王妃毒殺未遂で処刑される下級侍女ですが、薬をすり替えたのは事実です
王太子ジークフリート・アルテンフェルト殿下が私を憎々しげに睨んでいた。
私のような下級侍女をなぜわざわざ処刑台に立たせて、王太子殿下自らが断罪しようとするのか、私にはさっぱりわからなかった。いや、そもそもなぜ処刑台に立たされているのかもわからない。
「エルナ・ヴァイス……」
王宮前広場に集まった観衆を背に、ジークフリート殿下が口を開いた。
まるで、民衆の皆を味方につけているとでも言わんばかりだ。
「貴様がなぜ処刑台に立たされているか、わかるな?」
「いえ……わかりません」
本当にわからない……。いや、少しだけ心当たりがなくはない。
「罪を認めぬか……。母上は……王妃陛下は、おまえがすり替えた薬を飲んだ後に倒れ、いまだに伏せっているではないか! 貴様が毒殺を図ったのは明白だ!」
やっぱりそれか……。
「いえ、それは違うのです……」
「何が違うものか。オットー!」
ジークフリート殿下は私の言い分を聞こうともせず、医師オットー・ベルクマン様の名を呼んだ。
「この女はおまえの補佐をしていた者に間違いないな?」
殿下がオットー様に確認を促した。
「はい、後宮医局で下働きをしているエルナ・ヴァイスに間違いございません」
オットー様はただ淡々と答えた。
「では、おまえたちが王妃陛下を診ているときに何があったのか述べよ」
オットー様が頷いた。
「王妃エリーゼ・アルテンフェルト陛下は心臓に慢性的なご病気をお持ちで、ときおり脈が速くなる発作を起こします。その発作を抑える薬を処方しているのですが……。エルナ・ヴァイスが、後宮医師の下働きという立場を利用して、その薬をすり替えていたのです」
「王妃陛下が意識を失ったのはその後だな?」
「はい……」
そんな……。オットー様……。名医と言われているあなたの目は節穴ですか!?
「オットー様。それは……」
「俺が聞きたいのは言い訳ではない。誰が黒幕かということだ」
「黒幕……?」
そもそも王妃陛下を殺そうなんて思ってもいなかったのに?
「まあ、いい。当たりはついているのだ。シャルロッテであろう。あの女は俺との婚約を守るために必死だ。王妃陛下がその婚約を認めないから、邪魔になったのであろう。そうだな?」
伯爵令嬢のシャルロッテ・ローゼンタール様……。
「いえ、違います。そもそも……」
「認めないのであれば、ただおまえを処刑するだけだ。認めれば、多少の減刑は考えてもよいが……」
処刑か、嘘の証言をするかの二つしか選択肢がないということ!?
「お待ちください、ジークフリート殿下」
そのとき声を上げて前に出てきたのは、ライナルト・ヴァルデック公爵——王妃陛下の弟君だ。
「ライナルト殿、なぜ止めるのです? あなたの姉上が殺されかけたのですよ」
ジークフリート殿下は不服そうに言った。
「姉上が殺されかけたことはもちろん許せません。だからこそお待ちいただきたいのです。殿下も問い詰めておられるとおり、エルナ・ヴァイスを処刑する前に、姉上が狙われた理由をはっきりさせたいのです」
私が助かりたい気持ちを差し引いても、ライナルト様の言うことはもっともな気がしたが、なおもジークフリート殿下は不服そうだった。
「だが、生かしておけばまた王妃陛下は狙われます。それに、下級侍女ごときの命がなくなったところで、何も問題はないのですから、殺してしまったほうが安全ではないですか」
「下級侍女ごときと仰りながら、何をそんなに焦っていらっしゃるのですか? むしろエルナ・ヴァイスと共謀している者がいるのであれば、その者も捕らえなければ、より危険です。エルナ・ヴァイスは投獄しておけばよいではないですか。私の責任で拘束しておきます」
「だから共謀しているのはシャルロッテなのです」
「シャルロッテ嬢でなかったらどうするのです? それで姉上がさらに危険に晒されたらどうしてくださるのですか?」
