ありがとう
「あ!佐伯先輩!こっちです、こっち!」
「……」
光との諍い解決の翌日。
昨日は精神面で酷く疲れ、かと言って、そんな理由で学校を休む訳にもいかず、結局いつも通りの時間に俺は学校へと向かっていた。
「……おはよう、喜多村さん」
「おはようございます!」
場所は駅前。今、目の前には喜多村さんがいる。
「ちなみに……今日は何時から……」
「今日は7時50分です」
俺は昨日と同じく、携帯を開き時間を確認する。
液晶には、昨日とほぼ同じ時刻が書かれていた。
「20分……待ってたんだ」
「はい!」
「……」
喜多村さんの声は、結構高い方。
低血圧の俺には、朝から喜多村さんの元気な声を聞いてると頭痛がして来てしょうがない……。
「えっと……同じクラスの友達とかいるよね?」
「いますよ?それに私、学級委員ですし」
ま、まぁ……喜多村さんの積極性には頭が下がるレベルだし、友達がいて当たり前か。
「その友達と待ち合わせするとかしないの?」
「佐伯先輩と行きたいですから」
「……そう」
ただでさえ朝は低血圧が酷いのに、毎朝このやり取りをするのは……しょうがないか。
「喜多村さん、明日は8時10分にここね」
「何がですか?」
「集合時間と場所」
「えっと……それは」
「待ち合わせしようってこと」
まさか、後輩と登校する事になるとは……。
「えっと……あ、明日からよろしくお願いします!」
「あー……うん」
何がよろしくお願いしますなのか分からないけど。
「あ、先輩!早く学校に行きましょうよ!遅刻しちゃいますよ!」
「……そうだな」
喜多村さんの横を歩きながら、俺の朝の平穏が崩れ去る音が聞こえた気がした。
「亨、今日も夜更かしか?」
「……ちげーよ」
昇降口で喜多村さんと別れ、自分の教室へと向かい、教室で会った仁に言われたのは呆れを含んだ言葉だった。
「朝は低血圧だから、ゆっくりしたいのに……それを、壊すやつがいるんだよ……」
「ご愁傷様」
仁の言葉も既にろくに耳に入ってこず、俺は机にうっぷし目を閉じた。
「仁……じゃあな」
「顔が死んでるぞ」
「あぁ……もう、疲れた」
放課後。
昨日の光の事と、今朝の喜多村さんの事のダブルパンチによる精神的疲労が限界に来ていた。
「気を付けて帰れよ」
「じゃあな……」
俺は仁に挨拶をいれ、教室を後にした。
靴を履き替え、外に出る。
校門へと続く道を歩きながら校庭を見る。そこには、元気に走る光の姿が見えた。
「まぁ……結果の伴う疲れは悪い気しないよな」
どうやら、光も俺に気付いた様でこちらに走って来た。
「はぁ……はぁ……ちょっと待って」
「別に走って来なくてもよかっただろ」
話をするつもりで走って来たのは分かるが、疲れきってろくに話せない光を見て呆れていた。
「……ふぅ」
「落ち着いたか?」
「だ、大丈夫。ねぇ、佐伯」
「どうした?」
昨日の事もあり、正直少し気まずい。
「今度の土曜日、空いてる?」
「土曜日か?まぁ、基本的にいつでも空いてるけど」
「ならさ、佐伯がよかったら買い物に付き合って欲しいの」
「買い物?俺が一緒に行く必要あるか?」
彼氏がいる女子が、他の男子と買い物をするというのは、俺個人としてはどうかと思うんだが。
「あー……えーっと……その……プレゼントを……」
「プレゼント?」
「その……会長の……」
「あぁ、あの人の誕生日って4月の後半だったっけ?」
光の彼氏の誕生日プレゼントか。
「佐伯、会長の好みとか分かるでしょ?」
「……メールかなんかで、聞けば済むだろ」
「それはそうだけど……」
まぁ……ついでに俺もプレゼントでも買うか。
「いいぞ、行くか」
「え……いいの?」
「じゃあ、とりあえず時間とかを決め──」
「私も行きたいです!」
「……」
「あれ?いつからいたの?奈々」
俺の声を遮ったのは、伊波だった。
「校舎周り走ってたら、部長と佐伯先輩がいたので気になりまして!」
「……」
また疲れる気がする。
「先輩。なんですか、その嫌そうな顔は!」
「よく分かった」
伊波の元気な声が頭に響く。
流石に、そろそろ本気で限界な気がするぞ。
「私、別に奈々がいてもいいけど……佐伯は大丈夫?」
「……」
「佐伯?」
「……ん?あぁ、すまん。何か言ったか?」
「だから、奈々も一緒で──」
「さっちゃんもいいですか!」
誰だよ、さっちゃん。
「あ、喜多村 幸ちゃんですよ!」
あぁ……だから、さっちゃんか。
「う、うーん……喜多村さんか」
どうやら、光は喜多村さんに対して苦手意識があるようだ。
「2人共、いいんじゃないか」
「佐伯がいいって言うならいいけど……」
「やった!じゃあ、さっそくさっちゃんにメールを」
本人に無断で約束を取り付けたのかよ。
「よし。あ、私、まだメニューの途中なので戻りますね!」
そう言って、伊波は校庭の方へ走っていった。
「忙しい奴だな……」
「ま、まぁ……それが奈々の良い所だよ」
台風その物だよな、伊波は。
主に、俺の精神的疲労という被害を撒き散らす台風。
「はぁ……もう疲れたから帰るわ。時間とかは、メールしてくれ」
光に背を向け、俺は校門を目指す。
もう、限界だ。
「あっ……待って!」
「なんだよ……」
光に呼び止められ振り返る。
そこには、夕日に照らせれている光がいた。
「ありがとう……佐伯」
俺は頭を掻きながら、携帯を取り出しボタンを押す。
──カシャ。
「なっ、何で写真を撮ったの!?」
「……光の彼氏にでも送ろうかと」
つか、もう送信済み。
「あ、あぁ……もう、佐伯のバカぁぁあ!」
光の叫び声を聞きながら、上を向き思う。
結果の伴う疲れは本当……良いもんだな──。
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