久しぶり
校庭を見渡すと、運動部が春の大会へと向けて練習している姿が見える。
去年の今頃は、俺もあそこの中にいたんだな……と、嫌でも思い出される。
「先輩?」
「……あぁ、すまん。何か用だった?喜多村さん」
視線を校庭から喜多村さんへと向ける。
「いえ……何か、考え事をしてたみたいなので……」
「なんでもないよ」
俺は喜多村さんに笑いかけ、喜多村さんの頭に手を置く。
「んっ……先輩って、手を置くの好きですよね」
「好きかと聞かれたのは初めてだが……無意識なんだよな」
喜多村さんに指摘されたので、俺は手をどける。
「あっ……」
「うん?」
俺が手をどけると、何故か喜多村さんは俺の手を見つめていた。
「どうかしたか?」
「……あっ!いえ、何でもありません!」
俺は少し考えたが、答えが出そうになかったので考えるのを放棄する。
「じゃあ、そろそろ行くか」
「生徒会長さんの所にですか?」
「生徒会長の所じゃなくて、陸上部な」
後ろで「同じ意味じゃないのかな……」と喜多村さんが呟いていた。
俺は特にそれに答えず、校庭の端っこを歩き陸上部の練習スペースへと向かった。
「久しぶり」
目の前にいるのは生徒会長。
ほぼ毎日会っている人に『久しぶり』と言われるのは違和感があるが、俺もそれに答える。
「半年以上ぶりだな」
俺が今話しているのは、生徒会長で間違いない。
でも、今のこ瞬間は生徒会長ではなく陸上部の部長として俺と話している。
「お帰り……なの?」
「いや……ちょっと、顔を出しただけ」
俺と喜多村さんが、陸上部の練習スペースに来てみると、そこには生徒会長が待っていた。
生徒会長……いや、部長は小さく「そう」と呟き、俺の後ろに目を向ける。
「喜多村さんは、2、3時間ぶりね」
「あ、はい」
喜多村さんは、何故か緊張しているようだった。
「部長はメニュー終わったのか?」
喜多村さんが、俺の後ろに隠れてしまったのでしょうがなく話題を変える。
「一応、ね。まぁ、私ももう3年だからメニューは多くないんだけどね」
見れば、また走っている部員も何人かいた。
「あっそーいえば、伊波は?」
部長に俺達が顔を出す事を伝えた伊波の姿を探すため、周りを見渡す。
「奈々は片付けしてる」
部長の視線の先を見る。
その視線の先、体育倉庫で伊波は1人ハードルを片付けていた。
「ハードルは1人なのか」
「そうよ」
「……」
「…………」
会話が途切れ、俺と部長の間に気まずい空気が流れる。
日頃は普通に話すが、部活の中というせいなのか会話が続かない……。
「……顔を出したきっかけは、喜多村さんなの?」
沈黙を破ったのは部長の方だった。
「意味が分からないんだが」
「言葉通りよ」
だから、意味が分からないんだが……。
「私が何度部活に誘っても来てくれなかったのに……何だかなって」
「何を言いたいんだよ……」
部長は一瞬、俺の後ろにいる喜多村さんに視線を向け言葉を続ける。
「会長が無理だったんだから、私が佐伯をどうにか出来る自信はなかったけどさ……私が頑張って努力して何とかしようとして……私と会長が出来なかった事を、こんなに簡単にされちゃうと、ちょっと嫉妬しちゃうかな」
部長は茜色になり始めた空を見上げながら、独り言かの様に喋る。
「大事な友達を助けてあげる事すら出来なくて……自分の力不足を叩きつけられた気分だよ」
「……なんだよ、いきなり」
部長は空に向けていた視線を俺に向け、笑顔を浮かべた。
「なんでもないわよ」
そして部長は、俺と喜多村さんに背を向けた。
「今日は、もう帰ってもらっていいかな。せっかく来てくれたんだけどさ」
「別に見て行くぐらい良いだろ」
久しぶりに顔を出したのだから、俺はもう少し部活を見て行きたかった。
「佐伯……お願いだから、今日はもう帰って」
「理由を言え、理由を」
俺は部長の肩に手を置き、こちらを振り向かせようとした。でも、俺はそのまま手に力を入れる事は出来なかった。
部長の肩は震えていた。
「ごめん……佐伯」
「お、おい!」
俺の手を振り払い、部長は行ってしまった。
「先輩?」
「あいつ……」
部長は、泣いていた……。
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