ジークフリート殿下は、ライナルト様を睨み続けながらも、それ以上反論することはできなかった。
どうやら処刑は免れそうだけれど、ライナルト様のほうがより手強そうに感じる。まったく助かった気がしない……。
※
「エルナ・ヴァイス、君が薬をすり替えたというのは本当か?」
拘束された私は、牢ではなく、王宮にあるライナルト様の執務室に連れてこられた。
さっそく尋問を始めようという意図らしく、最初から私を疑うような質問だった。
「はい、私は薬をすり替えました。王妃陛下が普段服用している、異常な脈の速さを抑える薬を」
ライナルト様が眉をひそめた。
「ではやはり、君は姉上の命を狙ったのか……?」
「いえ、だからそれは違います」
「何が違うというのだ? 姉上は心臓が悪く、動悸が激しくなると苦しむのだ。君がそれを知らなかったはずはない。その症状を抑える薬をすり替えたということは、脈を乱すためであろう? 現に姉上は伏せっていて、今も予断を許さぬ状況なのだぞ」
「だからそれが誤解なのです!」
私は思わず語気を強めてしまう。
王族や貴族は、自分が正しいと思い込みやすいのか、人の話を聞こうとしないらしい。ライナルト様は、ジークフリート殿下よりはましだけれど、それでも頭ごなしで、ジークフリート殿下よりなまじ頭が回るだけに余計やっかいだ。
「何が誤解だというのだ? 私の理屈はどこもおかしくないはずだが?」
「理屈は合ってます。けれど、前提が誤っているのです」
「前提だと? 姉上の心臓が悪くないとでも言うのか?」
「王妃陛下の心臓はお悪いです。医師のオットー様も長く診ていらっしゃるので、私もよく知っております」
「そうであろう? ではなぜ……?」
「いいから、最後まで話を聞いてください」
私がまた強く言うと、ライナルト様は少したじろいだ。
「その日、王妃陛下が朝食後に丸薬を飲まれた際、脈を測ったオットー様は、脈が落ち着いていると仰いました」
ライナルト様は何か言いたそうだったが、自らを押しとどめたようで、口は閉じたままだった。理性をお持ちなのは、好感が持てる。こちらも少し落ち着いてお話ししましょう。
「ただ、私には、王妃陛下のご様子に、少し違和感がありました。脈が速くなったり、苦しむ様子はなかったのですが、顔色が少し悪く、どこか目もうつろで……。オットー様も、普段より脈が落ち着いているとお考えだったと思います。ただ、異常と判断するほどではありませんでした」
ライナルト様はじっとして、私に耳を傾けている。
「そして昼食の後、次の丸薬を摂る時間になりました。けれど、そのご様子は朝よりもおかしかったのです。給仕係に聞くと、王妃陛下はほとんどお昼をお召し上がりにならなかったそうです。お昼は私が脈を診るのですが、その脈に異常がありました。脈が異常に遅かったのです。王妃陛下の顔色は真っ青でした。おそらくそのまま次の丸薬、つまり普段服用されているカルミナ草の丸薬を飲んでしまったら、当然脈はもっと遅くなりますよね?」
ライナルト様は、ただ頷いた。
聞き分けのいい子どもみたいで少し面白かった。
「ですから、私はカルミナ丸薬ではなく、弱まった心臓の動きを回復させるヴィタリス丸薬を王妃陛下に渡しました。もちろんそのことはオットー医師にも急いで報告いたしました。ですが、ヴィタリス丸薬の効果が出る前に、王妃陛下はすでに倒れてしまっていたのです」
ライナルト様はまだ黙ってじっと私を見つめていた。
「私の話は以上です。最後まで聞いてくださり、ありがとうございます。ご質問があればどうぞ」
私が発言の許可を出すと、すぐにライナルト様は口を開いた。
「君の話は筋が通っているように思える」
「ええ、事実ですから」
「だが、今度は君の話の前提に、いくつか疑問があるのだ」
やはり、この方は手強い、と思った。
理屈が通っていることと、それが事実であることは別だと、もう理解したのだ。
