「う、う……ん」
俺はギリギリの所で地面に倒れる寸前で、抱き抱える事が出来た。
この暑さの中、何度も大声をあげたせいで熱中症にでもなったのだろう。何にせよ良かった。
「ふぅ……危なかっッ!?」
抱き抱えている副会長をゆっくり地面に置こうとした瞬間、右足に痛みが走った。
「いっつ……ヒネったか?」
副会長を地面に置き、右足を見てみると既に少し腫れていた。
「まぁ……捻挫ぐらいなら、全国までは大丈夫だろ」
全国までは1週間近くある。
それだけあれば、捻挫ぐらい治るだろう。
「おーい、お前もサボるなら俺もいいかー」
捻挫の具合いから、全国には支障が無いことに安堵していると、校舎から部長の姿が。
「おーい……って、どうした!?」
地面に横たわっている副会長を見て、慌てて部長が駆け寄って来た。
「お、おい。佐伯どうした!?」
「多分、熱中症です」
「熱中症……はぁ、びくらすなよ」
よっぽど心配だったのだろう……と言うより、この反応的に……副会長の想いは届くと確信した瞬間だった。
「ったく、こいつは昔から……ん?佐伯、足首がどうかしたのか?」
「あ、いや別に」
「見せてみろ」
右足を庇って立っているのがバレたのか、部長は俺に駆け寄った。
「いっつ!!」
「佐伯……ヒネったのか?」
「……はい」
部長は俺の目を見た後、副会長を見た。
理由は言わなくても分かっているようだった。
「で、でも大丈夫ですよ?全国までには治ると思いますので」
「まぁ……それは、俺も同意見だ」
部長がそう言うなら、本当に大丈夫だろう。部長は何かと詳しい。
怪我の具合いも、大体見て判断出来たのだろう。
「しょうがない……今日はもう上がれ」
「もちろんそうしますよ」
全国まで近いのに、こんな所で意地を張って残る理由はないし。
「俺も一緒についていくよ」
「べ、別にいいですよ」
「こいつを家に運ぶついでだ」
部長は地面に横たわっている副会長を見た。
「ほら、早く帰るぞ」
部長を副会長を背おり、俺にそう言って来る。
「ったく……こいつは、幾つになっても世話をかける」
俺はその2人を見ながら、この2人はピッタリだなと口に出せない事を考えていた。
この後、自分の身に起きる事など予想もせずに。
佐伯の過去です。
次の話しで終わりますが。
次の投稿は明後日の23時に。
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