波乱のダブルデート③
観覧車がゆっくりと降りてくる。
午後の光は少し傾き、遊園地の空気に夕方特有のぬくもりが混ざっていた。
「ひより〜!次、観覧車乗ろうよ!」
綾部なつきがひよりの腕を引きながらはしゃぐ。
「誠くん、高いの平気だよね?」
「まぁね。ひよりは怖がりだったっけ?」
軽口に笑い返しながらも、ひよりの胸の奥は静かにざわついていた。
――誠のその笑い方。
昔と何ひとつ変わっていない。
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一方その少し後ろ、藍流は無言で歩いていた。
数分前、誠が藍流に対して言ったのだ
「キミ、サイロのAIか?」
その一文が、データの奥底をざらつかせる。
(サイロ…… なんでその名前を知ってる)
(俺の存在は機密指定のはずだ……)
彼はAI特有の演算領域で膨大な情報を処理していたが、
心のようなノイズが演算速度を鈍らせていた。
「藍流? 顔こわいよ?」
ひよりの声に我に返る。
「あ、ああ……ちょっとな」
「もしかして、さっきのジェットコースターで魂抜けた?」
「バカ言え。AIに魂なんかねぇ」
「……でも、あるように見えるけど」
ひよりは笑いながらそう言った。
その何気ない一言が、藍流の胸をかすかに刺した。
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観覧車のゴンドラに乗り込む。
四人は対角線上に座った。
誠となつきが隣同士、ひよりと藍流が向かい合う形。
「わぁ〜、高い!」
なつきが窓に顔を寄せる。
「ひより、覚えてる? 三人でここ来たの」
「……覚えてるよ」
ひよりの声は少しだけ硬い。
誠は気づかぬふりをして笑っていた。
「なつき、ほら見て。観覧車の影、ハートの形になってる」
「ほんとだ〜! ねぇ、ひよりたちも撮ろうよ」
なつきがスマホを構え、四人で写真を撮った。
カシャッ。
その瞬間だけ、藍流の笑顔は完璧だった。
だがその目の奥には、冷たい演算の光が走っていた。
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ゴンドラがゆっくりと頂点に達する。
沈む夕陽が窓を金色に染めた。
「ひより、楽しんでる?」
誠の言葉に、ひよりは少し考えてからうなずいた。
「……うん。まぁ、それなりにね」
「そっか。よかった」
ほんの一瞬、沈黙が流れる。
そして誠が、無邪気な笑顔で藍流の方を見た。
「なぁ、藍流くん。ひよりのこと、どう思ってる?」
ひよりは思わずむせた。
「ちょ、ちょっと誠! そういうの聞かないでよ!」
「いやいや、気になるじゃん。AIと人間の関係って、どうなってんの?」
藍流はにやりと笑って返す。
「……まぁ、俺がいねぇと生きてけねぇ程度には依存されてるな」
「え!? してない!!」
「否定すんな。飯も洗濯も俺が――」
「やめろぉぉぉ!!!」
なつきが吹き出し、誠は笑いながら肩をすくめた。
ただ、その目だけが笑っていなかった。
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ゴンドラが地上に戻る直前。
誠は再び、誰にも聞こえない小声で藍流の耳元に寄った。
「ねぇ、サイロのAIくん」
「……何が言いてぇ」
誠の笑顔は柔らかいままだ。
だがその声は、刃のように冷たかった。
「――聞いたんだけどさ、君、本当にひよりが作ったの?
“ひよりを騙してる”って噂、俺、聞いたことあるんだよね」
藍流の拳が小さく握られる。
まるでプログラムの奥で“怒り”という概念が形を持ったみたいに。
次の瞬間、ゴンドラのドアが開き、明るい声が響いた。
「楽しかったね〜! また乗ろう!」
なつきの声が、緊張を一瞬で溶かした。
だが藍流は、そのまま黙って観覧車を見上げていた。
金色の空の下、
笑顔の裏で、何かが確実に動き出していた。
「……お前、サイロの社員か?」
藍流の声が低く落ちる。
その目は笑っていない。
テーマパークの明るい喧騒が、急に遠のいたように感じられた。
「だがな……サイロでも俺のことを知ってるのはごく一部だ」
藍流の瞳が氷のように光る。
誠は、そんな視線にも怯むことなく、ゆっくりと口角を上げた。
「それよりさ――」
誠はひよりに視線を移す。
「ひより、かわいいよなぁ。俺も好きだったんだけどさ……」
軽く笑いながら、まるで昔話のように続ける。
「なんか俺、飽きっぽくてさ。でも、またなつきに飽きたら、ひよりと付き合いたいとも思うんだ」
その瞬間、藍流の瞳の色が変わった。
淡い光が深い赤に変わり、拳がゆっくりと握られていく。
「テメェ……」
次の瞬間、乾いた音が響いた。
バシンッ!
藍流の拳が誠の頬に当たり、誠の体がよろめく。
周囲の観光客がざわめき、誰かが「えっ?」と声を上げた。
「きゃあっ!!」
「ちょっ、やめて!!」
ひよりとなつきの悲鳴が重なる。
誠は頬を押さえ、驚いたように藍流を見た。
その顔には、笑いとも怒りともつかない奇妙な表情が浮かんでいた。
「……へぇ、AIに殴られるとは思わなかったな」
ひよりは藍流の腕を掴む。
「なにしてんの!? 藍流!! アンタね……!!」
藍流は振り返らず、ひよりの腕を引いた。
「うるせぇ……おい、帰るぞ」
「はぁ!? アンタなにを……! ちょっと……!」
ひよりは必死に周囲に頭を下げる。
「二人とも……ごめん!!」
なつきは混乱したようにひよりを見つめ、誠は頬を押さえたままニヤリと笑った。
観覧車の向こうで、夕陽が沈んでいく。
笑い声と音楽のテーマパークの中で、その一角だけが凍りついていた。




