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Dawn(仮)  作者: 犬咆
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第一章2

 飲み込みの速い少女はようを軽々と超えていった。期間僅か一週間である。立派に父親の血を引いていたのか、否か。だが、少女にとってはそれはもうどうでもいい、過去のことだった。

 少女は重要視される生きる術を与えられてからというものの、盗みをおこたることはなかった。自分が生きるため。しかし、それは他人の生きる道を自らが塞いでしまうことになるということ。

 ――仕様がない。

 なにかとこの言葉を使っては、自分を正当化してしまう。そうでなければ心が砕けそうだったから。全て投げ出してしまいそうだったからだ。

 行動を起こさないのは、あの母の姿を見てからだった。あんな風にだけは生きたくない。少女はそう思いながら一日一日を過ごしていたが、間もなくして陽は少女の前から姿を消すこととなる。


「ごめんな」


 眉を下げてそう言い、名残惜しげに少女の頭を柔らかく一撫で。少女は追いかけようとしたが、足が動かなかった。涙すら溢れない。

 その代わりなのか少女は沢山の儚い命を自らの手でった。自分の悲しみを表現するためか、はたまた、やけを起こしたのか。それは少女にしか分からない心情だった。



 盗みを犯すようになり、少女の知名は段々とうなぎ登りしていく。時々、貴族の家から盗みだした財宝を貧困街に住む人々に分け与えることもあった。単なる気まぐれだった。


紅華こうか姉ちゃん、ありがとう」


 それでも自分より幼い少年や少女からお礼を言われれば、またという気になってくる。


 紅華という名は人々が勝手に付けた通り名だった。由来はいつも少女の去った跡地には綺麗な真紅の花が散らばっていることから。

 少女としてはあまり喜ばしくない。ただ、自分を殺そうとする輩が襲ってくるから断ったまで。これからどうしようか。悩みがまた一つ増えることとなる。



 少女の悩みとは、自分をこういう処遇に合わせた反乱軍の拠点に侵入するかどうかだった。もちろん、理由はそれだけでなく、近辺の盗みには飽いたという意味でもある。自分の帰りを待ってくれている、新しい家族と呼べる人物たちも出来た。

 その人たちのためにも。自分はやらねばならない。

 ようやく心に決心がつく。少女は相手が国をも苦戦させる強敵だということを承知の上で剣を取り――この時少女は自分は強いのだと、信じて疑わなかった。

 



「――捕まえたぞ!」


 周りから雄叫びが上がる。少女は下っ端の兵、所謂いわゆる門番に捕まってしまった。にやにやと下品な笑みを浮かべている兵に少女は怯える"ふり"をする。あくまでも"ふり"という演技をしなければいけない。男はこういう反応が大半好むということを少女には分かっていた。

 少女はわざと捕まった。

 何故こうする必要があったのかというと、反乱軍の拠点は厳重がとてつもなく、辺りが堀で覆われてある。高さは、例えるとなれば、そこらにある高いマンションぐらい。


 高くすることで国軍からの真正面からの攻撃は効かなく、逆に返り討ちにすることが可能。落とすことはまず難しいと言われており国の王は頭を悩まされている。


 さて、見事侵入に成功した少女は僅か五人の兵を呆気なく気絶させた。勿論、手は縛られている状態で、だが。


 縛られていた忌々しい縄を解き宝庫を探す。しかし、拠点の中は広く迷路のよう。少女はこれに大いに戸惑った。それも当然。拠点のことは一切外に漏れていないのだから。ねずみ一匹も居ないというまさに素晴らしいの一言。少女が本当の意味で捕まるには時間の問題だった。




 ――囲まれた。

 冷や汗が額から頬へ。いくら下っ端だからといって舐めていても、沢山集まりさえすれば状況は変わる。ざっと十余り。少女は柄を握り直した。


 風と共に肉が切り裂かれる。強い弾力の感触には慣れたといっても過言ではない。一人。少女は断末魔を聞きながら胸中で呟いた。間髪をいれず、傍に居た敵の首筋を狙う。当然、恐怖で動けない兵たちは呆然と死を待つしかない。刹那に赤い一線が切り込まれ、相手は悲鳴も上げずに地へ吸い込まれた。


 三人。背後に気配を感じ、振り返った反動で剣を振るう。四人。今度は横から。足を上げて鳩尾に蹴りを入れる。よろめいた隙をついて切っ先を首元へ。五人。


 無駄な動きが多すぎる。少女はそう思いながら大きく振りかぶった剣を避け、腹を突く。汚れた生ぬるい液体が頬に飛び散った。ぐぐもった呻きを上げ、倒れた兵に目もくれず少女は止めを刺そうと喉目掛けて思い切り剣を振りかざす。――六人。確信した時だった。


