僕が救う
ドンッ!!
「きゃああああ!!!」
耳をつんざくような誰かの悲鳴。
足を滑らせて階段から落ちた。当たり所が悪いな、後頭部がズキズキする。手で触れなくても血がドクドクと流れてるのが分かる。
痛い。
なのに、不思議と思考ははっきりとしていた。
死ぬのかな?もしかしたら。
死ぬ。
死ぬ……死?
……あれ。
なんか、僕、死んだことがある気がする。
いやまさか。そんなわけがない。でも……
「坊ちゃま!!大丈夫ですか!?」
ぼやけた眼前に広がるのはこじゃれたシャンデリア、赤と金の装飾。
見慣れた僕の家の天井だ。
何もおかしいところはない。普通の、僕の家の天井。
だけどなんだ?この違和感は。
すると、じわじわと何かが僕の記憶に入り込んでくる。
……あぁ、思い出した。
”メリーの幼馴染”の家の装飾だ。
ほとんどストーリーに関わって来ない、サブキャラの。
横目に周囲を確認すると、慌ただしく叫ぶメイドたちや、急いでこちらへ向かってくる母や妹の姿。
僕はスノーベル家の長男ヒューマ・スノーベル。
メリー・トゥメルトの幼馴染であり、
前世で僕が読んでた漫画の世界の住人だ。
ベッドの上で安静にしながら考える。
医者の話によると命に別状はなく、回復魔法で傷口はほとんどふさがったらしい。
良かった良かった。
死なないなら、それだけで十分である。
なんせ今の僕にはそんなことよりも大事な問題があるからだ。
今の問題は、前世のこと。
僕の前世の記憶は決して鮮明ではない。自分の名前も見た目も性別すらも思い出せない。
しかし、明確に自分の過去だと思える確信だけがあった。
前世で僕は一つの漫画をよく読みこんでいたのだ。
学園を舞台としたストーリーものの漫画。
その漫画の世界と、この世界がとても酷似している。
世界観も、固有名詞も、僕の見た目でさえも。
明確に覚えているのは、前世の僕が狂ったようにその漫画を読み込んでいたこと。
そして、漫画の中の主要登場人物であり、僕の幼馴染であるメリー・トゥメルトがいわゆる”闇落ち”をしてしまい、破滅してしまうことだ。
メリーは幼い頃、明るくて元気なただの女の子だった。ここまでなら今世の僕だって知っている。しかし、彼女は公爵家という重圧や家庭の事情によってどんどん高圧的で冷血な人物になっていくのだ。
周囲に恐れられ、遠ざけられ。
やがて彼女は孤独となり、だれにも頼れないまま傾く公爵家のため犯罪に手を染める。
そして、最終的に主人公に裁かれるのだ。
誰よりも公爵家のことを思って動いて、誰よりも強く正しくあろうとした彼女が、正しさを失った。
僕はメリーの最期の顔を思い出す。
きっと強烈な印象だったのだろう。これだけは何よりも鮮明に思い出せる。
『わたくしは、何をしていたんでしょうね』
涙も出さずに、目を見開いて微かに笑うあの顔を。
漫画を読んでいただけなのに、僕の胸は酷く痛んだ。
何度も、何度も読み返した。いつか結末が変わるんじゃないかって。
しかし、何回読み返してもメリーの運命は変わらない。たった一人の読者じゃ変えようがなかった。
だが、僕なら違う。
僕ならメリーに直接関われる。メリーを助けることができる。
メリーと同じ世界に住んでいるのだから。
…………もしかしたら、この記憶は勘違いかもしれない。
だとしても関係はなかった。
メリーを救いたい。
それは本心である。だが、それだけじゃない。
僕は、メリーに近づきたい。
理由は単純だ。
幼い、誰かも知らない僕に笑いかけてくれた、誰かも知らない人。
明るくて、優しくて。
そんなメリーのことが好きだから。
止まり続けていた一歩を、僕の前世が押してくれた。
あとは進むだけ。
さて。僕がメリーを救うには、最初にするべきことがある。
それは、メリーを救い出せる環境に身を投じること……つまり、王立魔法学園への入学だ。
僕は本来学園と関わることはない。
うちじゃ学費を払えないから。
漫画の中の僕だって過去の回想とサブストーリーで一瞬顔を出すだけで学園と関わることはなかった。
本来は通えないはずの王立魔法学園。
だが、この学園にはある制度がある。
特待制度。
特待を取れば学費は免除される。
僕が王立魔法学園に通うならこれしかない。
それに、特待を取れば作中で主席だったメリーに近づくことができる。
座学においても、魔法においても、今の僕の学力じゃ合格はかなり厳しいだろう。
今から勉強を始めたとて間に合うかは分からない。絶対に楽な道のりではない。
それでも、挑戦しないという選択肢はあり得なかった。
最期のメリーの顔を思い出す。
そして、僕自身が最後に出会った時のメリーも。
背後の喧騒。夜風の匂い。なびく髪。触れる体温。いたずらっぽく笑う顔。
全て覚えている。
僕は痛む後頭部を無視し、立ち上がる。
僕ならメリーを救える。
僕が、メリーを救う。
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