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暴かれる嘘

 会議室には、部長をはじめとした管理職たちがずらりと並んでいた。

 藍流はドアを押し開け、ひよりと、そして早瀬まりを伴って入室した。


 「皆様、お集まりいただきありがとうございます」

 藍流の声は低く、よく通る。

 その姿に、ひよりも思わず背筋を正した。


 「さて、この春日ひよりの卑猥な写真が社内に出回っていた件……皆様もご存知でしょう」

 部屋の空気が重くなる。管理職たちは互いに視線を交わした。


 「これが事実なら、会社のイメージに大きく関わります。私としても、会社のアドバイザーとなった以上、放ってはおけません」

 藍流は一拍置き、唇を吊り上げる。

 「しかし……なにか違和感を感じませんか?」



 彼はリモコンを操作し、会議室の大型モニターに映像を映し出した。

 「まずはこちらをご覧ください」


 画面に表示されたのは、問題の“卑猥な写真”。

 だがその右隅には、通常では見えないはずの透かしが浮かび上がっていた。


 「AI解析で抽出した埋め込みデータです。作成者の端末IDと使用ソフトが記録されている」


 部屋がざわついた。

 「……そんなものが?」

 「初めて知った……」


 藍流はさらに続ける。

 「そして、これがそのログ」

 新しい画面に切り替わり、操作履歴のタイムスタンプが表示される。


 ――“Shojo_love_2025.psd”


 「ファイル名……Shojo_love。覚えのある方もいるんじゃないですか?」


 ひよりの心臓が跳ねた。

 (……!)


 藍流は悠然と歩きながら、最後の画面を映す。

 そこには社内ネットワークに残されたアクセスログが表示されていた。

 「加工データがアップロードされた時間、アクセスした端末――すべて、この秘書課のアカウントからです」


 会議室はどよめきに包まれた。



 「つまり、この写真はデマであり、春日ひよりには一切の非がない」

 藍流は腕を組み、堂々と宣言した。

 「むしろ被害者だ。彼女を疑ったことこそ、会社にとってマイナスだと私は考えます」


 部長たちは一斉に声を上げた。

 「……なんと」

 「デマだったのか……」

 「春日くんに非はない……!」


 その場に座るひよりは、胸が熱くなった。

 (……助けられた……!)


 だが――。

 その空気の中で、ただ一人。早瀬まりだけが笑顔を凍りつかせ、唇を噛んでいた。


 「では……」

 部長の一人が重苦しく言った。

 「これは、イタズラということか? 一体誰がそんなことを……?」


 会議室の視線が一斉に揺れた。

 その中心に座る早瀬まりの心臓が、ドクンと跳ねた。


会議室の空気はまだざわめいていた。大型モニターに映し出されたログが消え、議論が次の段階へと移ろうとする瞬間――藍流の声が鋭く弾けた。


 「それは……!」

 腕をぴんと伸ばし、画面を指差す。部長たちの視線が一斉に藍流に注がれる。場の温度がまた一段と上がる。


 だが、その直後、ひよりの声が割り込んだ。低く、しかし確固たる調子で。


 「それは……! 部長! 誰であっても、犯人探しをするものではありません!!」


 藍流がちらりとひよりを見る。目が合い、その顔には一瞬「?」が走る。


 「……あ?」藍流の口は短く、驚きと苛立ちを混ぜた。


 部長が机の書類に指を落とし、やや強い口調で返す。

 「何を言ってるんだ、春日くん。キミは被害者だぞ。これが事実なら、会社のイメージに関わる重大案件だ。個人の間で片づけられる話ではない」


 部長の声には会社全体を守る重みがこもっていた。管理職たちが小さく頷く。場の論点は「名誉回復」から「責任の所在」へと移っている。


 ひよりは一歩前に出て、両手を軽く胸元で組んだ。声は落ち着いているが、どこか震えが混ざっていた。

 「確かに……その通りだと思います。ですが……その人は、会社に損害を出したくてやったわけではないはずです」


 部長は眉を寄せる。

 「結果的に損害が出れば同じことだ」


 ひよりは、言葉を飲み込み、低く囁いた。(コソコソ話)「藍流、お願い! 犯人の名前は言わないで」


 その囁きに、藍流の顔が一瞬硬くなる。だが口を開いたのは、ひよりの望むような柔和な言葉ではなかった。


 「何言ってんだテメェ……吊るし上げてボコボコにして、死にたいくらい後悔させねぇと意味ねーんだよ」

 激情がそのまま言葉になり、刃のように突き刺さる。


 ひよりは目を閉じ、首を小さく振った。

 「そんなの……それこそ意味がないよ」声が震える。


 藍流は一瞬、息を詰めたように唇を噛む。額の筋がぴくりと動く。目の奥に薄く光るものは、怒りだけではない――守りたいという強い衝動だと読めた。


 「……クソが、バカ女が……!」藍流は荒い言葉を続ける。けれど、その声は次第に落ち着きを取り戻していった。目の前の管理職たちから完全に場を失うわけにはいかない。戦術の切り替えだ。


 藍流は少しだけ息を吸い、冷静を装って部長の方へ体を向ける。口角をあげ、社交的な微笑を浮かべた。


 「皆様。感情的に片づけるのは簡単です。ですが、社内の信頼と秩序を守るためには、冷静な対応が必要です。私がここにいるのは、そのためです」

 言葉は低く、かつ論理的だった。スクリーンに再び操作を加え、技術的な説明を淡々と続ける。アクセスログの整合性、時間差、透かしデータの解析結果——数字と証拠を並べられると、管理職たちの表情は次第に引き締まった。


 藍流はうまく言葉を選び、部長たちの懸念を一つ一つ潰していく。被害者の保護、社内調査の枠組み、法務との連携策。計画書を示しながら、彼は「早瀬をここに呼んだのは議事録のためだ」と、淡々とした口調で説明した。


 早瀬はその間、わずかに顔色を変え、唇を引き結んでいた。笑顔は消え、額の汗が夜明けのように光る。


 部長たちは藍流の説明を受け、うなずき、相互に顔を見合わせる。

 「なるほど……まずは被害の影響を最小限に抑え、関係者の事情聴取を進める。公表のタイミングも含めて総合的に判断する」

 重役の一人が静かに結論を出した。


 会議室の緊張が少しずつ溶けていく。だが、ひよりは藍流の横で肩を震わせ、小さく息をついた。藍流の荒々しい護り方には、抵抗があったが、彼が場を収めたことは確かだった。


 早瀬は瞳を細め、口元に小さな笑みを浮かべたように見えた。だがその笑みは、勝ち誇るものとも、安堵のものとも違っていた。深いところで何かが崩れかけている音が、彼女の胸の内でこだましていた。

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