プロローグ① トンネルワナビー
※ChatGPTを補助で使用しました
――東京 某埠頭。
貨物線の赤い警告灯が、港湾地区の闇を流れていく。
鉄と潮の匂いが混じり、風は油の膜を巻き上げていた。
上空を、濃紺の外装をしたヘリが通過する。
ローターの音は低く、空気を削るような連続音になって夜気を震わせた。
「目標、倉庫群を南に移動中。追跡アルゴリズムが破綻しています――壁を通過している可能性あり。」
モニタ上の地図では、赤い点が跳ねるように動いていた。
倉庫を貫き、経路予測AIをあざ笑う軌跡。
後部座席には、三人の人間が座っていた。
操縦士や機材員たちは統一された濃灰の制服に身を包んでいるが、この三人だけは違う。服装も装備もまるで統一感がない。共通点があるとすれば、それは機内の緊迫感に反した異常なほどの落ち着き様だ。
スライドドアのそばに座る色の薄い短髪の男が、静かにつぶやく。
「いっぱしのコソ泥にしては、なかなか物騒な能力だね。」
隣の黒髪の女は視線を動かさずに答えた。
「だから我々が出動しているのだろう。」
彼女は足元に横たえられていた細長いケースを手に取り、いくつかのロックを外した。中から現れたのは、光を吸うような黒い鞘に収まった刀。無骨な機械の中で、それだけが異様に静かだった。彼女の動作には、儀式のような静けさがあった。
「出るぞ。人払いは任せた。」
女が刀を手に取り、ハーネスを外す。
金具の音が、機内の圧に沈んだ。
座席の反対側で、体格のいいもう一人の男が無言でスライドドアに手を掛ける。
掌の骨がきしむような音がした。
短髪の男はその様子を横目で見て、口を歪める。
「ハイハイ。俺はまた地味なお仕事ですよ。」
女は視線を向けずに言った。
「戦わずに給料がもらえるのなら、それが一番ましだろう。」
「俺も結構、頭使って働いてるんですけどね」
男が半笑いで言い返すのを待たずに、ローターの轟音の中に二つの影が消えていった。
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男は走っていた。
肺が潰れそうな音を立て、足裏の骨がアスファルトを噛んだ。
それでも止まらない。
人間という種が他の動物に勝てた理由――それは知性でも言語でもなく、その持久力にあった。
チーターのような瞬発力も、狼のような牙もない。
それでも人は、獲物の息が尽きるまで追い続ける執念を持っていた。
ただ足を動かし続ける。
それこそが、ホモ・サピエンスの生存戦略だった。
だが、この男は走り慣れていなかった。
息は荒く不規則で、十月の冷えた夜風に似合わぬ汗が顔を伝って落ちる。
両手はもはや推進のためではなく、ただ放り投げるように前へ出されていた。
どこへ逃げるのかも分からない。
とにかく逃げる。
こんなはずではなかった。
すべてうまくいくはずだった――この能力さえあれば。
倉庫の壁に、迷いなく突っ込む。
灰色の外装は、海風で酸化した鉄と樹脂の混合材。
その表面を叩く雨粒のように、男の身体が散った。
頭の奥に、電流のような感覚が走る。
視界が白く弾け、次の瞬間には、手も胴も脚も壁の向こうに抜けていた。
壁は後から「現実」を取り戻す。
すこし経った後、まるで副作用のように、鈍い音をたて蜘蛛の巣のようなヒビが壁に広がった。
男は、この半年の出来事を思い出していた。 この力さえあれば、何でもできた。 企業のデータを盗み、金庫から金を抜き取った。
世界が、薄い膜のように透けて見えた。
だが今夜、その高揚と万能の夢は、サーチライトとサイレンの音に叩き起こされた。
光は夜の空気を裂き、音は肺の奥を振動させる。
追われている。それだけが、現実だった。




