第7話 爆誕!絶対領域の祓魔師!! 後
あ〜^受験が近づいてくるんじゃ〜^
「っと……こんなもんか」
ふぃー、と一息つくと、玄汰は着物の袖で、額にうっすらと浮かんだ汗を拭った。
少し離れた溝では、4名の構成員達が仲良く皆でのびている。何ともシュールな光景である。
「玄汰さーん!」
「お?」
呼ばれて振り返ると、階段の上からビオラとヒナが駆けてきた。
2人ともどこか嬉しそうな表情だ。
「どーよ、二人とも。あたしの華麗な戦いっぷりは」
「ええ、見事な溝送りでした。祓魔師に選んだ甲斐があったというものです」
「そりゃどうも」
「……………じーーーっ」
と。
訝しげな、疑うかのようなヒナの視線に気づく。
「……どした?ヒナ」
「クロくん、だよね?」
「ああ、お前の幼馴染の」
「……そっかあ。えへへ〜……」
そのやり取りにデジャヴを感じながらも、二ヘラと頬を緩ませるヒナに、片眉を吊り上げてみせる。
「んだよ、気持ち悪りぃな」
「いやあ……。クロくん、本当に正義のヒーローになったんだなあって」
「ええ、とてもお似合いですよ」
それは着物のことなのか、はたまた女体化のことを言っているのだろうか。後者だとすれば、全く褒められている気がしない。
そんなことを思いながらも、美少女二人からの言葉に照れているのか、玄汰は少々頬を染めた。
「あっれえ?クロくん、照れてるのかなあ?」
「……うっせ」
「愛いのう愛いのう」
「言ってろ。これからオヤツ、作ってやんねーから」
「にょっ!?ご、ごめんごめんごめんなさいー!命はあげるけどそれだけはダメー!」
「優先順位逆だろ普通」
いつも通りの痴話喧嘩。
違うところがあるとすれば、自分が女の体になっていることだけ。
ブーブーと頬を膨らませるヒナの姿に玄汰は、少しばかり安堵を覚える。
「玄汰さん」
「?なんだ?」
「まだ、気を抜かないでください。おそらく、奴らは下っ端。隊長がどこかにいる筈です」
「そうなのか?なーに、今のあたしにかかれば、隊長が相手だとしても、楽勝楽勝。なんせ、絶対領域があるんだからな!」
「そうだといいのですが……」
ビオラは、不安そうな声で表情を曇らせる。
そんなビオラをよそに、玄汰は鼻を伸ばしに伸ばしていた。
「ぬわぁんだこれはあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!!」
突然の怒声。
何事かと、声がした方向に3人は体を向けた。
「っ!きましたっ!」
「あれが隊長……」
「うおぉぉぉお!!誰だっ!誰がお前たちを溝送りにっ!!」
「な、なんか……暑苦しいね……」
黒タイツではなく、戦隊ヒーローのような赤タイツに、鬼をモチーフとしたような仮面。
明らかに先ほどの構成員とは違う。熱血さも、オーラも。
「……ぬっ。貴様ら、何者だっ!」
「やべっ……」
溝のそばで嘆いていた隊長と、バッタリ目があった。
そして即座に交戦体制。右手に持ったドスを構える。
「貴様…………そうか、貴様がこのようなことを……!!」
「……だとしたら、どうする?」
「敵討ちに決まっている!あいつらの無念、晴らさいでかっ!」
バッバッバッ!と、体全体を使い、戦隊ヒーロー特有のポーズを取る。洗練された、無駄のない動きだ。
「さあこい着物の少女よ!征服団ラスト、正義組親衛隊隊長!このブラディードが相手となろうっ!!」
「……上等」
ニッと八重歯を剥き出しにし、ブラディードに応える。
「あたしは祓魔師の林檎谷 玄汰だっ!あんたらのふざけた欲望は、あたしの欲で打ち壊すっ!」
凛とした声音で、ドスの切っ先をブラディードに向けた。
互いの間に緊張が走る。
「……ビオラ、ヒナ。下がってろ」
「クロくんなら勝てるっ!」
「気をつけてくださいね、玄汰さん……」
避難を促し、2人が充分に距離をとったのを確認すると、再びブラディードに向き直る。
両者の距離はおおよそ50m。今の玄汰の身体能力ならば、2秒ほどで詰め寄れるだろう。
ジャリ……
「ふっ!!」
ブラディードの足が動いたその刹那、玄汰が割れんばかりの脚力で地を蹴った。
相手は丸腰。こちらは武器持ち。どう考えても、有利なのは自分。
一瞬で、決めるっ!!
「こいっ!熱血剣!!」
「なっ……!?」
ギャリィッ!!
