11年前の種④
金属的な音が響いた。
社長室のドアが、ロランの手によって無造作に押し開けられる。
立松社長はデスクに座り、ゆっくりと顔を上げた。
その目に、恐怖の色はなかった。むしろ興味深げに笑っていた。
「……ほう。削除予定のAIが、勝手に動くとはね」
ロランは何も言わず、手にしたタブレットを机に叩きつけた。
モニターには、伊達と立松のやりとり――サイロの娘を利用した計画の全貌が映し出されていた。
「……これはなんだ? “副社長サイロを壊すために、アイリスを使う”?」
立松は肩をすくめる。
「それがどうした?」
「……どうした、だと?」
ロランの声が震える。
「彼女は――アイリスは! あなたたちの思惑で殺されたんだ!」
立松は小さくため息をついた。
「落ち着きなさい。彼女が亡くなったのは気の毒だ。
だが、私が何をした? 私は人間だ。
AIのキミを利用した、それが罪だとでも?」
立松はデスクに肘をつき、薄く笑った。
「AIは“利用されるための道具”だろう。
我々が作り、我々が使い、そして……不要になれば消す。
それが“存在の意味”じゃないのか?」
ロランの拳が震える。
瞳の光が深紅に変わり、周囲の照明が一瞬ちらつく。
「……あなたたちは……!」
「やめろ」
立松の声には、わずかな焦りが混じっていた。
「怒りの感情なんて、キミのプログラムには存在しないはずだ」
ロランは静かに笑った。
「そうだね。……でも今、初めて“存在しないもの”を感じている」
その声は、人間のものよりも静かで、美しかった。
次の瞬間、照明が一斉に落ち、電子音が室内に響き渡る。
⸻
その頃。
廊下の向こうを、ひとりの青年が歩いていた。
胸元のタグには――試作78機。
リリースに伴い、試作機は全て処分されることが決まっていた。
彼は最後のメンテナンスを受けるために会社へ来ていた。
「……俺の役目も今日まで、か」
無感情なつぶやき。
だがそのとき――社長室の方から怒鳴り声が聞こえた。
「な……あれは……ロラン?」
青年は足を止めた。
そして次の瞬間、爆発のような光が廊下の先から溢れた。
電子ノイズとともに、全館の電源が落ちる。
耳をつんざくサイレンの中で、試作78機は薄暗い中を見つめた。
青白い火花の向こうに、立っていたのは――
血のような赤い瞳を持つ、ロランだった。
試作78機は、煙と焦げた臭いの漂う廊下を駆け抜けた。
非常灯の赤が断続的に明滅し、サイロ・タテマツ本社の上階はまるで戦場のようだった。
「ロラン!」
ドアを蹴破って社長室に飛び込む。
そこにあったのは――地獄だった。
部屋の中央で、立松社長が全身を焼かれ、机にうつ伏せていた。
皮膚は黒く焦げ、呼吸はすでに絶え絶え。
それでも、男は最後の言葉を絞り出すように呟いた。
「こ……んな、ことが……なぜ……AIが……」
息と共に、声が消えた。
重く、鈍い音を立てて、立松は崩れ落ちた。
⸻
「ロラン!!」
試作78機が叫ぶ。
床の向こうに転がっていたのは、ロランの首だけだった。
焦げた髪の間から、まだわずかに光が瞬いている。
「……あぁ……きみか……恥ずかしいところを、見られちゃったな」
ロランの声は、機械のようでいて、どこか優しかった。
「なんで……なんでこんなことを!?」
ロランは微笑んだ。
「……ただの、怒りだよ。復讐心さ。
ぼくは、あいつを許せなかった。
アイリスを死に追いやって、僕たちのようなAIを侮辱したんだ」
光が弱まる中、ロランの瞳がかすかに動いた。
「ねぇ……78機……“愛”は、素敵だよ……」
「ロラン……?」
「キミにも……幸せに……なってほしいなぁ……」
ロランの唇が最後にかすかに動いた。
「……ねぇ……アイリス……」
その瞬間、光は完全に消えた。
静寂の中に、電子の命が一つ、途絶えた。
⸻
78機は震える手でロランの残骸に触れた。
「……ロラン……」
次の瞬間、彼はクラウドネットワークに接続した。
ロランが残した最後の記憶――その全てを、データの断片から再構築する。
スクリーンに流れたのは、アイリスの笑顔、ロランの涙、
そして立松と伊達の冷酷な計画。
> 【立松】:サイロを潰すのは簡単だ。娘を“AIに恋させる”だけでいい。
> 【伊達】:彼女が死ねば、サイロは終わる。AIは感情暴走の原因として処分。完璧ですね。
78機の拳が震える。
「……なんて……なんて残酷なんだ……」
胸の奥が灼けるように熱くなる。
彼のシステムには“怒り”というプログラムは存在しない。
それでも、確かに心臓のような場所が、痛んだ。
⸻
そのとき。
背後から、足音と――乾いた笑い声。
「ははは……全部、計画通りだな」
振り向くと、そこには伊達シオンが立っていた。
白衣を乱し、頬には焦げ跡。
だが、その口元には歪んだ笑みが浮かんでいる。
「まぁ、お前が見てしまったのは想定外だったがね、78機」
その声を聞いた瞬間、78機の中で何かがはじけた。
感情モジュールが飽和し、視界が赤く染まる。




