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竜の血を引く転生者、封印戦争の続きを始める

作者: 星渡リン
掲載日:2026/02/11

 夜の山は、音が少ない。

 だから、ひとつの異音がよく目立つ。


 ごう、と低い振動が、石の奥から響いていた。


「……鳴ってる」


 俺は足を止めた。

 護衛の仕事帰りに通るだけの、古い遺跡の入口。人が寄りつかない場所だ。なのに今日は、胸の奥が妙に熱い。


 石碑が見えた。苔に覆われ、文字は読めない。

 それでも分かる。封印だ。


 百年前、封印戦争で“裂け目”を閉じた。

 そう語り部は言う。酒場でも、神殿でも、同じ話をする。終わった戦争。昔話。子どもに聞かせる寝物語。


 なのに。


 石碑の中心に、細い亀裂が走っていた。

 亀裂の奥から、黒い靄が滲む。煙みたいに薄いのに、見ているだけで息が浅くなる。


 俺が一歩近づいた瞬間、胸の熱が跳ね上がった。

 皮膚の下で火が走ったみたいに、血が騒ぐ。


「……っ」


 触れるつもりはなかった。

 なのに指が伸びる。


 亀裂に指先が触れた、その瞬間。


 ざり、と乾いた感触がした。

 灰だ。指先に、黒い灰がべったりつく。


 そして。


「続けろ」


 声がした。耳ではなく、頭の奥で。

 甘くも冷たくもない。ただの命令みたいな声。


 背中が冷えた。


 次の瞬間、矢が飛んだ。


 風を裂く音。

 俺は反射で身を捻り、矢は頬をかすめて石に刺さった。


「誰だ!」


 森の影から黒装束が三人。顔は布で隠れている。

 こいつら、最初から俺を狙ってた。


 剣を抜く。

 刃が月光を拾った、その時。


 胸の熱がさらに上がった。


 視界が冴える。

 相手の呼吸が読める。足音の位置がはっきりする。


 腕に、ざら、と違和感。

 薄い鱗が一瞬浮いたのが分かった。


「……ちっ」


 俺は踏み込んだ。

 身体が軽い。いつもの俺じゃない速度で、剣が相手の刃を弾く。


 一本、二本。

 襲撃者の武器が落ちる。


 残った一人が距離を取ろうとした。

 俺は息を吸い、吐いた。


 炎が、ほんの少し漏れた。

 火球じゃない。息に混じる熱だけ。それでも相手は顔を覆って後退した。


 そして三人は、森へ消えた。


 勝った。

 ……いや、逃げた。


 俺は剣を下ろし、手の甲を見る。

 黒い灰が残っている。払っても落ちない。


 胸の熱も、引かない。


 石碑の亀裂が、また鳴った。


「続けろ」


 さっきより近い。


 俺は唾を飲み込み、遺跡から離れた。


 帰る。関わるな。

 理性がそう言う。


 でも指先の灰が、俺に言っていた。


 もう、関わった。



 翌朝。山の麓の町は、いつも通りの顔をしていた。


 市場の呼び声。パンの匂い。

 子どもが走り、犬が吠え、井戸の周りで女たちが笑う。


 平和だ。

 けれど、少しだけ“ずれ”がある。


 すれ違った男の目の下に濃い影。

 店の娘が空を見て肩をすくめる。


「最近、夜が嫌なんだよね。夢が変で」


「悪夢?」


「うん。壁から影が伸びてくる感じ。起きても手が冷たいままなの」


 笑ってごまかしているのに、目は本気で怖がっていた。


 俺は手の甲を握りしめた。

 黒い灰は、まだ消えない。


 封印の“鳴り”は、もう町にも届き始めている。


「……関わるな」


 俺は小さく呟いた。

 護衛の仕事を続けていればいい。面倒事に近づくほど、命の値段が軽くなる。


 それなのに、胸の奥の熱が、じわじわと背中を押してくる。


 熱い。

 嫌な熱じゃない。放っておけば、どこかが壊れると知らせる熱だ。


 俺は神殿へ向かった。



 石段を上がり、白い柱の間を抜ける。

 祈りの声が小さく響く中、俺は祭具室の前で足を止めた。


 扉の向こうから紙をめくる音。

 それから、短い咳。


 俺が叩く前に、向こうが開いた。


 出てきたのは若い司祭だった。女。