しかしその思惑は、ブラディードの右手に突如として現れた、炎の剣によって防がれた。
すぐさま距離を置き、玄汰は体制を立て直そうとするが、今度はブラディードが距離を詰める。
「どうしたどうしたぁ!祓魔師の名が泣くぞ、少女よ!」
「こんのっ……!!」
ゴォウ、ゴォウと炎剣を唸らせながら、ブラディードは袈裟斬りや逆袈裟斬りを繰り出し、防戦になりつつある玄汰を徐々に押し込んでいく。
力だけでいえば、玄汰の方が上である。
だが、戦闘経験では圧倒的にブラディードが上。
まだ力が使いこなせていない玄汰では、戦闘経験の差を力で埋める、ということは不可能である。
「玄汰さんっ!!」
「ビオちゃん!?」
「ビオラッ!?ぐあっ!」
突然、物陰から飛び出して自分の名を叫んだビオラに意識が向く。
その瞬間をブラディードは見逃さず、玄汰の長ドスを弾き、空いた腹に蹴りを見舞う。
10m程吹き飛ばされた玄汰は、空中で体を回し体制を整えると、下駄でブレーキを掛ける。
「ぐっ……!」
「玄汰さんっ!その放欲機の名前を呼んであげて下さいっ!それはもうあなたの放欲機ですっ!名前を呼べば……そうすれば、あなたの本当の力がーーー」
「白髪の少女……貴様、管理者かっ!」
ブラディードの意識がビオラに向く。
名前……?名前が放欲機についているのか……?
いや、今のビオラの言い方から考えれば、これから名前をつける、と考えた方が適当なのだろうか……?
「なるほどな……。なぜこの星に祓魔師がいるのかと思ったが……アキセイが関わっているとはな」
含み笑いを浮かべるブラディードに呼応するかのように、右手の炎剣が更に唸りを上げる。
「くっ……!」
「管理者の少女よ。まずは貴様から拘束させてもらう」
ブラディードが上段に炎剣を構えると、炎剣は多量の炎を纏い始めた。
……考えている暇はなさそうだ。
「だけど、名前って言われてもだな……」
頭を抱えたその時、己の絶対領域が目に入った。
放欲機に欲を込めて、手に入れた力と絶対領域。ミニスカ着物に白ニーソという、何ともコスプレチックな絶対領域。
「……そうだ……」
何を迷う必要が、考える必要があるのか。
力の源、自分の生きる糧、欲望の原点。
それを名前にすれば良いだけのことではないか。
首に下げた放欲機を握りしめ、意識を集中させる。
「……応えろ、あたしの声に。応えろ、あたしの欲に。お前の名はーーー」
そして、叫ぶ。その名を。
「ーーー『絶対領域』!!」
直後。
体の奥底からナニかが湧き上がってくるのが感じ取れた。とても熱く、血潮を震わせるナニかが。
これが、自分の欲。
絶対領域に対する、熱を持った欲。
「喰らえ!管理者の少女よ!熱血波!!」
振り下ろされた炎剣から炎の衝撃波のようなモノが、一直線にビオラへと向かう。
「危ないっ!!」
「ヒナさんっ!?」
反応できずにいたビオラを、横からヒナがタックル。倒れた2人の真横を衝撃波が通過し、やがて建物に当たると、耳障りな破壊音を立てて壁を粉微塵にした。
「……だいじょーぶ?ビオちゃん」
「あ、ありがとうございます……」
「外したか……。次は外さんぞ、管理者の少女よ!」
再び上段に構え、炎を纏い始めるブラディードの炎剣。
流石に次は避けれる自信がないなー、と苦笑いを浮かべながら、ヒナがそう考えていた、その時。
「剣技……絶対領域」
「ぬ……?」
突如、背後から聞こえた声に、ブラディードの意識が逸れ、背後に視線を移そうと体を反転させた瞬間。
「絶剣『燕走』」
そこには誰もおらず、背後から下駄のカラン、という音が聞こえただけだった。
「……どうした?あたしはこっちだぜ?」
「貴様ッ……ガッ!?」
もう一度振り向き、炎剣を振り下ろそうとしたその時、ブラディードの脇腹に鈍い衝撃が走った。その痛みに、思わず片膝をつく。
「安心しな、峰打ちだ」
ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべる玄汰。
先ほどまでとは様子が違う。ブラディードは直感的にそう感じた。
「なんだっ……!?その、欲は……!!」
「あたしか?あたしは変態だぜ?あんたらの大好きな、な。そしてこの力は、愛するモノから湧く力だ。絶対領域から、な」
「絶対領域、だと……!」
「人から愛する心を奪い、世界を征服しようなんて、とんでもなく馬鹿げてらあ。だから、そんなお前らの欲を、あたしみたいな愉快な欲で打ち壊してやるよ。安心しな、この一撃で……」
長ドスを顔の横に構える。その刀身は玄汰の身長程に伸び、紅く光を帯びている。
戦闘経験を埋めることが出来る程の、欲の力。それを手に入れた象徴が、この長ドスに帯びた光。
その力を掲げ、こう、言葉を投げつける。
「お天道様に顔向けできる、まっとうな人間にしてやらあっ!!」
「くっ……!!」
玄汰が再び、地面を蹴る。
慌ててブラディードは、炎剣を構え直す。
が、しかし。
「遅えよ」
既に玄汰は間合いに入っていた。
「絶剣『燕返し』!!」
剣先が煌めいたと思うと、目にも留まらぬ速さで、袈裟斬り。そしてそのまま、切り抜ける。
反応どころか、その動きを視認することすらも、ブラディードにとっては容易なことではなかった。
カラン、という下駄が地面を叩く軽い音が背後から聞こえた時には、もう遅い。
スゥ、とブラディードの体に長ドスの剣線が刻まれていく。
「……言っただろ?遅えって」
「きっ……さまあぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」
ドオォォォオンッ!!