「下級侍女の君が……いや、身分は関係がないな……。医師の補佐でしかない君が、なぜ姉上の症状を正しく把握して、適切な薬がわかるのだ? そもそもその診断や処方した薬が誤っていれば、やはり姉上を危険にさらしたことになるだろう」
まあ、そう思うでしょうね。
たとえ王太子殿下に処刑台の上から同じ話をしても同じように言われて、終わりだっただろう。
「信じていただけないかもしれませんが、私は宮廷医師長だったヨハン・ヴァイスの娘で、医学のことは小さい頃からよく学ばされていましたし、父の診療を観察することも多かったので……」
「ヨハン・ヴァイス医師……」
ライナルト様がその名前に反応を示した。王宮にいて、王族に近い方が、その名を知らないはずはなかった。
私は父の名を出すことが自分に不利に働く可能性についても認識していたが、それでも事実として言わざるを得なかった。私は嘘や誤魔化しができる人間ではない。
「前国王陛下を診られていたあの名医ヨハン・ヴァイスのご息女……?」
父は王国一と言われた名医だった。けれど、国王陛下の死に関わった疑惑を持たれ、失脚し、ヴァイス家は没落した。私が下級侍女として後宮医局の雑用係にしかなれないのもそのせいだ。
「それが本当であれば、確かに君に医学の知見があることは納得ができる。君の身元も確認させてもらうとしよう」
ひとまず、ライナルト様は納得してくださったようだ。前国王陛下の死に関わって没落した医師の娘が、同じように王家に悪意を持っているのだという論理の飛躍には至らなかったようだ。
やはりライナルト様には好感が持てる。
「君の話にはもうひとつ大きな疑問がある。なぜ、姉上の脈は異常に遅くなっていたのだろう」
ライナルト様はさらに質問を続けるが、これ以上話せることはあまりない。
「それについてはわかりません。私は事実と、事実から論理的に導き出せることしかお話しできません。ただ、何かきっかけがあったことは間違いないでしょう。王妃陛下にあのような症状が出ることは一度もありませんでした」
「きっかけというのは、人為的に何かをされたということか? 姉上はやはり誰かに狙われていたというのか?」
その問いは、私にはさらに答えにくい。
「私は、王宮政治のいざこざや、王家の方々の恋愛事情にも疎いので、なんとも言えませんが、王妃陛下が狙われていた可能性については否定はしません。強く肯定する根拠も持ち合わせませんが」
「君の話はよくわかった。私のほうで、いくつか心当たりがなくはない。調査しよう。君には申し訳ないが、容疑が完全に晴れるまで、しばらくここで拘束させてもらう」
そう言うライナルト様の顔は、どこか申し訳なさそうだった。私は犯人ではないのだと、どこかで確信を持ったのかもしれなかった。
※
私は二日ほどライナルト様の執務室内に拘束されたが、侍従の方も親切で、後宮の侍女部屋よりもずっと快適でありがたかった。正直なところ、ずっとここに拘束されていたいとすら思った。
けれど、今はその安寧が続くような状況ではない。
その日、ライナルト様の執務室に関係者が集められた。
王太子ジークフリート殿下、その婚約者である伯爵令嬢シャルロッテ様、後宮医局のオットー医師、そして、ロザリアという子爵令嬢がいた。
私は改めて、容疑者として中心に立たされ、ライナルト様も私の側に立った。
「皆様、お集まりいただいてありがとうございます。本日は、王妃エリーゼ陛下の殺害未遂事件の真相を明らかにするため、皆様にお集まりいただきました」
ライナルト様が、集まった方々に向けて口を開いた。
「私のほうでも調査を行なったのですが、まずは今回の事件について告発したジークフリート殿下から、改めてエルナ・ヴァイスに疑いがかけられている罪状について、ご説明いただけますか?」
促されたジークフリート殿下が、不敵な笑みを浮かべた。
「はい、ライナルト殿。エルナ・ヴァイスは、王妃陛下の毒殺を試みました。これは疑いようのない事実。問題は誰がエルナに指示を出していたかということですが……。今日はその証人を連れてきました」