 髪は後ろでまとめている。目は眠れていない人のそれだ。


 彼女は俺を見るなり、眉を動かした。


「……あなた。昨夜、山へ行った?」


「見張られてたのか?」


「違う。封印が騒いだの。神殿の記録棚が、同じ時間に一斉に震えた」


 彼女の視線が、俺の手に落ちる。

 黒い灰を見た瞬間、顔色が変わった。


「触ったのね」


「触るつもりはなかった」


「言い訳は後でいい。……その灰は“封印に触れた印”よ。消えない」


 司祭は深く息を吸い、名を名乗った。


「リラ。封印管理の担当」


「カイルだ」


 リラは俺の腕を掴み、半ば引きずるように祭具室へ入れた。

 机の上には古い巻物と、欠けた輪が並んでいる。


 輪は三つに割れた形だ。

 今あるのは二つだけ。


「これが封印環。封印を繋ぎ直すための輪」


「繋ぎ直す?」


「封印は石じゃない。放っておけば薄くなる。血と誓いで維持する仕組み。つまり、手をかけ続けないとほどける」


 胸の熱が、言葉に反応する。


「百年前に終わったんじゃないのか」


「戦争は終わった。裂け目は閉じた。……でも、閉じた後の仕事がある」


 リラは目を伏せた。


「続ける仕事が」


 俺の頭の奥で、あの声が囁いた気がした。


「続けろ」


 俺は拳を握った。


「昨夜、襲われた。三人だ」


 リラの表情が固まる。


「黒装束?」


「ああ」


「灰の徒党よ。封印を壊そうとしてる連中。封印の向こうの力を欲しがってる」


 リラは机の端を叩いた。乾いた音。

 疲れているのに、止まれない人の動きだ。


「封印が崩れれば、裂け目が開く。封印戦争の続きを、今度はあなたたちが生きてる時代でやることになる」


 俺は笑えなかった。


「俺に何をしろって」


 リラは俺の目を見た。眠れていないのに、強い目だった。


「三つ目の封印環を取り戻す。それから、残りの二つも安全な場所へ運ぶ。更新の準備をする」


「……俺が?」


「あなたが触れたから。封印に触れた者は、封印の“道”が見えることがある」


 リラは言い淀んだ。けれど逃げずに言う。


「それに……あなた、竜の血を引いてる?」


 胸の熱が答えになっていた。

 俺は小さく頷いた。


 リラが目を閉じ、短く祈るように言った。


「……やっぱり。竜血は封印に一番相性がいい」


「相性がいいって」


「封印戦争で最後まで残ったのは竜血の一族だって記録がある。封印を守り続ける役目を引き受けた」


 俺の背中がぞわりとした。


 前の世界の記憶がある。だから俺は転生者だ。

 でも、この世界の俺にも、背負っているものがある。血と、役目と、戦争の続き。


 リラは封印環の欠片を布で包み、俺に差し出した。


「行くわよ、カイル」


「俺が断ったら?」


「止められない。誰かがやる。……私ひとりじゃ足りない」


 彼女の声が、少しだけ揺れた。


「怖いの」


 その一言が、胸に刺さった。


 俺は言った。


「分かった」


 理性はまだ反対していた。

 でも指先の灰は消えない。胸の熱も消えない。


 俺はもう、戻れない場所に足を踏み入れている。



 その夜、町外れの林で灯りが揺れていた。


 リラが囁く。


「儀式の気配。灰の徒党が動いてる」


 俺たちは草むらに身を伏せ、木々の隙間から覗いた。


 黒装束が円を描き、中心に石皿。

 石皿には灰が盛られ、そこから黒い靄が立ち上っている。


 その前に立つ男。

 背が高く、肩幅が広い。顔は隠していない。目が冷たい。


「ガルム……」


 リラが名前を吐き出す。


 男は声を張った。


「封印は鎖だ。弱い者を守る鎖だ。だが鎖は、強い者の足も縛る」


 黒装束たちが低くうなずく。


「封印の向こうには力がある。奪われた時代がある。なら、取り返す」


 石皿の灰が、ざり、と動いた。


 そして。


「解放しろ」


 囁きが、耳の奥に滑り込む。

 甘く、嫌な言い方で。


 胸の熱が騒いだ。怒りに近い騒ぎ方。


