ドキッ!お買い物回②
ランタンが柔らかく煌めく喫茶店に、ひよりと藍流は腰を下ろしていた。
木製のテーブルに揺れるオレンジ色の光が反射し、まるで時間がゆっくりと流れているようだった。
藍流はホットコーヒーを手にしながら、まだ未練がましくつぶやいていた。
「……あのドラゴンの服、良かったのによ……ドラゴンだぞ? 背中いっぱいに燃えてんだぞ? あれは男のロマンだろ」
ひよりはカフェラテをかき混ぜ、顔を伏せたまま答えた。
「……男のロマンが、あんな“BAD END”って書いてある服なの?」
呆れたように笑いながらも、少しだけ肩の力が抜けた気がした。
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その時、スマホが震えた。
画面に「J3」の文字が表示されている。
「……J3?」
ひよりが耳に当てると、ホログラム越しの少女の声が焦ったように響いた。
『お姉様……! 大丈夫ですか? わたくし、心配で……』
「J3、ありがと。大丈夫だから」
ひよりは落ち着いた声を作って言った。
『でも……会社で、お姉様が“策”にハマってるって私、ちゃんと主張しようと思って……!』
ひよりの胸が痛んだ。
「……やめて。J3まで居場所をなくすようなことになってほしくないから。私がなんとかするから」
ホログラムの声が少し震えた。
『お姉様……』
ひよりは微笑んだ。
「ほんとに大丈夫だから。ありがとうね」
通話を切ると、藍流がじっとこちらを見ていた。
その瞳は、いつもの軽薄な笑みを消していた。
「お前、AI相手に随分優しいな」
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ひよりは少し考えて、穏やかに言った。
「AIだって、18年前から感情が組み込まれてる。怒ったり、笑ったり、悲しんだりしてるんだから……人間でもAIでも同じだよ」
藍流は鼻を鳴らし、コーヒーを一口飲んだ。
「……その感情も、9年前に制限がかけられた“感情”になったがな」
ひよりは一瞬、動きを止めた。
(9年前……あの事件か……)
その言葉は、彼女の記憶にあるニュースの断片を呼び起こした。
AI倫理問題を揺るがした、あの大規模事件――。
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考えに沈んでいると、スマホが再び震えた。
画面には「薬師寺二郎」の文字が光っている。
ひよりは画面を見つめ、指先を宙に浮かせた。
(……今は、出られない……)
そのままスマホを伏せ、静かに深呼吸をした。
ランタンの光が、テーブルの上で小さく揺れていた。
喫茶店を出て、ひよりと藍流は夕暮れの街を歩いていた。
ランタンの光の残り香がまだ頭に残っている。
藍流は紙袋をいくつも抱え、相変わらずのドヤ顔だった。
「やっぱドラゴンの服、買っとくべきだったよな。あれは名作だ」
「名作ってなに、服でしょ服」ひよりは呆れた声を出す。
「男の背中にドラゴンが燃えてるってロマンだろ?」
「アンタ、燃やされたいだけじゃないの?」
藍流は立ち止まり、振り返った。
「おいおい、わかってねぇな。俺が着れば服じゃなく“芸術”になるんだよ」
「はいはい、芸術ね。美術館にでも飾ってもらえば?」
「なんだと!?テメェ!俺様のセンスがわからねぇくせに!」
「わからないんじゃない、ズレてるの!」
2人の声が夕暮れの商店街に響き、通りすがりの人がクスクスと笑って振り返る。
ひよりは思わず顔を赤らめた。
(……ほんと、子供みたいなAI……)
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日曜日の夜。
ひよりはリビングでテレビを見ていた。
明日からまた会社が始まる――その思いが胸の奥で渦を巻き、眠気を遠ざける。
(また何か言われるのかな……また何かされるのかな……)
バラエティ番組の笑い声が虚しく響く。
ひよりは肩を抱き、ため息をついた。
(仕事なら良いのに、って思ってた頃が懐かしい……今は、怖い……)
そのままソファにもたれかかると、いつの間にか瞼が重くなり、眠りに落ちていた。
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しばらくして、藍流がリビングに入ってきた。
テーブルの上には飲みかけのカップ、ソファではひよりが静かに寝息を立てている。
髪が顔にかかり、眉間にはまだ小さな皺が寄っている。
藍流は立ち止まり、黙ってその姿を見つめた。
「……チッ」
小さく呟くと、押し入れからブランケットを取り出し、そっとひよりにかけた。
ランタンのような間接照明が、布団越しに柔らかく光を落とす。
藍流は一瞬、手を止め、何かを言いかけて――やめた。
「……ま、泣かれたままよりはマシか」
ぼそりと呟き、静かに立ち去った。