殿下が示したのは、ロザリア様だった。
「ロザリア、おまえが見聞きしたことを話すのだ」
ロザリア様は、殿下に促され、ライナルト様の前に一歩出た。
「はい、ジークフリート殿下。……私は、恐ろしい陰謀について耳にしました。それは、シャルロッテ様が、王太子殿下との婚約の障害になっている王妃陛下を、後宮医局の者を使って毒殺する計画を立てていたということです」
ロザリア様は自信ありげに堂々と発言した。
けれど、誰かに言わされている印象しかなかった。
「そんなの嘘です! 私は……」
シャルロッテ様が否定し、言葉を続けようとするが、ライナルト様が手で制した。
「シャルロッテさん、いったんロザリアさんの言い分を聞かせてください。ロザリアさん、これは王妃陛下の暗殺未遂に関わる重大案件です。虚偽の証言であれば、あなたには重大な罰が課されますので、発言は慎重にしてください。場合によっては、あなたは貴族でもいられなくなります。それで、その話はどこで、どなたから伺ったのですか?」
ライナルト様の言葉に、ロザリア様は一瞬で顔を青くさせていた。
「う、噂です」
「どなたから聞いた噂ですか?」
「……ジークフリート殿下です」
ロザリア様の答えに、ジークフリート殿下が大きな音で舌打ちをした。
「正直にありがとうございます」
ライナルト様はジークフリート殿下に顔を向けた。
「公正を期すため、私の調査結果もご説明いたしましょう」
そして、次にシャルロッテ様の顔を見た。
「シャルロッテさんは、姉上に、ジークフリート殿下との婚約の辞退の相談をされていました。そうですよね?」
シャルロッテ様は頷いた。
「はい。家同士の話なので、私ひとりで決められることではないのですが……。エリーゼ陛下はご自身のご子息のことにもかかわらず、親身になって聞いてくださいました。エリーゼ陛下は王家の立場の方として、簡単に婚約を解消することは勧められない、と仰いました。それでも私には感謝しかなく、殺害なんて考えたこともありません。それよりも、このようなあらぬ疑いをかけられて、決めました。私は殿下との婚約を破棄いたします」
「つまり、姉上は殿下とシャルロッテさんとの婚約に反対していたのではなく、むしろ婚約を守ろうとする立場だったのですね。ジークフリート殿下のお話とは真逆です」
「……俺もシャルロッテとの婚約は願い下げでした。家同士で勝手に決められた縁談でしたから」
「ところで、ジークフリート殿下。姉上が倒れる前日に、後宮の姉上を訪ねたそうですね」
ジークフリート殿下が少し狼狽えたように見えた。
「……はい。それが何か?」
「何か、ですか。事件に関係している可能性があるのです。何を話されていたのか、あるいは何をされていたのか、お話しいただけますか?」
「……このロザリアとのことです。こうなったら言ってしまいますが、俺はロザリアを愛しています。だから、シャルロッテではなく、ロザリアとの婚約を支援してもらえるよう、母上としての王妃陛下に支援を求めたのです」
「なるほど。それで、姉上は何と?」
「……シャルロッテとの婚約破棄など認められない。王家と伯爵家で決めた縁談を、簡単になかったことにはできない、と」
「それで……。殿下は、シャルロッテ様に冤罪をかけることで、婚約をなかったことにしようと……」
私はつい思ったことを口にしてしまった。
「何だと?」
ジークフリート殿下が私を睨んだ。
「エルナさん、あなたの主張は後ほど伺います。ですが、ここまでのお話で、ジークフリート殿下に姉上を害する動機がありそうなのも確かです」
「それは違います! 真実を明らかにするのであれば、実行犯のその女を問い詰めるべきです」
ジークフリート殿下が声を荒げた。
「その前提も誤りです、殿下。エルナ・ヴァイスは姉上を殺そうなどとはしておりません」
「何ですと?」
そのとき、部屋の扉が開いた音がした。
