第5章 手紙2
いつの間にかバルトロは使用人を部屋に呼びいれ、腫れ上がったこぶを冷やす為の濡れ布巾を用意させていた。
「しっかり冷やしておいで。マーカントニオがそんな姿を見たら大変なことになる」
「大変なこと?」
食い入るようにカルロの瞳がはバルトロを捕らえていた。いつの間にこの男の洒落の聞いた言葉がなぜか気に入り、生きてきた13年間でこんなに大人に興味を抱いたのは初めてではないかとカルロは思った。
「そうだな、間違いなくマーカントニオのやつが怒り狂うだろう」
バルトロははっきりとそう断言したが、カルロは頭を左右に振りこれを訂正した。
「そんな大袈裟な。父上が僕を傷付けた犯人に対してお怒りになるとでも?」
困った表情を浮かべるカルロに、バルトロはぱちりとウインクをした。
「違う違う! この軟弱者がってね。それでも俺の息子かと、このローマ一の石頭を持つ俺の息子なのかて――ってね」
そう言うことかと理解したカルロはすぐさま負けずに言葉を返した。
「あはは、それは確かにお怒りになるに違いない。そして軟弱な僕に嘆き悲しんだ父上から、僕はお叱りの一発を浴びるんだ。ってことは頭にもう一つのこぶが出来ると言う訳ですね」
カルロはこうして導き出した答えをバルトロに披露し、彼を見つめた。
「正解、理髪な子だ」
「誉めているんですか?ちっともうれしくないですよ」
2人は笑い合いこの他愛の無い会話をしばらく楽しんだ。またバルトロは元老院議員ではなく帝国各地を視察しその報告がてらにフォロ・ロマーノに帰還してきた、現役の軍人だと知った。
(すごいな、バルトロ様。僕が見たことのない砂に囲まれた大国や、どこまでも続く深碧の海原を見たことあるんだろうな……)
このバルトロにカルロは尊敬の意を抱きつつも羨ましくも思い、他国の情景を浮かべては話しに聞き惚れるのだった。
気がつけば窓辺から柔らかい光りがすうっと差し込み、いつの間にか外の雨が終わりを告げていた。カルロはこれを機にバルトロとの別れを惜しみつつも帰り支度を始めた。
「雨も上がったようなので僕は帰ります。その手紙に関してはバルトロ様がフォロを発つ前に、お返事を頂きたいとマーカントニオは申しておりました」
名残惜しさを物語る透き通った灰色の両のまなこ。
「またいつかお会いできる日まで」
カルロの別れの挨拶に、頷き落ち着き払った響く低い声。
「ああ、マーカントニオによろしく」
バルトロに見送られカルロは部屋をあとにしようとしたその時だった。バルトロの口から不可解な言葉が発せられた。
「ゲームは得意かい? なかなか面白いゲームがあってさ、サイコロを振って駒を進めてゴールを目差していくんだよ」
「タブラの事? 確かギリシャのセネトっていう遊びがローマに入って変化した遊びだと聞いたけど」
バルトロはニヤっと含み笑いをすると人差し指を立てて左右に振った。
「おしいが元はエジプトだ。気の長くなる位の大昔――古代エジプトの王朝時代が始まりさ。これをギリシャの商人が本国に伝えて、形を変えつつ今のタブラが我々の娯楽としてローマに広がった」
「へぇ……雑学王ですね」
「なんだいそれは、その馬鹿っぽい響き」
お気に召さなかったのか、それともほしい言葉を貰えなかったのかバルトロは膨れっ面し嘆いていた。
だがこのひと時に垣間見た、少年のようなバルトロの表情が人間臭くそして身近な存在に感じたカルロは目を細めて言った。
「馬鹿にしてませんよ。当たり前の知識を誇示している、そうだな僕の修辞学校の先生とは大違いです」
カルロは誤解を解くために、またバルトロにいらぬ不快感を抱かせてしまったことに罪悪感を感じ慌てて訂正をした。
「はは、怒ってはいないさ。ただ知識の引き出しは多いほうがいい、いざっていう時に役に立つこともあるんだ。第一その人にとって何が得して無駄になるか今の時点では誰も分からないしね」
バルトロはそう言うとカルロの前に一歩近づき、カルロの華奢な肩に手を置きこう呟いた。
「どうだい、私の元でしばらくサイコロでも振ってこの“ローマの国”という盤上で遊んでみないか? カルロ君」
事実上、これが手紙の返事にあたるものだった――とカルロは後々気づくことになるが、今は知るよしもしなかった。
小説の基本を学びながら本作品を進めていっていますが、まだまだ間違いだらけで、自分の知識と技量の低さに嘆いております。なにか発見!?されたらバシバシと指摘願います〜。
それとよーやく次回から話しがコロコロと展開していく様子なので、お時間がある方はご覧になって下さいね。