波乱のダブルデート
あれから、一か月が経った。
藍流との同居生活にも、少しずつ慣れてきた。
最初は何もかもが噛み合わなかったけれど、いまは“ルール”みたいなものができてきている。
藍流は時々、会社に顔を出しては鋭いアドバイスをして帰っていく。
部長たちはもう彼を“普通に人間扱い”しているし、社員食堂では「藍流さんファンクラブ」なんていう噂まであるらしい。
……腹立つけど、あの顔なら仕方ない。
家ではというと――これがまた、意外と家庭的(?)になってきた。
「チャーハンなら簡単だろ!」と豪語した藍流は、フライパンを片手にシェフのように振るう。
その結果、米は空中で舞い、床に雨のように落ちていく。
「……おい、なんでだ! 物理法則がバグってんのか!?」
「違う。アンタの腕がバグってるの」
完璧な見た目に反して、実践はまるでダメ。
でも、床に散らばったチャーハンを不器用に片づけるその背中を見ていると――少しだけ、笑ってしまう自分がいる。
⸻
薬師寺も、表面上はいつも通りだった。
けれど、藍流と目が合うと、すぐに視線を逸らす。
たぶん、あの日のことをまだ気にしているのだろう。
私も、何となくその距離の詰め方がわからないままだった。
仕事はようやく落ち着き、プロジェクトも軌道に乗りつつある。
ようやく「平穏」という言葉が似合う日々――
そんなある日、スマホの通知音が鳴った。
LINE。
差出人の名前を見た瞬間、息が止まる。
綾部なつき
かつての“親友”。
そして――私の元彼、宮森誠と今、付き合っている女。
手が、震えた。
画面に浮かぶ吹き出しが、ゆっくりと開く。
> 「久しぶり、ひより。元気してる?」
あの頃と変わらない、柔らかい言葉。
だけど、今はどうしても“棘”にしか聞こえなかった。
スマホの画面に浮かぶ文字を見て、ひよりの手が止まった。
> 「またひよりと仲良くしたい。誠とひよりと、私、三人で旅行やゲームをして笑っていた時のように……」
……何を言ってるの、この人。
あまりの“のんきさ”に、怒りと悲しみが同時に込み上げる。
かつてはその無邪気さが癒しだった。
でも今は――ただの無神経にしか見えなかった。
スマホを握りしめたまま、ひよりは溜息を吐いた。
(だめだ、すっごいむかつく、誰かに……聞いてもらいたい……)
そして、通話アプリを開く。
表示された名前は「J3」。
J3「お姉様!? どうしました!?」
「……綾部なつきからさ、こんなLINE来て……」
メッセージを読み上げると、受話口の向こうでJ3が息を荒くした。
J3「はぁああ!? なに考えてるんですかあの女!?」
J3「お姉様を裏切っておいて、仲良くしたいですって!? 虫唾が走りますわ!!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて……」
J3「落ち着けません! ……お姉様、ここはとことん“嫌な女”になりましょう!」
「……え?」
J3「あの忌々しいAIを連れて、ダブルデートするのです!」
J3「忌々しい……忌々しいですが、彼は相当のイケメン。綾部はきっと、顔が引きつるほど悔しがりますわ!」
「えぇ……うーん……確かにスカッとはしそうだけど……」
「うーん、なんか性格悪すぎない?」
J3「はい! 邪悪になるのです! お姉様!!」
「……それに、藍流にも悪い気が……」
その瞬間、背後から声がした。
「ハハッ……おもしれぇじゃねぇか、それ!」
振り返ると、ソファでくつろいでいた藍流がニヤリと笑っていた。
スマホを耳に当てたままのひよりは、思わず凍りつく。
(……こっそり聞いてたの!?)
「おもしれぇだろ? いいじゃねぇか、そういうのも」
「お前もたまには、悪役になってみろよ」
(誰よりも邪悪なのは……この人じゃ……)
ひよりはため息をつきながら、スマホの画面を見た。
指が震える。
それでも、押し負けるように返信を打った。
> 今度の休日、久しぶりに会おう。誠も一緒に。
送信音が鳴る。
静かな部屋の中で、J3と藍流の声だけが響いていた。
J3「お姉様、完璧ですわ!」
「ククッ、修羅場の始まりだな」
2人の邪悪AIの魔女のような笑いが響いた。
人間すぎないか、こいつら。
(……ほんとに、私、何やってんだろ)