部屋にいた誰もが扉のほうを振り返り、目を見開いた。
「エリーゼ陛下……。ヴィルヘルム陛下も……」
国王ヴィルヘルムに手を引かれ、エリーゼ陛下が入って来られたのだ。
「母上……。お体は……」
ジークフリート殿下が、王妃陛下を気遣うというよりも、訝しげに尋ねた。
「大丈夫です。そちらの侍女の方が助けてくださったので……」
王妃陛下は私のほうを見て答えた。
「侍女が助けた?」
いよいよ、殿下が怪訝な顔をした。
「はい。私の以前の証言を少し訂正……いや、補足させていただかねばなりません」
口を開いたのは、医師のオットー様だった。
「エルナ・ヴァイスが薬をすり替えたのは事実です。ですが、それは、王妃陛下の脈が異常に遅くなっていた状態に適切に対処したものでした。それがなければ、王妃陛下の命も危うかったのです」
「……そうなのか? ではなぜ母上は倒れたのだ?」
ジークフリート殿下は心底驚いたような顔をした。
「例えば、エルナが薬をすり替える以前に、何者かが適切でない薬を飲ませたとか……」
オットー様はそう言って、ジークフリート殿下を見た。
同じように、ライナルト様も殿下に視線を向けた。
「エルナ・ヴァイスの冤罪は晴れました。では、真犯人は誰か……。王妃陛下が倒れたのは、エルナ・ヴァイスが薬をすり替えたことが原因ではなく、その前に原因があったということです。そして、その前夜にジークフリート殿下が王妃陛下にお会いしている……」
「まだ俺を疑うのですか? 俺は何もしていません!」
問い詰める側から、問い詰められる側になり、ジークフリート殿下はひどく狼狽えた様子だった。
私は何か違和感を覚えた。
「ジークフリート殿下に王妃陛下を害する動機があったとしても、実際にそれを実行できたのでしょうか?」
皆の視線が私に集まった。
「どういうことです?」
ライナルト様が私に尋ねた。
私を処刑しようとしたジークフリート殿下を擁護するのは癪だったけれど、事実でないことを事実とされるのはもっと嫌だった。
「王妃陛下に処方する薬は、オットー様が管理しています。突然の発作のときのために王妃陛下ご自身もいくつかお持ちですが……。ジークフリート殿下が、その薬をすり替えて王妃陛下に飲ませるというのは難しいのではないでしょうか? 王妃陛下も……ジークフリート殿下に何か薬を差し出されても、オットー様に確認されますよね?」
私は恐る恐る王妃陛下に尋ねた。
王妃陛下はただ頷いた。
「では、オットー医師が薬を入れ替えた可能性は……?」
ライナルト様が言った。
「やめなさい、ライナルト。もうこれ以上、誰も疑わないで」
そこでようやく王妃陛下が口を開いた。
「誰も私に毒など飲ませておりません。私のせいで皆様にあらぬ疑いがかかってしまい、申し訳ございません。特に、エルナさん。あなたは私の愚息に処刑までされかけたとか……。本当に、処刑までされなくてよかった……。それでも怖い思いをさせてごめんなさい。謝罪させていただきます」
王妃陛下が私に頭を下げるので、私は慌てた。
「お、おやめください。陛下……」
「姉上のせい……? どういうことです?」
ライナルト様も驚いた様子で王妃陛下に尋ねた。
「誰も薬をすり替えて、私に毒を飲ませようとなんてしていません。私が、自分で薬を多く飲んだだけです」
私はさらに驚いた。
「そんなことをしたら、脈が……いえ、心臓が止まってしまいます。なぜ……」
「私が本当に疑ってほしかったのは、ジークフリートなのです。この愚かな息子の婚約者にされてしまったシャルロッテにも申し訳なくって……。その上、ジークフリートが別の娘と婚約したいなどと身勝手なことを言い出して……。母親ながら、この息子が次の国王になるかと思ったら、この王国の未来がとても心配になってしまって……」
「まさか!」
私は大きな声を上げてしまった。
「王妃陛下……まさかご自身がお持ちだった緊急用のお薬を……?」
