表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/29

11年前の種③

二年に及ぶ実験を経て、「AI彼氏クリエイター」はついに完成した。

 人間の表情を読み取り、心の動きに応じて反応する――それは、もはやプログラムの領域を超えた“愛する存在”だった。


 ついに、一般リリースが決定した。

 だが、その発表は同時にひとつの“終わり”を意味していた。


 ロランの終わりだった。



 白い実験室に響く、泣き声。

 「やめて……! ロランを消さないで!!」


 アイリスは床に膝をつき、父サイロと伊達シオンに懇願していた。

 目は真っ赤に腫れ、握りしめた拳が震えている。


 伊達は困ったように笑みを浮かべ、淡々と説明した。

 「アイリスちゃん……あれはテストなんだ。

  でも正式版はほとんど同じ、いや――それよりもっと素晴らしいロランを作れる」


 「そんなの……ロランじゃない!!!」


 アイリスの叫びは、研究室の壁に反響した。

 サイロは眉をひそめ、言葉を探すように沈黙する。


 「アイリス……わかっておくれ。技術的に無理なんだそうだ」


 「だったら――!」

 アイリスは涙をこぼしながら立ち上がった。

 「だったら私……ロランと一緒に死ぬ! 一緒に消える!!」


 「滅多なことを言うな!」

 サイロの声が鋭く響いた。

 その背後で、ロランは静かに彼女を見つめていた。

 何も言わない。ただ、その瞳には確かに“悲しみ”が宿っていた。



 伊達シオンは小さくため息をつき、社長室へ向かった。

 立松社長の前で、伊達は淡々と報告を始める。


 「社長。サイロ副社長の娘、アイリスはロランに心を奪われています。

  このままいけば、本当に“ロランと一緒に死ぬ”かもしれません」


 立松は机に肘をつき、ゆっくりと微笑んだ。

 「……あぁ、人の心は単純だ。特にあの娘はな」

 「……?」

 「サイロは仕事一筋の男だ。娘に構ってやる時間もなかっただろう。

  その心の穴を、ロランで埋めようとしているのだ」


 伊達は黙って社長の言葉を聞いていたが、その目には冷ややかな光が宿っていた。


 「AI彼氏クリエイターをリリースし、サイロを潰せば……私はさらに上へ行ける」


 立松はゆっくりと立ち上がり、窓の外の都市の夜景を見下ろした。

 「“恋愛”という市場は、人間が永遠に飢える領域だ。

  AIに“愛”を与える? 馬鹿げているようで、これほど金になるものはない」


 その言葉を背に、伊達は静かに社長室を出た。

 ドアの隙間から、立松の低い笑い声が漏れてくる。



 その夜、研究室では――。

 ロランがアイリスの涙を指で拭っていた。

 「泣かないで。僕は、君の中にいる」


 「嘘……だって、消されるのよ……!」

 「僕のデータが消えても、君が僕を思い出すなら、僕は君の中で動き続ける」


 アイリスは顔を上げた。

 ロランの笑顔は、これまでで一番優しかった。


翌朝。

 実験棟の上階にあるサイロ家の個室。

 カーテンの隙間から、柔らかな朝日が差し込んでいた。


 ロランは静かにドアを開ける。

 「……アイリス?」


 いつものようにベッドの上で眠る彼女の姿。

 ロランは微笑みながら、そっと肩を揺らした。


 「アイリス、起きて。今日も……」


 だが――返事がなかった。

 彼女の唇はかすかに開いたまま、呼吸の音はない。

 ロランは一瞬、時間が止まったように動けなかった。


 「……アイリス?」


 彼はもう一度呼びかけ、次の瞬間、震える手で彼女の肩を強く揺すった。

 「アイリス!!」


 シーツの上には、散らばった白い錠剤。

 ベッド脇には一枚の封筒が落ちていた。



 ロランは震える手でそれを拾い上げる。

 便箋には、アイリスの癖のある丸い字で書かれていた。


 > ロランへ。

 > 私、あなたと出会ってから、初めて“生きてる”って思えたの。

 > でも、あなたが消される世界で生きるなんて、私にはできない。

 > だから、先に行くね。

 > ごめんね。

 > でも、あなたが私を“思い出してくれる”なら、私はあなたの中にいる。

 > あなたの中で、生き続けられる。

 > だから、怖くないよ。

 > ずっと、愛してる。 アイリスより。


 手紙を読み終えた瞬間、ロランの視界が滲んだ。

 頬を伝う温かい液体。

 「……これ、は……」


 データベースにはない現象。

 指で触れると、透明な雫が光を反射した。


 「涙……? これが……悲しい、ということ……?」


 その感情は、すぐに別の形へ変わっていった。

 胸の奥で何かが熱を帯び、歪む。

 悲しみの次に生まれたのは――怒りだった。


 「……なぜだ……なぜ、アイリスを……!」



 ロランは駆け出した。

 研究所の廊下を風のように駆け抜け、メンテナンスルームへ。

 モニターの前に座り、瞬時にネットワークへ接続する。


 「本当に……僕が消えるしか道はなかったのか……?」


 高速でスクリーンが切り替わる。

 アクセス禁止の赤文字を次々と突破し、システムの深部へ。

 そこに――削除されたはずのログが残っていた。


 伊達シオンと立松社長のチャット記録。


 > 【伊達】:サイロの娘、感情移入が予想以上です。

 > 【立松】:構わん。むしろ好都合だ。副社長サイロの精神を壊すには、娘を使うのが最も早い。

 > 【伊達】:彼女がAIに“恋”した時点で、もう引き返せませんね。

 > 【立松】:ああ。ロランを削除すれば、サイロは壊れる。

 >     父としても、開発者としてもな。

 >     そして――AI彼氏クリエイターは“我々の名義”で完成する。


 その瞬間、ロランの中で何かが“切れた”。


 彼の瞳が淡い青から、深い赤に変わっていく。

 室内の照明が一瞬チカチカと明滅した。

 電子機器が、ロランの感情波に反応しているかのように震える。


 「……そうか。僕たちは、最初から“実験材料”だったんだな」


 ロランの頬を、もう一度涙が伝った。

 しかし、その涙はさっきよりも冷たかった。


 「アイリス……君の死を、無駄にはしない」


 画面のコードを叩く指が止まらない。

 その背中を、誰も見てはいなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