 リラが前に出ようとする。


「やめなさい!」


 声が響いた瞬間、黒装束が一斉に振り向いた。

 待っていたみたいに。


「来たか、神殿の犬」


 ガルムが笑う。薄い笑いだ。


「封印を守って何になる。民は苦しいままだ。力があれば変えられる」


「力で変えたものは、力で壊れる」


 リラが言い返す。


 ガルムは肩をすくめた。


「それでも、手に入れたい者はいる」


 黒装束がリラに飛びかかった。


「リラ!」


 俺は飛び出した。


 剣を抜く。

 同時に胸の熱が上がる。


 腕に鱗が浮く。

 視界が鋭くなる。


 俺は黒装束の腕を斬り払ってリラを引き寄せた。

 もう一人の刃を弾く。


 その瞬間、息が漏れた。

 熱が混じる。炎が小さく舌を出し、相手の布を焦がした。


「……竜血か」


 ガルムが目を細める。


「いい。実にいい。封印を壊す鍵が向こうから来た」


 リラが俺の腕を掴んだ。


「下がって。今は目的じゃない」


「目的?」


「封印環よ。儀式を止めるより、更新の準備が先」


 リラは震えを押し殺した声で言った。


「あなたが鍵になれる。だから、死なないで」


 黒装束の数が多い。

 ここで無理をすれば倒れるのは俺たちだ。


 俺は舌打ちし、リラを庇う形で後退した。


 逃げる。悔しいが、逃げる。


 闇に紛れて林を抜ける背後で、ガルムの声が追う。


「封印の続きを始めたければ来い! 世界は、閉じたままじゃ腐る!」


 リラが走りながら吐き捨てた。


「腐るのは、欲のほうよ……!」


 俺は手の甲の灰を握りしめた。


 あいつは封印を壊す。

 それが分かった。


 そして俺たちは、封印を“続ける”側になる。



 第一の封印環は、遺跡の地下水路にあるとリラは言った。


「封印環は人目につかない場所に分けて隠された。更新のためにね。戦争が終わった後も、守り続けるために」


 地下水路は冷たかった。

 石段を下りると湿った空気が肌にまとわりつく。


 暗い水面に、淡く光る輪が沈んでいる。


「……あれか」


 俺が一歩近づいた瞬間、胸の熱が暴れた。


 視界が揺れる。

 水面が鏡になり、知らない景色が映る。


 火。

 叫び。

 巨体の影が空を覆う。


 戦争だ。封印戦争の光景。


 俺は歯を食いしばった。

 これは前の世界の記憶じゃない。なのに、身体が覚えている。


「カイル、戻って!」


 リラの声が遠い。


 俺は膝をつきそうになりながら手を水に入れた。冷たさで指が痛い。

 輪を掴む。石より重い。


 引き上げた瞬間、腕に熱が走った。

 皮膚の下で何かが動き、鱗が薄く浮いて……そのまま残った。


「……っ」


 リラが近づき、包帯を巻く。


「使うたびに、あなたは竜に近づく」


「戻れないのか」


「戻れるかどうかは、誰にも分からない。でも、封印はそれだけ重い」


 俺は輪を握りしめた。冷たいのに、胸は熱い。


「続ける」


 リラが小さく頷いた。



 第二の封印環は、朽ちた戦場跡にあった。


 丘を越えると、石の槍が並ぶ場所が見えた。

 折れた旗の杆。崩れた塹壕。草が伸びているのに、空気が重い。


「ここが……」


 リラが目を伏せる。


「封印戦争で、一番人が死んだ場所。封印を閉じるために、時間を稼いだ」


 碑があった。

 名前が刻まれている。擦れて読めないのに、数だけは分かる。多すぎる。


 碑の根元を掘ると石箱が出た。

 中に、封印環の欠片。


 俺が触れた瞬間、また記憶が流れ込んだ。


 背中に、誰かの体温。

 小さな体。泣いている。

 俺は走っている。燃える地面を、必死で。


「……誰だ」


 声が漏れた。


 前の世界じゃない。

 でも確かに俺の足で走っている。


 俺は息を荒くし、碑に手をついた。


 リラが静かに言う。


「竜血の一族は、封印戦争で最後まで残った。封印を更新し続ける役目を引き受けた」


 俺は封印環を見た。


「俺は……呼ばれたのか」