「おい」


 腕が止まった。少女は地面を見やる。兵は完全に気を失っているようで白目を剥き、だらしなくも犬の如く涎を垂らしている。首筋には切りそこねた跡。死んではいない。胸が不満で占めながらも少女は己を制止したぬしを探した。


「んん? なんだ。どんな相手かと思いきや、可愛らしい嬢ちゃんじゃねえか」


 月明かりの下で豪快に笑う上半身がはだけた短髪で白銀の男。ぎらりと獣を思わせる黄金色の瞳に少女は些か怖気づく。身長もかなり高い。人並みではないということは理解できた。


「それにしても…こんなちっちぇえ嬢ちゃんに殺られるってどういうことだ?」


 笑みが張り付く。男の瞳の奥に潜んでいるのは憤怒。しかし、その矛先は少女ではなく兵たちだ。少女には真意が分からなくて眉をひそめた。


「俺のところに、弱ぇ奴は要らねえんだよ」


 少女の瞳に鮮血が映る。男が振りかざした爪のような凶器。ぽたぽたと、とめどなく流れ落ちた血液は地面を汚していった。倒れている数人の兵。少女は一瞬、なにが起こったか全く分からなかった。気付けばあの兵たちは地に伏せていたのだ。


「嬢ちゃん、選びな。此処で死ぬか、生きるか」


 男の言葉に少女は残酷な選択肢とは思わなかった。否、選択肢を与えられているからこそ、少女はためらいなく利き腕を上げた。

 男は愉快そうに目元を細める。それはそれは嬉しそうに。


 血糊を振り払って少女は思い切り地を蹴り、男へ間合いを詰めた。――金切り。空気が震え、耳が受け付けない鈍い音が脳内で反響する。ぎちぎちと悲鳴が上がり、暫らく睨み合いが続いた。言葉もなく、静寂が訪れ、瞳が交わる。少女は張り詰めた空気に耐えられず、思わず深呼吸をした。


 しかし、その一瞬の行動が仇となり、男が爪を横になぎ払う。剣に掛かった衝撃は想像を超えるもので、手に鈍痛が走る。皮膚が張り裂けそうな痛みに少女は顔を歪めた。そこで悟る。この男には敵わないと。死期が近くなって初めて分かる己の愚かさ、惨めさ。後悔してもしきれない。

 そこで少女はふと思った。どうせ死ぬのなら、男に傷を負わせて死にたいと。逃げるのも十分に有だった、がこの状況を考えて逃亡できるとは到底思えない。ならば。

 ――吹き飛ばされ、足を地に着ける間に、幼い少女はここまで頭を巡らせていたのだ。


「もう終わりか?」


 不敵な笑みを浮かべ、なおかつ瞳は三日月のまま。少女はおもむろに自身の手にしていた剣を男に向かって投げつけた。距離はそう遠くないが加速し、男に向かっていった剣だったが、爪によって虚しく弾き返される。男が弾き返すまで僅か数秒。その数秒の隙に少女は転がっていた兵の剣を奪い取り、雄叫びを上げ、鈍く光る刃を男に向けた。弾き返した反動で正面ががら空きとなっていた男は瞬時に悟る。どちらが早いか――。


 どぷり。紅い血液が溢れ出す。深々と突き刺さった剣に爪。少女の横腹には爪が、男の腹には剣が。一瞬にして少女の身体は男によって吹き飛ばされた。紅い花が優雅に宙に舞う。地面に叩きつけられて痛む全身。利き手にはなにもない。手にしていたあの剣は引き抜けずに男の腹に埋まっていた。全身に脈が打つように痛みが主張する中、達成感で胸が一杯だった少女はそのまま眠るように目蓋を閉じた。願わくば、次は裕福な人でありたいと思いながら。



 一方、男はこの状況をどうしようか迷っていた。刺さっている剣を抜こうとは思っても止血のために縛る布がない。かといってこのまま動けばさらなる激痛が己を襲うだろう。上下に浮き沈みしている幼い身体に男は安堵の溜め息が漏れた。

 己に立ち向かってきたあの少女は死ななかった。――生きている。男の胸は何故か歓喜で占めていた。久々に強い相手に会えたからだと言ってもいいだろう。


「大将!」


 後ろから信頼する側近がばたばたと地を盛大に鳴らしてやってきた。浅く呼吸を繰り返すが痛みはどんどん倍増して、視界が揺らぐ。


「大丈夫ですか、白虎びゃっこ大将! っ大将!」

「……あの、子供を……殺すな……、」


 白虎と呼ばれた男はその場に崩れ落ちる。剣は、頑丈な男の身体を突き抜けていた。

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