第1話 夏休みと幼馴染
さぁ、はじまるざますよ!
あれは確か、暑い暑い、それこそ本当に溶けるくらい暑かった、夏休みの終わり際の出来事だった。
「……あ゛つ゛い゛」
天を仰ぎながら、低い声をダミ声へと進化させて、林檎谷 玄汰はそうボヤいた。
都会というわけでもなく、かといってド田舎というわけでもない、一地方な玄汰の住む町はその日、歴代最高気温&日本一暑い市、という非常にリアクションに困る賞を受賞していた。
夏休みの宿題はお盆前に終わり、一夏の思い出にと、意気揚々と街に繰り出そうとしていた玄汰は、暑さの所為でその計画を早々に諦めて、区の公民館へと逃げ込んでいた。
が、当然開いているわけもなく、その隣にある寺の影に、急遽避難を余儀無くされた。
「あっっづ………歴代最高とか頭おかしいんじゃないですかね……」
若干溶けたアイスを食べながら、もう一度、誰に言うでもなくそう愚痴をこぼす。
周りが山に囲まれていることもあってか、蝉の声があちこちから聞こえ、不協和音さながらの鬱陶しさをアピールしてくる。
敷地の端の方に列をなしている地蔵さん達は、この暑さでも汗一つかかないらしい。
「クーロくん。元気ー?」
「……これが元気に見えたら、病院行ったほうがいいぞ、ヒナさんよ」
「あはは……ダヨネー」
寺の奥からペタペタと裸足で近寄ってきたのは、玄汰の幼馴染である、蔓日々草 雛罌粟。
出会った時の第一印象は、画数の多い奴。
ちなみにヒナの玄汰に対する第一印象は、目つきの割りに可愛い名字の子。
そんなヒナは、玄汰より一段上に座ると、横から玄汰を覗き込んだ。
「今日はまたどうしたの?クロ君」
「ん……別に。街に繰り出そうとしたけどこの暑さで駅まで行くと溶けそうだからここに来た。それだけだよ」
「あはは……。私も暑過ぎて宿題をやる気も湧かないんだよー。手伝ってークロくーん。できるなら全部やってー」
「やかましい。やる気は湧かないくせに頭は沸いてんのかてめーは」
「むー……。そんなことを言うクロ君には……こうだ!」
「へぶっ!おま、子供みてーなことすんなよ!」
「うりうりー。三つ編み攻撃だー」
パタパタと足を振って、ぷーっと頬を膨らませる姿は実に可愛らしいものだが、おさげにした髪を顔にぶつけるのは流石にやめてもらいたい。
今現在ここには、玄汰とヒナ以外は全く人がいないので別に構わないのだが、他に人がいようものなら、いつからかわれるか分かったものではない。
「それにしても……」
「うゆ?」
ビタンビタンとぶつかっていた三つ編みの動きが止まる。
ヒナは体型的には立派なのだが、まだ精神的には子供っぽさがある。
おっとりしてるというか、呑気というか。
玄汰の顔を、今度は上から覗き込もうとするヒナから目をそらし、ふーっとため息混じりに呟く。
「この時期は……絶対領域が絶滅危惧種なんだよなぁ……」
そう。
この夏という季節は、玄汰から体力と気力だけでなく、絶対領域という楽しみさえも奪って行ってしまうのだ。
……まぁ、このクソ暑い時期にニーソを履いて学校に行ったりするやつなんてまずいないだろうし、私服だとしても多分いない。
「私が履いてあげようか?」
「うんにゃ、気持ちだけ受け取っとくよ。お前は普通のソックスの方が似合ってるし」
「何でそんなこと言えるのー?」
「お前が可愛いからさ(キリッ)」
「なんでメンチ切ってくるのー……こわーい」
「何でそうなんだよ。普通にキメ顔じゃん。ほら(ギロッ)。おい、効果音変えるな」
「なに1人で言ってるのー……いたーい」
「むしろ痛くなきゃ俺じゃないだろ?」
「それもそうだねー」
「だろ?…………だろ?」
「何で2回も言ったの?」
「いや……うん。何でもない」
自分で言ってて虚しくなってきた。
いやまぁ、絶対領域モグモグしたいとか、一気飲みしたいとか言ってる時点で相当痛い奴だということは分かっているが。分かっているが……!
「クロ君」
「……あい?」
すっかり傷心した玄汰に、ヒナが急に真面目な声をかける。
何を思い立ったのかスクッと立ち上がり、腕を組み厳粛な態度を取り出す。
なんぞ、と玄汰が思っていると、ヒナは指をビシィ!と突きつけこう言い放った。
「墓地に行こう!!」
「お前馬鹿だろ。いや知ってるけど」
なぜこの夏休みの終わり際に、人様のお墓がたくさんある墓地に行かねばならないのか。
寺の娘だというのに、この子の神経は本当よく分からない。もうずっと幼馴染をやっているというのにだ。
「えー、なんでー。墓地に行ったら涼しくなるかもしれないよー。肝試し効果だよ、肝試し効果。異論は?」
「あるに決まってんだろ、このおたんこなす。吊り橋効果みたいに言うな。あと、昼間っから行ってもクソ暑いだけだし、アレは夜だから涼しく感じるんだろう」
「ふむふむ……異論はそれだけかね?」
「それだけだが」
「じゃあ行こう!今すぐ行こう!」
「ガン無視ですか、そうですか。ちなみに聞くけど……異論を聞いた意味って?」
「ない!!微塵も!!」
「デスヨネー。ど畜生が」
乾いた笑みを浮かべながら、そう悪態をつくと、首根っこを猫のように掴まれ、強制連行。
抵抗する力すら無くなった玄汰とは対照的に、ヒナはまるでピクニックにでも出かけるかのように、鼻歌交じりにスキップをしている。
その元気が一体どこから出るのか、ぜひご教授願いたいものである。
「あ、痛い痛い。砂利道でケツが擦れる。ズルムケになっちゃう」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
寺から墓地までの距離はそこまで無く、裏手に回ればすぐそこが墓地になっている。
墓地の手前に植えられた樹齢何年かも分からないぶっとい木が、まるで門番のような堂々とした佇まいをしていて、自分としてはここで涼みたい限りなのだが……それをこの幼馴染が許してくれるはずもなく、為す術もないままズルズルと引きずられていた。
あぁ、男の威厳とは一体何だったのか。
「ふんふーふふん♪うん?」
「いったぁ!?」
石段を登り始めたところで、ヒナが掴んでいた手を離し、足を止めた。
その所為で、頭とケツを強打して見事にノックアウト。
さすがに気絶をすることはなかったが、一瞬だけ赤い星が見えた。
「お前なぁ……!急に離すんじゃ「クロ君……あの子……」あ?」
立ち上がり、ヒナの指を指した方向を見る。
そこには、墓地だというのに制服を着て佇む女の子の姿があった。
この辺の学校の制服ではないあたり、他のところから母親か父親の実家に帰ってきて、先祖の墓参りに来たというところだろうか。
そこまで考えたところで、玄汰の動きがピタリと止まる。
「な……………!?」
そこで玄汰が見たものは、生涯忘れることはないであろう、絶景だった。
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