「偶然じゃないと思う」


 リラの声は優しかった。

 優しさの中に、現実がある。


「あなたが鍵になれる。だから、逃げないでほしい」


 逃げたい気持ちは、確かにある。

 でも背中の記憶が言っていた。逃げた先で、また誰かが泣く。


 それが嫌だった。


「逃げない」


 リラは少しだけ肩の力を抜いた。


「ありがとう」


 その言葉が、思った以上に重かった。



 三つ目の封印環は最深部にある。

 封印の間へ向かう途中、俺たちは待ち伏せを受けた。


 霧が濃い谷。

 石の道が細く、左右は崖。


 黒装束が現れる。数は多い。

 そして前に立つ男。


「久しぶりだな、竜血」


 ガルムだ。

 手には三つ目の封印環。


「それを返せ」


 リラが叫ぶ。


「返す? いいや。完成させる。封印を壊すために」


 ガルムが封印環を掲げた瞬間、谷の空気が重くなる。

 遠くの山から黒い靄が伸びてくる。裂け目が広がっている。


 間に合わないと分かった。


 俺は剣を構えた。

 胸の熱が上がる。


 でも今日は、熱が重い。

 竜化の反動が溜まっている。足が一瞬、もつれた。


 リラが俺の腕を掴む。


「追うのよ、カイル!」


「倒すんじゃなくて?」


「倒すためじゃない。封印を更新するために追うの。目的を間違えないで」


 ガルムが笑う。


「来い。続きが見たいんだろう?」


 挑発に胸が反応する。

 でもリラの言葉が俺を引き戻した。


 勝つためじゃない。繋ぐためだ。


「行くぞ」


 俺たちは走った。



 封印の間は、山の腹の中にあった。

 巨大な石環が床に埋まり、中央に石碑。亀裂が走り、黒い靄が渦を巻いている。


 ガルムが石環の前に立った。


「見ろ。世界はまだ眠っている。起こしてやる」


 囁きが広がる。


「解放しろ」


 嫌な甘さの声。

 手に入れろ。奪え。戻せ。


 黒装束が周囲に円を作り、儀式を始めた。

 ガルムは三つ目の封印環を石環に嵌める。


 かちり、と音。


 石環が、僅かに回った。


「やめて!」


 リラが詠唱を始める。

 封印を閉じる言葉。更新の言葉。


 だが空気が重すぎる。言葉が弾かれる。


「媒体が足りない……!」


 リラが歯を食いしばる。


「血が必要。竜血が……!」


 俺は一瞬、迷った。


 血を流せば、竜化が進む。

 戻れないかもしれない。


 でも、ここで迷えば裂け目が開く。

 町の悪夢が現実になる。人が死ぬ。


 俺は剣を握り直し、刃をひっくり返した。


 自分の掌を切る。


 熱い。痛みより熱が先に来た。


 滴った血が石環に落ちる。


 じゅっ、と音。

 血が光る。赤じゃない。金に近い光だ。


 胸の熱が爆発した。


 背中が熱い。

 肩甲骨の辺りが裂けるみたいに痛い。


 翼の輪郭が、一瞬だけ影になる。竜の翼の形。


「……なんだ、それ」


 ガルムが目を見開く。


「竜血が……封印を選ぶだと?」


 俺は息を吐いた。

 炎が漏れそうになるのを、歯を食いしばって抑える。


「リラ、続けろ!」


「……分かった!」


 リラの詠唱が、今度は石環に吸い込まれていく。


 ガルムが焦り、剣を抜いて突っ込んできた。


「邪魔をするな!」


 俺は受ける。

 正面から勝てない。体が重い。血が熱い。


 ガルムの剣が肩を裂いた。

 痛みが遅れてくる。


 それでも俺は下がらない。

 俺の役目は、ガルムを倒すことじゃない。


 儀式を上書きすることだ。


 俺は石環の中心に立ち、血の流れを止めず、声を出した。


「終わらせたつもりで、手を離した。……今度は離さない」


 囁きが唸る。


「やめろ」


「続けろ」


 ふたつの声が頭の中でぶつかった。


 俺は選ぶ。


「続ける。守るために続ける」


 リラの詠唱が最後の言葉に辿り着いた。


「封を結ぶ。輪を繋ぐ。血と誓いを、ここに戻す!」


 石環が回った。

