第一章3
周防にとって目の前の得体の知れない少女を置いておくことは至極不愉快だった。しかし、殺すなと己の主が下されたため、嫌々手厚い看病などをされられている始末。
「どうだ? 容体は」
気配がなかった。周防は突如掛けられた声に反応できず、横を向く。今しがた考えていた主がそこに立っていた。褐色の肌が晒されていることについて咎めようとしたが、毎回のことなので周防は諦め、質問に答えることにした。
「傷はそう深くありません。数日もすれば治るはずです」
「そうか」
安堵の息を吐きながら嬉しそうに目元を細める主――白虎に、周防の胸が騒ぐ。言いようのない嫌な予感というもの。拳を握り、豪華な装飾が施されている椅子に座っている白虎に詰め寄った。
「ところで大将。この娘をどうなさる気ですか」
「あ? 此処に置く。異議があるなら言え」
「大いにあります! 貴方はなにを考えているのですか!」
あっけらかんと答える白虎に周防は呆れを隠せない。此処に置くということはすなわち、住まわせるという意味である。このまま話が進めばいずれは白虎の近侍になりかねない。
それでは周防の行き場はどこにあるのか。周防は人生の大半を勉学、武術に注いだ。それもこれも白虎を敬慕しているからでゆえ。今では側近という身であるが二人も三人もいらないということが周防の思想である。友人から側近に成り代わったのは自らの意思だ。白虎も最初は否定を促していたが、やっとのことで了承し、現在に至った。
この娘に限ってそういう事態になることは極めて少ないだろうが、では胸に感じるこのもやもやはなにを指しているのか。そのこと意外に、なにがあるのか。周防の心理はこれまでにない危機を抱いていた。
「しかもこの娘は不法侵入したと報告にありました。そのような者を砦に置くわけにはいきません!」
叫んでも、目線すら合わせない白虎に段々と怒りが湧き上がってくる。
いつだってそう。周防は唇を噛んだ。勝手に物事を決め、面倒事を持ち帰る。尻拭いは一体誰がしていると思っておられるのか。
「貴方も自覚しておられるでしょう! 朱雀殿の二の舞になりたいのですか!」
怒鳴った刹那に身体全体に凍るような寒気。鳥肌が立ち、周防は息を呑んだ。此方を射抜くように見据える黄金の双眸。有無も言わせない威圧。恐怖でなく恍惚が胸中で占める。
「…朱雀のことを持ち出すんじゃねえ。あいつは民を思って行動したまでだ」
何度も同じことを聞かされ、うんざりしているのか吐き捨てるように言い放つ。
「責任は俺が取る。それでいいだろ? 目を覚ましたら俺を呼べ」
投げやりに言い、白虎は立ち上がって、その場を去る。どうにもならないことに周防は歯を食いしばりつつ二言で返事をするしかなかった。