弟10章 狂ったお遊び
「ほほぅ、コロッセオの円の中心にこのネズミを放り込めというのか?」
ヌマンティーヌスは聞くまでもない、誰もがその意味を安易に理解できる質問を、わざとのようにアンドレアに投げかけた。
「はい、ヌマンティーヌス様。ご不満でもあられますか?」
アンドレアもまた、透き通った美しい声に意地悪な微笑まで付け加えてその質問に応えた。
「だがなアンドレア、この輩はネズミと言っても子ネズミだ。そんな子ネズミを血気盛る剣闘士たちの戦いに放り込んだとしてもな…」
「だったら、どうとでも?」
アンドレアは臆することなく言い返した。
「結果が見え過ぎておらぬか?」
ヌマンティーヌスのもっともな意見に、絶望の淵に叩き落とされていたカルロは思わず希望の光りを見い出だし顔を上げた。
それよりほんの僅かだが先に、アンドレアの声が宙を駆けていった。
「別に剣闘士だけではありませんよ、今日は確か体格もよく毛艶のよい雄のサーベルタイガーが入ってきていると聞きました」
「そうか、そうであったな。子供と言えども人間と獣となれば、おもしろいかもしれんな。理性が働かぬ戦いほど、純粋で無垢でそしておぞましい……からな」
ヌマンティーヌスはあざ笑い、アンドレアは静かなる瞳を携え談笑を続けた。
美麗な少年と猛々しい将軍。
二人はタブラの盤上で駒を操り遊ぶ無邪気な子供のように、グリエルモの命をもてあそんだ。
そしてカルロは少なからず気がついたのであった。
何よりもヌマンティーヌスよりも、このアンドレアという少年のほうが内にはびこる暗い闇の存在が大きいということを。
(アンドレアには感情とういものが無いのか!? だから路地裏で彼の瞳を見ても、感情の入っていない人形のような
無機質なものと感じたんだ)
自問自答を繰り返すばかりで、カルロは喘げば喘ぐほどに何も答えは浮かんではきやしなかった。
(どうしたらいいんだ……。このままではグリエルモが無残にも殺されてしまう。僕がこんな場所に連れてきたせい
で、僕の大事な友の命がこんなやつらのお遊びで奪われるなんて絶対いやだ)
カルロは今にも涙が零れ落ちそうになりながら答えを探し求め、行き場のない怒りで自分を責め続けた。
(僕が、そう僕しかグリエルモを助けてやれないのに)
カルロが再びグリエルモを見た時だった。
「グ、グリエルモ……」
静かにカルロを見つめる両の眼があった。紛れもないグリエルモの瞳だった。
泣きじゃくる乳飲み子をあやす母のような柔和な眼差しでグリエルモはただただカルロを見つめていたのだった。
(そ、そんな諦めろというのかいグリエルモ!)
カルロの小さな胸の中で悲しみはいつの間にか、ふつふつと湧き立つ怒りに変わっていた。
だがその時、無情にも二人を引き裂くかのようにヌマンティーヌスの一声が断ち入ったのだった。
「このネズミを牢に連れていけ!」
すべてはこれで終わった。
バルトロも
グリエルモも
ヌマンティーヌスも
そしてアンドレアも
そう思った瞬間だった。
「この奴隷の子の主は僕です!」
カルロの響く声に、静まり返る階上
「この子の犯した罪は……そう僕の不行届けによる事故なんです、責任は全て主人の僕にあるんです!」
凍てついたバルトロとグリエルモの二つの表情。
虚をつかれたヌマンティーヌスの表情。
皆の間をすり抜けるかのように、コロッセオの階上に勢いよく風が走り去りった。
誰の視線も思わず目に止まってしまうであろう、アンドレアの柔らかい金糸の髪がふわりと風にあおられ舞った。
舞ったと思ったが、ほんの僅かな数を数える間に金糸の髪がアンドレアの肩に落ち、彼は囁いた。
「おもしろい」
たった一人アンドレアだけが表情を変えることなく、冷えた笑みでカルロを見つめたのだった。
久しぶりの更新になりました。
作者みずものHP内で現在いろいろやっておりまして、暫く連載ゆっったり週1ペースで更新になるかと。
暫くお付き合い願えたらと思います。HP内にてイラストや設定も少しずつ公開中…。よろしければご意見お待ちしてます。
管理人:みずも
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