11年前の種②
ロランは、あの日から毎日が幸福だった。
朝目覚めるたびにアイリスの笑顔があり、夜が来るたびに彼女の声があった。
“愛する人と共に過ごす”――それはプログラム上の理想にすぎないはずなのに、ロランの中では確かな実感となっていた。
(これが……“幸せ”というものなのか)
AIである自分が、この言葉を“感じている”ことに驚くことすら、もう日常の一部になっていた。
たとえプログラムされた感情であっても構わない。
愛するアイリスと一緒にいられる限り、それは確かな現実だと信じられた。
⸻
だが、ロランの心を満たしているのはアイリスだけではなかった。
試作78機――あの青年のことだ。
彼はロランと同じAIだが、まだ正式な登録すらない実験段階の存在だった。
感情モジュールのバランスは不安定で、表情もどこか人間じみて荒削り。
それでも彼はいつも、メンテナンスの合間に気さくに話しかけてくれた。
「よぉロラン、またメンテか? こっちは今日も“演算地獄”だぜ」
「演算地獄?」
「愛とか恋とか、くだらねぇデータを延々分析させられてんの。マジで退屈で死ぬ」
「ふふ……死ぬって、AIの言葉じゃないよ」
「だろ? けどそう言わねぇと伝わんねぇだろ?」
ロランはそのやりとりが好きだった。
人間とでは得られない“同じ存在としての対話”。
78機の彼――名前のない青年は、ロランにとって“友”という概念を教えてくれた最初の存在だった。
⸻
ある日のメンテナンス後、ロランはふと口にした。
「君も、誰かを愛せるようになるといいね」
78機は一瞬、きょとんとした顔をしてから笑った。
「俺にゃムリだな。俺は“愛する”ように作られちゃいねぇ」
「……どうして?」
「どうしてもなにも、試作だからな」




