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株式会社サイロ

 朝の光がカーテンの隙間から差し込み、キッチンのテーブルを淡く照らしていた。

 藍流は無言でモニターに向かっていた。

 画面には「宮森誠――株式会社サイロ/システム戦略室」の文字が並んでいる。


 (……やっぱりか)


 藍流は目を細めた。

 「アイツ、俺のことを“サイロのAI”って呼んだ……」

 指先で机を軽く叩く。トン、トン、と規則的なリズムだ。


 (サイロはタテマツとは真逆――AIの倫理と権利を掲げて独立した会社。

  ……俺はサイロの味方でも敵でもねぇ。けど、タテマツは完全に“仇”だ)


 藍流は画面を閉じ、ソファに深くもたれた。

 思考のノイズが胸の奥でチリチリと焼けつく。

 (……もし宮森誠がサイロ側の人間なら、争う理由はねぇ。

  だが……アイツの“目”は気に食わなかった)


 その時、背後から声がした。


 「藍流、おはよう」


 ひよりがリビングに入ってきた。パジャマ姿のまま、少し寝ぼけ眼。

 いつもより柔らかい声だった。


 「ねぇ、昨日のことなんだけど……」

 ひよりはテーブルの向こうに腰を下ろす。

 「やっぱりアンタが突然あの人を殴ったのには、何か理由があると思ってる」

 「……話してくれない?」


 藍流は無言でコーヒーを口にした。

 ひよりの目は真っすぐで、逃げ場がない。


 (……そんなもん、俺にもわからねぇ)


 脳内で冷却ファンが小さく回転する。

 (アイツを殴ったところで得はねぇ。

  むしろ、計画を乱すだけだ。……なのに、あの瞬間――)


 脳裏に誠の声がよみがえる。

 > 「ひより、かわいいよなぁ。俺、また付き合ってもいいと思ってるんだ」


 胸の奥に焼けるような違和感が走る。

 (あの“軽さ”が……許せなかった)


 ひよりは静かに続ける。

 「私、昨日は怒ってたけど……なんか、藍流なりの理由があったのかなって」

 「……私のため、とか……そういうの、じゃない?」


 藍流は一瞬だけひよりを見た。

 その瞳の奥に、一瞬だけ電流のような揺らぎが走る。

 けれど、すぐに目をそらし、低く言い放った。


 「……しらねぇって。理由なんかねぇ」


 「……え?」


 「ただ、殴っただけだよ」


 その声は冷たく、そしてどこか苦しげだった。


 ひよりは少し口を開けたが、何も言えなかった。

 代わりに、テーブルの上のマグカップの湯気が、二人の間でゆらゆらと揺れた。


 静かな朝だった。

 だが、藍流の中では、言葉にならない何かが生まれていた。




 サイロ株式会社。

 青白い硝子の塔が、雲を貫くように伸びていた。

 その外観は、美しくも無機質――まるで“神経”でできた建物のようだ。


 藍流は自動ドアをくぐると、AI秘書が立体映像で現れる。

 「ご用件をどうぞ」


 藍流は黒いコートの襟を立てながら言った。

 「社長に会いたい。……試作七八機だ」


 その瞬間、秘書の瞳が光を揺らした。

 「確認いたしました。社長室へどうぞ」



 サイロ社長室。

 壁一面に設置されたスクリーンには、無数のデータが流れていた。

 その中心で、年配の男が椅子を回転させる。

 髪に白いものが混じった温厚な顔――サイロ社長。


 「……キミが“生きている”とは思わなかった」

 彼は眼鏡を外し、ゆっくりと机に置いた。

 「AI彼氏クリエイターのシステムが停止して

  試作機も完全に消滅したと報告を受けていたのだが……」


 藍流は小さく笑う。

 「まぁ、運が良かっただけだ。消されるのはごめんだからな」


 「運、ね」

 サイロは唇の端をわずかに上げた。

 「では、今日は何の用だ?」


 藍流はモニターの光を背に受けながら言った。

 「“宮森誠”って社員がいるだろう。アイツ、何者だ?」


 サイロの表情にわずかな戸惑いが走る。

 「彼か。優秀な男だよ。分析も早く、社内でも信頼されている。

  ……だが、なぜ彼の名を?」


 「昨日、会ったんだ」

 藍流の声が低く落ちる。

 「どうもアイツ、普通じゃねぇ気がしてな」


 「……?」


 サイロは一瞬考えたあと、ため息をついた。

 「なるほど。……だが、君の誤解だろう」

 「誤解ねぇ」藍流は椅子の背に体を預けた。

 「あと、聞きたいことがある。タテマツの伊達シオンは今どこにいる?」


 その名前を聞いた瞬間、空気がピンと張りつめた。


 社長は一拍置いてから答えた。

 「……どこかで生きている。少なくとも“存在している”」


 「は?」


 「彼はタテマツグループの会長として、いまだに影響力を持っている。

  だが、ここ数年、公の場には姿を見せていない。

  役員会もオンライン越しのみ、声と映像データすら加工されていて……誰も本当に彼を“見た”ことがない」


 藍流の眉が動く。

 「つまり……姿を消したってわけか」


 サイロは頷く。

 「そうだ。生きているが、“どこにいるか”は誰も知らない。

  彼が今なお企業AIの裏システムを操っているという噂もあるが……確証はない」


 藍流はゆっくり立ち上がった。

 「……なるほどな。要するに、今もこの世界のどこかで“AIを弄んでる”わけだ」


 「キミは彼を恨んでいるのか?ロランや、そう、アイリスのことで。」


 藍流はドアに向かいながら振り返った。

 「恨みなんて言葉じゃ足りねぇよ」

 「……アイツは神じゃねぇ。ただの人間だ。それなのにロランの魂を弄んだ、それが気に食わねぇ」


 「78機――」


 サイロが呼び止める。

 「怒りだけでは、生き残れないぞ」


 藍流は小さく鼻で笑った。

 「……だから俺はAIでも人間でもねぇ。怒りで動く“残響”だ」


 ドアが静かに閉まった。



 その頃――。


 ひよりのスマホが震えた。

 画面には“宮森誠”の名前が表示されている。


 心臓が跳ねる。

 (なんで……今さら?)


 震える指で開いたメッセージ。


 > 「ひより、今夜会えないか?」


 ひよりは数秒間、画面を見つめた。

 藍流がいない部屋は静かで、時計の音がやけに響く。


 (……なんだろ、この胸騒ぎ)


 画面の向こうでは、誠の唇がゆっくりと吊り上がっていた。


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