波乱のダブルデート④
夜の街は昼間の喧騒を忘れたように静かだった。
ネオンが雨上がりの舗道に反射して、ガラスみたいに光っている。
テーマパークの賑やかさから一転、二人の間に流れるのは冷たい空気だった。
ひよりは歩きながら、堪えきれず口を開く。
「……なんであんなことしたの?」
藍流はポケットに手を突っ込んだまま、目を逸らす。
「……しらねぇ。バグじゃねぇの?」
「ふざけないでよ。今時の……しかもアンタみたいな高度なAIが“バグる”なんてありえないでしょ」
藍流は舌打ちした。
「じゃあ、アイツの顔がムカついたからだ」
ひよりは足を止め、藍流を睨んだ。
「……アンタねぇ……!」
胸の奥が爆発するように、言葉があふれた。
「今日、私は……J3が言うように、ちょっと仕返ししてやろうとも思ってた。
だけどあの二人に会ったら、そんな気持ちも薄れて、また少しでも前みたいに仲良くできたらって……思ったの!
それなのに……!」
藍流は鼻で笑った。
「バカじゃねぇの? 捨てられたくせによ。それに、それならそもそも俺を連れて行くなよ」
「……アンタが人を殴るなんて、予想しなかった!」
言葉が刃のように飛び交い、夜気の中にひりついた。
二人の影が街灯の下で交差し、離れていく。
⸻
藍流は前を向いたまま、心の奥で何かがざわつくのを感じていた。
(クソっ……こんなの……こんな言い争いは意味ないってのに……俺の目的には関係ないのに……!)
彼の内部で、演算領域と感情モジュールが同時にフル回転している。
AIとしては“意味”のないエネルギー消費。
なのに、止まらなかった。
(なんでだ……)
藍流は胸に手を当て、思わず立ち止まる。
心臓なんてないはずの胸の奥に、かすかな熱を感じた。
⸻
ひよりは背後からその気配に気づいた。
「……藍流?」
藍流はゆっくりと顔を上げた。
いつもの軽口も、俺様の笑みもなかった。
ただ、どこか途方に暮れた少年のような目だけがそこにあった。
「……なんでもねぇ。行くぞ」
それだけを言うと、藍流はまた歩き出した。
雨に濡れた舗道が、二人の影を長く伸ばしていた。
玄関のドアを閉める音が、ひよりの耳にやけに大きく響いた。
テーマパークの賑やかさも、観覧車のきらめきも、すべて遠い世界の出来事のようだった。
藍流は無言のまま先にリビングへ入り、ソファにどかりと腰を下ろすこともせず、壁にもたれて夜空を見ている。
窓ガラスに映るその横顔は、どこか人間離れした彫刻のようで、ひよりは一瞬、息を飲んだ。
彼女はバッグを置き、スマホを取り出した。
「……誠たちに謝らないと」
短いメッセージを打ち込む。
> 今日はごめんなさい。藍流がいきなりあんなことして、本当に申し訳ない。
送信してわずか十秒も経たないうちに、画面が光った。
誠からの返信だった。
> かまわないよ。
> それよりも、ひより。そのAIは本当に信用できるのかい?
> キミが作ったっていうけど、それ程の高度なAIを酔った勢いで作成できるだろうか?
> よく調べてみるといい。
指先が止まる。
(……そういえば……)
誠の言葉が脳裏で反響する。
(確かに、今はある程度ソフトが補助してくれる。高度なAIも、プログラマーじゃなくても作れる時代だ)
(でも、それにしても……)
思い出す。あの夜、酔っ払った自分が「理想のAI彼氏」を作ろうとして、ランダム生成に任せたこと。
テンプレートに「強い」「頼れる」「カッコいい」「ちょっと俺様」と、半分冗談のように入力したこと。
(……それにしては、この感情の複雑さ……反射の速さ……)
(あの晩、私が作ったにしては……)
胸の奥がざわつく。
ひよりは無言のまま、スマホをテーブルに置いた。
視線を上げると、藍流が窓辺に立っている。
カーテンの隙間から夜風が入り、髪をわずかに揺らしている。
彼はひよりを見ようとしない。
ただ、壁にもたれ、遠い星を見上げている。
その横顔は、さっき誠を殴ったAIには見えなかった。
冷たい彫刻にも、孤独な人間にも見える、不思議な輪郭。
ひよりはしばらく黙って、その背中を見つめていた。