王妃陛下は、また申し訳なさそうにして頷いた。
「私には、この命を差し出すことくらいしか思いつかず、薬を多く飲んでしまいました。私が死んだら、きっと会いにきていたジークフリートが疑われて、王太子にふさわしくないと判断されるだろうと……。それが、ジークフリートによって、関係のない方々にご迷惑をかけることになるとは想像もしていませんでした。罪もない侍女を処刑しようなどとまで考えるとは、私の想像以上の愚かさでした」
「母上、それはあんまりではないですか」
ジークフリート殿下は非難するように言った。
「あんまりなどではない」
次に口を開いたのは国王陛下だった。
「私も、おまえを甘やかしすぎたようだ。ここまでろくでもない息子に育っているとは気づきもしなかった」
「父上まで何を仰るのですか?」
殿下が情けない声を出した。
「エリーゼがおまえに罪を着せようとしたことは、もちろん許されることではない。おまえがエリーゼに毒を盛っていないこともわかった。だが、ここまで追い込んだのはおまえだ。その上、権力を振りかざして罪のない者たちを責めて、処刑までしようとするとはな」
「処刑しようとしたのはただの下級侍女です!」
「平民だろうと、大事な国民のひとりだ。そのことすらわかっておらんとは……。そのような者に誰が王国の統治者を任せたいと思うのだ? おまえが、王太子にも、次期国王にもふさわしくないことがよくわかった。そのために、大切なエリーゼを失うことになったかと思うと恐ろしくなる。おまえは廃嫡だ」
「う、嘘ですよね、父上?」
国王陛下は、ジークフリート殿下に冷ややかな視線を浴びせるばかりだった。
※
「君には頭が上がらないな」
ライナルト様の執務室には、ライナルト様と私だけが残った。
「最初に君を疑い、続けてジークフリート殿下を疑った。だが、姉上が自らの命を危険にさらしてまで、ジークフリート殿下を陥れようとしていたなどとは想像もしていなかった。君がいなければ、どうなっていたことか」
ライナルト様がそんなことを言った。
「それにしても、ジークフリート殿下にあんなひどい目に遭わされて、なぜそれでも庇おうとしたのだ?」
「庇おうとしたのではありません。ただ、事実を歪めたくなかっただけです」
「事実を歪めたくない……? 感情よりも、事実が大事というわけか。王族や貴族に聞かせてやりたいな。君は大したものだ」
「私を認めていただけるのですか?」
「ああ、もちろんだ」
私は笑みを浮かべた。
「ではここに置いていただけませんか?」
もう後宮はこりごりだと思っていた。それよりも、心地の良いライナルト様のところに置いてもらいたいというのが本音だった。
ところが、ライナルト様は難しい表情を見せた。
「そうしたい気持ちはあるのだが、今回の件で姉上が君を手放そうとは思わないだろう。何せ命の恩人だ。それに、私も、健康な私よりも、姉上のそばにいてほしい」
「そうですか……」
私は心から残念に思った。
「そんなに私の下で働きたいのか?」
残念さが顔に出てしまっていたのか、ライナルト様が意外そうに言った。
「はい、私、何というか……ライナルト様が好きです!」
ここまで言えば考えてくれるかと思ったが、ライナルト様はなぜか顔を赤くし、私から目を逸らした。
「好き……? 私も君のことは興味深いとは思うが……まあ、そうだな。考えよう」
「何を考えるのですか? 良いではないですか。私はライナルト様と一緒にいたいだけなのです」
「そうか……。だが、頼む。少し考えさせてくれ。その間だけでも姉上の近くにいてくれないか」
歯切れの悪いライナルト様に少しもどかしく思ったけれど、考えてくれるということはまだ可能性があるということだ。悪くない。
「はい、わかりました。ちゃんと真剣に考えてくださいね」
私はできる限りの笑顔で答えた。
ライナルト様は、戸惑ったような、それでいて少し嬉しそうな、曖昧な笑みを浮かべていた。