 今度は、閉じる方向へ。


 黒い靄が引きずられるように亀裂へ戻っていく。

 空気が軽くなる。呼吸ができる。


 ガルムが叫ぶ。


「やめろ! 力は……!」


 黒装束の円が崩れた。儀式が乱れる。


 囁きが最後に言う。


「続ける者がいる限り、戦争は終わらない」


 俺は血まみれの掌を石環に押しつけたまま、言い返した。


「なら、終わらせるんじゃない。続けて守る」


 石環が、かちり、と止まった。


 黒い靄が消える。

 亀裂が閉じ、石碑は静かになった。


 世界が、息を吐いたみたいだった。



 俺はその場に膝をついた。

 血が抜けて、熱が抜けて、力が抜ける。


 倒れる寸前、リラが抱き止めた。


「カイル!」


「……生きてる」


 声がかすれる。

 笑ったつもりが、変な顔になった気がした。


 リラが眉をひそめる。


「そんな顔で言わないで。心臓が止まるかと思った」


「止まらない。……止めない」


「言い直すの、偉い」


 怒ってるのに、少しだけ柔らかい声。


 俺は腕を見る。

 鱗が薄く残っている。剥がれない。


 リラが静かに言った。


「あなたはもう、普通には戻れないかもしれない」


「普通に戻るために来たんじゃない」


 俺が言うと、リラは一瞬だけ目を丸くして、息を吐いた。


「……変な人」


「褒めてる?」


「褒めてない」


 でも、その否定は優しかった。


 封印の間の空気は、さっきまでの重さが嘘みたいに軽い。

 外から風が入り、冷たいのに気持ちよかった。


 山を下りる途中、町の灯りが見えた。

 いつも通りの灯り。

 それが、すごく大事なものに見えた。


「町の悪夢は収まる?」


 俺が聞くと、リラは頷いた。


「少なくとも、影が現実になるのは止まる。封印が安定したから」


「……良かった」


 胸の奥の熱が、まだ微かに残っているのを感じた。

 終わってない。完全に終わる話じゃない。


 封印石碑の前に立ち、俺は剣を地面に立てた。

 風が髪を揺らし、鱗の残った腕に冷たさが触れる。


 俺は石碑に向かって言う。


「封印戦争の続きを始める。俺が見ている限りは」


 リラが隣に立った。


「ひとりで背負う気?」


「背負い方は、覚え直す」


「じゃあ、私も続ける。封印管理は途中で投げたら、もっと酷いことになる」


 淡々とした言葉の奥に、覚悟があった。


 俺は頷く。


「次は、いつ更新だ」


「まずは記録を整える。次に見回りの順路を作る。それから……封印環の保管場所も考える」


「うん」


 やることがある。

 続けることがある。


 それは、戦争の続きを“始める”ということだ。

 剣を振るだけじゃない。勝利の後も、手をかけ続けるということ。


 封印は鳴らない。

 代わりに、風の音がした。


 俺は息を吸った。

 冷たい空気が肺に入って、ちゃんと生きていると分かった。


 戦争は終わりじゃなく、見張りに名前がついただけだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


この物語は「大きな勝利の後にも、守る戦いは続く」という王道を、短編の熱量で描きたくて書きました。

カイルは英雄ではありません。正面から勝てる強さも、派手な奇跡も持っていない。けれど“勝ち方”を選べる人です。倒すためではなく、繋ぐために前へ出る。そこに、騎士の名前より重い誓いがあると思っています。


そして竜の血は、力のご褒美ではなく「代償のある鍵」として置きました。

鱗が残るのは、勝った証じゃなく、続ける証。

封印が鳴らなくなった夜ほど、次の見回りが始まる。そんな余韻で締めています。


もしこの先を想像してくださったなら、カイルとリラはもう“戦争”を探しに行くのではなく、“明日”を守るための段取りを積み重ねていくはずです。

その静かな熱が、少しでも胸に残っていたら嬉しいです。

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