表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二つの太陽  作者: みずも
5/11

第4章 手紙1

 『 親愛なる バルトロへ 』

 

 第6ウィクトリクス軍団の、ゲルマニアでの活躍、我がことのように感じら大変うれしく、また誇りに思う。

だが私と言ったら、今や軍を指揮することもなく横臥し、事の成り行きを見守るだけの傍観者に成り下がってしまった。

まことに情けないことだ。そんな私の戯れにしばし耳を傾けて頂けたら幸いだ。


今、私はあるストア派の哲学者の言葉に感銘を受けてる。きっと一度は耳にしたことはあるだろう。



侮辱とは、相手のせいではない

侮辱と考える、自分のせいである


容赦はいかなる復讐にも勝る



よく言ったものだ。

私は奴隷という自分の置かれた境遇に何度も嘆き、時には恥じて、ありとあらゆるものを恨みもした。

だからこそ今の自分があるとも十分納得はしている。


しかしどうだろう?全てを手にした時に、なにに対して怒りの矛先を私は向けていたのだろうと…?

己を怒らせているのは、己自身の怒りの心だったと。


もっと早くにこの教えを請うことができていたなら、どれだけ楽になれただろうか。今さら遅いのだがな。


今や私も人の親だ。だから分かるのだ。


カルロも恐らく同じ苦悩を味わうことになるだろう。

その逆行に耐え抜く強靭な“精神”を、カルロ…いや多くのローマの民は必要としていると思うのだ。


そこで成人を向かえるまでのひと時の間、カルロをできれば高名な師の元で学術や戦術を学ばせてやりたいと思う。

 貴殿の御意見を伺いたく存ずるしだいである。                

                                                『 敬意を込めて  マーカントニオ 』


 

 

 溜まりかねた雨雲が我慢しかねて、フォロ・ロマーノにとうとう大粒の雨をこぼし始めた。ばたばたと屋根を叩きつける雨音がクーリア内に鳴り響いていた。館内は外の世界と違って、ひんやりとした空気が漂っており、通路から奥まった所に位置する部屋で2人の男が対話をしていた。


「…おもしろいね。あのマーカントニオが私にこんな文をよこすなんて」


皮肉っぽい笑みを浮かべ、豪快にはやした自慢の顎ヒゲを上下にさすりながら話すこの男は、30歳半ば位であろうか。深紅色の布で覆われた椅子に腰かけ目の前の少年にそう尋ねた。


「はい、確かにそれは私の父、マーカントニオからバルトロ様に渡すように頼まれた手紙であります」

「ってことは、君がマーカントニオの子供の…カルロ君かな。初めまして、私はバルトロだ。マーカントニオとは過去に同じ司令官の元で戦ってきた戦友だ。」


先程と違って、バルトロは屈託のない笑顔でカルロに握手を求めてきた。一瞬、躊躇しながらカルロはその行為に答えた。


(なーんか…うさん臭い人だな。第一、父上よりかなり年齢も下じゃないか。本当に知り合いなのかな…。ここにいる元老院議員達はみんな年寄りが多いっていうのに、このバルトロったらずい分若いし…何ていうのか覇気がないっていうか…)


臆病者に覇気がないと指摘されるバルトロに少し申し訳なくも感じながら、カルロは訝しげな瞳で彼を見つめた。その心中を察したのかどうかは謎だが、バルトロは眼差しを足元に落とし話しを続けた。


「マーカントニオと共に戦っていたのは1年と半年位だったかな。私が成人を向かえ初めて出兵した戦でマーカントニオに出会ったんだよ」

懐かしく話す傍ら、哀愁を帯びた横顔にバルトロは嘘をついていないとカルロは思い、疑った自分を恥じた。


「すでに彼には当時の司令官より戦術に対する洞察力が長けていた。だからその後に、軍を率いる長になったと聞いても大して驚きもしなかったさ」


バルトロはカルロの父の武勇伝を、余すところなく披露し始めた。それがカルロにとって気を許してしまったのだろうか、思わず相槌を打ってしまった。


「ふふっ…きっと父上のことだ。その頃にしてライオンでも象でも平気で噛み付いてしまうような、迫力があったのでしょうね」


「そうそう、あの頃からマーカントニオはローマ一の強面で、石にされた神々も恐れをなして逃げた……えっ?」


「…はい?」


「……………」


「……………!!!」


カルロは思わず口が滑り『しまった!!』という顔つきで己の口を覆った。


「カルロ君、きみは…」

「すみません。あの、事の軽重をわきまえない発言…」

全ては後の祭り。静まりかえる室内に輪をかけて高まる緊張…と思いきやバルトロの視線は優しく、柔和な表情でカルロを見ていた。


「本当にそっくりだ。笑ったところなんて見間違えてしまうところだった…いやいや、顔がにやついていたら失敬」

「えっ?」


事態が全く把握できず、丹精に整ったカルロの顔つきが見る間に崩れていく。バルトロはくすっと笑い、カルロの頭に手をのせてささやいた。


「きみの母上にさ。ローマでも5本の指…いや間違いなく1番美しい人だったと私は断言できる」

思わぬところから思わぬ発言に、面食らったカルロは言葉を失った。また昔から“母親譲りの顔”と周りからはやし立てられるこのような表現が侮辱されてるように思えて幼少の頃から嫌いだった。


だがマーカントニオは真剣だった。真剣な顔つきで話しを続けた。


「教養も有りマーカントニオにの妻には申し分なかった」

気のせいだろうか。バルトロはカルロの亡き母上を思い懐古するというよりも、まるで昔の恋人を思う1人の男性の面持ちになっていた。


「バルトロ様…?」

カルロの問いかけに我を取り戻し、バルトロはすまぬ、すまぬとカルロの頭を軽くたたいた。すると何かに気づいたバルトロの手が止まった。


「ん…どうした?このこぶは?」

「…こ、これは……」


通り魔に殴られた所が熱を帯びしっかりと膨れ上がっていた。返答に困ったカルロの伏せた視線の先にはありありと路地裏の悲劇と、“笑う悪魔”の顔が浮かび上がってきた。


(思い出してきたら…むかっ腹が立ってきたぞ。でも結局あの子にお礼言ってなかったや。見た目と反して不気味な面もあったけど…助けてくれたんだよね…あれでも)


二度と会うことのないであろう少年の顔が次第にぼんやりと薄れていく中、せめて忘れる前にと心の中でカルロは少年に礼を述べた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