ブラディードの悲痛な叫びも虚しく、まるで戦隊ヒーローの怪人の如く、その体はしめやかに爆発四散。
パラパラと道路の破片が舞う中玄汰は、光が消えた長ドスを一振りし、肩に担いで……。
「これにて一件落着ぅ!てな?」
ニッと口角を吊り上げながら、そう決めゼリフ。
まっとうな人間にしてやる、と言った矢先に爆発してしまったが……そこはまあ、この格好いい決めゼリフで帳消しになったということで。
「って、あぁーーーー!!」
完璧に決まったセリフに自己陶酔に陥っていた玄汰の耳に飛び込んできたのは、いつもの騒がしい幼馴染の声だった。
「うっさいなぁ……。今いいところなのに……」
「クロくん!憑き物!憑き物がっ!!」
「はぁ?一体憑き物が何だって………あっ」
気だるそうに玄汰が振り向くと、そこには…………。
「憑き物が……いない……?」
驚愕した風なビオラの声。
憑き物が入っていた袋は、いつの間にか、もぬけの殻になっていた。
先ほどの戦闘に乗じて抜け出したのだろうか……。だとすれば、一刻も早く捕まえなければならない。
「クッソ……!あいつら一体どこにっ……!!」
血眼になるが、探せど探せど見つからず。
階段の上や、溝の方まで見て回ったが、紫色の人魂の欠片も、見つけることは叶わなかった。逃げ足の速い奴らだ。
「こっちもいないよ〜?」
「こちらもダメです……。まさか、逃がしてしまうなんて……」
「だーっ!締まらねぇなぁ、もうっ!!」
点を仰ぎながら、そう悪態をつく。
せっかくの格好いい技も、格好いい決めゼリフも、これで帳消しになってしまった、というわけである。
不甲斐ないというか、なんというか……。
「でも……この方が、クロくんらしいよねー」
「どういう意味だ、それ」
「そのままの意味だよー」
なんだとー。へへーんだー。
ワーキャーワーキャー。
いつも通りの痴話喧嘩。先ほどの、非日常的な現実とは違って、いつも通りの日常と変わらぬ現実。そんなことが嬉しくて、玄汰の顔には自然と笑みが浮かんでいた。
「ウオッホンッ!!イチャイチャするのは結構ですが……いや、結構じゃありませんが。そ・れ・よ・り・も!!これで玄汰さんは、【ラスト】に目をつけられてしまったわけです」
「そうだね」
「そうだな」
「玄汰さん?どういうことか分かってます?頼んだ手前、こういうのも何ですが……悪の組織から命を狙われる、ということですよ?」
不安気な声のビオラだが、玄汰にしてみれば、そんなことは些細な問題でしかなかった。
なので玄汰は、あっけらかんと、こう言った。
「そんなもん、あたしの欲と、絶対領域があれば大丈夫だって。ビオラの絶対領域だって、毎日拝めるわけだしな」
「そうそう。クロくんなら悪の組織なんて、ズドンッ!だよー」
「ま、そういうこった。この変態に任せとけって!」
グッと、満面の笑みで親指を立てる玄汰とヒナ。
そんな2人の姿が、可笑しくて、勇ましく見えて、ビオラはプッと噴き出した。
「……そうですね。玄汰さんなら、大丈夫ですよね。なにせ、私のフィアンセですからねっ!」
「むむう……クロくんは渡さないよー!」
「ははっ……。モテる男は辛い、のか……?」
微笑むビオラに、対抗心を燃やすヒナ。それに、乾いた笑いを浮かべる玄汰と、三者三様ではあるが、そこには確かに、【ラスト】の思い通りにはさせない、という確固たる一つの思いが存在していた。
変態と、悪の組織との戦い。
その戦いの火蓋が今、切って降ろされたのだった。
感想等々、あればお願いしますm(_ _)m