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Dawn(仮)  作者: 犬咆
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第一章1

 男が王に君臨する、今から二十年前のこと。

 丁度、反乱軍が現れていたことによって国が荒れていた最中、ある一人の幼い少女が母親から捨てられた。まだ齢十である。

 母親は罪悪感にさいなまれながらも、こうなってしまったのは全て反乱軍と国の所為だと決め付けていた。



 母親と少女は一般的な市民である。父親は国の将軍を務めており、少女にも母親にもそれは誇りであった。貧しくなく、無論富んでいるわけでもなかったが、それなりに幸せに暮らしていた。しかし、幸せは皮肉にも反乱軍によって崩される。

 反乱軍が現れたのは父親が殺された日だった。

 ちらほらと被害の出ている家庭は少なくなかった。恨み言を吐き出しながら慟哭している女もいれば男もいる。対して母親は突然の知らせに、泣けもしなかった。ただ幼い少女をきつく抱きしめ、これから生きる術に考えを集中させた。他のことを考えぬよう。

 ――悲しみにふけっている場合ではない。

 母親は健気にも少女を大人になるまで育てようと固く決意した。しかし、それももう終いとなる。


 少女の目線に合わせて膝を折り、語りかけるように母親はゆっくり口を開く。


「ついてきちゃ駄目よ? 母さんは今から父さんに会いに行ってくるからね」

「うん。わかった」

「いい子ね」


 母親は疲れきった表情から微笑みへと変え、冷たい頬を撫ぜてから、少女の元を離れた。少女はとっくに自分は捨てられたのだと認識していた。――母親がこれから死ににいこうとしていることをも。

 濁った双眸で哀しげな雰囲気を纏わせている小さな後ろ姿を一瞥し、少女はその場から離れた。



 少女は盗みをしなければ生きてはいけないと分かっていた、とても賢い子だった。もし、裕福な家庭に生まれ落ちてさえいれば、今頃どんな扱いを受けていたか。想像してみれば一目瞭然。

 言うまでもなく少女は盗賊に成り下がってしまった。初めは悉く失敗を繰り返し、身体に痣を作ってきていたが、ある人物によって一転することとなる。

 名前はよう。身なりは貧しいが、腰にぶら下げている刀が嫌に目立っていた。

 出会いは少女がその人物から刀を盗もうとした際である。


「君はどうしてこれを盗もうとしたんだい?」


 腰に伸びてきた少女の手首を掴んだまま男は言う。少女は唾を飲み込み、黙っていた。そんな少女に男は優しく微笑む。実際には微笑みを形どっただけなのだが、少女にとっては優しい微笑みであった。


「怒っているわけじゃないんだよ。理由が知りたいだけ」


 同じ目線になって瞳を見つめられしまい、少女は俯きがちで仕方がなく言った。


「……生きるため」

「へえ、仮にこれを盗んでどうしようと思った?」

「売る」

「誰に?」

「貴族か商人」


 男がくすりと笑う。少女は俯かせていた顔を勢いよく上げ、男を睨めつけた。


「なにがおかしいの」

「はは、いやあ、気付けて運が良かったね」


 手首を離して男は少女の表情を気にすることなく、頭を撫でた。苦くその行為を受けながら敢えて逆らおうとしない。少女は先程から視界にちらついている刀が、怖かったのだ。


「うん。答えた褒美に俺からなにか贈ろう」


 男は手を遠ざけ自身の腰をまさぐり、物を取り出す。首を傾げて見たこともないその物を凝視する。


「これは?」

「短剣、といえば分かるかな? はい」


 突き出された鞘を少女は両手で受け取る。そして男を見た。男はただにこりと微笑みをたたえているだけ。


「もちろん教えるつもりだから心配しなくていいよ」


 橙の瞳が細まる。少女には男の言動すら理解し難いことだった。

 ――分からない。

 急に怖くなって短剣を抱きしめるように抱え込む。男は気付くこともなく、再び少女の頭に手を添えた。

 ――この男は一体私になにをしたいのだろう。

 普段からこういう扱いをされたことのない少女ゆえの心情だった。


「あ、俺は陽。君は?」


 思い出したように男が言う。名前を口になどしたくはなかった。あの、哀れな母を思い出してしまうから。

 すっかり黙りこくった少女に男は腕を組んで唸る。


「んー、そうか。言いたくないか」


 少女は暫らく考え込んでいる男を見据えた。時々腕を組み替えながら唸る様は滑稽で少女は失笑してしまいそうだった。


「わかった!」


 男が明るい声音で少女に言う。突然なことで少女は肩を弾ませて、瞳を瞬かせた。


「俺が決めればいいのか! なあ、それならいいだろ?」


 僅かな期待が胸に舞い込む。少女は一つ頷いた。男はその反応に口角を持ち上げる。


「よしよし。えーと、じゃあ君の名前は――」


 新たな名を聞いて、少女は出会ったばかりの男に花のような笑みを向ける。単なる気まぐれと哀れみだったと知ればその表情も消え去るだろう。男はどことなく胸にちくりとした針のような痛みを抱きながら、立ち上がって小さい少女の手を掴んだ。想像していた通り、冷たかった。


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