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影を落とすオフィス


 ――ピピピピピピ!


 耳元でけたたましいアラームが鳴り響く。

 ひよりは布団を頭からかぶり、枕を抱きしめた。

 「うう……何、この音……止めてよ……」


 「起きろ! 社会の歯車よ!」

 隣でドヤ顔して叫んでいるのは、もちろん藍流だった。

 「アラームは五分おきに十段階で鳴るように設定してある。逃げ場はない!」


 「ちょっと! なんで勝手にアラームセットしてんのよ!」

 ひよりは布団の中から怒鳴る。

 「お前が設定したんだろうが!」

 「それでも! 朝の幸せを奪う権利はないの!」


 藍流は布団をつかんでベリッと剥ぎ取った。

 「社会人はなぁ、寝坊した瞬間に終わりなんだよ!」

 「うるさい! あんたに説教される筋合いないっての!」


 朝から騒がしいケンカを繰り広げ、結局ひよりは藍流のせいで予定より早く身支度を整える羽目になった。


 (はぁ……なんで私の人生、AIにまで振り回されてるんだろ)


 ブツブツ文句を言いながらも、ひよりはスーツに袖を通し、出勤の準備を整える。

 「じゃ、行ってくるから!」

 「おう、今日の占い大凶だから気をつけとけよな!」

 「……縁起でもないこと言わないで!」


 玄関の扉が閉まると同時に、藍流はソファに寝転がり、にやりと笑った。

 「さて……今日は何か面白ぇことが起こりそうな気がするな」


株式会社AIC ひよりの勤める会社だ。

広い会議室の一角、AI開発課のメンバーは今日のプレゼン準備で慌ただしく動いている。


 「おはようございます、春日さん!」

 元気よく声をかけてきたのは、後輩の薬師寺二郎だった。

 26歳、誠実そのものといった青年で、黒縁のARグラスがトレードマーク。少し不器用だが、その真面目さやコミュニケーション力の高さはチーム内でも評判だった。


 (ほんと、真面目で可愛い後輩だわ。こういう子は絶対伸びる)


 「例のシステム、最終チェックは僕がやっておきます!」

 「ありがとう、薬師寺くん。でも無理しないでね」

 「いえ! 春日さんみたいになるのが目標なんで!」


 にこにこと返す薬師寺の顔に、ひよりは苦笑いした。

 (ほんとに真っ直ぐね……でも、その真っ直ぐさが眩しいっていうか)


 すると、後ろから落ち着いた声がした。

 「薬師寺くん、あんまり先輩を困らせちゃだめよ」


 振り返ると、秘書課の早瀬まりが立っていた。

 32歳。仕事が早く、誰にでも柔らかく接する“会社のお姉さん”的存在。上層部からの信頼も厚いし、社員からの相談役にもなっている。


 「春日さんって、ほんと部下に慕われてますね。私、羨ましいです」

 にこやかに言うその表情は完璧だ。


 (早瀬さんは、ほんと出来る人だよなぁ。見た目も落ち着いてるし、私もああなりたいって思うことある)


 ひよりはそう思いつつも、ほんの少しだけ胸の奥に違和感を覚えた。

 褒めてくれているのに、どこか距離を取られているような――そんな感覚。


 「……あ、でも薬師寺くんはほんと真面目で頑張り屋さんだから」

 早瀬はさらりと微笑む。

 「きっと、いいパートナーが見つかりますよね」


 薬師寺が照れ笑いし、ひよりは「パートナーって仕事の意味よね?」と心の中で首をかしげた。



 午前中は順調に作業が進んだ。

 だが、午後のプレゼン直前――。


 「……え?」

 ひよりが資料を開いた瞬間、画面がぐちゃぐちゃに乱れていた。文字化け、グラフの崩壊、保存されていたはずのデータがごっそり抜け落ちている。


 さらに追い打ちをかけるように、顧客からクレームの電話が入った。

 「春日さんから意味不明なメールが届いたんですが?」


 周囲の視線が一斉にひよりへ向けられる。

 「……そ、そんなはずは」

 頭が真っ白になる。確かに昨夜までは完璧に仕上げていた。パスワードだって毎回変えているのに。


 (どうして……? なんで、私が……!?)


 会議室に重苦しい空気が流れる。

 信じられない、これは――身に覚えのない失敗だった。

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