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二つの太陽  作者: みずも
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弟9章 皇帝と少年

今回出てくるヌマンティーヌスのおっさんは実在しない皇帝ですので。

遠からず近からずといった皇帝様はいたんですが、悩んだ末に架空の人物という設定になりました。

 無機質な二つの碧い瞳が時おり陽光を浴び、まるでラピスラズリのような妖しくも美しい輝きを放っていた。


 ラピスラズリといえば“星のきらめく天空の破片”と今は亡きあるローマの学者がそう称えたように、少年の碧の瞳は瑠璃の宝石を彷彿とさせるものであった。


 カルロはその瞳を間のあたりにした瞬間、風化してこそげ取られた壁画が鮮やかな装飾画へと息を吹き返したように、あの路地裏での記憶が鮮やかに蘇ったのだ。


(ああ、そうだ忘れもしない。その美しい碧の瞳は……路地裏の悪魔だ)


 あの路地裏の薄明かりの下でも十分にも、淡く美しかった碧の瞳は太陽と鼓動しあい、より一段と輝きを増していた。


 それと同時にカルロはあの悪魔の言葉を思い出した。



”悪魔の気まぐれ…か”



“私の魂の端っこには、もう捨てて無くなってしまったと思い込んでたほんの僅かな…人の心が残っていたのか”



 カルロはこの美しい少年に拭えない疑心を抱きつつも、あの暴漢者から命を救ってくれた少年の代えがたい恩赦の事実も決して忘れてはいなかった。恐らく、謎めくなどという単純な言葉で綴れないほどに、複雑ななにかがこの少年の根底にあるのだ。

 

 カルロが自問自答しているその時だった。


 大きな人影がゆらりと二人の少年の間に割り入り、不適な笑みを浮かべてこういった。


「おやおや誰かと思えばバルトロではないか」

 

 緋色の衣をまとったこの男は、バルトロを舐めるような目つきで見下ろしていた。


「お久しぶりです、今日こちらに戻られているとは私め存じておらず、ご挨拶が遅れ何卒申し訳ありませぬ」


 バルトロはすかさず一歩前に歩み出ると、その男の前で片膝を着き深く頭を下げ謝辞を述べた。


「ご無礼をお許しください。ヌマンティーヌス様」


 バルトロが発したその男の名を聞きカルロは自分の耳を疑った。


(バルトロ様は今あの男の名をなんていったんだ、僕の聞き間違いではなければ……)


 額の汗が静かに頬をつたい滴となって地面に滴り落ちた。


(ローマ軍団最高司令官の名が、そうヌマンティーヌス皇帝だ!)


 カルロは周りの景色がぐらりと湾曲にねじ曲がり、意識が飛び地面に倒れそうになった。


 皇帝と謁見する機会がない幼いカルロは、姿かたち知らぬとも彼の各遠征先での非情狡猾な戦術、はたや粗雑に扱われた属州が退廃の一途を辿ったと、街中に流れる噂だけは耳にしてきたのだった。


 冷酷無情と謳われた皇帝が、いま目の前にいるヌマンティーヌスその人だった。


「バルトロよ、その後ろについておる少年はお前の連れか?ひどく青ざめた顔をしておるが」


 ふいに投げかけられたヌマンティーヌスのひと言に、カルロは全身が凍り付き現実から逃避するように俯いてしまった。


「御意にございます。西地区所属の元老院のマーカントニオの子息、カルロと申します」


 恐る恐る、顔を僅かに上げるとこちらに目をやるバルトロの視線とぶつかった。



 なにかを秘めたバルトロのものいわぬ瞳。



 何もお前は返してはならぬと訴えるバルトロの瞳。



 カルロは震える拳を固く握り締め、呆然と立ち尽くすだけだった。


「そうか、あの猛将と謳われたマーカントニオの息子か。育ちが顔に出ておる、よい顔つきをしているではないか」


「閣下からそのようなお言葉を頂戴し、マーカントニオもさぞや光栄の至りではないでしょうか」


 バルトロの声はいつにもなく固くぎこちないものであり、彼の緊張が否応なしにもカルロにまで伝わった。


「ふむ。ところでひとつ気になるものがあってな、これはなんであろう?」


 ヌマンティーヌスの振り落とされた目線の先には、うずくまる小さな影があった。間違いないグリエルモであった。


「この薄汚いネズミは、よもやお前の連れではないであろうな」


「そ、それは……」


 バルトロは言葉を詰まらせ、苦痛に顔を歪め唇を噛んだ。


「このネズミが急にアンドレアの前に飛び出してきてな、近衛兵がこ奴を静止しなければ危うくアンドレアが怪我をしてしまうところだったのだ」


「そうでありますか」


 バルトロがそう答えたようにカルロもまた同じだった。皇帝を前に彼らはもう頷くことしかできない状態であった。


 あたかも寄せては砕け散る岸壁の波のように、白い泡となり消し去ることはできない、そういう現実だけが残った。


「はて、どうしたものか。なあ、アンドレア?」


 ヌマンティーヌスが、卑下たあざ笑いを浮かべアンドレアと呼ばれる少年を見た。


(君はアンドレアという名をしているんだね)


 カルロは届くかどうか分からぬ祈りを、全霊をかけアンドレアに投げかけた。


(お願いだアンドレアよ、僕の友を救ってくれ! 僕の勝手な思い込みかもしれない……でも僕には見えるんだ、君は唯一その皇帝と対等な存在に)


 だがそんなカルロの願いはむなしくも、アンドレアには決して届くことはなかった。


 「なぁ、黙っておらぬで応えぬか。アンドレア」


 するとアンドレアと呼ばれた少年は、うっすらと淡い笑みを浮かべ、皇帝を仰ぎ見てこう囁いたのだ。


「酔狂にもほどがありますよ、ヌマンティーヌス様。この私めに判断を委ねますか?」


 カルロはぞくりとした何かが首筋を通りすぎてゆくのを感じた。


「無理は言わぬ。お前が判断を下せないのであればよいぞ、私がこのネズミに罰を与えるだけだ」


 ヌマンティーヌスはそういうと、周りの近衛兵に命を下そうと右手を掲げたが、それを制止するかのようにそっとほっそりとした美しい指先が触れた。


「アンドレア?」


「わざわざヌマンティーヌス様のお手を煩わせる必要はありませんよ。それにあなたの直属の兵を使う必要もない」


 そう言い放ったアンドレアの視線がヌマンティーヌスを離れ、たった一瞬であったが


(えっ……?)


 アンドレアがカルロを見つめたのだ。


 ほんの僅かな刹那ともいえる一瞬であったためカルロが瞬きをしてる間に、またも碧い瞳はカルロの元からすり抜けていった。


 そして次には誰もがはっきりと分かる、太陽の光りが降り注ぐコロッセオの円の中心を仰ぎ見つめ、指差しこう呟いた。


「あそこに放り込めば済んでしまう話しではありませぬか」





 カルロは一瞬にして地上の光りを失い、真っ暗な闇に突き落とされてしまった。


大幅に更新が遅れておりますがお許しください。

この作品は1話書き上げるのに、想像以上の時間がかかってしまい、それで、こういうわけで、ゴニョゴニョ…。

言い訳はよくないですね。

ムチ打って頑張りますので、応援よろしくお願いします。

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